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toxandoria:フレーム&フリンジの謎

W.Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「数多の境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

チェリーピンク・アベGDPの日本はAIロボ『人間の壁』経済(第4次産業・AI革命)に備え“社会の茎”、「新マクロ経済/Ex.BI型“社会的共通資本”」金融への展相が必須!

チェリーピンク・アベGDPの日本はAIロボ『人間の壁』経済(第4次産業・AI革命)に備え“社会の茎”、「新マクロ経済/Ex. BI型“社会的共通資本”」金融への展相が必須!

(Cover Images)

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・・・Paul Cézanne『Mount Sainte-Victoire』1904-1906. Oil on canvas,73 x 91.9 cm Philadelphia Museum of Art, Philadelphia, PA, USA.

《記事副題》【「欠陥(船底穴)隠蔽!新自由主義理論」+「逆ベクトル:古色蒼然アナクロ対応toAI型『人間の壁』」アベノミクス、なので当然の帰結「アベ駆除&展相」を総国民もろ共で急ぐべき!(20190308追記)

・・・東大法学部ら出身のキラ星の如き頭脳明晰な俊秀(高級官僚・司法官・御用学者)らが、いったい何故にアベさま(安倍内閣)の「下の世話」(アベノミクス等に関わる、悪臭芬々たるテンコ盛りのウソ・改竄&消去・隠蔽の山の処理&消臭作業)で躍起となっている、この余りにも面妖な日本となってしまったのか?

・・・短く言えば、それは「リアリズム倫理」観の不在(おそらく暗記型受験体制への傾斜の弊害?)ということ。残念ながらそのことについての委細を述べる余裕が当記事にはないが、少しだけ(エピローグ)で触れておくことにする。

【要約】「限定合理の生命モデルに倣えば、ある意味で“合理的”に解決できるのに、その生来の律義さ(“任侠・忖度”愛好?)or伝統『構造災』へ拘泥するあまり人非人の嘘吐き邪教“あら人?”神(オレが国家だ!を騙る靖国英霊ナルシス愛“追憶のカルト”、自称“森羅万象”アベ神様)にすがりつき、それを忖度するバカりで肝心の<リアル&未生>の両「民」が命を繋ぐため必須の「相転換」、いわば汎用AIロボ「スキル偏向イノベーション」に因る近未来の「機械デュナミス経済(潜在的な高付加価値)」化への備えの最低限の条件、肝心の「金融・財政改革」が眼に入らぬ現代日本の超リスク!その展相(覚醒&相転換)のキーワードは“社会の茎”(socio-scapes)、つまりヒトを幸せにする“社会的共通資本”たる新マクロ金融の創造!」ということ。なお、BIは段階的ベーシックインカムのことだが、それについては「第6章‐2」で概要を述べている

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(これは当記事内容で言う『人間の壁』のこと:特に、準汎用AIロボが実現すると思われる10~15年後に実現すると予測される“機械生産性(デュナミス潜在生産性)vsヒトの生産性(リアル生産性)”の大きな壁(大格差)の発生を意味する) 

 

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https://twitter.com/masaru_kaneko/status/1106168602086891529

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・・・・右のプロフィールは故・宇沢弘文氏(関連参照/“第3章‐宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出”)。

・・・

f:id:toxandoria:20190305072657j:plain・・・・当、広末涼子NHKスペシャルドラマ『浮世の画家』↓に出演する)の画像は、https://www.youtube.com/watch?v=oXRfzIHJTqIより転載

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Maurice Ravel - Gaspard de la nuit

 

・・・ 

 (プロローグ)愈々、チェリーピンク病Vsハーフトピアの闘いの時か?

(0)日本の目前に迫る危機の土壌(一般大衆を隠然と睨む官邸ポリスこと“人の支配&“法の支配”のアベさま御用達し“仲介業”の存在

・・・安倍「アサッテのヒト(追憶のカルト/靖国英霊界追慕)」内閣は日本大衆が偏愛する、古色蒼然たるw “任侠”道政治への先祖返りか?ガンつけで過剰「忖度&寺銭」を強要する“任侠”道の濁り目では、千載一遇のチャンスでもあるハーフトピアの未来が認知できない!・・・ 

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<注>「“任侠”道政治への先祖返り」・・・この問題については下記資料を参照乞う。

【大衆を隠然と睨む官邸ポリスこと“人の支配”&“法の支配の仲介業”安倍政権で<官邸ポリスによる国策「捜査潰し」(国策捜査の裏返し)>が堂々と罷り通る背景について(小論考)https://www.evernote.com/shard/s440/sh/b2a5a0aa-4241-48e7-b530-7fd970f160b4/cc8da668e2c69ca94a4a04467944ae0c

・・・         

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【日本の目前に迫る危機の真相/チャンスでもあるそれを認知できない悲劇!】

https://www.evernote.com/shard/s440/sh/fd17cb90-5e6a-47d4-8d50-769b9b3d6177/55a342cde8ce7649bacd662ea9b45e40

・・・(前、略)結局、このおぞましい状況の根本には「リベラル共和」(正統保守)と偽装極右(安倍政権の正体である追憶のカルト)の違いについて、日本国民一般が殆ど無関心である!(その表れが“茹でガエル”派に因る、被虐的に?まるでアベ派のスキャンダルや暴走・横暴化と反比例する(比例する、が正しいのかな?w)かにさえ見えるアベ支持率の上昇トレンド!)ということがあるようだ。今や日本国民はこの「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という、全ての国民が理解すべき最も肝心のリアリズム(これは大きなリスクであると同時に大きなチャンスでもある!)を正確に認知できないホワイトアウトに嵌っており、目先の“偽装極右”安倍政権に対する<忖度の間合いの取り方>だけに汲々とするばかりの、その日暮らし同然の主要マスメディアが、最も重要な情報を国民へ伝えるという「本来の仕事」に手が回らなくなっている。これこそが日本の目前の危機である!・・・(当内容の委細は本文にアリ)

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【@盛田隆二 さん/国境なき記者団が「官邸は日本国民の知る権利を尊重し、ジャーナリストの全ての質問に例外なく答えるよう」安倍首相に要求 東京新聞・望月記者への質問制限は、国民の知る権利を否定する暴挙だと警告。今後、先進国と思えない日本の報道規制の実態が海外に発信されるだろう。

https://twitter.com/product1954/status/1103149878593544192

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101760119132438529

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102019228889014273

https://rsf.org/en/news/japan-government-must-not-judge-relevance-press-questions

https://twitter.com/SamejimaH/status/1103421722408054784

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https://twitter.com/nuclearban_jp/status/1097297689736167424

大黒岳彦『情報社会の哲学』(勁草書房)によれば、マクルーハン(カナダ出身のメディア研究者・文明批評家)が「1.巨大WebネットDB汎“知”が刻々と創造するデュナミス(潜在エルゴン的な抽象電脳世界の増殖)、2.マッハ感覚論的素材性のエネルゲイア常世界で共鳴するヒトのリアル意識)、3.ルソー「一般意志」(普遍観念)が象徴する理想(エンテレケイア/啓蒙思想の核心)」という三つの異質な世界が鼎立する高度情報社会の到来を予見していたとされる(関連参照/第5章‐2『人間の壁』、デュナミス経済化を助長する、“間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題の真相)。

そして、この「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という観念(着実に到来する近未来への予感)は欧米諸国で共有されており、特にそれは良識派に属する一般国民の深層に浸透して、ある意味で欧米民主主義社会のシステム・ツールバランサーの役割を果たしている。

加えて、近年は地球環境問題、ゲノム編集技術(生命科学の進化・深化)らとの絡みで「フーコー“統治理性”」が再認識されており、これら両者の共鳴から「リベラル共和」(正統保守)の重要性が再び深く理解されつつある。そして、実は表層的には「移民、ポピュリズム、格差、極右&保護主義台頭」等の問題で、愈々、混迷を極めるばかりか?とも見える欧米諸国と日本の決定的な違いが、この点にあることを自覚すべきである、

因みに、フーコーの統治理性とは「“どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家・政府の統治権力と市民社会の自律的運動法則(<補足>特に労働組合のレニュアルが喫緊の課題!は対等であるべき、とする非常に厳格な”考え方」である。そして、そのフーコー統治理性の対象には、ノモス・エトノス的な意味で非常に危うい地球上の全ての生命環境が明確に視野に入っていたと思われる。加えてフーコーの慧眼は「いま我々が体験しつつある準汎用AIロボの時代のマクロ・ミクロ経済論の展相の必然性」を実に的確に視野に入れていたことになる(関連参照/第3章‐ロ:宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)。

例えば、およそ1980年代の半ばから歴代政権が支出削減や企業の競争力強化、いわゆる新自由主義政策を過剰に試みてきたこと(ネオリベラリズム流の格差活用ヒト・イノベーション)による矛盾の爆発(ジレジョーヌ運動)で苦しむ仏マクロン政権ではあるが、同運動代表との仏政府の対話、あるいはジレジョーヌと緑の党との対話などが着実に進められており、いわゆる分断による民主主義の機能停止には至っていない。米国における、冷静なトランプ批判の動向も然りである。

これら欧米の動向(深層のリアリズム!)と比べると、偽装統計問題(アベ・ピンクGDP)などに対する適正な解明の要求を閣議決定方式等で超然権力的に遮り、それどころか[メディアを含む批判勢力に対して露骨な「言論弾圧の姿勢」すら見せ始めた<安倍政権>Vs<良識派”国民>]なる、我が日本の「分断=民主主義のセットバック」状況の深刻化は異常である。

結局、このおぞましい状況の根本には「リベラル共和」(正統保守)と偽装極右(安倍政権の正体である追憶のカルト)の違いについて、日本国民一般が殆ど無関心である!(その表れが“茹でガエル”派に因る、被虐的に?まるでアベ派のスキャンダルや暴走・横暴化と反比例するかにさえ見えるアベ支持率の上昇トレンド!)ということがあるようだ。

今や日本国民はこの「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という、全ての国民が理解すべき最も肝心のリアリズム(これは大きなリスクであると同時に大きなチャンスでもある!)を正確に認知できないホワイトアウトに嵌っており、目先の“偽装極右”安倍政権に対する<忖度の間合いの取り方>だけに汲々とするばかりの、その日暮らし同然の主要マスメディアが、最も重要な情報を国民へ伝えるという「本来の仕事」に手が回らなくなっている。これこそが日本の目前の危機である!

(1)チェリーピンク病(チェリー・ピッキング症)

・・・統計データ等のインテリジェントに関わる基礎情報の中から、特定政策ら或る一定の目的に沿う好都合な重要基礎データや情報(解析結果)だけを作為的に選び、その情報全体がそもそも持っていた文脈や統計トータルの目的や有意性を歪め、自らの所期の目的にだけ好都合な結論を導くため、それらを悪用する一種の超然権力的(or神憑り的)なマッチポンプ戦術のこと。

・・・科学的な中立性、言い換えれば客観的な有意性が大きく失われ、それを真理の証拠とする意味と信用を完璧に失墜させるので統計学では禁じ手である。元々の意味は「サクランボの選別のように出来の良い果実だけを作為で収穫する」ということ。つまり、「アベ方式の統計活用?」こと<偽装&嵩上げGDP>の如きチェリー・ピッキングが禁じ手であるのは、<統計学=科学的手法>であることの最後の砦となっているからだ。

・・・しかし、残念ながら安倍政権はこの“禁じ手”のチェリーピンク病(チェリー・ピッキング)に紛れもなく嵌って(を罹患して)いる。そして、普段は「統計学の概念や手法」に縁遠い一般大衆(多数派国民層)は、そのアベ・チェリーピンク病の恐ろしさに、なかなか気付けないでいるようだ。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101204989437829120

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1100918758661476353

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102646281166499845

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102649081279655936

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102652085131083777

<関連資料>統計学錬金術ツール」化が“アベ倒置国家”の正体・・・『統治性』統治術』(大阪大学教授/文化人類学http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/030814govern.html

・・・

・・・そもそも統計学(統計法則)が確立し、それが真に科学的手法として遍く一般の市民社会で認知されるまでの歴史をふり返ると、我われは、むしろそれが<優生学思想>を助長するリスクと紙一重の過程であったことに驚かされる。“統計法則”が確立するまでのデータ化歴史のふり返りで大切なのは、それを推し進めた主体は誰で、その目的とデータ化の対象は何であったか?ということになる(当論点の委細は下記↓★事を参照乞う!

 歴史的な“優生学”誕生への道筋/倫理・道徳的には中立でなかった統計学(“統計法則”確立)の歴史 http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701B https://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180701/p1

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(画像The entrance to the Dakota building which had a sign posted that the Nutopian Embassy was there』は、https://en.wikipedia.org/wiki/Nutopia#/media/File:Dakota2.jpg より)

 

(2)ハーフトピアが意味すること

・・・1970年代に、テレビ出演したエルトン・ジョンが偶然に?口にしたとされるヌートピア(Nutopia/Newtopia、https://it.wikipedia.org/wiki/Newtopia)をもじった造語。それは「地球上のいたるところにあり、いたるところにない国家である。また、この国家の理念はジョン・レノンが『イマジン』で歌っており、領土も国境もないので領土紛争は起こらない。ジョン・レノンオノ・ヨーコが1973年4月1日に建国した。

・・・今から約10~15年後に汎用?or準汎用AIロボが完成した暁には、人々が仕事をしなくても遊んで暮らせるユートピアが実現するとか、あるいはそれと真逆で“殆どの仕事がAI「知」に奪われてしまう”その時代にはグローバル金融をも完璧に組み敷いた「AIロボを所有・支配する数パーセントの人間」だけが9割超の“知的に劣る愚か”な奴隷的人間を支配する地獄の世界(デストピア)が出現するとか、いわゆるシンギュラリティをめぐる論争が喧しくなっている。

・・・そこで、当記事では「ほんの少しだけユートピアへ傾斜しているが、我われの努力次第では実現できると思われるリアルかつ健全な経済・社会の方向性」(いわば、永遠の展相を十分に承知の上でリアル化できることを重んじる「限定合理に因る近未来の可能性」(ヒューリスティクスheuristics)」をマクロな観点から論考することを試み、そこで膨らむイメージ世界をハーフトピア(halftopia)と名付た。

 

(3)「準汎用AI」時代が意味するコト

・・・AIの技術開発が進み、仮に汎用AIロボが完成して、それが社会・経済のあり方などを根底から変革するような時代をシンギュラリティ(米国の発明家・実業家であるレイ・カーツワイルが名付けた/特異点とも呼ばれる)本格的な汎用AIロボの時代)とするなら、それがいつ頃に実現するのか?は未だ分からない。

・・・それは、AI研究がヒトの意識そのものの働きをするAIロボのレベルへ接近しつつあり、脳エミュレーション(ヒトの記憶・意識の“まるごと”移し変え)の研究に取り組まれているのは現実だが、仮にそれが完成しても果たしてそれがヒトと全く同等と言えるかどうかは分からないからだ。というより、限りなくそれへ近づくことはあっても(それが準汎用ロボの意味)、ヒトと全く同等のAIロボは、おそらくできないだろうとも考えられる(その可能性の方が大きい!)。

・・・そして、この限りなく人へ近づく意味でのAIロボの問題は「ヒトは“世界内の存在!”とするハイデガーの世界観に因るAI研究の第三段階、いわば限りなくヒトの意識に近いものを追究するという意味で“新しい人工知能研究フェーズ”」の問題、と理解されている。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

・・・付言しておくと、ヒトの一回性の生(生命・人生)は「論理・計算・記憶だけで成り立つものではなく、時間の流れに寄り沿いながら、その折々の自然・社会環境トータルとの因果的な繋がりとエコーしつつ、又は共鳴しながら感覚的・感性的で多様な想像力の海のなかを絶えず自己変容しながら遊泳している」ようなものである。

・・・しかも、そもそもヒトは地球上の他の生物と同じように、自然という多様な“生命論”的な意味での交流環境のなかにいるからこそ、ヒトとしての自らの生命個体を未来へ向かって自らの生命力で繋ぎ続けることができる存在であるからだ。

・・・因みに、現象学哲学の始祖と見るべきエルンスト・マッハ(そもそも自然科学者であるが)はこのような人間の生の特性の側面を「感覚論的素材性」(マッハ感覚論的素材性/日常世界で多様に共鳴するリアル意識)と呼んでいる。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806 

・・・しかしながら、先に見たとおり特定の目的に役立つ仕事を平凡なヒト並に、あるいは限りなくそれに近いレベルで、十分にヒトの期待に応えてやりこなす「準汎用ロボ」が実現するのは、そう遠い先のことではないだろう。おそらく、それは日々に近くなっており、遅くとも向こう10~15年位のことではないか?と思われる。そして、それだけでも社会・経済のあり方などが根底から変革を迫られるようになるための条件としては十分ではないか?と考えられる。

・・・例えば、今を時めく新自由主義新古典派経済学のジャンル)のツールとして重宝されているマネタリズムやサプライサイド理論なども、その発想を根底から相転換(展相)させる必要に迫られることになるかもしれない。従って、チェリー・ピッキング症を罹患した安倍政権の「神憑り!2020年GDP600兆円を絶対視した、ほとんど神憑り同然のアベノミクス『統計偽装』の大暴走」(↓画像)などは論外であり、大“噴飯もの”である!

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098397566058647552

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1097002189275332608

 

1 グローバル新自由主義の現代に特徴的な「二つの“ワニ口”」

・・・それは「技術イノベーション市場原理主義の搾取構造ということ・・・

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直近の各報道によると、何でも日本国の安倍晋三・首相は自らが人間であることをやめて『森羅万象の神』に展相(変態、変身、昇進、相転換?)したことを国会で堂々と宣言したようである。尤も、ネット上のある筋によればそれは『森羅万象の神』ではなく、『現人神』(あらひとがみ)の言い間違いでは?ということのようだ。w

ともかくも天皇ご退位に伴う元号改正を目前に、日本国が戦前・戦中期並みの『神国』へ一歩前進した?のであるから、これ<忖度レトリック>を使えば、“誠にご同慶の至りで、安倍サマが生身のヒト(仮の姿であるサナギ人間?)から神様(靖国顕幽論の霊界的存在?)へ変態した折の過酷な苦痛を想像すると涙が溢れるバカリだ!”とでも言うべき歴史的な瞬間だっのだろうか?w

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アベ<神憑り新元号生成の儀(アシカ呪文)>!? 忖度“神託”「NHKニュース」の預言w

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190301/k10011833171000.html

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102092101108457472

・・・

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しかし、グローバル化が進む内外の経済環境、なかでも特に日本の経済・財政の殆どアポリア化した現況は「アベさま→神様」の相転換(神国へのセットバック)で決着がつくほど単純なものとは言えないようだ。但し、グローバル化トレンドそのものは生態系の比喩の視点、つまり後述するジルベール・シモンドンの科学認知論的な『個体化の哲学』の観点(↑添付画像)からすれば、むしろ立的と見るべき環境のジャンルであり、ヒトの「知」が何処までその「意味」の理解に追いつけるか?ということが問題になるようだ

ともかくも、それは現代のグローバル資本主義をリードする新古典派経済学、特にそのマネタリズムの経済イデオローグの中にそもそも「搾取」(永続的なネクストへの信用創造という宿命的な資本の論理が大命題であることに因り、特別の手を打たぬ限り回避不能な搾取型『差』発生の構造)の問題が存在するからである。

無論、これは、今に至って突然に出現したものではなく、第1次(蒸気機関)、第2次(電気、内燃機関)、第3次(コンピューター、インターネット)の各産業革命の段階(機械化イノベーションへ向かう進化)に沿って、「(イ)機械が創造する付加価値⇔(ロ)ヒトが創造する付加価値(特に事務職およびサービス業態らに遍在する)」という<格差が拡大するトレンド>として、次第に気付かれるようになってきたことである。

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(グラフ1)出典:財務省法人企業統計季報編集   財務省財務総合政策研究所

・・・<注>(第3章のグラフ:『大企業(製造業)の売上高と限界利益』)と同じく当資料は2005年以前のデータ(第3章のグラフは2010年以前のデータ)に基づき財務省が作成した古いものであるが、安倍政権下における渦中のフェイク?統計データと異なり、まさか恣意的にチェリーピンク操作を行っているとは考えられないので(苦w)、そのままこれらを「マクロな傾向」を観察する有意な資料として使用した。また、(第3章のグラフ)についても同じことだが、それぞれの最終年号から現在までに至る各「ワニ口が開く」という大きな傾向(トレンド)は、ほぼ変わらぬものと想定して、当記事は書いている。

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(グラフ2)出典Harvard Busines Review

やがて、その傾向「(イ)と(ロ)の根源的で潜在的な格差」は「(ハ)企業所得と(ニ)労働者所得の恣意的な格差」いわゆる、企業側への分配傾斜によって労働分配率の格差が拡大するトレンドの顕在化=ワニ(鰐)口が拡大する傾向)に姿を変え、そのトレンドをグラフ化すれば誰の目にも明らかに見えるリアル(実在)として理解されるようになった訳だ(参照、添付グラフ)。しかも、更にその傾向(ワニ(鰐)口の拡大)を大きく助長したのが、1970年代に本格化した新自由主義ネオリベラリズム市場原理主義)である(委細後述)。

<補足説明>上のグラフ((1)、(2))について

(1)「名目GDPと雇用者所得(一人当たり)」(1枚目のグラフ)

・・・解像度が悪くて些か見えにくいが、左軸の%は「名目GDPが1%増加したときの、雇用者報酬(一人当たり)の増加率を意味しており、各長期トレンドを示す実線グラフは英国、同じく点線が日本である。ここから、およそ1975年ごろ(新自由主義ネオリベラリズム)の影響がリアル化し始めた時期/つまり、労働力(ヒト)をモノと見なす新自由主義イデオローグの特徴、言い換えれば“ヒトの物象化フェティシズムによって非正規雇用が主流となってきたことが主な原因!)から英国でも日本でも一人当たりの雇用者報酬(つまり労働分配率)がフリーフォール型で急低下し、分配が企業側へ大きく傾斜するという、いわゆる<搾取の「ワニ口」>(企業(営業)利益↑(増加傾向)>雇用者所得↓(減少傾向)により格差が大きく開く一方!という恐るべきトレンド)の存在を推測させるが、おそらくこれは日英以外でも同じ傾向と思われる。

