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toxandoria:フレーム&フリンジの謎

W.Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「数多の境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】 幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

 

 (Cover Images

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(プロローグ)南都“晩秋”、日本人の身体化された心(エナクティヴィズム)の原風景

 <注1>身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)とは?

・・・これは仏教の唯識(知)に接近しているとも言えそうである。唯識論では、現世の事物と現象は客体の実在に非ず心の根源である阿頼耶識(あらやしき/8つの意識の最深層に位置する無意識)が展開し生じたものと理解する。これは法相宗の根本となっている。・・・

・・・生存の限界に直面した生命が新たな適応力を展開し得る条件は何か?に関わる現象学的な方法論(別に言うなら、フッサール“相互主観性=間主観性、共同主観性”の本格的な復権)を探るごく新しい概念。特に、ダン・ザハヴィが「現象学の自然化」(アバウトに言えば、コンシリエンス(“人文・社会知”と“自然科学知、特に神経生理学”の融合/実在論と観念論の中間の道)の研究で此のenactivismを重視しており、新たな認知理論の地平の展開が期待される(委細は、注5で後述)。

 <注2>今の日本は内向化した“茹でガエル”状態であり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」が若い年代を中心に多くなっている!(参照、添付画像)

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・・・20181207寺島実郎 「未来先見塾」は、<株高トレンドを除き日本経済は着実に悪い方へ向かっており不安はあるものの、外国人受入・財政・社会福祉など社会・経済・財政等に関わる重い政策的な課題や社会問題には関わりたくなく、今の生活が程々に満たされれば政府の指示に従って何も面倒なことは考えず生きてゆきたい!という「常温嗜好でイマ・ココ・ワタシに向かう生活者」という一般の日本人の心の恐るべき実像が読み取れる!>と分析している。つまり、コレは<今の日本では、「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」が多くなっている>ことの何よりの証拠であろう。しかも、ギャラップ調査によれば、このような意味での「国民の消極的傾向」は「139カ国中で132位!」と最悪である!

関連で要参照!【20181207「未来先見塾」動画】☞ https://vod.bs11.jp/video/insideout-miraisenkenjyuku/20181207/ 

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【しかも、直近のギャラップ調査の結果には、“現実逃避(無関心への逃げ=“空虚感を抱えたイエスマン”なる“イマ風で格好が良い”?)の生き方を選ぶ日本人(一般国民)の悪しき傾向”が特に若者層を中心に現れている!】

・・・矢張り、実に恐るべきことだが、今や我われ日本国民は、社会現象学者A・シュッツが指摘する、あの<たしかな未来へ向かう“もう一つの緩やかな時間と豊潤な日常生活”>の再発見とは全く真逆ベクトルの途を歩みつつあるようだ。戦後期の政治学者・橋川文三がかつて鋭く抉り出した<戦前・戦中期の異常アイロニー(内外の憎むべき敵対勢力と国賊探し、そして“やんごとなき安倍晋三日本会議”サマら超然権力の御意向のままに現実逃避(無関心への逃げ/“空虚感を抱えたイエスマン”化(森達也氏、内田 樹氏)なる“イマ風で格好が良い”?生き方/↓♨)が只管拡散するバカリのプロセス>を取り戻し、あの大敗戦と総国民玉砕への途という“美しい?虚構の生き甲斐”プロセスを再現するという、実に悲惨な日常の最中にあるようだ。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

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 ♨  ギデンズ、ニューエン両氏の指摘は慧眼!気懸りは青年らの意識が欧米と日本(空虚感抱えたイエスマン)で真逆なこと!日本はアベ&政官財トップの<背中>の上書きで満足なのか?w ☞(耕論)蒸発する欧州の「中道」 アンソニー・ギデンズさん、クリストフ・ニューエンさん1208朝日https://twitter.com/shinkaikaba/status/1072037253440913408

 

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・・・以下は、「南都“晩秋”の風景、アラカルト/大安寺、新薬師寺元興寺高円山百毫寺、正暦寺弘仁寺」・・・

f:id:toxandoria:20181216074226j:plain f:id:toxandoria:20181216074656j:plain(『十一面観音立像』重要文化財奈良時代の像は大安寺HPより)

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大安寺(だいあんじ/真言宗

・・・日本最古の寺院の一つで、東大寺西大寺と並び南大寺と称されるほど偉容を誇った大安寺の創建は、聖徳太子大和国平群郡額田部(奈良県生駒郡大和郡山あたり)に建てた「熊凝精舎」(くまごりしょうじゃ/http://www.geocities.jp/watsns/box2/gakuanzi.html

)まで遡る。その後、639年に舒明天皇がその精舎を百済川河畔に移し「百済大寺」とし、更に天武天皇2年(673)に高市郡に移され「高市大寺」となったが、次いでそれは677年に天武天皇により「大官大寺」と改称された。

・・・やがて、再びそれは霊亀2年(716)に平城京に移され新伽藍が建設された。唐から帰国し律師〈僧尼を統轄する官職〉となった道慈が(移転と)造営の役を担った「大安寺」は、三論宗の道場となり学問寺として隆盛し、奈良時代には国の筆頭寺院となり約900人もの学僧(多くの渡来系学僧がおり、古代中国語、古代半島系言語(百済新羅高句麗語)等も使用されていたらしい)を擁す、奈良仏教アカデミズム(特に古密教の/委細、後述)の中心となっていた。

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(木造薬師如来坐像の画像は新薬師寺HPより)

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薬師寺しんやくしじ/華厳宗

・・・新薬師寺は、天平19年(747)に聖武天皇の病気平癒を祈願する光明皇后春日山の南に続く高円山聖武天皇離宮があった場所)の麓で創建した。天平勝宝3年に聖武上皇のための続命法(病人を救うため薬師如来に祈ること)が新薬師寺で行われたあと、同4年(752)に東大寺大仏開眼供養が行われた。

・・・奈良時代は南都十大寺の1つであったが、平安時代以降は規模が縮小した。国宝の本堂や奈良時代十二神将像をはじめ多くの文化財が伝わる。本堂(奈良時代)、木造薬師如来坐像法華経(白点本)8巻、塑造十二神将立像(宮毘羅大将像を除く)(所在本堂)が国宝である。

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元興寺(がんごうじ/中院町にある元興寺極楽坊と称していた西大寺の末寺で宗派は真言律宗

・・・蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺飛鳥寺)が、平城京内に移転した寺院(法興寺も飛鳥の地に残り、それが現在の飛鳥寺)。この元興寺極楽坊の他に奈良市芝新屋町所在の元興寺東大寺の末寺で宗派は華厳宗)も存在したが、現在は1935年頃再建された小堂が建つのみである。

・・・本堂(附:厨子及び仏壇、棟札(寛元2年))、禅室および五重小塔(収蔵庫に安置/奈良時代)が国宝。東門、著色智光曼荼羅図(板絵)(附:絹本著色智光曼荼羅図)、木造阿弥陀如来坐像などの重要文化財(国指定)があるが、著色智光曼荼羅図は日本で最古の