(2)米国の「グレートデカップリング・トレンド」(2枚目のグラフ)

・・・これはGD/Great Decoupling/スキル偏向技術進歩(技術イノベーション)に因る“雇用一人当たり生産性向上(GDP総額増加)と一家計当り所得減少”の大<乖離>問題=特に中間層の没落に繋がる主な原因)」を示すグラフである。別に言えば、それは「特にAIロボット等(未だ、特定目的型のAIロボットらが主流であるとはいえ)の出現で名目GDPの主要素である生産性の伸びの大きさ(主にAI・ネット技術ら応用の機械化(IOT等)による)と一人当たり雇用所得の伸びが連動しなくなりつつあること」を意味する。これは、2005年ごろからその傾向が顕著となったことを示す米国のグラフであるが、日本でもほぼ同様の傾向で、(1)型の伝統的な「ワニ口」なる「資本主義の搾取」トレンド(益々、格差が拡大する傾向)を、これが更に助長しつつあることが理解できる。出典:Harvard Busines Review、https://hbr.org/2015/06/the-great-decoupling 

・・・

しかも、資本主義の本質は金融等を介した企業利潤の再投資による持続成長力(これは資本主義を持続・推進するための活力源!)の維持ということであるため、(2)型<「(イ)機械創造型の付加価値⇔(ロ)ヒト創造型の付加価値」>の格差(いわばスキル偏向技術進歩に因りヒト一人当りの人的価値が劣化させられ続けるという恐るべき現象!)が、益々、拡大するのは必至である。

但し、EU・国連及び米国の良識派(トランプ政権はアベ日本と同じでコレを無視!)は地球の自然環境汚染を視野に入れた“デカップリング経済”、つまり「成長と資源の浪費を切り離す政策→エンテレケイアとしての定常化経済」という<展相(相転換)の必要性>と共に、それとは異なる(機械⇔ヒト、両生産性の接合と調和を目指すという)意味を持つ、Great Decoupling対策についても、愈々、それに対しても真剣に対応する必要性があることを視野に入れつつある(Cf.↓★)しかし、日本の安倍政権はコノ問題へ全く無関心であるのか?あるいは見て見ぬ振りの節がある

 EUの視野に入る未来経済へのコリドー(廻廊)とは、f:id:toxandoria:20190225042652j:plainhttps://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180806/p1

また、近未来においては「“AIロボ-IOT型機械技術>一般製造業>一般サービス産業”」の格差に加えて、現実的には利潤分配に関し必ず経営側(支配的エリート権力側)による恣意が最優先で発動・発揮されるため(このトレンドは労働組合の劣化によって必ず助長される!)、結局、準汎用AIら科学技術の進化に伴い更なる革新的「技術イノベーション」が進む一方で、もし政治・財政・経済的に何も「必須の改革(展相プラン)」が行われず、旧来の新古典派経済学(特に新自由主義)のマクロ政策の延長上で放置されることになれば「(ハ)企業所得↑>(ニ)労働者所得↓」の「ワニ口」は際限なく開き続け、ひいてはその[<ワニ口/超格差>と<機械(スキル偏向デュナミス)生産性Vsリアル生産性の問題/委細後述)>]によるリアル・マネー流通の不全(特に、その『三つ目のワニ口』である、準汎用AIロボ型のスキル偏向技術イノベーションに因る巨大格差の発生)で“生身”のヒト(市民)が生きる日常のリアルな社会生活が根こそぎ壊滅するのは必然である

 しかも、実に愚かしいことだが、それは新古典派経済学マネタリズムネオリベラリズム)が「情報の完全な対称性(抽象・計算論としての完全合理主義)」と「ヒトの物象化(マルクスが言うところの“ヒトを=モノ”扱いにする意味でのフェティシズム)」を前提とする市場原理主義ネオリベラリズム)に因る、最も<抽象合理的で先進的(実は愚か)な?考え方>に囚われた挙句に資本主義そのものが「死」を迎えることも意味すると考えられる。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098625154144325632

然るに、直近の国会での討議の場面で目立つのは、「たとえ、GDPをめぐる諸統計数値について些かのフェイクがあるとしても、アベノミクスの成果で日本の勤労者の総所得額が増大したのは紛れもない事実だ!」と、まるで勝ち誇るが如き態度でニタニタしながら答弁する「安倍晋三・森羅万象総理大臣」の不可解な姿である。果たして、彼(アベ“森羅万象神”or“現人神”様?)はどのような日本の現実を見て血迷っている(あるいは、その目を血走らせている)のだろうか?

f:id:toxandoria:20190209094604j:plainところで、 “資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅”という副題が付いた、ドイツで活躍するイタリア出身の公共経済学者(ベルリン自由大学教授)であるジャコモ・コルネオが書いた『よりよき世界へ』(岩波書店201811刊)という興味深い思考実験の本がある。そして、この本は結論として、財源と公正さの確保の難しさを理由に“目下、世界的にかなり話題となりつつあるベーシック・インカム“を敢えて退け、“企業株式の一部を政府の手を介して公有”とする「株式市場社会主義」を提案している。

これは、1990年代に米国の経済学者ジョン・ローマー(John E. Roemer/マルクス主義の改革を意図する分析的マルクス主義研究/1945- )が提案した「クーポン型市場社会主義」(http://www.ier.hit-u.ac.jp/~yosihara/ronsou/ronsou12.htm)に似ているが、それは“市場経済を維持しつつ、本質的に搾取の構造を持たざる得ない資本主義の非公正な部分の欠点をなくすため企業の利潤の一部がクーポンとして、政府の手で全ての“成人”市民へ分配される(全ての成人国民が株主となる)”というものである。

まず、コルネオとローマーのこれら両方式はランゲ・モデルの証明(社会主義経済計算論争の決着を前提とする、市場社会主義の変形(社会主義のための市場機能の有効活用)と見なすことが可能であり興味深いものだ。因みに、この「証明」とは、ごく大まかに言えば“計算上では資本主義と社会主義の両者は資源の有効活用という点では同等だが、後者の計画主義を完璧に実行するのは困難である”と結論付けたことだ。https://cruel.org/econthought/essays/paretian/social.html

しかし、これら二つの方式は[(1)民主主義社会における私的所有権“侵害”の是非に関わる論争、(2)株式傾斜所得による収入の不安定化、(3)政府の手を介する分配とはいえ“権力Vs公正分配”の懸念(何か強力な特別の工夫がなければ、必ず前者が有意に立つうえ、例えば現下・日本の安倍晋三政権の如くそれが徹底的に腐敗する可能性が高い。

f:id:toxandoria:20190225054337j:plainそれどころか、従来の市場原理主義経済(マネタリズム)の現行システムのまま「準汎用AI時代」に入ってしまうと、『人間の壁』[デュナミス経済化スキル偏向デュナミス生産性Vsリアル生産性]の問題)を乗り越えるどころか、ほぼ1:9の比率で超エリート(一強化した権力側)がその他大勢の奴隷的人間を支配するという恐るべき世界が到来することも強ち空想に過ぎぬと笑うわけにもいかぬようだ。まさに、ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』が説ユートピア?or真逆のデストピアの出現である。

従って、当試論は、「準汎用AI時代」にこそ想定される『人間の壁』(デュナミス経済化/AIロボ経済化(本格的なスキル偏向デュナミス機械生産性)の時代に想定される[AIロボの高度生産性>ヒトの生産性」なる大格差が必ず出現するという問題)の解決を視野に入れつつ全ての国民を対象とする(成人か子どもかの別を問わず、赤ちゃんが一人オギャー!っと生まれたら、即、支給の対象となる)、そしてそれは社会的共通資本の一環であると明確に位置付けた「ハーフトピア」である<ベーシック・インカムの段階的な導入(従来型の福祉政策も、それぞれの分担範囲を調整しつつ並置する形での)>を提起(試論提起)する。

 

2  「三つ目のワニ口(AIロボ型Great Decoupling」へ戦前回帰(バックストップと真逆の構造災の取戻し!で対処する「アベ政権の倒錯」

・・・Back to the era of World War II!/チェリー・ピンク病(チェリー・ピッキング)なる色の誘惑に身も心も蕩(とろ)けて、戦前の「大日本帝国」こと「ピンク・フェイクデータ帝国」(”伝統”構造災)の罠に嵌ったアベノミクス!それは、「倒錯!“追憶のカルト”経済政策」ということ。・・・

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<注>“三つ目のワニ口(AIロボ型Great Decoupling、バックストップ”について

・・・「三つ目のワニ口」は、[1-(2)]で触れた<準汎用AIロボ型の技術イノベーション経済に因る巨大格差の発生>、いわば「AIロボ型Great Decouplingを意味する

・・・バックストップは、Brexit交渉でEUが提案した「北アイルランドの歴史を過去へ戻さぬようにする」という原則(バックストップは北アイルランドにだけ適用される)。具体的には、仮にこれでBrexitとなれば「関税や規制上の国境は、アイルランド島グレートブリテン島を分けるアイルランド海に引かれる」ことになる。https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46562679

  (安倍晋三・首相のもう一つの正体は“妄想型ウソ吐き&隠蔽工作の常習者”であること!)

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102057588131151872

一見では現実主義者、つまりリアリスト集団か?に見えるかも知れぬ安倍政権(安倍晋三の御仲間一派)だが、その正体は「日本会議との一体感を強く共有する“アナクロ妄想(追憶のカルト)”患者」ら、よりハッキリ言えば「アサッテの人」らの野合的な集まり、つまり、あのオウム真理教にすら匹敵すると見なしても過言ではない重症の<妄想世界を空高く飛び続けつつ「アサッテの広場」徘徊or跋扈する異常な集団>である(関連参照/プロローグ‐0:日本の目前に迫る危機の真相)。

つまり、彼らの殆どは「人間の壁」(デュナミス経済化)の内側にある異次元“空想(妄想)世界”(この場合、それは準汎用AIロボがもたらす「デュナミス潜在生産性」(リアルな人間社会の日常から切断された、只の可能性としての高度生産性/AIロボ型Great Decoupling)の話ではなく、そもそも大昔からヒトに付き物である妄想or幻影・異次元ワールドの意味での『人間の壁』のことだ。

そこで、<オレは神様ダ~!オレが国家ダ~!オレは森羅万象ダ~!>なる意味不明な言葉を折につけ吐きながら万能感・&法悦感に包まれて永遠に幸せ~!と遊び呆けるという意味で、安倍晋三のお仲間らの多くは厳しいリアル世界との対峙を軽蔑しており、啓蒙思想で育まれた国民主権などはトコトン毛嫌いし、その存在を全否定する狂人・準狂人?のような、別に言えば「異次元抽象世界に生息するゾンビ・アバター」の如き、実に卦体(けたい)な存在である。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098423847403962368

 

   (元祖チェリー・ピンク病!/克服すべき日本型(JPN)“構造災”のリスク) 

  ・・・今や、そのチェリー・ピンク(ピッキング)病こと戦前型『構造災』に飲み込まれ、それにガッチリと取り憑かれ、そこで組み敷かれるままに甘んじている?日本国民!・・・

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・・・明治維新にその基礎が確立し、太平洋戦争で暴走したフェイク偽装『JPN伝統構造災』で、更に“只管、お仲間だけの繁栄を謀る”ため総国民の洗脳を謀るアナクロ安倍政権!・・・

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・・・関連参照↓・・・

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【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

  (殆どの国民が無関心であるのを好機と見て、日本会議と安倍政権が必至で復権を謀る日本型『構造災』の伝統とは何か?)

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http://daihonnei.wpblog.jp/rinkichou-incident

・・・それは、『臨機調事件』を端緒として“戦前~戦後(高度成長期)~現代(3.11フクシマ第一原発過酷事故~“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れでデッドロック化した原発政策(現況))”へと、連綿と引き継がれてきた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』のことである。

 <注>テクノストラクチュア(technostructure)は、J.K.ガルブレイスが『新しい産業国家』 The New Industrial State (1967) で用いた言葉で、国家経営または大企業経営の実際上の意志決定に参加する実力者の一群(政・官・財・学)を指す。

 f:id:toxandoria:20190225063110j:plainそして、一般に日本型の「構造災」といえば、それは<太平洋戦争の開戦間際に起こった『臨機調事件』を端緒として“戦前~戦後(高度成長期)~現代(国策原発→3.11フクシマ第一原発過酷事故)”へと引き継がれた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』>を指すが、この問題は、松本三和夫氏(東大教授/科学技術社会学)が著書『構造災、科学技術社会に潜む危機(2012)』(岩波書店)で初めて取り上げている。以下は、同書の要点を参照しつつ私見を加え、重要と思しき点を纏めたものである。

・・・

 「3.11フクシマ第一原発過酷事故」の引き金は千年に一度とされる大地震であるが、日本伝統の構造災という観点から見れば、原子炉の本源的脆弱性が根底に潜むと言う意味で、この悲惨な過酷事故には、矢張り、それは起こるべくして起こったと見なすべき前史がある。

 それが、「臨機調事件」(臨時機関調査会事件)と呼ばれる、1938年8月に竣工予定の最新鋭駆逐艦の主要タービン翼折損事故であり、具体的には「艦政本部式タービン翼折損事故」と呼ばれている。この前代未聞の大事故は、太平洋戦争開戦が間近な1937年12月29日に起こった。

 軍国主義時代の軍事技術は最大限の人材、情報、資材、予算が投入されるが何よりも当時の戦いで、特に開戦直後の戦況の方向性を決める最新鋭駆逐艦の建造であっただけに、その特徴は「最重要国策である故に予算が戦時国債を裏付けとする青天井」であった点にある。そしてコレも今の安倍政権の強権的な方針にソックリ引き継がれている!

 1938年4月1日・制定『国家総動員法・第二条/(昭和13年法律第55号)』で、動員対象のトップに位置付けられたのは軍艦で、その中でも最新鋭かつ高性能の機動力を求められるのが駆逐艦であった。そして、ともかくも国際的緊張が高まる中での開戦に備える切り札でもあり、かつ日本の独創的開発であると自負してきただけに、艦政本部式タービン事故は開戦直前の日本にとって非常に深刻なものとなった。

 それは、この時に日本海軍で標準化されたタービン技術の事故は、他のどの艦船でも起こり得ることになるからであり、事実、同年12月29日から4日間の内に、同型艦の5隻で同様の事故が連鎖的に発生した。しかし、おざなりとも言える責任者の懲罰だけで決着がつけられ、現在に至るまで、当事件の顛末についての詳しい調査は殆ど行われてこなかった。

 つまり、この「開戦直前の時であったことを理由に隠蔽された大事故」が紛れもなく日本型の伝統「構造災」の典型であることは、以下の三つの事実●が明快に裏付けている。しかも、これらの点が余りにもフクシマ(3.11フクシマ第一原発過酷事故)の問題点、あるいは渦中のフェイク・アベノミクスGDPら統計データの嵩上げ操作など)、あるいは“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れでデッドロック化した原発政策の現況とソックリである!

●秘密主義・・・注目に値するのは、海軍史上で最悪とされる別の「第四艦艇事件」(関連参照⇒ http://urx.nu/3KrY )が帝国議会・議事録に遺されているのに、当事件だけは帝国議会へ報告された形跡が一切ない(松本三和夫氏が調べた限り、議事録に遺されていない/削除か?)。

●想定に基づく対症療法の増殖(これが技術対応上の最大の欠陥)

●間違った先例の踏襲による、事故原因の隠蔽と先送り・・・政権関係者の内側で、真の原因とされる事実が一応確認されたのは、対米開戦から1年半近くが経過した1943年4月であった。

 この「臨機調事件」に関わる深刻な問題はそれだけにとどまらない。終戦後の日本では、敗戦への反省から「平和文化の重視」と「科学技術振興による新国家づくり(高度成長へつながる目標づくり)」が目指されることになった。この目標そのものに間違いはない。

 問題は、<その“余りにも邪悪”な目標づくりに資する重要な経験>として<戦前ないしは戦中に形成された実に信用ならぬ、欠陥テクノストラクチュア(つまり、ネポティズムによるお仲間集団)が主導する日本型“構造災”のプロセス>が形を変えて、戦後から現代へ繋がる過程へソックリ引き継がれてきた、という点にある。

 恐るべきことに、この悪しき伝統『構造災』のプロセスが、今や再び、ポスト・3.11フクシマのアベ自民党政権によって、バカばかしくも“実に見事!”に、今では何ら悪びれることもなく、堂々と、自信たっぷりに実行されつつあることだ。しかも、主要メディアは殆ど真っ向からの批判の言葉を失ったかに見えており、危機感の自覚がない?多数派の国民層は、今や安倍政権の為すがままに身を任せているかにさえ見える。

 

 (JPN伝統『構造再災』の核心、そして教訓とすべきこと)

 ところで、この“構造災”史の概観で先ず分かったのは、技術段階での構造災の三要素、「秘密主義、想定に基づく対症療法の増殖、間違った先例の踏襲に因る事故原因の隠蔽が戦前・戦中期において既に存在したことである。しかも、更にそれを<より重篤なシステム構造災>へ濃縮する政・官・学・財(民)の戦前・戦中期の“官民”馴れ合い(より正確には“恫喝⇔忖度”方式までもが、そっくり<戦後日本の政治・経済発展プロセス>へ引き継がれてきたというのが事実である。

 そして、その根本原因として考えられるのは、「上位下達の国策を掲げる科学技術総動員の目的で設立された技術院(1942.1.31-1945.9.4/1942(昭和17)年1月31日に勅令41号をもって設置された科学技術行政機関)の内側に「構造災の三要素」潜んでいたということである。否、<敢えて、それは仕込まれていた>と言うべきであるだろう

 そのため、国策<隠蔽>の至上命令に資するための悪知恵として「修正・交渉・調整の過程で、本来の目的とするところが利害関係者の総意で当初の理念から程よくかけ離れた地平で骨抜きにされるような精妙な偽装政策の仕掛けが施され、結局は、万般について都合よく仕込むために有効な政官学財民に跨る運用経験」が、戦後の「高度成長期」~現在の安倍晋三・政権に至る日本の行政プロセスで熟成されてきた!ということである。

そして、特に問題視すべきは<安倍政権が、作為でこの由々しき構造災の伝統を露骨かつ過剰に悪用している>ことであり、今や政治の論理の則を遥かに超えているので、それは盗人ないしは凶悪犯罪者の異常論理と見るべきであろう。

 ともかくも、我われが目撃しつつあるのは、輝かしき『日本テクノストラクチュア』の伝統と呼ぶには余りにもお寒い限りの代物であり、「勝者たる最高権力者が右すれば右へ、左すれば左へと、いとも容易くなびく、科学技術ならぬ“忖度”方式の日本伝統の悪魔的な錬金術」とでも呼ぶべき、おぞましく魔術化した「科学技術のあり方に関わる異様な伝統」の光景である

 そこには科学的な真理や人道上の倫理などを尊重する精神は微塵も存在しない3.11後にフクシマから遥かに遠いドイツ(原発推進派であったメルケル首相の大転換!)が脱原発に踏み切り、過酷な原発事故の当事国である肝心の日本が脱原発どころか日本製“欠陥「原発」”の積極「輸出」へ安倍首相のトップセールス掛りで取り組み、それらが悉く失敗したのは直近のことである。しかも、核燃サイクルも全く見通しが立たず、未来へ向けた研究に取り組むとの上滑りの言葉だけでお茶を濁しつつ、現実的には日本の原子力政策(アベノミクスの推進力と位置付けていた!)は完全に総崩れでデッドロック状態である島型原爆6000発分のプルトニウム(約47トン)だけが溜め込まれている!/関連参照↓★)。これを、JPN伝統『構造再災』の極み!と呼ばずして何と言えばよいのか!?

 ★原子力産業に人材が集まらない…このままでは廃炉も困難に20190209日刊工業新聞https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190209-00010002-newswitch-bus_all

 

 宇沢弘文「社会的共通資本」から学ぶ、自由原理主義(金融市場原理主義/サプライサイド論)の根本的誤謬の在り処

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 (社会的共通資本の前提と見るべき『スウェーデン学派、クヌート・ヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)』が意味すること)

(イ)「有効エネルギー(エクセルギー)、無効エネルギー、ミクロな日常生活」に見える<人間本位の経済学>の可能性

 先ず、一般に有効エネルギー(一定系内における、ある特定の目的に利用できるエネルギーの成分)と定義できるエクセルギー(exergy/ギリシア語のex(外へ)とergon(エルゴン/仕事)から作られた)の意味を少し具体的に理解することを試みる。例えば、室内での発光が目的の蛍光灯では、そこへ投入される電気エネルギーの100%が光とはならず、一定割合が光エネルギーとなるが残余の部分は熱として放出されるので、その熱エネルギーとして捨てられる電気の成分はアネルギー(anergy/無効エネルギー)となり、これが廃棄されるとエントロピー(entropy)が増大する。

 このエクセルギーを比喩的に捉え様々な人間社会の事象に当て嵌めると興味深いことが見えてくる。それは,電気等の物理量と同じに個々の社会的エクセルギーや同アネルギーを計算するのは殆ど不可能だが、我われが一般的には、日常的に「自分本位」という<マイ欲望の行動原理/マイ・エクセルギー>で動きつつ非常に複雑で多様な判断を刻々と行っていることを率直に認めると、市場経済のミクロな現場でそのことが特に重要な意味を持つことになる

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このことを前提にしてと思われるが、著書『人口と日本経済』の吉川 洋氏は「GDPの定義(イノベーション
の結果である、新たに生まれたモノやサービスの価値を足し合わせたもの)から、その価値は人間の主観的な評価(つまりマイ・エクセルギー/←補足、toxandoria)の足し合わせ」だと述べている。

つまり、端的に言えば人間本位(つまり、限りなく湧出する欲望の意思)が経済社会の正体(それが初動エルゴン(活力源)となり創造される生産性)であるが故に「GDPは人間の主観(漠然とした、大まかな、従って強欲へも急傾斜し得る意思+技術生産性!/←補、toxandoria)の計数化」だということになる。但し。これは「新たに増える供給」と「新たに増える需要」(“消費・雇用”)の両サイドから見た「GDPの姿」であるが、一般的には技術イノベーションを握る前者(供給/スキル偏向技術を占有する側)が絶えず先行することに留意しなければならない。

しかし、マーシャル以来の伝統により価格を縦軸に取る需要曲線と数量を横軸に取る供給曲線を用いた分析は、それ(供給と需要の二つのマイ・エクセルギー)が需給均衡点Eで必ず均衡すると“楽観的”に仮設している(関連参照/第6章‐1:近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク、および/本章‐(次節/宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出))。

一方、前にも述べた通り産業革命後の現実社会では技術イノベーションを握る前者(供給側)が絶えずマイ・エクセルギー的にも自らの意思(欲望)を先行させることが必然であるため、スキル偏向技術イノベーションに加えて「何らかの搾取の仕組み(いわば人為的な格差拡大の仕掛け)を更に仕込まなければならなかったと考えられる。従って、これこそが、つまり供給側の「マイ・エクセルギーとスキル偏向技術イノベーションが足し合わさった形での“見かけ上の技術イノベーション”」がヒトの労働力をモノ見なす物象化フェティシズムで1970年代以降のグローバル世界経済を席巻することになる新自由主義の核心(正体)ではなかったのか?

これを真逆に言えば、 仮に「供給」が広義のイノベーション(準汎用AIロボ技術、IOT、BD・Webサービス等)で純粋に活性化しても、それが十分に有効利用(需要化(消費)/ヒトのために役立つエクセルギー化)されなければ、「供給⇔需要のアンバランス」が様々な社会的・自然的な問題(抽象的な言い方になるが、例えば格差拡大の大きな弊害などで、結果的に経済社会全体のエントロピー増大が助長されるような予期せぬ事態の発生(例えば、産業公害や重大事故、あるいは重篤労働災害・人権侵害の発生など)/一種の合成の誤謬!)が懸念される。つまり、ここにこそ現代世界を席巻する新古典派経済学新自由主義サプライサイド経済学マネタリズム)の限界が歴然化していることになるようだ

 ところで、ここで「需要」面の分かり易い実例を一つだけ挙げておく。例えば殆ど同じ材料の料理でも、調理法・調味料らの工夫しだいで完成した料理に関する顧客の評価は異なるだろうし、また同じ料理でも、その時々の客の好みの傾向しだいで評価が様々に異なってくることがある。

 いずれにせよ、お客の好み(主観)がそのレストラン経営を、ひいてはGDPの諸データの多くの部分を提供していることになる。つまり、AIロボ技術がいくら超人的なイノベーション力を発揮して高度な付加価値(スキル志向技術イノベーション)を大量に創造し続けるとしても、自然・社会の両環境のなかでリアルに生きる“幸せ”なヒトが存在しなければ、供給面の重視だけで市場経済を介し「ヒトが生きるために有効な経済成長」を持続させることはできないということである。

このようにミクロな日常生活という切り口から容易に連想されるのが、<A・シュッツ「日常性の社会学」、またはK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク」とリアル<GDPデータ>の深い繋がり>ということだ。又、先に少し触れたとおりだが、この観点は準汎用AIロボ時代の潜在的な高度生産性(抽象的デュナミス)を如何にリアルな人間の需要(具体的エネルゲイア)と繋ぐことが可能か?の問題とも絡むことになる

(ロ)<人間本位の経済学>のカギとなる人口論/機械(準汎用AIロボ)経済の時代にこそ再考すべき、「ヴィクセル/最適人口論」の問題

ところで、さしあたり重要なのはこの余りにも当然すぎるような「人間本位」の考え方(多くの人々が日常的に「自分本位」という<マイ欲望の行動原理で動きつつ非常に複雑で多様な判断を刻々と行っていることを率直に認めること;但し、それが供給面でも技術イノベーションに劣らぬ程の大きな動因となっていることが19世紀末頃から明確に認識されるようになった)が、「スウェーデン学派人口論」(人間本位の最適福祉水準を視野に入れた最適人口規模論/ミクロで多様な経済循環の動学的な分析を重視/内発可能性の重視)と「米国“新自由主義”の人口論」(移民立国のための新自由主義リバタリアニズム競争原理主義)的な規模拡大の人口論/外発可能性の重視)との大きな違いをもたらしたと考えられることだ。

 しかし、誤解のないように補足しておけば、「20世紀初頭の米国における“そもそもの新自由主義=いわゆる制度経済学派”の台頭は公正資本主義(Reasonable Capitalism/非マルクス主義的な経済発展段階説)を目指すものであった。だから、ここで言う“新自由主義”とは、ミルトン・フリードマンに始まり(厳密にはハイエクらの前史がある)、現代グローバル世界を席巻する新自由主義とは異なるものである。

 つまり、19世紀末~20世紀初頭(第一次世界大戦へ参戦する頃まで)のアメリカでは、「政治の革新」と「経済への政府干渉」の必要を説く運動が興り、この時代は「革新主義(Progressive)の時代」と呼ばれる。そして、この時代の経済思想の特徴は、その「新自由主義/ニュー・リベラリズム」という言葉で代表されている。

 また、この時代のニュー・リベラリズムは、米国のもう一つの“良識派の深層潮流”と見るべき文化資本主義(フランクリン・ルーズベルトニューディール政策が典型)あるいはネオ・プラグマティズム(限定合理主義の哲学/関連↓★)との共鳴をも感じさせる。

 ★1 ネオ・プラグマティズムは米国型リベラル共和の培地/W.V.O.クワイン『ネオ・プラグマティズム』の斬新な視点、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180503  

f:id:toxandoria:20190215141133j:plainそして、吉川 洋氏によれば20世紀までのスウェーデン学派で議論をリードしたのがクヌート・ヴィクセル(J. G. Knut Wicksell/1851- 1926)である。理論経済学者として名高いヴィクセルだが、そもそもは人口問題への関心から経済学者になり、名著『経済学講義/1901』で“人口の理論、人口構成および人口変動”を論じている。そして、ヴィクセルの最大の特色は国家(G.シモンドン『個体化の哲学』風に言えば、いわば“生命個体”に比肩し得る各国家)にとっての「最適人口論」を論じたことであり、それは現在でも欧州諸国へ大きな影響(例えば、欧州連合EU)内における“権限⇔権限”問題などの形で)を与えている(ヴィクセルの画像はhttp://www.eumed.net/cursecon/dic/dent/w/wic.htm より)。

 また、ヴィクセルは「子育て支援」の源流でもあるので、将来年率0.6%(現時点で、年当・約70万人強)という<急速な人口減の“マイナス加速度”>に襲われている日本が、最も参考とすべきが、このヴィクセルの「最適人口論」と、その考え方に近いA・シュッツ「日常性の社会学」、そしてK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク(生物圏モデルの経済学)」(https://huyukiitoichi.hatenadiary.jp/entry/2018/03/30/080000)であることは言うまでもないだろう。

いわば“生命個体”としての国家の重要性を気づかせてくれる「機械(準汎用AIロボ)経済(純粋スキル志向技術イノベーション)の時代」が、愈々「第4次産業革命」によってリアル化しつつあるからこそ、喫緊に再考すべきが「ヴィクセル/最適人口論」の問題である。それは、本格的な「機械(準汎用AIロボ)経済(純粋スキル志向技術イノベーション)の時代」に入ると、人口の大小というよりも、如何にすれば、その準汎用AIロボが創造する「潜在的付加価値(デュナミス高度生産性)」を人間化(ヒトをどうすれば本当に“幸せ”に)できるか?が問題となるからだ

  

宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出)

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 宇沢弘文(1928-2014/マクロ・ミクロ経済学環境経済学などの分野で先駆的な業績を残した理論・数理経済学者)によると、今もグローバル世界を席巻している新古典派経済学(特に最も先頭に立つマネタリズム理論、およびそれを口実とする新自由主義ネオリベラリズム))には重大な欠陥がある出典:宇沢弘文、花崎正晴編『金融システムの経済学』―東京大学出版会―/宇沢弘文の画像は『20041120朝日/アーカイブ:行動するリベラルを貫いて』https://www.asahi.com/articles/ASG9V56VTG9VUEHF00N.html より

 つまり、1870年代における反ケインズ主義の風潮の台頭に際し「合理的期待形成仮説」が基本的に最重要と理解されることに因り最も厳密な理論的整合性を備えると見なされた「ルーカス論文(理論)」が重要な役割を果たすこになったが、そのあとグラモン(Jean-Michel Grandmont/1939-/仏の経済学者)ら多数の研究者の検証作業の努力で、<そのルーカス理論>には、形式論的整合性の観点から(ここでは、とりあえず倫理的な批判は置くとして)大きな誤謬(論理的欠陥)を含むことが判明しのである。

 因みに、「合理的期待形成仮説」(Rational Expectations Hypothesis)とは<人々は現時点で入手できるすべての情報を駆使し、最も合理的・効率的に将来を予測できるという仮説>で、R.ルーカス(1995年ノーベル経済学賞受賞)、T.サージェント、R.バローら多くの経済学者によって提唱されたものだ。それによればケインズ的な金融政策は意味がなく、経済活動を調整するための政府に因る総需要管理も有効ではないとされる(いわゆる“小さな政府”の論拠)。

・・・

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そして、この<経済理論上の大誤謬>こそが現在にも繋がる「グローバル市場原理主義の暴走⇒“水道民営化”等の民営化万能論というネオリベドーパミン(+偽装極右シーズニング(調味料))の拡散・散布・跋扈・席巻、et挙句の果ての財政破綻リスクと格差拡大に因る中間層以下の困窮化」、果てはその“行動変容病態のジャンル”である“今だけオレ様だけ幸せ~!病”、こと超ポピュリズムをベースとする「マイファースト変態権力(Ex.米トランプ、JPNアベら)」の《“非常(異常?)事態(“忖度”強要)宣言”》式の<大暴走>をめぐる世界的な混迷の元凶である。

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1097217025158479874

因みに、「・・・ネオリベドーパミン(+偽装極右シーズニング(調味料))の拡散・・・席巻、挙句の果ての財政破綻リスクと中間層以下の困窮化」と比喩的に表現したのは、今の日本が巨額の借金(国債発行1100兆円/事実上、その連帯保証人)を抱え、もはや止めようもなく少子高齢化が進む中で、そもそも稼ぎ頭であった貿易力(自動車・携帯関係など)が凋落しつつあるという末期的な状況であるにも拘わらず、安倍政権が戦前・戦中期の“軍事・公安警察”による強権統治方式、いわば“大本営”発表型の国家主義統治モデルに倣って、益々、独善的な<錯誤>アナクロ政策に拘り続け、恐るべきことにNHKら主要メディアの“弾圧”をすら臭わせ始めていることを意味する

そして、その「偽装極右」政策の典型が「輸出政策の総崩れと核燃サイクルのデッドロックをものともせず、今や“破滅状態”の「原発」政策をベースロード電源と位置づけてムリクリ推進する一方で、もはや手遅れ!ともいえる、地域分散型の自然エネルギー利用(市場経済的な理由からも、事実上、これが世界エネルギー利用の大潮流となっている!)については消極的な態度を採っている」ことである。

 ともかくも、ある意味では「中国Vs米国対決の構図を益々煽る一方のマイファースト・トランプ旋風、欧州における“一国主義”極右政党の台頭とデッドロックBrexit、仏ジレジョーヌ大格差問題の拡大、神憑りJPNアベノミクスの狂走(アナクロ・フェイク統計式“大日本帝国新自由主義”がミックスしたハチャメチャ!苦w)など目前の“見境”を喪失した権力亡者or超ポピュリズム扇動による大混迷の第一義的な火種」は<そもそもルーカス理論の誤謬を抱え込んできた新古典派経済学ネオリベラリズム>であったと見なすべきかもしれない(関連情報↓★)。

トランプ大統領、世銀総裁候補に米財務次官を推薦=対中強硬派/20190207時事、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190207-00000004-jij-n_ame

・・・

但し、ここで留意すべきは、「aグローバル市場原理主義の暴走」への“批判”を急ぐあまり「bグローバリズムそのもの」を全否定する反グローバリズム運動が展開されているが、そこにaとbの混同がみられることだ。それは、「生命モデルの経済」(例えば既述のK・ラワース『自然界の繁栄を支えるネットワーク』)を連想すれば理解できるはずだが、bそのものは中立的な“地球環境のトポス”であり、問題はそのグローバル・トポス環境のなかに棲ま(その環境のなかで生き)ざるを得ない個々の生命体、地域社会、国家などの“振る舞いのあり方=G.シモンドン『個体化の哲学』の意味での生命個体の生き方”の問題だということになる。

 ともかくも、このような経緯から、 宇沢弘文・花崎正晴編『金融システムの経済学』によれば、特に2008年のリーマンショックごろから、「合理的期待形成仮説」と「反ケインズ主義の空気」に対する反省の機運がアカデミズムや良識的な各国政府やグローバル金融界関係者らの中で生まれてきたが、残念ながら“時は既に遅し!”の状態となっていた。それは、疾うに「過激なマネタリズムを伴う新自由主義」のフィーバー(熱病)が、それこそ遍くグローバル世界へと、まるでパンデミックの如く拡散してしまっていたからである

そして、ここで忘れてならないのは冒頭で書いたスウェーデン学派、クヌート・ヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)』が意味する(人口問題に関わる生命論的な理解とも考えられる!)ことである。 社会的共通資本とヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)を直接的に結び付けて論じてはいないが、宇沢弘文は「社会的共通資本」が19世紀の終り頃にソースティン・ヴェブレン(19世紀・20世紀初頭期の米国の経済学者マルクスと異なる視点で現代産業社会を分析した、制度経済学派の創始者)が唱えた制度主義の考え方を具体的なかたちで表現したものだと書いている。

つまり、[社会的共通資本(宇沢弘文)、北欧型「社会福祉国家」の基盤となったヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)、制度経済学(米国の公正資本主義の伝統/参照、↓<補足>)]は、その土壌(一種の生命論的な経済学思想?)が共通していることになる

<補足>制度経済学派または制度派経済学(Institutional School)

・・・アダム・スミスデヴィッド・リカードマルサスジョン・スチュアート・ミルなど英国の経済学者に代表される労働価値説を基礎とする古典派経済学を批判し、社会的な行動様式や集団的活動形態などの切り口から市場経済のあり方などを理解する経済学研究の一手法。ドイツ歴史学派の影響を受けつつ、ダ―ウイニズム(進化論)とプラグマティズムPragmatism/具体的な事象に即した有効性・有益性を重視する学派でアメリカを代表する哲学)の知見も取り込んでいる。

・・・19~20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期は、レオン・ワルラス(Marie E.L. Walras/1834- 1910/スイス、新古典経済学の祖)が活躍した時代にほぼ重なる。一方、その時代のアメリカは「プラグマティズム」と絡みつつ「制度経済学派」が台頭した時でもあり、その中心的存在がソースティン・ヴェブレン、ジョン・ロジャーズコモンズらであった。

・・・「制度経済学派」の創始者と呼ばれるソースティン・ヴェブレン(Thorstein Veblen/1857- 1929)の特徴は、「私的所有」よりも「社会資本」の充実を重視する立場であり、一部の階層が“金ぴか生活”をするための“単なる金儲けの手段”としての営利企業は“一国の産業体制そのものを管理し消費者に消費財を公正に分配する任務”(国民に一定の生活水準を保証する“社会的十分性”を担う役割)には適していないと考えた。

・・・一方、ジョン・ロジャーズ・コモンズ(John Rogers Commons/1862- 1945)も「制度経済学派」の代表者の一人とされるが、彼の社会改良主義的な経済思想の特徴は“アメリカ伝統の自由主義フレームを重視しつつ、強力な労働組合運動・独占的巨大企業・公益企業などに関する諸改革の実行について、その時代の州と連邦レベルの立法・行政(Law Makers)へ大きな影響を与えた”という点にある。そして、ロジャーズの到達点は「集団民主主義」(集団内での“個別的衡平性”の実現)で社会改良を促進する「公正資本主義」 (Reasonable Capitalism)ということ(=非マルクス主義的な経済発展段階説)であった

・・・いわば、これら19~20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期に一世を風靡した“現代アメリカ経済思想の源流”とも見なすべき「制度経済学派」に属する経済学者に共通するのは、「社会に公正をもたらす資本主義」を実現しつつ、アメリカ建国いらいの伝統である“個人の自由原理に基づく個人の行動領域を最大限に解放し、それをより一層拡大する”ということであった。

 

(『宇沢弘文による“新自由主義の誤謬”の摘出』を補強的に裏付ける『日本製造業における“搾取のワニ口(売上高>限界利益)”急拡大トレンド』の観測

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出典:財務省法人企業統計季報編集   財務省財務総合政策研究所

・・・<注>(第1章のグラフ/『名目GDPと雇用者所得の関係』)と同じく当資料は2010年以前のデータに基づき財務省が作成した古いものであるが、安倍政権下における渦中のフェイク?統計データと異なり、まさか恣意的にチェリーピンク操作を行っているとは考えられないので(苦w)、そのままこれらを「マクロな傾向」を観察する有意な資料として使用した。また、(第1章のグラフ)についても同じことだが、それぞれの最終年号から現在までに至る各「ワニ口が開く」という大きな傾向(トレンド)は、ほぼ変わらぬものと想定して、当記事は書いている。

(上のグラフについて)結論から先に述べると、それは大企業(製造業)についてスポットを当てて見た場合でも、全般的な雇用者所得(一人当たり)の分析で理解されたのと同じく(参照/第1章)、<2002年から日本の大企業(製造業)における「搾取のワニ口」、いわば[売上高↑(上昇傾向)>限界利益↓(下降傾向)、という恰もワニが大きな口をゆっくり開きつつあるような形のトレンド線の開き]が急拡大しているということだ。つまり、それは「現代日本の製造業では売上高が右肩上がりで順調に伸びてきたが、それと真逆に雇用者所得(人件費)は右下がりで低下してきた」という「ワニ口」拡大のジレンマに嵌っていることを意味する。」ことである

これは、先に[第1章-1(グラフ2)]で見た<米国における、GD(Great Decoupling/スキル偏向技術進歩-技術イノベーション)に因る“雇用一人当たり生産性向上(GDP総額増加)と一家計当り所得減少”の大<乖離>問題(特に中間層の没落に繋がる主な原因)」を示すグラフ>のトレンドとほぼ共鳴している。

別に見れば、「限界利益=固定費(人件費等)+営業利益」の定義から、トータルの限界利益が減少すれば当然の帰結として「人件費(雇用者所得)⇔営業(企業)利益」の分配の(言い換えれば両者の厳しい奪い合いが日常化したという)問題となる。然るに、労働組合への関心低下の傾向(関連参照/↓◆)、非正規雇用数の拡大(正社員数シェアは低下傾向!)、自立・競争力強化を口実とする「福祉政策の劣化」等を背景として、雇用者側と経営側の力関係が後者(経営者側)へ有利に傾くことは必然だ。そのため、2002年以降は「営業(企業)利益>雇用者所得」という<雇用者側にとって不利益な「ワニ口の拡大」>が続いてきたということになる。

◆わが国では、そもそも企業別組合が多かったところへ特に製造業の退潮傾向とほぼ同時進行した産業構造の変化(サービス産業化)と、ネオリベラリズム新自由主義)的な経済思想が政官財学を席巻してきたことから労働者の非定期雇用化が促進し、それも労働組合組織率の低下の主な原因となってきた。

・・・(資料)日本における労働組合組織率低下の規定要因https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/20259/1/keizaikenkyu04501053.pdf

 このグラフは製造業に限った分析であるが、いずれにせよ、この傾向が顕著となってきた背景には、上で見た新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”を前提とする主流アカデミズム(今も安倍政権下で内閣日本経済再生本部産業競争力会議(民間)議員、内閣府国家戦略特別区域諮問会議有識者)議員などを務める竹中平蔵氏はその典型!の影響下に甘んじてきた日本政府・財界らトップの政策的な意味での大きな意思があったと見て間違いはないと思われる。

しかも、同じ傾向は、サービス業など日本の凡ゆる産業領域に拡がっており、それは[第1章:グローバル新自由主義の現代に特徴的な『二つの“ワニ口”』“名目GDPと雇用者所得の関係”]でも見たとおりである。つまり、この売上高とGDPが幾ら伸びても雇用者所得への配分が持続的に低下する傾向、ないしは停滞する傾向こそ“際限なく格差が拡大”する第一義的な原因となっている。しかも、恐るべきことに準汎用AIロボやIOT関連技術等の出現によって、その傾向は更に加速度を増して急拡大する懸念が高まっている。

(補足)当グラフについての説明(詳細)

製造業における限界利益=売上高-変動費(中間投入物)=固定費(人件費等)+営業利益≒一般的(仕入業態)企業の粗利益

・・・

日本における「大企業・製造業の売上高と限界利益」の変遷を見ておくと、図3(出典、財務省/上の曲線が売上高、下が限界利益)のとおりである。売上高は名目GDP(その年の物価にその年の生産量を乗じた付加価値)と連動する。なお、実質GDPは基準年の物価にその年の生産量を乗じた付加価値であるので純粋に生産量の増減を把握できる(経済成長率は実質GDP比であり、名目GDP÷実質GDPGDPデフレーター(限界利益との相関が強い)。

 そこで、注目すべきは売上高のトレンド線(・・・)の動向だ。それは2002年度まで限界利益とほぼ平行に並び右下がりだったが、2004年あたりから右上がりに変化して限界利益のトレンド線から乖離し(右向きのワニ口になって)現在に至っている。ということは、いわゆる常識的な意味での需給ギャップによるデフレが続いたのは2002年までで、およそ2003年以降はそれまでと全く異なる要因によって起こるデフレが続いてきたことになる。これこそが、<グローバル市場原理主義への過剰傾斜による異常経済の姿(売上高増に見合う限界利益全体の伸びが期待できないネオリベラリズム(新自由主義)型搾取経済(搾取のワニ口)の出現という恐るべき現実)>である。

 その「搾取のワニ口」に食いつかれた悲惨な現実(グローバル金融市場主義時代における量的金融緩和政策の機能不全、ホットマネー暴走による中小企業主体の内需経済の空転化、輸出型大企業とメガバンクの一人勝ち ⇒ 必然的に、これらが貧困層と格差の拡大をもたらすという問題もさることながら、特に<今の日本で起こっているデフレ現象の具体像は、企業の売上高は増えても限界利益が減り続けるという意味>で異常なのであり(喩えれば、100円ショップが値引き競争に巻き込まれたような状況!)、更にそれに<縮小し続けるパイ(限界利益全体の縮小傾向)の帳尻合わせが、雇用側の賃金縮小(人件費カット)へ一方的に背負わされている>という異常さが加わっている訳だ。

 しかも、現在の安倍政権下で起こっているのは、この“輸出型大企業とメガバンクの一人勝ち”すらが、国民のなけなしの年金原資の犠牲まで伴う異次元金融緩和の超リスクを冒したにも拘わらず《原発推進&輸出一本槍という決定的なアナクロ産業政策の錯誤(原発輸出全滅&核燃サイクル・デッドロック)》に因って凋落傾向に嵌っていることだ!

 従って、この点(新自由主義経済の欠陥=ネオリベ型搾取経済の現実)を理解せぬままでの従来型巨大インフラ投資等の対策(土建型、あるいは巨大プラント輸出型へ過剰傾斜すること)は無効であるばかりか格差拡大を更に助長するばかりになりかねぬという意味で有害ですらある。ここにこそ、全世界の新自由主義経済化トレンドの影響下にあるとは雖も、日本としては、そのあまりにも特殊な経済・金融・財政運営上の欠陥構造を直視すべき理由があるのだ。

  つまり、その理由とは、既述の<社会の超格差・二層隔絶化(中間層没落と拡大する貧困層のエンクロージャー化)をもたらし多数派下層民が縮小するパイを奪い合うという意味で呑気な花見酒経済構造>の見過ごしがあるということに加えて、<輸出型大企業と労働貴族化した連合・電機労連等の大労組に対する、売上高増に見合わぬ形で縮小する限界利益の中から更なる傾斜配分を与え続けること、言い換えれば一方的な対富裕層過剰優遇に繋がる所得税法人税等の欠陥徴収構造の放置>ということである。なお、雇用所得へ限りなく劣化圧力がかかる背景にはグローバリズム市場原理主義による「要素価格均等化の定理」(貿易相手国の低賃金が自国の賃金を劣化させること)も作用しているが、ここでは詳細を省く。

 そして、当グラフの「日本における1998~2002年のトレンド」には未だハッキリ現れていないものの、この傾向を[第1章:グローバル新自由主義の現代に特徴的な『二つの“ワニ口”』“名目GDPと雇用者所得の関係”]のトレンドと併せてみれば、<およそ1998年以降において、全世界的な新自由主義の跋扈(各国政府が本格的に採用し、それがワニ口の暴走傾向を強めてきたこと)によって「貧困層と格差が拡大する傾向」が拡がり、深化してきたことが理解できる。

この観点からみれば、“前任者の民主党政権を上から目線でニタニタ嘲り嗤い、かつ下卑た口調で罵倒しながら(↓◆/w)”安倍政権が今やりつつあるのは、まさにそれと《目クソ鼻くそ》の類であり、<小泉政権時代の超過激な新自由主義(ネオリベ)政策+戦前型“追憶のカルト”(青天井財務式の大日本帝国軍国主義)>を、“チェリー・ピンク風味”を効かせながら足して2で割るという<実に奇怪でハチャメチャな「政治・財政・経済政策ことフェイク・アベノミクス」>の更なる深化に他ならない。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098464149552619521 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1093217473606778880

【森羅万象「サル神」総理大臣】と化した?安倍晋三氏/<安倍“フクシマ”アンダーコントロール!>のウソを彷彿させ、まさに<悪魔>ないしは「靖国」顕幽論の<悪霊>の如き、日本国アベ首相の国際的に大いに恥ずべき発言! ☞ 悪夢のような民主党政権!の発言、&「オレ(安倍首相)にも言論の自由ある」=安倍首相20190212ロイター https://reut.rs/2tenYg6

・・・

つまり、安倍政権には「まず何よりも未生の世代が“幸せ”に生きられる日本を創るという確固たる意識」と「真の世界の潮流と時代の先を見据えたPotenz政策(展相のマクロ&ミクロ経済)の観念」が全く不在であるということになる。Potenz経済が重要であることの一例を挙げると、例えば<仮に準汎用AIロボで高度生産性が実現>する頃になれば「人口成長論」よりも、確実に「最適人口論」(ヴィクセル)の方が重要になるはずだ。

しかし、残念ながら安倍晋三・首相を筆頭とする政権トップの精神環境にシッカリ巣食っているのは戦前・戦中期型の<アナクロで古色蒼然とした、あの悪しき伝統《構造災》と強く親和する「追憶のカルト」>だけである(なお、これらの論点は必然的に準汎用AIが本格化する時代にこそ必須と思われる「マグダウエル的なリアリズム倫理」の問題と繋がることになる)。

 

 宇沢弘文『社会的共通資本』の現代的意味/それは“格差拡大(搾取)の『ワニ口』(新自由主義)に取り憑かれた”マクロ経済が相転換するための基本条件と考えるべき

・・・社会的共通資本の役割は『準汎用AIロボ機械経済』の出現で想定される『三つ目のワニ口』拡大への防波堤となること!いわば社会が市場経済を包摂するための必須条件である“社会の茎”となること。・・・

 宇沢弘文によれば、合理的期待形成仮説とマネタリズムら反ケインズ義経済学では「すべての希少資源が私有化された理想の資本主義的な市場経済制度の下において雇用は常に完全雇用の状態であり、実質的な所得分配は一定に保たれており、しかも貨幣の流通速度も一定である」ということが無謬の前提条件となっている。が、既述のとおり、この絶対的なはずの前提に誤謬があったのである(出典:既述の著書『金融システムの経済学』)。

  しかし、マネタリズムら反ケインズ義経済学(新自由主義)の信奉者たちは未だに自らの誤謬を絶対に認めようとしない立場を貫いており、それ故にこそ彼らは私有化を阻害する「社会的共通資本の存在」そのものを否定しており、政府の役割は司法と警察の分野だけに!と最初から限定している

 だから、国の経済政策は「資本主義的な資本市場ができる得る限り円滑に機能するように、すべての規制を撤廃するべきだ!」という、ただこの一点を彼ら(例えば、日本の竹中平蔵らは)は頑強に主張することになる。しかし、根本的な誤謬(理論上の欠陥)を抱えたままで、この様に強硬に主張する姿は経済学の議論というより、まるでカルト信者のそれではないか?

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  ともかくも、このような新自由主義(換言すれば、ルーカス理論の根本的な欠陥)へのアンチテーゼとして、宇沢弘文は「社会的共通資本」を提起したことになる。.なお、宇沢は著書『社会的共通資本』(岩波書店)の中で、「この考え方は、もともと19世紀の終り頃にソースティン・ヴェブレンが唱えた制度主義の考え方を具体的なかたちで表現したもので、21世紀を象徴するものである。」と書いている。

ところで、同じく宇沢の同著書によれば、その具体的内容は「森林・大気・水道・教育・報道・公園・病院・金融制度・司法」など住民生活にとって必要不可欠な基盤となる社会的装置とされているが、それは「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」と定義されている

従って、これは一般的な意味でのインフラストラクチャーより広い概念であり、同書に因ればそれらは「自然環境」「社会的インフラストラクチャー」「制度資本」の三つに分けられ、それらに属する全てのものは、国家的に管理されたり、利潤追求の対象として市場に委ねられたりしてはならず、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならないとされている。 但し、 宇沢弘文は、著書『金融システムの経済学』で読み取れる限りでは、“職業的専門家”だけに社会的共通資本の管理・維持を任せることへの懸念も持っていたように思われる。

 従って、『準汎用AIが創造する抽象的デュナミス(あくまでも潜在性の次元に止まざるを得ない高度生産性/委細後述)=AIロボ機械経済が創造する高度生産性』が、愈々、現実的にリアルに市場原理主義の弊害(今や歯止めが効かなくなったかにさえ見える超格差拡大や、新たな“AIに因る人間阻害”の問題)と直接的に関わる(マクロ経済学の仮面を被った新たな搾取の仕掛けが施される?!/今や彼らの所得だけでは現実的に消費活動が不可能なまで超困窮化した多数の超貧困層が出現するため!!)可能性すら懸念されるようになってきた昨今では、<「生命モデル」の経済学など全く新たな方向性とも絡みつつ、国家あるいはグローバル連合的なネットワーク社会が、何らかの倫理的な観点から「社会的共通資本」の問題に再び積極的に関わるべきである>という考えが浮上しつつある。そして、その流れは、例えば『社会の茎』などとの概念的な統合の工夫が求められているように思われる

 

宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)

 

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・・・アレントの画像はhttp://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/100510arendt.htmlより。・・・

稲葉振一郎『政治の理論‐リベラル共和主義のために』(中公叢書)によれば、そもそもエトノス(自然・社会・伝統・文化・相互主観性らを含む広義の地球環境)内におけるエントロピー解放手段としての暴力・暴政・戦争・財政危機などを内蔵せざるを得ない国家の基盤である「法」の根源が、H・アレント(あるいはC.シュミット、ハイデガー)らが主張する如く「ノモス」的なものだとすればそのアレントの「ノモス社会論」の先に、政治・経済が協働して当たるべき真の役割として「リベラル共和主義」(有産者市民による政治体制)が見えてくる。

因みに、このような「統治パターナリズムの宿命的性格」を十分に承知の上で、統治者(立憲主義で政治権力を国民から委任された)と国民(その国家の主権者である)の両者が、決してめげずに微細な修正の努力を継続するのがリベラル共和主義、換言すれば正統保守の立場である

ところで、ハンナ・アレントの「社会」から見えてくるリベラル共和主義の可能性を明確に視野に取り込むためには、ノモス(nomos)についての理解が最も重要なカギとなるが、そもそも最も根源的な「法」としてのノモスは古代ギリシアの社会概念であり、より古い時代には「神々と父祖伝来の伝統(現代風に言えばエトノス、つまり自然・伝統文化環境の総体である)が定めた行動規範としての「法」、あるいは同じく、そこに住む住民が平等に与えられる「ノモス法で定められた社会環境とインフラストラクチャ―の一定の分け前」を意味していた。

従って、ノモス法は現代的な理解である客観的な社会規範を文章で表現した「法」の内容だけではなく、一定地域の自然環境、土地、建物、市街地、橋、道路など目に見えるモノとしての公共財(インフラ)と離れ難い存在であった。現代風に言えば、それはエトノス自然環境とも離れ難い存在であり、フーコーの“統治理性”を理解するための必須概念となる

エトノス(ethnos)とは『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となる開放系の共有観念、および風土または過去~現在~未来に渡り生存環境の微小馴化(マイクロバイオーム世界の理解など)を常に受け入れつつも、その伝統的なヒューマン・スケール個体の全体性の“持続”を最も重視する、非常にしなやかで幅が広い寛容の意識、およびその受け皿となるローカルの風土』を意味する。

一方、そのethnosは古代ギリシア語に由来しており、それは村や都市に集住する「民衆」(デモス/demos)の周辺に住み、その「民衆」以外の部族集団のことを意味していた。従って、エトノスの意味は、そこに居る人々の立ち場が変われば正反対になり得るものであり、そもそも絶対的で画一的な評価を伴う言葉ではなかった。だから、それは「生命」そのものと同じく永遠に揺らぎつつも持続性を必死で繋ぎとめるべきものであるのかも知れない。

また、フーコーの統治理性短く言えば“どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家(政府)の統治権力と市民社会の自律的運動法則(関連して、特に労働組合のレニュアルが喫緊の課題!)は対等であるべき!とする非常に厳格な”考え方)の対象には、このようなノモス・エトノス的な意味で非常に危ういとも言える、地球上の全ての生命環境が明確に視野に入っていたと思われる又、フーコーの慧眼は「いま我々が体験しつつある準汎用AIロボの時代のマクロ・ミクロ経済論の展相の必然性」を実に的確に視野に入れていたことになる。

しかも、その対象は“国家とその国民層(法的統制)”だけに止まらず、法的統制と共鳴するエトノス環境とマイクロバイオーム等に繋がる多様な生命世界(生政治/『監獄の誕生』)、果ては“家政⇒市場原理主義の過程で歴史的に変遷してきた”経済・財政・社会(アダム・スミスの『見えざる手』=市場なる匿名的権力)に翻弄され続ける市民社会に至るまで、という具合で非常に広範に及ぶ。

ともかくも、そこで我々が注目すべきは、アレントフーコーの両者が、共に取り組んだ仕事のテーマが「人間性の歴史、つまりリベラリズム(より厳密に言えばリベラル共和主義を志向する努力)の歴史」への高い評価という点で共通していることだ。そして、この視点こそが、いま最も先端的な“生命論モデル”の「リベラル共和主義」、あるいは「Potenz経済学」の可能性の問題に繋がることになる。

そして、アレントが重視するノモスの“そもそもの意義”が「ノモス法で定められた、その地域の環境(自然・伝統文化・インフラストラクチャー)の平等な分け前(取り分)を地域の住民に分け与えることだ」という理解を援用すれば、「新自由主義が暴走し格差が拡大するばかリの恐るべき資本主義社会の現況」に辟易している我々にも、改めて、希望の方向へのヒントを与えてくれると思われる。 

つまり、そのような意味でノモス法的に考えれば、愈々準汎用AIロボが出現する新しい時代になりつつある今だからこそ、雇用者の生存権を守り、新自由主義新古典派経済学に関わるルーカス理論)なる誤謬の副作用である「格差」拡大のジレンマを解消しつつ、彼らをれっきとした有産市民へと育てる回路を確保するためのツールとなり得る宇沢弘文の「社会的共通資本」の重要性が理解できるのではなかろうか。

  

 安倍内閣は明らかに「アサッテの人」一派!/準汎用AI時代の接近に抗し「逆説のシンギュラリティ」(カルト倒錯の空気)を演出する安倍政権(典型的な二つの事例)

   (シンギュラリティが近い?それどころか、日本は全く異次元の特異点、『追憶のカルト』の妖怪らに取り憑かれたようだ?)

  シンギュラリティなる言葉の生みの親であるレイ・カーツワイル(米国の発明家、実業家)は、来る「永遠の生命」の時代(苦w)に備え(15~25年後?)、かつ、その汎用AIが創るポスト特異点ワールドで自らが永遠に生きることに備えて日々に250錠ものサプリメントを摂取する日常を送っているそうだ。https://twitter.com/liaoyuanw/status/862631115231608833

ところで、今の日本には「何らかの特異点(フェイクGDPを創造したアベ神サマの特異点?w)」を超えたためか?得体の知れぬ不気味な空気が漂っている。シンギュラリティについては[プロローグ‐(3)「準汎用AI」時代が意味するコト]で既に触れているのだが、このように“ある意味で異常化”した現代日本の状況を踏まえ、カーツワイルが創ったAI用語の範囲を敢えて越境し、逸早く「シンギュラリティ化した日本!」とでも言うべき、現代日本におけるポスト特異点の在り処と思しき異常な事象を二つ取り上げておく。

また、委細は以下の第5章『社会の茎』で詳しく触れるが、実に不可解な「フェイクGDPを創造したアベ神サマの特異点?w」の如き“異常”(超常現象?w)がリアル化する背景にあるのが、<『合理性の強さ』を過剰に信ずるあまり、逆説的に『非合理性の罠』に嵌るという、ある種の人間(例えば、未だに新自由主義に囚われたままの経済学者・政治家ら)によく見られる弱さ”の現れ>だ、といえるのでないか?しかし(これも委細は後で触れるが)、生命も含む“この世界の総体”は、リアル合理を重視するからこそ、どうやら逆説的に敢えて『限定合理主義』(ヒューリスティクス)に従属しているようだ。

因みに、この問題はマクダウエル的「倫理観」とも通底する論点がある?と思われるが、当記事で十分にその内容を取り上げる余裕はない(ただ、[第5章‐1:JPNアベ“忖度”マターの深層/見えないこと(権力化した欲望)Vs“社会の茎”の問題]末尾のエピローグで少しだけマクダウエルについて触れる)

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ところで、ジルベール・シモンドン(フランス科学認知論)の代表的著書である『個体化の哲学』によれば、ミクロからマクロに至る世界の総体は<存在の特定の相(情報、形相、特異点)>という概念に比肩できるが、別に言えばそれは一定の系が連続する多層構造(~量子物理学“スケール”~物理・化学“同”~生命“同”~宇宙論“同”~)の連続したリアリティのことだと理解できる。

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そして、この場合の特異点は“確かにそれは相転換が起こる通過点ではある”が、例えば生命進化のポスト通過点の各フェーズ(動物or植物)内では、細胞内におけるオルガネラ(organelle/ミトコンドリアら微小器官)のATPに関わる機能分担“再配置”の如く(動物と植物ではATP(アデノシン酸三燐酸/IUPAC命名法ではアデノシン5-三リン酸)の役割分担は異なるが、「エネルギー通貨」(生命活動のためのエルゴン(活力源/エクセルギー))の役目は共通している)が、必ず個々の生命総体では、先ず、ひたすらリアル(日常の生)を維持する仕事に専念しているように見える(画像は、Cell Organelles. - ppt video online downloadより)。

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・・・【画像】酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構(https://pdbj.org/mom/72より転載

なお、分子生物学者である二井將光・大阪大学名誉教授は、オルガネラとミトコンドリアについて以下のように説明している(典拠:https://www.jst.go.jp/pr/announce/19991126/index.html

・・・膜に包まれた生体細胞の中にはオルガネラと呼ばれる小器官が存在する。ミトコンドリアはこのオルガネラの一つで(細菌との共生を起源とするオルガネラで、多くの場合では母性遺伝)、いわば生物のエネルギー工場である。ヒトを含めた真核生物の祖先は、荒々しい原始地球から現在のように大量の酸素を持つ地球に変わる過程でミトコンドリアと共生し、呼吸によりエネルギーを大量に獲得出来るようになったと推定される。ミトコンドリアは、呼吸によって得られる酸素と食べ物を分解して得られるプロトン(水素イオン/陽子)と電子とを反応させて、ATP(アデノシン5-三リン酸)をATP合成酵素酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構https://pdbj.org/mom/72)内で合成する。合成されたATPは、蛋白質の合成や筋肉の動きのエネルギー源として消費される。

・・・

ともかくも、カーツワイルが予言するシンギュラリティで「AIがヒトを超える=AIがヒトをデザインするようになる=リアルなヒトの意識が存在意義を失う?」というようなことは、俄には信じ難いことである。それは、世界の総体は「AIが担う抽象論理ワールド」も「ヒトのリアル意識(マッハ感覚論的主観性)」も、それらの全てを包摂しつつ「シモンドンが言う“類比作用の操作(Allagmatique)”に従属していると思われるからだ。Cf. https://en.wikipedia.org/wiki/Gilbert_Simondon

カーツワイルら勝者(と思っている立場の人々)の思考に見られるのは「仮に、シンギュラリティで人間がホモ・デウス(神)となり(ユヴァル・ノア・ハラリ)、AI‐ロボ「機械経済」(スキル志向イノベーションがもたらす超高度生産性)が実現するハッピーな“抽象情報?”環境の中で、AI‐Webワールド・アバターの形で彼らが永遠の生を謳歌することが実現しても、決してそんなことは望まぬであろう99%のリアル人間(この場合は決定的弱者or電脳弱者ことルンペン奴隷化している、リアル世界での多数派層)」に対する、その立場の尊重や彼らに対する思い遣りが決定的に欠けているということだ。それこそ究極のマイファースト世界の出現であるが、それでも限定合理主義の重要な含意が理解できるリアル人間には最後の手段として電源をオフにする対抗手段は残るはずだ。w

 

(1)逆説のシンギュラリティ1/JOC橋本聖子副会長の非人間的な発言に透ける<“国民生命”の軽視>

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競泳の池江璃花子選手が自身のツイッター白血病と診断されたことを20190212に公表したことついて、池江選手自身が『神様は乗り越えられない試練は与えない』とのメッセージを出したことはごく自然なことである。一方、このことについて「オリンピックの神様が池江璃花子の体を使ってオリンピック、パラリンピックというものをもっと大きな視点で考えなさいと言ってきたのかなというふうに思いました」と、JOC橋本聖子副会長(自民党参議院議員会長、日本会議国会議員懇談会(幹事)、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の)が講演会で話したことを聴き捨てにすることはできない。

それは、前節の[宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論]で述べたとおり、社会理論や科学が如何に進んでも統治権力と市民社会の自律的運動法則は対等であるべき!とする非常に厳格な人道上の”考え方である<フーコー統治論>の観点から見ると、<日本会議の御教祖様>なら未だしも、れっきとした“アベ似非神さま”(or“森羅万象”神)の御仲間の一人として、しかも自民党参議院議員会長の要職に就く立場の人物には全く相応しくない非情かつ非人道の愚劣なコトバであるからだ

文脈上の些細な言葉尻を捕らえる批判はナンセンス!との<この“批判に対する”批判の世論>が可成り多いようだが、それこそ“アベ似非神さま”の御仲間らの思う、一般国民へ短絡思考を勧めるド壺に嵌った構図である。なぜなら、このような観点から見れば明らかなのだが、その意味での<この“批判に対する”批判の世論>は、璃花子選手ご自身の発言と、JOC橋本聖子副会長の発言の両者を、それぞれの異なる文脈から切り離して同列に並べてみた挙句に、両者は同じ意味内容だと判断しているに過ぎないからである。

おそらく、これは小学校・低学年クラス程度の国語「読解力」の問題である。それは、「前者=池江選手本人の真心」、「後者=橋本JOC副会長の政治的作為の意思」という違いが歴然としているからだ。つまり、今や多数派の世論はAIロボ(準汎用AIならぬ現在のネット翻訳ツール)程度の低劣な国語読解力のレベルまで劣化していると思われるのだ(疾うに、この日本では“ヒトの逆説的なシンギュラリティ”、いわば“ヒトの人非人化”が実現している?w)。

そして、このような状況は、“アベ似非神さま”の御仲間らにとってはご同慶の至り!かも知れぬが、準汎用AIの時代が目前に迫る日本の近未来にとっては超リスク以外の何物でもない。なぜなら、我われが<『そもそも国語(読解)力に欠陥がある準汎用AI』の時代となりつつあるからこそ、益々、ヒトとして「より深い読解力が求められる」という、おそらく人類文明史で初の<大逆説の時代>を迎えようとしているからだ。

 

(2)逆説のシンギュラリティ2/小4女児虐待死で浮き彫りとなった子どもの権利「後進国」、<“子ども”と未生“生存権”の否定>

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https://twitter.com/yuritama380/status/1098416985132523521

直近の実に傷ましい事件である『小4女児虐待死』に触れたブログ記事(↓◆)から大いに感ずるものがあったので、先ずそこで目に留まった個所を下に転載させて頂く。

◆『小4女児虐待死で浮き彫りになった、子どもの権利「後進国」日本/20190207まぐニュース』・・・ANA国際線CAと「ニュースステーション」初代気象予報士を経験し、その後、一念発起して東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねた河合 薫氏のブログ記事。

https://www.mag2.com/p/news/385370?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000125_tue&utm_campaign=mag_9999_0212&l=ivk172d887

 ・・・前、省略・・・日本の各メディアは、日本が世界から「国家レベルで児童虐待している」と批判されていることについては、なぜか報じません。 2010年「国連子どもの権利委員会」は公式な報告書内で、児童養護施設と里親制度をめぐる日本の体制を批判。また、2014年には国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチHRW)が、日本の社会的養護制度を検証する調査報告書を発表し、そのタイトルが「夢がもてない─日本における社会的養護下の子どもたち─」という、実に厳しいものでした。

 つまり、日本では虐待の相談件数は年々急増しているにも関わらず、発見し保護する体制はもちろんのこと、子どもたちを保護するための環境が足りていないのです。平成29年度中に、全国210か所の児童相談所児童虐待相談として対応した件数は13万3,778件で、過去最多。平成20年度は4万2,664件でしたので、9年間で約3倍です。

 一方、児童虐待の対応にあたる児童福祉士は3,000人あまりで、慢性的な人手不足が続いています。当然ながら「誰でもいい」わけではなく、専門的な知識や経験が必要不可欠。しかしながら、人材の育成は後手に回らざるを得ない状況です。さらに、海外では警察に児童虐待専門の部署があり、密接な連携のもと、発見と保護が行われていますが、日本にはそれもなし。・・・以下、省略・・・(ここで引用おわり)

・・・

無論、この<実に傷ましい事件である『小4女児虐待死』>まで「安倍政権の責任だ!」など見当違いの批判をするつもりは毛頭ない。だが、直近の「NHK世論調査」では、あれだけ作為の意図が丸見えでダークなフェイク操作(禁じ手のチェリー・ピンク戦術!)による「勤労統計の不正、嵩上げ工作GDP、偽装アベノミクス」らの疑惑が次々と表面化するにも関わらず、不思議にも安倍内閣の支持率は再び順調に上昇へ転じており、かつ自民党の支持率も頗る安泰である!”と、報じられている(↓★)。

因みに、「今の日本の不可解な状況=安倍政権の主要政策の悉くが(おそらくアベノミクスを除いて、しかも此のアベノミクスこそが全ての元凶であるにもかかわらず)厳しい批判の対象となる一方で、相変わらずその当然の責任者であるべき安倍首相(ひいては同政権)の支持率が一向に下がらず、それどころか頗る安泰であり続けること」の真相は<“悪性腫瘍浸潤”フェーズ化のアベノミクス/平均的日本人(その平均的自画像)を演ずるアベの「於・国会“曖昧な発言”」でフェイク統計らの嘘を刷込まれ全て受容する「平均的」国民!これが[アベ・ネオナチ/政策不支持→支持率安定]の正体!>ということではないか?と考えられる(関連参照/下記、画像Tw情報)。

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1105204201771024384

・・・
NHK世論調査/更に1%上がって内閣「支持する」44%、「支持しない」37%、政党支持=自民37.1(+1.9)、立民5.7(‐0.3)、国民0.6(‐0.4)…支持政党ナシ41.5(‐1)2019年2月12日NHKニュース、 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190212/k10011812281000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_002  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190212/k10011812301000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001

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https://twitter.com/SamejimaH/status/1101383065903874048

しかし、仮に「当記事の前半で取り上げた“アベノミクスによる搾取のワニ口”拡大という現実、“モリ・カケを筆頭とする安倍内閣重篤スキャンダル》の総浚いレビュー”、311フクシマの過酷な現実を隠蔽しアベノミクスのエンジンと見た“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れで、完全デッドロックと化した原発政策の現況、そして何よりも直近に起きた此のあまりにも傷ましい『小4女児虐待死』の背景(日本が世界から「国家レベルで児童虐待している!」と批判されている事実)について、各野党への取材も十分に採り入れつつ、各メディアが<特に、スポーツ・芸能と政治・社会マターが同列にしか見えない無関心層への積極的な情報提供>を意識して、ジャーナリストとして本来あるべき調査報道の厳しい視点で、この問題の背景等についてもっと真剣に報じていれば、果たして<相変わらず不可解な忖度の空気>を感じさせる《このような世論調査の結果、又はアベ支持率がそれでもドンドン上昇し続けるような不可解なこと》となっていたか?は甚だ疑問である。

もし、そのような意味で主要メディアが公正な、かつ十分に人道的な観点に立ち、怠りなく日本の未来をも視野に入れて本来あるべき報道活動を行っていたとしたらどうなったのだろうか?それでも、矢張り日本国民の過半超が兎にも角にも安倍内閣の好きなままにさせておきたい、つまり<戦前型“構造災”の国=軍事大国ニッポン>へ今の日本を作り変えて貰うしか未来はない!と思っているなら、「汎用AIロボの実現に因るシンギュラリティ(特異点)」を待つまでもなく、日本は別の意味でシンギュラリティ(異常社会化への特異な転換点)を通過しており、戦前と瓜二つの<アベさま御用達“神国ニッポン”/追憶のカルト国・日本>へ、見事にセットバックしてしまったと言えるだろう。

 

5  準汎用AIロボ「スキル偏向機械」経済化に備えるため、「 社会の茎 」(広義の社会的共通資本)を介し“新次元”マクロ経済へ展相することが必須

 ・・・準汎用AIイノベーション、スキル偏向機械経済化だけではデュナミス(潜在的な高度付加価値創造)の次元に止まるため、圧倒的な多数派の人々と未生のための“幸せ”をもたらすことはできない!マクロ金融政策が「社会の茎」(広義の社会的共通資本)であることへの気付きこそ、準汎用AIロボ時代に我われが新たに希望を持って生き抜く条件となる!・・・

  

(1)社会の茎(socio-scapes)

(植物群落の遷移における草本の茎の役割から得られる“社会の茎”のイメージ)

f:id:toxandoria:20190220125746g:plain・・・添付画像は、www.max.hi-ho.ne.jp より転載

 一般的に言えば、高等植物において葉や花を支える部分である茎の役割は「根から吸収した水分や栄養素(ミネラル等)を植物体の各所へ運び、それと共に主に葉の部分で光合成されたもの(光エネルギーを化学エネルギーに変換する生化学反応で作られたもの)を光合成ができない部分へ運ぶ、ということである

 光合成は光エネルギーで水と空気中の二酸化炭素から炭水化物(糖類であるショ糖、デンプンなど)を合成する一方で、水を分解する過程で生じる酸素を大気中に供給している。そして、年間に地球上で固定される二酸化炭素は約10の14乗kg、貯蔵されるエネルギーは10の18乗kJと見積もられている。http://www.tkd-pbl.com/book/b298034.html 

 ここでは余談となることだが、「特に生命力が強い草本」は、ヒトの社会に喩えると東アジア漢字文化圏の中で意識されてきた、草莽(グローバル環境の激変の時などに一般国民層の中で傑出した強かさを発揮する人々)に似ているようだ。幕末期の日本において、特別な役割を担った吉田松陰らの草莽の正しい意味(いわば草本の茎の役割)は必ずしも未だ正しくは理解されていないようだが、彼らが歴史的に重要な役割を担ったことは確かである(当論点の委細は↓★を参照乞う)

 ★幕末「普遍の自生史」隠蔽は正統保守に非ず、松陰「白日」の削除を謀るアベ独裁は戦前構造災の再来/敗者と異論への寛容(思想)の回復が必須2018037toxandoriaの日記・・・新たに判明した歴史「事実」である<維新政府が隠蔽した「白日=啓蒙思想の普遍観念に匹敵する観念」の発見>を安倍晋三・内閣が毛嫌いする不可解!その「白日」とは、カント「情念統制、論理構成」の二理念とも呼応する<自律的な吉田松陰ら幕末期“草莽の獅子”たちのリベラル共和的な“普遍”への覚醒>であった!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180307 

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・・・この「秘密の思い出」の花言葉を持つネジバナの画像は、ブログ「Tatehikoの独り言・№2」さんから、お借りした。https://49173758.at.webry.info/・・・

ところで、草本とは背が高い木になれずその生涯が短い植物群を指すのだが、木になる植物の茎の場合は、その殆どの場合で先の部分を除く大部分が堅い幹となっている。一方、背が高くなれない草本群はその代わり生活上の融通が利くように可成り自在な戦略を身につけているが、特に、その茎の主な役割は草本の主柱的な形をした個体内の生命環境の基盤インフラであると共に、この茎こそが個体生命の全体をシッカリ支えるネットワーク構造の要となっている。

比喩的に言えば、人間社会の草莽(いわば生命力が強い“社会の茎”たち)は、特に雑草に近い「地這いの植物の茎」と酷似している。それは、彼らが「高い木にはなれず、植物体が小さい代わり生活時間(生涯)が木に比べ短く、しかも個体数が圧倒的に多い多数派であるから(又は多数派を動員できるから)こそ、いくらグローバル環境から大きな攪乱を受けようとも、些かも怯むことなく、逆に、空いた場所があれば素早くそこへ侵入し、そこで強かに世代交代を繰り返す」という地這いの植生と似たような行動の特徴を持っているからだ。

 いわば、一般に植物群落の遷移では、まず草(草本)が生え、それから木が侵入して森林化へ進むという順番が見られるのだが、グローバル環境の影響で断続的に激しい攪乱が行われるような場合には、必ず、多数派の草本が長期にわたりその場を優占する。つまり、草原の状態が長く続いたり、雑草で覆われ尽したりするのがその一例であるが、結局そのようなローカル環境には一定地域の自然環境を激変させる樹木が外部からなかなか進入し難いことになる。

以上のことから、自然環境にせよ人間の社会にせよ、グローバル環境の保全には、特に生命力が強かな多数派の草本の役割が、人間社会で言えば「草莽的な役割を担う人々が主役となリつつ各個体にとって最も基本となる生命・交流活動の場と手段を提供するインフラストラクチャー機能」(いわば社会的共通資本的なプラットフォーム)が非常に重要であることが理解できる。

 

 (マーティン・オルブロウの社会の茎(socio-scapes))

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マーティン・オルブロウ(Martin Albrow/英国の社会学者(ドイツ出身))は、トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ>のことを「社会の茎」と名付けているがウルリッヒ・ベック1944 - 2015/ドイツの社会学は著書『世界リスク社会』(叢書ウニベルシタス)の中で、これをグローバリズム時代における新しい「帝国」(国際金融資本など)へ対峙し得る、“グローバル市民のための全く新しい共有基盤”(いわばグローバルな社会的共通資本)になり得るもの>として注目している(オルブロウ画像は、martinalbrow.com より)

なお、このマーティン・オルブロウが定義した「トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ=社会の茎」は、今では必ずしも「コミュニティ」だけにかぎるものではなく、グローバルな繋がりの中でこそ個体生命は存在し得るという意味での「生命(ないしは生物環境)モデル」の中核的な機能を意味する概念として理解されている

ところで、scape(複:scapes)はタンポポ水仙などのような地這いの草本の茎(花茎)のことなので、各国家の如く強固な地理的“領域”の意味はない(そもそもタンポポ水仙がカッチリした国や領土を主張するはずがない!)。しかし、一方でそれがローカルな意味での一定の自然環境に立脚している、換言すれば個々の生身の市民・住民らの日常的な生命活動が“土壌”となっているという意味での「ヒトの社会のグローカルGlocal)な概念/Think globally, act locally!」と相似しているのも当然と考えられる

更に、概念をより拡げて連想すれば、これはヒト、家畜、昆虫などあらゆる動物の個体の内部にある、ホルモンなどの情報伝達物質を分泌する「腺」(gland/内分泌腺、外分泌腺がある)に見立てることもできるだろう。因みに、ヒトでは腺の異常によって各種の腫瘍やガンが発生するが、無論、植物にも密腺・油腺などの重要な働きをする腺が存在し、そこからの分泌物質は非常に広域におよぶ動植物間のコミュニケーション等にも役立っている/出典:https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1809

一般に草本はローカルな大地から直に生えている訳だが、その中でも特に生命力が強い雑草(そもそも外来種が多いが、そして既述したことでもあるが、これはヒトで言えば草莽に比較すべきかも?)も含めて、それら草本の<茎(scapes)の役割>は、ローカルからグローバル全体の、木々や動物・昆虫らも含めた意味での、いわば生命トータルの多様性を保全する役目を担うという意味で非常に重要である

つまり、それは各花々(“社会の茎”に比定すれば、夫々の場所で生きている世界市民の一人ひとり)の支えであるだけでなく、気象・天候・外敵らに関わる情報収集と情報発信により(普通、ヒトの感覚でそれは殆ど捉えられない)、それらの花々や多くの木々や諸動物らがそこかしこに群生する広域なグローバル世界、つまり究極的には全地球的な生態環境を保全することでもあるからだ。(参考:https://www.youtube.com/watch?v=MvlrZKPxV1w

老婆心でつけ加えるが、オルブロウとベックは草本の茎」と「社会の茎」なる二つの概念を、世界中に存在する草本や社会と個々に対応させる意図て使っているのではない。それは<個々の社会的事象については常にグローバルな視点で捉えつつ、リアルの実践ではきめ細かくローカルな問題を最重視して取り組むべきだ!(Think globally, act locally!EUの考え方の基本にある)という「Glocal」の象徴として、比喩的に使っている訳である。

 

 (2)“新次元”マクロ経済への相転換(展相)が必須と見るべき背景

・・・それは、「第4次産業革命」(AI・準汎用AIを基本ツールとする革新的イノベーション)と、「普遍観念」(ルソーの一般意志に因る/立憲主義に基づく現代『民主主義国家』のグローバル経済基盤)との統合は如何にすれば可能か?という問題・・・

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安倍政権のベノミクスなる「ピンクチェリー(好いとこ取り統計偽装)方式の嵩上げGDP/2020年度600兆円、必達!」が、(おそらく、よく訳が分からぬままの)多数派の国民から一定の高い支持を受けつつ?、今も堂々と行われているその背景を探るのが当記事の“隠れたサブ(副)”目標であったが、これまで見てきたことから理解され、特に重要と思われる点は下の4つ(a~d)に集約される。

a【GT1】現代資本主義の特徴である「市場原理主義新自由主義)&技術イノベーション型」という二つの搾取構造の大きな流れ(GT:グローバル・トレンド)に、殆ど気づかぬうちにドンドン飲み込まれ続けている。 

・・・具体的には「二つのワニ口」(搾取構造)があり、その一つは“近代産業革命に始まる技術イノベーション”、二つ目は“1970年頃から優勢となる新自由主義ネオリベラリズム)のそれである。

・・・然るに、その“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)には、数理論証明(R.ルーカス理論)に誤りがあったことが証明されている。 ←世界的に知られる数理経済学者・宇沢弘文らの指摘がある!(この論点は第2章で詳述した)

b【GT2】およそ2000年代に入り、aの上に、IT技術型の「スキル偏向技術進歩」(画期的イノベーション)に因り、新たなグローバル・トレンドの搾取構造(三つ目の“ワニ口”)である「Great Decoupling」が加わった。

・・・21世紀に入り、a【GT1】の中の「技術イノベーション」のそれがAIロボ-IOT型「機械経済化」の「第4次産業革命」へ向かうIT技術に関わる必然の流れの中で更に搾取構造がより高度化しつつある。

・・・IT技術が生み出す高度生産性」が、IT技術を支配・所有する一握りのエリート層(ITイノベーションを支配する資本家・経営者層ら)へ過剰に傾斜分配され続ける限り、ヒトの日常生活の『実需』の基本である「生命の営みの一部でもあるヒトの生産性」を圧倒することになり、より深刻な賃金「格差」が発生する。そして、それは「少しでも“幸せ”に生き抜こうとする、消費者であり、かつ雇用者(or生産者)でもあるという、ヒトとしての最低限度の生存条件」を着実に根底から脅かしつつある。

・・・言い換えれば、それは<究極的には生身のヒトが主役である「実需」には消費者であると同時に生産者でもある雇用者(厳密に言えば家計・家政)がマネー増加分、つまり(持続的に取り込まれるマネーエネルギー(エネルギー通貨)の活発な流通を媒介とする日常の生活・生命活動(主に衣食住に関わる)によって、日々、新たに更に前向きに生き続けるため必要な何らかの付加価値(etwas)を絶えず、創造する必要がある」という重要な意味があることを改めて教えてくれている。

・・・だから、新古典派経済学的な意味での機械生産(技術イノベーション)的な付加価値(静態的)と後者(ヒトが関わる、いわば生命モデル経済的な意味でのイノベーション)の付加価値(流動エクセルギー)を全く等値(等価値)と見る算術勘定(換算)が誤りなのだ

・・・なぜなら、前者が創造する付加価値はあくまでもデュナミス(潜在性)であり、生身のヒトが創造する付加価値はリアル(現実)での生命エネルギー消費の対象なのであるから

c【GT3】いまグローバル世界は「準汎用AIロボ型技術の高度イノベーション経済の本格的な出現」へ移行しつつある。(その本格化は10~15年後か?)

・・・これは、【GT2】が、おそらくミクロ・マクロ経済に関わる政策面で何も手を打たなければ、準汎用AIロボ型技術の高度イノベーション経済の本格的な出現(準シンギュラリティの時代へ移行すること)によって、凡ゆる予想を超えるほど大きな賃金「格差」”に襲われる可能性が高まりつつあること、を意味する

【 日本型『伝統“構造災”』の存在 】日本には全ての国民が覚醒し克服すべき日本型(JPN)伝統“構造災”のリスクが存在する。(この論点は第1章で詳述した)

・・・これがチェリーピンクGDP(アベさまのチェリー・ピンク病!)の病因となっているその根源には実に厄介な日本文化の宿痾(本態性高血圧ら本源性の病理に似ている)が潜んでおり、その完治には歴史・文化的な意識に関わる革新(例えば、エナクティヴィズムに関わる覚醒)が必須であろう。(関連参照↓◆)

◆【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

6 『人間の壁』(ヒトとデュナミス経済を分断する生産性の壁)を乗り越え、ヒトが少しでも“幸せ”に生き抜くための基本的な方向性

・・・「準汎用AIが創造する抽象的デュナミス」(AIロボ・IT・ITOイノベーションが生み出す高度生産性)と「ヒトが生きるリアル社会の実需(消費)」を遮る『人間の壁』(デュナミス経済化)を如何にすれば乗り越えられるか?・・・

6-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク

・・・新自由主義に汚染した新古典派「マクロ経済」の流れの中で、もし<先端科学技術の典型,汎用AIロボに因る機械経済化に伴う『人間の壁』の問題が放置されれば、特に“展相の民主主義&経済社会に関わる観念”が希薄な日本社会が世界で真っ先にデストピア化するのは必然!・・・

 (一般に欧米では“科学技術が政治権力と結びつき易いことが理解されている)

 そもそも、<アベ神さま?w>が一強支配する今の日本が嵌った超リスクの真相は、自由の意味が混乱して、権力・経済力らの「強制力」(アンシュタルト)と自律的な「自由」の間のジレンマ回避に失敗したことである。アンシュタルトとは、そもそもはM.ウェーバーの“一定の強制力を持つ社会的な-団体、例えば学校・精神病棟など”のことだが、近年はそれが不可視の制度として強制権力を行使するシステムの意味でも使われており、その典型が現在の世界で君臨する新自由主義ネオリベラリズム)である。

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しかも、K.ポランニー「市場社会と人間の自由」(大槻書店)によれば、ポランニーの歴史的な検証で「一般的に科学技術は権力と結びつきやすい」ことが理解されており、第4次産業革命をリードする準汎用AIロボ技術といえども、その例外とはなり得ないようだ。これは、そもそも資本主義(市場経済)の失敗による格差問題を解消する(市場経済の毒牙から市民を守る)という口実にファシズム誕生の淵源があることを想起すれば分かり易いはずだ(今の日本でも我われが目撃している“科学技術と軍事力が接近しつつある傾向”を想起せよ!)。

因みに、科学・科学技術とファシズムの親和性について補足しておくが、それは根本的には「科学知の破壊的威力と政治的万能感の野合」の問題と言える。例えば、311フクシマが象徴する日本の原子村(原子力技術コンソーシアム)の<『暴走インフラ→構造災』化>の問題(今やこれは進退不能デッドロックに嵌っている!)は、その典型である。

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加えて、渦中の『チェリー・ピッキング統計不正操作によるアベ・ピンクGDP』らの問題を考えてみれば分かり易い(統計学は、れっきとした科学(科学理論)である!)。従って、宇沢弘文の「社会的共通資本」は、この問題に対する、最も有効な問題提起(インフラ型構造災への有効ワクチンの発見)として理解することも可能である。(そもそも、この種の柔軟な観念の不在が問題である!)

また、E.O.ウイルソン(米国の昆虫学者、生物 多様性・会生物学研究者)が「AIの核心技術である回帰分析は「相加条件」(更にリアル環境下で多様な後天的・双方的・パラダイム的影響を受けること)を無視する一種の“情念的・観念的”設計原理主義(設計=あくまでも一つの観念、リアル=宿命的に多元)なので、それによるリアル100%の予測は不可能だ!」と警告を発していることは十分に傾聴すべきだ(だから、AI活用は積極かつ抑制的(冷静)であるべき!)。また、AIには宿命的カルマン・フィルターの問題(多変量・特徴量の統計処理によるリーマンショック・自動運転車事故等の原因となった突発的パニック・リスク発生が見過ごせないhttp://urx.blue/zoqH)もある。

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因みに、問題はE.O.ウイルソン『ヒトはどこまで進化するのか』(-亜紀書房)-、小林雅一『AIの衝撃』(講談社)らの指摘どおりで、AIディープラーニングの正体が“意外にも”旧来からある回帰分析等の統計処理であることだ。一方、最先端の進化心理学(関連参照↓◆2)等では、同列技法である確率統計を利用しつつも、その限界をも絶えず十分意識して取り組むのが常識化している。

◆2 進化心理学

・・・社会心理学・発生生物学・進化生物学・ネオラマルキズム等との関係が深く、また進化経済学らAIを抑制的に活用する先端知のルーツでもあり、身体の自然エトノス(最広義の地球自然環境)への適応と同様に、人間の心も生物学的な進化の産物であると理解する心理学。

・・・21世紀に入り、特にAI研究の深化等と共振しつつ急速に発展する「文化進化論」のルーツの一つになった(委細は、コチラを参照 ⇒2016-08-22toxandoriaの日記/『記憶喪失の海に沈む安倍内閣、その底に潜む偽遺伝子は文化進化論(遺伝的適応)上の追憶のカルト!新鮮な生命が持続的に吹き込むエトノス対話の環境づくりが急務』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160822)。

・・・

ともかくも、その悪夢の時代のデジャブが再び世界を覆いつつあり、アンシュタルト化した新自由主義が牽引するグローバル市場原理主義は過酷な格差拡大を伴った20世紀前半頃と同じファシズムの再来を予感させる状況となっている(止め処なきワニ口の拡大!)。そして、これを回避するカギこそが「社会の茎」である!それは<“自覚的に地球環境意識を持つ市民の自律的な自由意識”を活力源とする「機能的民主主義」の可能性>ということである。

なお、そもそも機能的民主主義とは(ポランニーによる詳細な論証は省く)、左右派の論争の時代は今や終焉しているので(ランゲ・モデルによる社会主義経済計算論争の決着)、科学技術のファシズムとの親和性については決して警戒を怠らず、また地球自然環境への十分な目配りと限定合理主義(ヒューリスティックス)を一定の準則として「リベラル共和主義」(持続的な展相(相転換)を前提とする民主主義社会)の実現を目指す」ということである。

EUのポテンツ経済は、これに気付いている? また。この視点は宇沢「社会的共通資本」および「米・制度経済学派」とも価値観を共有していると考えられる。

 

デッドロック化した日本の原発政策は“ファッショ権力と結びつきやすい科学技術”問題の典型!かつ、全世界に対する赤恥曝し!)

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現代日本で最も問題視すべきは、日本会議代理人たる「実に卦体(けたい)な“追憶のカルト”世界のゾンビ・アバター集団である安倍政権」が、事実上、日本の権力をファシズム的な手法で一手に握ってしまったことだ。このため、ほぼ多数派を占める一般国民と主要メディアも、今やまるで自主的に、あるいはいそいそと競い合うかの如く周囲へ目配りをしながら、かつ上目遣いで忖度の瞬きをしながら、彼らゾンビ・アバターを必死に担ぐどころか、驚くべきことに恭順し平伏する姿勢をすら見せ始めている。

だから、安倍政権が、内閣人事局(20140530設置)に“一強”集中させた人事権をますます笠に着て配下の“優秀な官僚ら”に対し殆ど恫喝的に“忖度”を強要するという、実に鼻持ちならぬほど居丈高で嵩に懸かる傲慢な態度を彼らが取り続けられるのは必然の流れだとも言える。

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しかし、ただ単に威張り散らすだけの破廉恥な行動のレベルでは止まらず、安倍政権がその主要政策の柱である「アベノミクスの失敗」あるいは「そのエンジンと位置付けた原発政策の完全失敗(アベ・トップセールス輸出全滅、核燃サイクル・デッドロック他)」を巧妙に粉飾し胡麻化すためフェイクデータ操作によるGDPや雇用統計の嵩上げを配下の官僚らに強要したことは“犯罪行為”そのものと言える実に不届き千万な権力の暴走である。

いわば、安倍政権はアベノミクスの失敗という大失態を内外へ向かって糊塗するため大日本帝国ならぬ「フェイクデータ帝国」(フェイク嵩上げGDPでっちあげ国家への誘惑)の罠に掛かったということだ。かし、この「フェイクデータ帝国」(諸統計データ改竄で日本経済が偽装的に成り立っていた?!)の問題は国内だけで済むはずがなく、海外市場関係者らの間でも日本経済に対する不審の眼差しの悪しき波紋が次第に拡がりつつあるようだ(参照、下記★)少しでも早く内外の信用回復を願うばかりである。

★A Scandal Unfolds: Japan’s Impressive Growth Rates Were a Lie; 40% of Economic Data Faked/30190129 News, World Politics/CCN(Cryptocurrency News and Market Updates) https://www.ccn.com/a-scandal-unfolds-japans-impressive-growth-rates-were-a-lie-40-of-economic-data-faked 

Abenomics under heavy fire after dodgy data hid apparent drop in wages across Japan in 2018 20190206 the japantimes https://www.japantimes.co.jp/news/2019/02/06/national/politics-diplomacy/abenomics-heavy-fire-dodgy-data-hid-apparent-drop-wages-across-japan-2018/#.XF3kYVz7TIU

 

(『人間の壁』、デュナミス経済化を助長する“間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題)

  これは第4章で詳述したことだが、少しでも“幸せ”に生き抜こうとする消費者でありかつ雇用者(or生産者)であるにも拘わらず、「AIロボ技術が生み出すデュミナス高度生産性」が、AI関連技術を占有する一握りのエリート層(AIロボ・イノベーションを独占する資本家・経営者層ら)へ過剰に傾斜分配され続ける限り、日常生活での『実需』を支えるべき「生命の営みの一環たる普通のヒトの仕事の生産性」を圧倒することに因る、より深刻で致命的な賃金「格差」が、更に深刻度を増して発生し続けることになる。

しかし、そのような超リスクが懸念されるにも拘わらず、刻々と高度な準汎用AIロボ・IOTらの先端技術が先導する「第4次産業革命」の時代が<その深刻な格差拡大の矛盾(“AIロボ&ヒト、両生産性”の断絶)を抱えこんだまま>で近づきつつある。我われは、この極めてリスキーな時代に備えどのように対処すべきなのだろうか?そこで、「間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題」の真相を概観しておく。

そもそも、シンギュラリティという用語の第一義的な定義は、<汎用AIロボが、それまでの経済の果実(ヒトの主観的欲望が需要(消費)の主な成分であった従来の経済成長、GDP)とは全く次元が異なる機械化経済の抽象デュナミス(潜在)的な「高付加価値」の創造(イノベーション)によって、<非常に高度な経済成長(機械自身の再生産フロー・プロセスによる供給/例えば、ドイツのスマートファクトリーの如き、https://iotnews.jp/archives/53664 )をもたらす時代になる>ということである。

全ての仕事がAIロボに奪われるので大変だ!という単純な話ではなく、それは<資本主義の究極の宿命的段階である、ヒトの完全“物象化(フェティシズム)”に因る”搾取ワニ口”の拡大>が抽象的なR.ルーカスの理経済論の上で見れば無限大へ向かって拡大する、いわばほぼ完全な機械経済化(市場原理主義で完全物象化させられたヒトがAIマシンの完全な支配下に入る異常な社会)が実現するということだ。しかも、それはネオリベラリズム市場原理主義で典型的に見られるようになった只の“物象化=労働力のモノ扱い”どころではなく、その機械経済化の時代において“多数派の人々はモノとしての価値をすら失う”ことになりかねない。

つまり、それは非情にも僅か数パーセントのAIロボを占有するスーパー・エリートがその他大勢の有象無象のヒトを支配し、かつ限りなく彼らをモノ以下の無価値な存在(高々で奴隷的ネオ・ルンペン層化?*)へと貶める可能性すらが高まるということだ。だからこそ、後述する<社会の茎(社会的共通資本)としての「新たな金融制度設計等の抜本的改革」による、“日常生活”における多様なヒトのための需要(働き口と活発な消費のためのエルゴン(生命論的活力源))の取り戻し=生命経済モデルへの展相>が必須となる。

 自然環境の中での果てしない対エントロピー(比喩で言えば、対アンシャンレジーム(絶えず、既得権化し陳腐化する!))抗争こそが<「自由原理をエルゴン(活力源)とする地球型生命」と「ヒトの社会・経済活動」>のレーゾンデートル(存在理由/raison d'être)である。また、「A:リアル因果と倫理」はその共通の自然環境のなかで、特にヒトにおいて発現するマッハ現象学的、生命論的「意識」の「土壌と体性感覚的感性」(ヒトの基調ベース)であり、「B:(数学的)論理、イメージ、記号、象徴ら」は「C:(抽象的)表象」のジャンルである、と言えるだろう。

 一方、ヒトの「意識」では「A」と「C」が共時的に脳内および体性感覚論的に共存し得るが、このヒトの「意識」下の「C」と、コンピュータ(AI・ビッグデータ等)上の「C」の間には生命論的な意味で決定的な断絶がある。言い換えれば両者の間には生物学的な意味でも自然環境を共有し得ない(コンピュータが機械であるから、そうする必然性がない)という意味で断絶があり、井上智洋・駒沢大経済学部准教授は、これを「人間の壁」(デュナミス経済化)と呼ぶ(Cf.井上智洋・著『人工知能と経済の未来/2030年雇用大崩壊』―文春新書―)

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これと同じことを、『情報社会の哲学』(勁草書房)の著者・大黒岳彦明治大学大学院・情報学環教授)は、a「あくまでもヒトが意識を持つ生き物として生きているリアルな文脈世界の一環であることと繋がる諸データ(一般的な意味での抽象性とは異なるマッハ感覚論的素材性/具体的には、統計作業のプロセスにおいて社会の複雑性、多様性のリアルと絡みつつ生きている、つまり未だ生と直結しているパラメータ・データ)」とb「機械言語上の情報知(一定の選択フレームで切り取った抽象的体系性)」との間には「断絶(アポリア化した)」がある、と言っている。

大黒氏によれば、そもそも両者はアリストテレスの潜勢態(デュナミス/dynamis)と現勢態(エネルゲイア/energeia)に対応しており、一般に我われは、その潜勢態(それはリアル因果の流れの中での流動的な可能性の謂いでもある!)をほどほど(限定合理主義的)に実現し、その完成度の検証を持続的に繰り返している訳だが「仮想的な意味で、それを完全に実現して目的に到った状態はエンテレケイア(entelecheia/プラトンイデアに匹敵する/但しこれは永遠に到達できないアポリアでもある)と呼ばれる。

つまり、現代の我われは、(1)社会活動的に見れば「間主観性」(相互主観性、共同主観性)が、日々に、一定の許容範囲を持つ振幅で微妙に振動しつつ更新され続けるリアルの場面である、自然・社会環境と無限に繋がる文脈的世界の一環としてのマッハ感覚論的素材性(生命環境論的な意味でのエトノスと感情の海を漂うエネルゲイア)と(2)巨大WebネットDB(データベース)汎“知”が刻々と更新し続ける新たなクラウド的世界(増殖し続ける抽象的データの海/抽象的デュナミス)、という三つの全く異質な情報空間の世界を跨ぎつつ生きていることになる。

 <注>エルンスト・マッハ感覚論的素材性(一般にはマッハの内面的表象と呼ばれる)

・・・内外のエトノス(自然・文化環境)と殆どアニミズム感覚的に交流・共鳴する「ノントリビアルサイバネティクスの内部観察者(obserber)」(自然環境内で生きる生身のヒト)の意識(正確に言えば意識滑動)に相当する。とすれば、それは生命論的、ないしは人間論的な意味で時間の流れと同期して進行する「内外世界の因果連鎖」と直接的に繋がるリアル感覚(リアル意識)そのもののことである。

・・・

つまり、<事実上、もし我われがスマホという名の“Webネット型DB(データベース)ロボット”の操作なしでは一日たりとも日常が生きられなくなっている>とすれば、今や、この“リアル意識obserber(同上の生身のヒト)”そのものである我われは、<抽象的なWebネット型DB上に君臨するクラウドAI汎“知”>の支配下で完全にそれに組み敷かれるか否か?の瀬戸際の時代を生きつつあることになる(ソフトバンククラウドAI型ロボット、ペッパーの脱人間化『知能』の設計アーキテクチャは、その分野で前者(クラウドAI汎“知”)へ傾斜した研究の典型事例、https://www.softbank.jp/robot/

ともかくも、ウィーン大学で活躍したエルンスト・マッハ(1838 - 1916)は、哲学(現象学)、物理学、科学史、心理学、生理学、音楽学など様々な分野で研究を行ったが、特にマッハ現象学フッサール(事実上、現象学の確立者と見るべき人物)の現象学的還元へ与えた影響は重要である。

 

  (“第4次産業革命”で期待できる『ヒトの“幸せ”のためのヘゲモニー争い』の行方/マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる)

・・・それは、“AIロボ&ヒト、両生産性”の断絶を見据えて展相“新マクロ経済”で再統合を実現すること・・・化

これまで述べてきたとおり、准汎用AIロボ(純粋機械経済化システム)が創造する付加価値(生産性)はあくまでも「潜在(抽象デュナミス)的付加価値」であるが、このことについて『人工知能と経済の未来』(文春新書)の著者・井上智弘(駒沢大学経済学部准教授/マクロ経済学)は、凡よそ次のように説明する。

・・・「産業革命IT技術」期の投資は、機械と労働へ投入され生産活動が行われ、そこから工業製品ら生産物が生まれ、それが消費者に渡り消費される」という流れで説明できる。然るに、AIロボ型「第4次産業革命」期の投資先は、(フェイク・アベノミクス等のようにマクロ・ミクロ経済的に何も革新的な手当が行なわれずに今の流れのまま無意味に移行することになれば←補、toxandoria)もっぱら「約90%以上の雇用を占める技術(研究・開発)部門」(高度専門技術や高い能力が求められるため雇用に占める占有率は大きいが働き口の数(実雇用数)としては非常に狭き門!)ということになり、仕事の口数の消滅と分配構造の更なる超劣化で極貧層と化した多数派の人々が、AIロボ機械経済システムで生産・創造された高度な生産物(生産性)を消費せざるを得ないという意味で<倒錯構造>と化す!という全く<不可解な資本主義へ相転換(展相)>することになる。従って、必然的に、そこでは供給(ごく少数派の高給生産者による、あくまでも潜在的な高度生産性の創造)と需要(おそらく9割超の圧倒的多数派貧困(ルンペン同然)層によるリアル消費の間に深刻な需給上のミスマッチが出現する。しかも、そこで殆どの人々はマトモな仕事を失っているのだ。即ち、その“残余のごく少数派の高給生産者が創造する高付加価値の生産物(モノとは限らぬ!)”は、肝心の相方であったはずの多数派層の人々の需要が殆ど“消滅”したも同然化するため、そのAIロボ機械経済システムが創造(イノベート)する高度生産性はリアルな日常を生きる人々にとっては、只のデュナミス(潜在性/可能性)に止まらざるを得ないことになる(そのリアル化が大格差ワニ口(GD)のトレンド!)。・・・(この後は、toxandoriaの解釈的な補足)・・・従って、准汎用AIロボ(機械化経済システム)が創造する高付加価値(超スキル偏向イノベーションによる高度生産性)のデュナミス(そのままでは潜在性に止まる“准汎用AIロボ”が創造した高度生産性を如何なるマクロ政策的な仕組みを介在させリアル化するか、が重要な問題となる訳だ。つまり、それは資本主義をどのようにすればルンペン層と化した圧倒的多数派の人々(おそらく9割以上の占有となる?)の日常の生活が如何にすれば“幸せ”を感じる方向へ相転化できるか?という問題なのだ。そこで、検討を急ぎ具体化を図るべきが“新しい金融インフラ(社会的共通資本)”としてのベーシックインカムということになる。無論、同時に、一般的な多数派の人々の新たな仕事の口数を如何にすれば増やせるかも問題となる。 ・・・

 

(純粋機械経済化に因る『人間の壁』(デュナミス経済化)のデストピア回避には“マクロ”レベルの相転換で新たな資本主義を構想する発想転換が必須!)

f:id:toxandoria:20190223134247p:plain・・・この画像はwikiより。

これまで見てきたことを言い換えれば、汎用AIロボの機械経済システム(高度スキル偏向技術)が創造する高付加価値なる潜在的「高度生産性」(デュナミス高付加価値)の出現で「価格を縦軸に取る需要曲線と数量を横軸に取る供給曲線を用いた分析による需給均衡点E(マーシャル以来の伝統)が消滅する」というアポリア(大矛盾/市場原理上の根本的矛盾)が生じることである。

つまり、マクロ経済の相転換(展相)が必然である現実を無視して、この<潜在的「高度生産性」とヒトの間に出現>する分断を放置すれば、資本主義の要である市場原理が無意味化し資本主義そのものが死滅するということだ(別に言えば総資本主義が準完全“花見経済”化すること!)。

あるいは、「圧倒的に少数の技術エリート富裕層と癒着した強権型政治権力による圧政の出現(例えば、ネオ・ファシズムのような暴政権力の登場による圧倒的貧困(ルンペン化)層の弾圧支配?)で、おそらく名ばかりとなった民主主義と資本主義そのものが同時にほぼ崩壊する」という“過酷奴隷社会”とでも見るべきデストピアが出現する可能性すらある。

だからこそ、この恐るべきデストピアを回避するには先ず第1段階として「マクロ経済レベルの展相(相転換)」と共に『“少数富裕層Vs多数有産(ノモス)中間層”化という分配構造改革でリアル経済社会を再生し活性化する』ことへの取り組みが必須と思われる。そして、結論を先に述べておけば、その第1段階の要とすべきものが展相「マクロ金融の要」(“社会の茎”でもある社会的共通資本の一環)と明確に位置付けた「ベーシックインカムの段階的導入」である。

同時に「生命モデル」で理解し得るヒューリスティック(限定合理)の意味」の再発見に因る「市場原理主義の物象化ならぬヒト型雇用(短慮かつ表層的にはムダにも映るヒューマン・ファクターを再評価する職業の創造)、つまり現象学者、アルフレッド・シュッツ流の日常生活の評価等に関わるルネサンス」で、AIロボ型「第4次産業革命」による雇用の消滅を補完するべきである(無論、新たな雇用創出の可能性はあるが当記事ではスペース的にも委細を取り上げる余裕がないので検討課題として稿を改める予定!/関連参照:エピローグ)。

因みに、この「AIロボ機械経済化に因る“何らかのマクロ的な工夫を施さぬ限りデュミナス(潜在的な高付加価値)が限りなく機械的な再生産のループに嵌るという由々しき問題は、ある意味で“資本主義の死”というよりも、その前ステージである“資本主義のガン腫瘍化ないしは痴呆症か、あるいは老化現象に匹敵すること”として理解することも可能であろう。

しかし、個体生命内での 生体流動システムならぬマクロ経済システムの上で、その高度な経済価値を“異次元の受け皿(ヒトが生きるリアル日常の世界)へ何かを介在させて転送し、そこで未生のために有効化させる”には、“そもそもヒトが生きる意味は何か?という類の問題に関わる人文・社会分野の知見”をも十分に参照し、“生命モデル型”経済という「革新的なマクロの視点」で、未生の人々の“幸せ”のためにも繋ぐことが可能な雇用の創造(仕事口数の増加)を促進するのがベストではないかと思われる。

このため注視すべきキーワードが、第4章でも触れたATP(アデノシン酸三燐酸)(個体生命内でのエネルギー通貨)、あるいは社会の茎(socioio-scapes/マクロ経済が相転換するための基本条件)、社会的共通資本(宇沢弘文)などであるが、これらから派生する重要な観点については、以下の章で詳述する。

  

6-2 “社会の茎”(社会的共通資本)を支える新マクロ経済への相転換/“国民の幸せ”を実現する3つ方向性

(1)“社会の茎”(社会的共通資本)の要となる「新しいマクロ金融」

・・・ここでの問題は、“社会の茎”(社会的共通資本)を支える「新しいマクロ金融」の中枢たる<段階的べーシックインカム>があってこそ、我われは<社会ニーズや仕事・雇用>について新しい形の創造を実現し、我われ自身と未生の人々が本格的「準汎用AIロボ」時代の『人間の壁』をブレークスルーし、その準汎用AIロボが創造する高度な付加価値をヒト(日本国民)の“幸せ”のため存分に活用できるようになるということ。・・・

 (『機械化経済』時代にこそパワーを発揮する“社会の茎”(社会的共通資本)の役割)

この問題意識の核心は、汎用・准汎用AIロボ(純粋機械化)が創造する大きな付加価値(高度生産性)の「ヒトのための有効活用」を、特に新たなマクロ経済の中核として取り入れるべきだという考え方である。そして、これから述べるのは、文字通りのことだが前章で指摘した[“AIロボ&ヒトという全く異質な両生産性”の断絶を見据えて展相の“新マクロ経済”で再統合を実現する]ための具体的な方向性の提案である。

つまり、この再統合の工夫による「(a)AIロボ高度生産性の(b)“ヒト社会”におけるリアル有効化」がなければ、それは<非常にリスキーな断絶を放置する>ことと同意であり、そもそも(a)AIロボ高度生産性の存在意義そのものが全く無意味となるはずであるからだ。

汎用AIロボ/ワールドなる「電脳Webシンギュラリティの新世界」で“永遠の生命”を得る”カーツワイルらの如き一握りの超エリートや大富豪らが、その世界の中で永遠に?遊び続けることを夢想するのは勝手であるが、もしその流れに身を任せることを良しとするだけなら“ヒト社会”はデストピアの到来を待つだけのことである。

そもそも、[(1)社会の茎(socio-scapes)‐(植物群落の遷移における草本の茎の役割)]で述べたとおり高等植物において葉や花を支える部分である茎の役割は「根から吸収した水分や栄養素(ミネラル等)を植物体の各所へ運び、それと共に葉で光合成されたもの(光エネルギーを化学エネルギーに変換する生化学反応で作られたもの)を光合成ができない部分へ運ぶ、ということであった。

だから、「社会的共通資本としての“社会の茎”」とは、まさにこの高等植物における「茎の役割」を担うものに相当すると考えれば分かり易いのではないだろうか?

因みに、この「社会的共通資本としての“社会の茎”」と似たような「生体内におけるエルゴン(いわばエネルギー通貨を介した活動パワーの再配分)のメカニズム」はゲノム染色体の分配や再配分の仕事の中でも観察されることである。

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例えば「染色体の分配に関わる非コードDNAの問題」ということがある。ヒトゲノム・プロジェクトの結果、ヒトのDNAは100%解読されたとされているが、それは「30億塩基対の全ゲノムのうちで2%の部分だけのこと」で、「残り98%は非コードDNA」と呼ばれており、それらは“タンパク質をコードしていない”領域である(出典:小林武彦・東大分子細胞生物学研究所教授・箸『DNAの98%は謎』‐講談社‐/以下は、同書の解説から部分的に、関連すると思われる部分を要約した内容)。

同書によれば、この「全体の98%を占める非コードDNA」は“遺伝子の発現、DNA複製の開始”などの染色体の上で起こるイベントの全てを制御・維持する機能を担っていると理解されていたが、“タンパク質をコードしていない”という意味では、その点に関する限り殆ど役に立たない領域と見なされてきた。ところが、近年の研究で、この領域がヒトの進化・免疫・老化などの非常に多様な分野において、殆ど無尽蔵なほどの重要な役割を担っていることが理解されつつある。

よく知られた事例では「免疫グロブリンの遺伝子再編成」の問題がある。免疫グロブリンは抗体を作るタンパク質で、普通は「1種類の抗体がある特定の異物(抗原)だけを攻撃する」という“特異性”を持つ。一方、生命個体の外部から侵入する抗原の種類は殆ど無限大に近いといってもよいので、進化のプロセスでグロブリン再編成(ごく一部の小さな可変領域におけるリフォーム)の仕組みが編み出された。

ところで、新種の異物(抗原)に対処するためのグロブリン再編成の材料となるタンパク質はDNAでコードされるため、殆ど無限大に近い新種の抗原に対処するためには膨大な数のDNAが必要となるはずだ。しかし、ヒトゲノム・プロジェクトで確定したDNAの数は有限(約2.2万個)である。そこで、進化の過程で編み出されたのが「一見では何の意味も持たないDNAの墓場的な領域を設ける」という戦略であった。

つまり、その「殆ど無意味な、一見では役に立ちそうもないDNAの墓場/偽(ギ)遺伝子と呼ばれる壊れた遺伝子のリピート配列(従来はジャンク、つまりゴミと呼ばれていた)」からランダムに1つずつの材料が選ばれて、それらの組み合わせで、新しい免疫グロブリンの再編成が行なわれていることが分かったのである。

恰も、このような「全体の98%を占める非コードDNA」の巧妙(絶妙?)なメカニズムは、上で見た「社会的共通資本としての“社会の茎”」そのものだ、とさえ言えるのではなかろうか。つまり、生命モデルから得られる知見からすれば、「例えば、新古典派経済学にシッカリ取り憑いた新自由主義の如き“合理原理主義”こそ“非合理”であり、“時に備えたムダも一定の視野に入れる“限定合理”こそが、ある意味で合理的であることが分かる。

従って、このことは後述する「新たなリアル需要の創造/第4次産業革命をリアル化する新たな課題への挑戦」の問題とも必然的に関係することになる。因みに、これは殆ど余談だが、同書によれば「進化の過程でサルとヒトの違いを作ってきた」のも、この「従来はジャンク(ゴミ)と見なされていた、全体の98%を占める非コードDNA」であることが理解できる。

 

(2)“社会の茎”(社会的共通資本)における「エネルギー通貨」の考え方(新しいマクロ金融のエルゴン)

・・・そこで必須となるのが、個体内におけるリアル生命の「エネルギー通貨」の役割についての理解ということ。・・・

これまでの当記事の流れの中で、特に前節の「生命モデル」という着眼点で学んだのは、「持続するリアル生命のあり方の根本には“時に備えた一定のムダも視野に入れる“限定合理”(ヒューリスティクス)こそが、ある意味で生命個体ないしはそれが一部として成立する広義のバイオスフィア(地球環境の如く多様な生命が個々の生態連鎖である、喩えれば“入れ子”構造のような共鳴・循環・円環・交流のなかで存在するリアル世界)のため、つまりそこにある個体生命トータルの“幸せ”のためには最も合理的である”」ということではなかったのか?

特に、それは「マッハ感覚論的素材性」というリアル意識の入り口を介してこそ“幸せ”を感じられるヒトの場合は、この着眼点に気付くことが重要ではないかと思われる(関連参照/プロローグ―(3)準汎用AIの時代が意味するコト、第5章-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク)。

そして、その本格的な第4次産業革命の時代において『完全な“汎用AI”の実現を夢想する一握りのホモデウス派が、相変わらずの抽象観念的“合理性”で永遠の生命の実現をすら求めるあまり、益々、彼らがマイファースト化して新自由主義の新たな暴走ステージ』への相転換を現実化させようとする節が覗われる今だからこそ、ヒトを含む地球上の凡ゆる生命にとっても重要な意味を持つことになる。

それは、完全とは言わぬまでも、仮に『“準汎用AIロボ”の段階で新自由主義の新たな暴走ステージへの相転換』が実現してしまったとすれば、一握りの“完全電脳化”したホモデウス派にとっては、もはや多様なリアルエネルギーを必要とする生命が存在する、現在の豊かで美しい自然環境に満ちたエトノス(リアル地球環境の総体)をすら不要と見なすことになる恐れがあるからだ。

更に、ここで想起すべきは<GDPは人間の主観的・欲望的な意思(漠然とした、大まかな、従って強欲へも傾斜し得る!←補、toxandoria)を初動因とするイノベーションの計数化」だということ>である(関連参照/第2章‐(イ)「有効エネルギー(エクセルギー)、無効エネルギー、ミクロな日常生活」に見える<人間本位の経済学>の可能性)。もしそうなら、場合によっては<“狂想+強欲”の異常な意思>が彼らの<脳/精神環境>を完全支配する恐れが高まり、その結果として「とめどなく超搾取的なイノベーション創造」となることもあるだろう。

従って、“準汎用AIロボ”システムの機械的な「高度付加価値」創造が、今度は地球上の凡ゆる生命を悉く根こそぎに搾取し尽して、地球上の全生命を絶滅させる危機が迫る可能性すらあり得るだろう。無論、その真相は「ストレスが原因とされる、タコの自食行動」にも似た彼らの浅はかな愚行であるのだが!(しかも、普通に自食したタコの脚は再生するが、根元までゴッソリ食べ尽してしまうと再生が中々困難となるらしい?w)

因みに、この「カーツワイル」型のシンギュラリティ原理主義という異様な状態は安倍晋三日本会議らが夢想する“追憶のカルト”の『神国ニッポン』、あるいは米トランプ大統領の中核支持基盤であるキリスト教右派ダーウィン進化論否定/ペンス副大統領のベース基地)の『神の国』のそれに酷似している。

一方、(繰り返しになるが)マーティン・オルブロウの“社会の茎”のそもそもの定義であった「トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ」は、今では必ずしも「コミュニティ」だけにかぎるものではなく、グローバルな地球環境という「大きな繋がりの網の中でこそ個体生命は存在し得る」という現実を保証する入れ子構造のフレーム(観念)をも意味する。

従って、恰も「エネルギー通貨をエルゴン(活力源)とする生命(or生物環境)トータルの壮大な循環モデル」内部での活動と同じく、“社会の茎”の内部でも何がしかのエルゴンを供給するものの介在が必須であり、それが中核的な交流・交換・共鳴らの諸活動を促す何らかのパワーとなり得ることになる。

そこで、注視すべきが生命活動における「エネルギー通貨」の意義ということだ。第4次産業革命の「AIロボ機械経済」がもたらす『人間の壁』(デュナミス経済化従来のマクロ経済では解決不能な『AIロボ・高度生産性』Vs『ヒト型経済の低生産性』に因る大格差(新種の巨大ワニ口)が発生すること!)/しかし、そのままでは前者と後者の価値交換が殆ど不可能という、これら二種の異質な生産性を巡るアポリア!)に因るデストピアの出現が高まりつつある今だからこそ、この観点が特に重要と思われる(関連参照/第5章-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク)。

<補足1>エネルギー通貨(ATP/adenosine triphosphate)とは?

・・・以前にも述べた内容もあるが、最も重要な点なのでそれらも含め改めて説明を加えておく。・・・

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f:id:toxandoria:20190323094513j:plain・・・このATP合成酵素の画像は、https://pdbj.org/mom/72より転載。

生命進化の過程におけるポスト通過点の各フェーズ(動物or植物)内では細胞内にあるオルガネラ(organelle/ミトコンドリアら微小器官)のATPに関わる機能分担“再配置”の如く動物と植物ではATP(アデノシン酸三燐酸)の役割分担は異なるがエネルギー通貨(生命活動のためのエルゴン)の役目は共通している)、必ず個々の生命総体での帳尻合わせが行なわれているようだ。そして分子生物学者である二井將光・大阪大学名誉教授は、オルガネラとミトコンドリアについて以下のように説明する(典拠:https://www.jst.go.jp/pr/announce/19991126/index.html・・・膜に包まれた生体細胞の中にはオルガネラと呼ばれる小器官が存在する。ミトコンドリアはこのオルガネラの一つで、いわば生物のエネルギー工場である。ヒトを含めた真核生物の祖先は、荒々しい原始地球から現在のように大量の酸素を持つ地球に変わる過程でミトコンドリアと共生し、呼吸によりエネルギーを大量に獲得出来るようになったと推定される。ミトコンドリアは、呼吸によって得られる酸素と食べ物を分解して得られるプロトン(水素イオン/陽子)と電子とを反応させて、ATP(アデノシン5-三リン酸)をATP合成酵素酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構https://pdbj.org/mom/72で合成する。合成されたATPは、蛋白質の合成や筋肉の動きのエネルギー源として消費される。

<補足2>個体生命(真核生物)内における「エネルギー通貨(ATP)」の基本的な働き

1 ATP(高エネルギーリン酸結合/酸無水物による酸無水結合)には2つの高エネルギーリン酸結合があるが、生体内のエネルギーとしては末端の1つが主に利用されている。ATPTPaseという酵素加水分解されADP(アデノシン二リン酸)とリン酸になり、この時にATP1モル(グラム分子)当り7.3kcalの高エネルギーが放出される。 http://y-arisa.sakura.ne.jp/link/yamadaka/animal-cell/gene/ATP-1.htm 

2 ATPに蓄えられたエネルギーが放出され、生物の緒活動、例えば蛋白質等の合成、輸送、運動、発光、発電、発熱、発音などに利用される。一度ATPがADPとリン酸に分解・消費されると直ちに呼吸代謝系(光合成、呼吸・食物/+酵素(触媒))からエネルギー供給を受け、逆反応でATPが生成される。そのためATPは生体内での通貨に喩えられ、余分が生ずるとクレアチンリン酸などで貯金される。但し、この貯金(エネルギー物質)の割合は非常に小さいので、絶えず食糧(酸素、糖質、脂肪など)の形で外部からエネルギー源が供給される。http://y-arisa.sakura.ne.jp/link/yamadaka/animal-cell/gene/ATP-1.htm

3 ATP合成酵素については未知の領域が多く、無論、ATPアーゼ(アデノシン三リン酸分解酵素)」を人工的に作ることはできないが、特に複雑極まりないF型ATPアーゼ(分子量50万以上)はほぼ全生物に共通してATP合成に用いられる普遍的な酵素であることが知られており、そこには進化の痕跡が垣間見られない。https://pdbj.org/mom/72-

<補足3>ATP研究に関するトピックス

【ATP合成酵素の原子構造の解明は程遠い!】20180917

・・・ATP合成酵素の調節の詳細を知るには、その原子構造の知識が必要である。しかし、ATP 合成酵素は、私たちを含む世界の多数の研究グループの構造解明の挑戦を、この15 年間ことごとくしりぞけてきた。/細胞のATPの消費需要と合成能力とは刻一刻変化しているが、それに応じATP合成酵素はどのように制御されているか。これが全くわかっていない。京都産業大学・総合生命科学部・教授 吉田 賢右 https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/12_kiban/ichiran_23/j-data/j77yoshida.pdf

【ATP合成酵素(分子モーター/人間の場合、ATP合成酵素ミトコンドリアの内膜にあり、水素イオンの流れでATPを作っており、その役割は発電所の仕事に喩えることができるが・・・】20180919

・・・なぜ、あらゆる生物が簡単な機構ではなく、複雑なナノモーター(ATP合成酵素の回転運動を世界で初めて観察!)を使用しているのか?は未解明である!その回転には何らかの宇宙的な普遍性があるかも!?/京都産業大学、総合生命科学部 生命システム学科 吉田賢右教授、https://www.kyoto-su.ac.jp/project/st/st11_06.html 

 

(3)「エネルギー通貨」モデルこそ「新しいマクロ金融」のエルゴン/その一例がべーシックインカム

 段階的べーシックインカムが今の日本で必須!と考えられる理由

これは前にも述べたことだが、この段階的べーシックインカム導入の狙いは<近未来において汎用・准汎用AI(純粋機械化)が創造する高度付加価値(生産性)の「ヒトの“幸せ”と未生のための有効活用」を特に「マーティン・オルブロウの“社会の茎”(socio-scapes/生命モデル社会を実現するための主柱)の観念に因る新たなマクロ経済」政策の中核、つまり社会的共通基盤の中で最もべ―シックな役割を担うべき基盤としてシッカリ取り入れるべきだというということ>である(関連参照/第3章‐マーティン・オルブロウの社会の茎/socio-scapes)。

繰り返しとなるが、より具体的にその意味することをイメージ化できるように説明すると次のとおりである(関連参照/第5章‐1:“第4次産業革命”で期待できる『ヒトの“幸せ”のためのヘゲモニー争い』の行方/マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる)。 

⇒「准汎用AIロボ(機械化経済システム)が創造する高付加価値(生産性)のデュナミス(そのままでは潜在性に止まる“准汎用AIロボ”が創造した高度生産性)を如何なるマクロ政策的な仕組みを介在させて多くの生身の人々が“幸せ”を感じられるようにリアル化するかが、つまりその意味で資本主義をどのようにネクストの方向へ相転化(ヴァージョンアップ)できるかが、非常に重要な喫緊の課題となっている。そして、そこにこそ“新しい金融インフラストラクチャ―(社会的共通資本)”としてのベーシックインカムの役割が改めて認識されることになる 

しかし、米国・カナダ・インド・イタリア・スイス・フィンランド・オランダ・ケニアウガンダなど世界各国で べーシックインカムについての「支給対象者を絞り込んだ実験」が行なわれているが(その殆どは現行の福祉・給付制度と並行して行われていると思われる)、概ねのところは財政負担の拡大等を主な理由として時期尚早との評価が出されているようだ(Cf.https://seijichishin.com/?p=4826)。

また、ベーシックインカム論の淵源の一つが、マネタリズム市場原理主義・金融資本主義を主張したミルトン・フリードマンの「負の所得税」であることから、例えば黒田バズーカ(異次元金融緩和)らのバラマキ論(マネタリズムの暴走)と同じジャンルと見なされることがあり、左右派の立場の違いを問わずベーシックインカムでは財政破綻になるだけだ!と、これを一笑に付す人々も多いようだ。

しかし、いまや周知のことであるが、「アベノミクス(“黒田バズーカ”なる妖しげな保証人付き!)の大混迷orアベさまの上げ底景気?」(ピンクGDP操作なる“日本の信用破壊工作?”のオマケ付き!苦w)のお蔭で日本の財政負担は膨らむばかりとなっている(2015年末の日本国債の発行残高は約807兆円、地方と合わせた長期債務残高は約1035兆円/財務省データ)。

そのため、内外景気動向と日本政府の今後の舵取り如何によってのことだが、次第に財政破綻リスクが高まりつつあるのが現実だ。何も手を打たずに、このままボーッと座して二つのデストピア(“アベノミクス等の失敗に因る破綻リスク”と、“汎用AIロボ機械経済に因る『人間の壁/二種生産性のミスマッチ』の出現による破綻リスク”の二つ)の来襲を待ち受けるばかりというのでは、あまりにも悲惨で無策であり、かつ無責任すぎるのではないか?

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そこで、世界各国で行なわれている べーシックインカムについての「支給対象者を絞り込んだ実験」とは全く異なる発想でベーシックインカムを提言する、井上智弘・駒沢大学経済学部准教授の箸書『人工知能と経済の未来』(文春新書)を手掛かりに、「ノモス、あるいは社会的共通資本の枢軸(“社会の茎”たる新たな金融制度の主柱)と位置付けた、その意味において全く新しい角度から発想した「ベーシックインカムの段階的導入」の可能性について考えてみる。

 なお、これも前に述べたことで繰り返しとなるが(上掲書『人工知能と経済の未来』は、このノモスについては全く取り上げていない!)、最も重要な点なのでノモスの問題について要点を以下に纏めておく(関連参照/第2章:宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)。 

・・・「エトノス(ethnos)とは『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となる開放系の共有観念、および風土または過去~現在~未来に渡り生存環境の微小馴化(マイクロバイオーム世界の理解など)を常に受け入れつつも、その伝統的なヒューマン・スケール個体の全体性の“持続”を最も重視する、非常にしなやかで幅が広い寛容の意識、およびその受け皿となるローカルの風土』を意味する。

・・・そして、ハンナ・アレントの「社会」から見えてくるリベラル共和主義の可能性を明確に視野に取り込むためには、ノモス(nomos)についての理解が重要なカギとなるが、そもそも最も根源的な「法」としてのノモスは古代ギリシアの社会概念であり、より古い時代には「神々と父祖伝来の伝統(現代風に言えばエトノス、つまり自然・伝統文化環境の総体である)が定めた行動規範としての「法」、あるいは同じく、そこに住む住民が平等に与えられる「ノモス法で定められた社会環境とインフラストラクチャ―の一定の分け前」を意味していた。

・・・従って、ノモス法は現代的な理解である客観的な社会規範を文章で表現した「法」の内容だけではなく、一定地域の自然環境、土地、建物、市街地、橋、道路など目に見えるモノとしての公共財(インフラ)と離れ難い存在であった。

・・・現代風に言えば、それはエトノス自然環境とも離れ難い存在であり、フーコーの“統治理性”を理解するための必須概念となる。因みに、フーコーの“統治理性”の核心は<どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家(政府)の統治権力と市民社会の自律的運動法則(関連して、特に労働組合の“自らのレゾンデートルの再定義を伴った真の再生”が喫緊の課題となる!)は対等であるべき!とする非常に厳格な”考え方>である。

・・・そして、フーコーの視野に科学技術の未来までもが的確に入っていたことには驚かされる。ともかくも、これは“準汎用AIロボ「機械経済」の時代を目前とする今だからこそ理解できるベーシックインカムの存在理由であると言えるだろう。それは、準汎用AIロボ「機械経済」化の時代が目前であるからこそ、恰も生命界における『エネルギー通貨』の如き役割を担うことが可能なベーシックインカムの出番だ!ということである。しかも、それが大きな財政負担の重圧を伴うというのは誤解に過ぎぬことなのだ。)

・・・

 ところで、日本がこのような隘路に立たされた時であるからこそ、(1)この国難とも見るべき大混迷の真の原因の在り処の摘出、と(2)それに基づく長期展望の設定(時代潮流に不適応!と化しつつあるマクロ政策に関わる展相(相転換)の主柱の再設定)の二点が重要と思われる(無論、アベ神さま宣言?なる超常(追憶のカルト)現象が、現下の大混迷の第一義的な原因であることは言うまでもない・・・苦w)。

大きく捉えれば、(1)についてはこれまでの諸検討の結果から「産業革命以降の技術イノベーションに因る二段階の格差の発生(資本主義と技術イノベーションの宿命的関係性に因るとも言えよう!)、つまり「“供給>需要”」なるパワー(力関係)不均衡に因る「企業総利益⇔総雇用所得」の格差、ひいては「大企業雇用所得>一般企業雇用所得、なる大きな格差の発生・拡大(第一のワニ口)」および「1970年代以降の新自由主義思想のメジャー化(規制緩和原理主義と労働力の物象化フェティシズムなど)による大格差の発生・拡大トレンド(第二のワニ口)」であることが理解できた。

そして、この「二つのワニ口」(格差拡大トレンドの動力源)に加えて、愈々、準汎用AIロボがもたらす機械経済化、つまりAI活用型の高度イノベーション効果に因る「三つ目の巨大なワニ口」が予想されることになった。そのメカニズムについては「第6章‐マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる」で詳述した通りであるが、要は<「AIロボVsヒト、という二つの異質な生産性」の宿命的な断絶による絶対的大格差が発生し、ひいては資本主義そのものが成り立たなくなる(資本主義の死滅)>ということである(関連参照/第6章‐『人間の壁』(デュナミス経済化)を乗り越え、ヒトが少しでも“幸せ”に生き抜くための方向性とは?)。

 

 b 段階的べーシックインカムの設計

・・・以下は、井上智弘・駒沢大学経済学部准教授の箸書『人工知能と経済の未来』(文春新書)が提言するベーシックインカム(設計内容)の要点の転載であるが、特に留意すべき箇所には所見を加えておく。・・・

(イ)段階的べーシックインカム(月額7万円/満額目標)の対象者

給付対象:国民一人当たりとする。

・・・つまり、赤ちゃんが一人生まれたら給付の対象となるので、それは最低限度の生活支援の意味だけでなく少子化対策にもなる。

給付金額:満額の目標は月額7万円の支給とする。

・・・たしかに一気に数十万円の高額支給を行った場合はハイパーインフレの恐れがあるので、「満額の目標は7万円程度とし、月額1万円から始めて10年程度以上の時間をかけて完成する。

(ロ)財源は所得税・消費税(+富裕税創設(←補足/toxandoria))とする(月額7万円の前提で給付総額は約100兆円未満)

・・・アベノミクスの如き無定見なバズーカ異次元緩和(事実上の国債増発)によるバラマキ政策とは全く異なり(←補足/toxandoria)、その中心となる所得税については、税制改革で累進税率の改正を行う。

・・・その効果を凡よそのイメージで言えば「特別の大富豪らを除く一般の高額所得層の所得はややマイナス、中間層は,ほぼ±ゼロ、貧困層はプラス」となる。通例は消費税で特に問題となる貧困層への課税であるが、べーシックインカムでは自分が納めた税金が給付となり戻ってくるブーメラン効果が働き、その部分は各層でそれぞれに相殺される。

(ハ)福祉・各種給付との関係、純負担額のシミュレーション

・・・総体で見ると、「ベーシックインカム⇔福祉・各種給付」の調整が必至なので、事務量(費)の削減効果がある。

・・・純負担額のシミュレーション(満額7万円の場合/詳細な計算内容は省略)

  ●年収400万円(一人暮らし)の人の場合は「増税額-ベーシックインカム」=16万円となる。同条件               の 年収336万円の人では±ゼロである。つまり、年収が純負担336万円より多い人は純負担(損)が生               じ、それより少ない人には純受益(得)が生じる。しかし、336万円より多い人の全てに純負担が生じ             る 訳ではない。それが「専業主婦∔子供一人」のケースでは、max.125万円の純受益が発生する(但               し、現行児童手当らの給付はマイナスされる)。ここでも少子化ベーシックインカム対策の意義が認           められる。

(二)汎用AIロボ機械経済とべーシックインカムの親和性

・・・そこでは、おそらく汎用AIロボ機械システムでは爆発的な高度生産性が実現するので、より一層、べ              ーシックインカムの役割を発揮できることになる。

・・・(補足/toxandoria→)これらのことだけでなく、当記事の分析で判明したとおり「準汎用AIロボ機械経済による人間社会のデストピア化を回避するため、愈々、そこで行き詰まる可能性が高い資本主義をどのようにして多くの人々が“幸せ”を感じる方向へ相転化(ヴァージョンアップ)できるか?が非常に重要な喫緊の課題となっており、そこにこそ“新しい金融インフラストラクチャ―(社会的共通資本=社会の茎の中枢となる新たなマクロ金融基盤)”としてベーシックインカムを導入する重要な意義が改めて認識される。

社会福祉の再設計(段階的べーシックインカム導入の補完)

・・・それは、“社会の茎”(新しい金融の柱)をベースとする社会福祉の再設計ということ。つまり、段階的べーシックインカムと従来型の社会福祉の“相互補完的な役割の再設計が必要になる”ということ。適切に実行されれば、社会福祉予算はムリなくダイエットできると思われる。・・・

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井手英策・慶大教授(財政学)は、著書「経済の時代の終焉」(岩波書店)のなかで、バブル崩壊後の1990年代後半から「小さな政府・規制緩和」万能主義なる新自由主義(似非イデオローグ/“相互扶助・分配・共助”蔑視観を持つ)が本格的に国民の心の奥に深く浸透し、特に多数派層の精神面が変質した(それに洗脳されてしまった)ことが、今に続く混迷の根本原因であると指摘して、以下のように続ける。

・・・ところで、プラザ合意(1985/協調介入名目の対日『円高・ドル安誘導の強制、米国際収支改善が目的』/バブルの遠因?)後の約30年の間に米国が新自由主義の受け入れ圧力を日本へより強め続けてきた訳だが、そもそもその間にこそ日本政府は、対米追従だけでなく、自律的意思に基づき「相互扶助・分配・共助をベースとする財政力強化の国家理念」を、しぶとく構築すべきであった。・・・

・・・それどころか、前川レポート以降に内需拡大策として強化された土建型国家政策(地方交付税生活保護、貯蓄率向上効果等に資するという意味では地方傾斜型の分配に一定の有意性(高い成長を期待しつつ個々人が高い貯蓄率で病気や老後へ備える意味)があった)と、それに付随して設計された肝心の福祉基盤を維持する財政が根こそぎ激しい批判に曝され(それは主に中間層の錯覚であったが)、かつ苛烈な格差拡大が、そして新自由主義政策が一貫して強化されてきたため、徒に財政赤字だけが積み上がり、肝心の福祉部分(相互扶助・分配・共助)がより一層貧相化する惨状と化し、結果的に殆どの国民層が将来不安に怯えるというアベノミクスのジレンマに嵌っている訳だ。・・・

そこで、安倍政権下でアナクロ二ズム(追憶のカルト)とネオリベラリズム(新自由主義)が癒着した複雑骨折症状という政治・経済・財政的な奇病を罹患」してしまった日本の近未来の救済のため、井手英策氏は『以下』のことを提言する。

・・・『成長(GDP年次比)は、只の集団ではなく信用(人々↔人々、国↔人々、国↔地方自治体の繋がりを“よすが”とする)を基に統合された人々(国民)の日常生活活動の結果と見なすべきであるので、財政のそもそもの最重要な機能であった相互扶助(互酬/集団パターンに応じた相互扶助、助け合い)・再分配(徴税上の応能負担・応分負担の均衡を図り、全体の公正を期すための中央の決定によるメンバーへの再配分)の仕組みを再構築すべきである。市場機能である交換は、これら財政の規模と適正バランスを保ちつつ伸縮すべきであり、似非イデオローグ新自由主義が言う小さな政府が成長を促すは決定的な誤りである。従って、日本政府(安倍政権)は信用をゼロから構築し直せるように発想を180°転換すべきである!但し、そのやり直しが許される時間はあまり多くは残されていないので、ここ5~10年位が勝負である。』 ← 近年、進化経済学等の最先端フィールドでのAIによるビッグデータ解析から「利他心>利己心」の有意・有効性が証明・理解されており、この観点からも井出氏の提言の正しさが裏付けられる!(補足、toxandoria)

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 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1099848047691878400

 共同体の力の再発見で国家財政と社会福祉、そして国家の信用を再構築しようとする井手英策・慶大教授のこの考え方は非常に重要であるが、第4次産業革命のエンジンたるAIロボ「機械経済」と、その高度生産性の現実化で「新マクロ経済・BI型金融」等への展相が必然であることを踏まえて、例えば、そのBI型金融と福祉・給付等の分担・補完関係の見直しと再設計に取り組むことが急務となる。

なお、「リベラルな社会 共同体の力で/生活のニーズ 満たす政治を」(20190225朝日)、の中で井出栄作は「富山=北欧論」を説いているが(https://www.asahi.com/articles/DA3S13908426.html)

アベさまの復古主義(追憶のカルト)を連想させる旧来の共同体ではなく、ノモスとエトノス(宇沢弘文の社会的共通資本に繋がる)に由来する「リベラル共和」を構想し、その実現を目指すべきであろう。(関連参照:第3宇沢弘文「社会的共通資本」から学ぶ、自由原理主義(金融市場原理主義/サプライサイド論)の根本的誤謬の在り処

 
(エピローグ)「新マクロ経済」周辺、アラカルト

・・・「新マクロ経済」への展相については、より広く多様な観点からその方向性を強力に補完するべきと考えられるが、その内容についての詳細は、又の機会へ譲ることとする。(但し、(3)だけは、内容を詳しく書いた)それらの中でも特に重要と思われるものについて、以下に項目(+参考画像)程度の内容だけを列挙しておく。・・・

 

(1) 内外「金融」の「グローバル基準(信用構築)」への積極的な関与・・・日本の経済力、信用の名残があるうちに内外「金融」の「グローバル基準(信用構築)」への積極的な関与が必要である。例えば「消費者余剰/consumer’s surplus」(消費者が得をしたと感じられる程度を示す金額)の問題がある。ここから、現行GDPとは全く次元が異なる新たな生産性指標を創るというアイデアが生まれる可能性(これは、別種の展相の経済!)がある。・・・

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1090515162841341952 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101289571327696897

・・・しかし、この場合に問題(仮にそれをCSPと名付けておく)となるのは“端的に言えば、主にヒトの生命維持(衣食住など)に関わる価値がベースとなってきた従来のGDPとCSP(消費者余剰に因る)の違いが、恰も“AIロボ・デュミナス高度生産性Vsヒト傾斜型生産性(現行GDP)”の差異に対応するように見えることだ(無論、これら両者はヒト(ヒト社会)の存在を無視すれば無意味化する!)。

・・・いずれにせよ近未来においては、このような意味で異なる次元の経済指標を何らかの仲介システムを通し交換する必要に迫られるはずだ。しかし、それがあくまでもヒトのために必須のものであり続けるための最低条件は、矢張り「信用」である。

・・・従って、日本政府が重視すべきは、このような新時代の動向を十分に見据えつつ、CSPなどに関わる展相“世界金融”システム構築に貢献すべく、例えばブロック・チェーン暗号技術らの研究・開発・応用等の分野でもFSB(Financial Stability Board)ら世界機関への関りを強化すべきである。

・・・総日本人が国民主権啓蒙主義レベルから更に一歩を踏み出したフーコー統治論、いわばリベラル共和が意味すること)を忘れ去っている(というより、そのことへ無関心である!)のをよいことに、「アベさまの倒置国家」ご謹製の禁じ手(“追憶のカルト”に因る無気味かつ異様な亡霊『首相補佐官』らが閣内外を日々に徘徊・跋扈する人治・人柱強制国家?)、つまり「ピンクGDP嵩上げ」工作への翼賛・忖度を全ての善良な日本国民へ強制することにうつつを抜かす暇などないはずである。w

   

(2)第4次産業革命をリアル化する新たな課題への挑戦:新たなリアル需要の創造/AIロボが不得手な仕事の分野とは?

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f:id:toxandoria:20190301071344j:plain・・・当画像は↓◆より転載

・・・<A・シュッツ『日常性の社会学』、ラワース『生物モデル/ドーナツ経済』(バイオインフォマティクス関連)、EU『デカップリング→定常経済のエンテレケイア』+etwas の発見/機械経済化時代における新たな雇用創造の可能性。それは、多数派の人々の“幸せ”のための新たなリアル需要の創造ということ(/↓Cf.◆1~4))。

・・・ヒントは「98%を占める非コード化DNA」の問題/それは、「a新たな技術創造イノベーショ」および「b新旧両技術の“肩ぐるま効果”+etwas(多様な社会・人間ネットワーク関係の助長に因る新たな価値創造の効果)」ということ。・・・文化経済学の課題もある!)

 ◆1遺伝子・タンパク質系ダイナミクス非線形システム的理解(バイオインフォマティクスhttp://lifesciencedb.jp/houkoku/pdf/001/d010.pdf 

◆2ジャニン・ベニュス の“バイオ・ミミクリー(生物模倣)”による新たな都市構想『惜しみなく与える都市』(出展:ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』、 https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.htmlhttps://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 ◆3『オープン・ソース循環型経済OSCE)』の全世界的展開/OSCEdays・Mission・Statement What is Open Source Circular Economy’?(出典:ケイト・ラワース『同上』https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.html https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

◆4フィリップス#オランダ・アムステルダムに本拠を置く多国籍企業)による、#循環型社会の実現への貢献を意識したコンセプト https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

(3)ヒトを“幸せ”にする経済を創るためのヒントは「みえないこと」を見るということ

・・・宇沢弘文「社会的共通資本」を近未来の日本で十分に生かすためのヒント。換言すれば、それは「権力にはベクトルがある」という民主主義の多数決原理についての考察である。・・・・

一般的には全体の意思と見なされる多数決で決まった事柄は、絶対的に正しいのだろうか?アベ“チェリー・ピンク病”を駆逐するためのヒントの一つが、アクセル・ホネット(Axel Honneth/1949 - )の「権力」に関わるエピステモロジー(認知理論)の中の“承認論”にあるように思われる。なお、広義で言えば、この「みえないこと」は間主観性フッサール用語で言えば相互主観性)の謂いである。

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欧米で活躍するフランクフルト学派の第3世代と見るべきドイツ出身の哲学者であるアクセル・ホネットは、著書『見えないこと』(叢書ウニベルシタス)の中で、「想像を超える、自己内部の多様性」についての気付き(見えるようになること)があってこそ、客体として広く外部世界(社会)に存在する人々の姿が開放された双方の眼差しでリアルに見えるようになる。」と言っている。 

つまり、それは「先ず、そのような意味で普通は見えていない“想像を超える自己内部の多様性”が見えるようになること」が、社会における人々の相互主体性の第一の入り口だということになる。そして、多数決でそれを決めることを提案した何らかの権力サイド(内閣提案にせよ、議会提案にせよ)の意思、つまり一般的に言うところの「権力」にはベクトルがあると、ホネットは言う

更に、その提案を承認(に賛成)するということには、外見上は同じ賛成に見えるとしても、実は内容的にはそれを「(1)自分の属性(それに関わる観念)を相手に付与する行いと理解するか?」、あるいは「(2)真逆に、相手(この場合は権力側)の属性を受容するだけの行いと理解するか?」の違いがあるということが、そのベクトルの意味である 

従って、現代の民主主義国では<仮に多数決で決まった内容(事案)であったとしても、内容的にはこの意味でのベクトルが全て一致したものとは見ない(内容的には、それを正確に特定できない)>ということが、常識となっている

だからこそ、日本の安倍政権のように強行採決を多発したり、厳しい批判の「対象とされる事柄や自らの失策について、“丁寧に説明する”という形だけのフレーズで誤魔化し通すのは、民主主義を全く知らないか、敢えてそれを無視する輩の行為であることになる。

無論、それを承知でそのような横暴を繰り返すのは確信犯的な政治の暴政であり、関連する法制が整っていれば、例えば米国のトランプ大統領の如く弾劾の可能性もあり得ることになる。が、日本の場合はそれだけではなく、彼の由々しき「忖度」の問題がある。

そして、日本の場合の官僚らによる安倍政権に対する過剰な「忖度」は、上で見たホネットの二つのベクトルの内で、たとえ民主主義ルールでの決定であるとしても、結果的にそれは「(2)相手側(この場合は権力側)の属性を受容するだけの行いと理解する」のが絶対正しいと官僚らが確信していることなので、今の日本では欧米諸国流の民主主義が全く機能していないことになる

因みに、日本が何故にかくの如き異常な民主主義となっているかについて、その淵源を辿ってみると、実はそれが<「明治期の寺銭(任侠)政党」時代の官憲(今で言う官邸ポリス)および与党政党と任侠・マル暴(暴力組織等)との構造的癒着」>という、実に驚くべき復元ポイントまで現代日本をセットバックさせようとする政権側の戦略の一環である可能性が非常に高いことが見えてくる(関連参照⇒https://www.evernote.com/shard/s440/sh/b2a5a0aa-4241-48e7-b530-7fd970f160b4/cc8da668e2c69ca94a4a04467944ae0c)。

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関連する問題はそれだけではない。カール・ポランニー『市場社会と人間の自由』(大月書店)によると、ポランニー(Karl Polanyi/1886 – 1964/ウィーン出身の経済学・経済人類学者)は、既に1950年代において「経済至上主義と自己目的化し(本来の目的が忘れられ)易い科学技術“信仰”」が、地球上における人間の日常生活の存在そのものを脅かすようになる、特にその意味で科学技術は権力と結びつき易い!」と警告を発していた。

その後の東西冷戦時代~今に至る「原爆等&原子力発電」の暴走化とフクシマ311過酷原発事故、そして日本の「国策原発政策」の完全デッドロックと、その裏腹の現象である「事実上の“核武装化」(長崎型原発6000発相当分のプルトニウム保有!)という恐るべき現実になっているのは周知の通りである。

同じく、同書によればポランニーは、市場原理主義の始祖と見るべきハイエクと「知的対立の出発点」としての「ウイーン時代」を共有していた。そして、奇しくも両者は全く同年(1944)に、ともに資本主義的市場経済における自由の問題を提起した重要な著書、『隷属への道』(ハイエク)と『大転換』(ポランニー)を米国で出版している。そして、これも稀な出来事と言えるが、彼の宇沢弘文は米国におけるシカゴでの研究生活の時代をミルトン・フリードマンとほぼ共有している

そして、周知のとおりであるが、今や世界は「ハイエク~R.ルーカス~」の時代を経て市場原理主義ネオリベラリズム)の誤謬と限界が露わとなってきており(大格差問題のアポリア化!)、逸早くこの問題点を摘出・指摘しつつ「社会的共通資本」の考え方が必須であることを提言したのが宇沢弘文であった。(関連参照/第3章-ロ-宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出)

従って、汎用AIロボ「デュナミス機械経済」の時代を目前として、資本主義を持続させるために必須の「機械デュナミス経済(潜在的な高付加価値)」化への備えの最低限の条件(一般多数派の国民層の日常生活における“幸せ”のためとの観点からすれば、これは絶対必要条件!)たる、「社会的共通資本」としての新たなマクロ経済・金融(段階的BIの導入、ほか)への「展相」の必然性に気づきもせず、只管、お仲間益のため、アクセル・ホネットが指摘する民主主義の基本を完全に無視し、それどころか民主制度そのものの破壊に勤しむ安倍政権の存在そのものが今や日本の超リスクであり、かつ噴飯ものである。

  

(4)・・・マクダウエル的「倫理観」、自律的「個人主義」、唯識的エナクティヴィズム(↓Cf.★)の尊重

・・・常に「過去の総体と“見えないこと”(アクセル・ホネット)」を持続的に省察しつつそれを捉え理解し直視(諸観念を再配置)すべき!とするマクダウエル(orガダマー/これは歴史観の問題であるが・・・)的な意味でのリアリズム「倫理」と自律的「個人主義」の尊重は<第4次産業革命(生物モデル経済が必須!と見るべき)なるヒューリスティクス(限定合理主義)の時代>であるからこそ必須と考えられる! 特に「明治維新」以降から現代に至る日本の庶民層の伝統「構造災」(フクシマ311等)に関わる真の自覚が希薄であり、かつアモルファス(無定形、無責任、無関心)に見えるのは、このような意味での倫理観と個人主義の意識が欠けていることに因る。・・・(完)

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★ 【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

  

(エピローグ追記/日本の若い天文学者あるいは一般若者層らが“アベ政権支持”へ靡く風潮は日本人の生命力劣化の現れではないか?)20190317

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1106982972727541760

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1106986170573946881

若い日本の天文学者たちの目先の実利へ傾斜する考え方(↑◆)は『アベさまのGDP嵩上げ操作』なる愚行へ彼らが翼賛的に接近しつつある証にすら見える。又、それは先端科学の精華であるはずのGAFAが、自らの搾取構造を隠蔽しつつ短絡的な儲け主義へ傾斜してきた姿に近いとも言えるだろう。

天文学は軍事利用せず”だが「防衛省が研究資金」反対54%も若い世代は逆転/20代と30代では賛成が反対を上回った316NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190316/k10011851121000.html

 <注>GAFAとは?(経済・金融用語辞典より部分転載)← その最大の特徴は<殆んど一方的な個人情報独占収集力>を持つこと、および<専らAI‐IOTロボ機械化経済によるデュナミス高度生産性>をもたすことである(補足、toxandoria)https://www.ifinance.ne.jp/glossary/stock/sto273.html

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・・・世界的に個人データを圧倒的な規模で集めている勝ち組企業のこと。これは検索エンジンクラウドなどを提供するGoogle、デジタルデバイスiPhoneiPadMac他)やソフトウェアなどを提供するAppleソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を提供するFacebook、世界最大のネット通販(電子商取引)を運営するAmazon.comの4社の頭文字をつないだ呼称(造語)となっている。(以下、省略)

・・・

 因みに、GAFAの搾取構造とは<AI‐IOTロボ機械化経済>が宿命的にもたらすことになる、そのままではヒトの社会でリアル化できず、あくまでも潜在性に止まる『デュナミス高度生産性』のことだ。換言すれば、それは地球型環境内における生命体の一部としてのヒトにとっては、あくまでも潜在的な可能性に過ぎない高度生産性だということである。

直感的に理解し易くなるように言えば、<AI‐IOTロボ機械化経済>の本格化で『デュナミス高度生産性』が異常に高まることは、いわば数パーセントの勝ち組(GAFAら)が、余りにも過剰にヒトの血液を吸い上げ続けるため、地球資源環境とのバランスが崩れ、残余の多数派層の人々の血液組成が劣化して人間社会が総貧血状態に嵌るようなものである。

又、このGAFAらよりも更に悪質な『アベさまのGDP嵩上げ操作』の愚行が意味するのは、同じくそれが御仲間ら数パーセントの勝ち組のため日本人の血液を一気に水で薄めるか、あるいは国策の『ニセ金作り』の犯罪のようなものだということである。

 因みに地球資源の有効利用で市場経済社会主義の何れが有利か?について 取り組んだのが、当記事の中でも触れたランゲ・モデルによる社会主義経済計算論争の決着という仕事のことだ。しかし、ポーランドが生んだ偉大な経済学者であるオスカル・ランゲと雖も、流石に『アベさまのGDP嵩上げ操作』の如くヒトの血液を薄めたり、あるいは身体トータルの血液循環を水浸しにすることまでは想定外であっただろう。w

ともかくも天文学の研究に携わる若い研究者たちの多くが、あるいは一般日本人の若年層の多くが、このような意味で短絡的にしか地球の自然環境の意味を考えることができず、「アベさま現象」、あるいは 「GAFA現象」的な意味で狭隘な視野のマイファーストを支持するのは危機的である。それは、例えば下◆の如きヘイト・クライムの悲劇にも直結する懸念があるからだ。

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 ◆NZ銃撃、白人至上主義に傾倒か 「主犯」の男、銃5丁所持2019.3.16産経https://www.sankei.com/world/news/190316/wor1903160026-.html

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1107006671014944769

 

<追記>(エピローグ/日本の若い天文学者・・・)に関する補足情報

◆若い天文学者の悩みは看過できぬ!総AI経済・社会化の入口に佇む今だからこそ主要メディア人&多数派国民はアベ様ら間質性腫瘍型の鵺(ヌエ)権力者も科学者も我々と同じ<欲望>に因り生きている現実を直視すべき!https://twitter.com/shinkaikaba/status/1111104315043667968

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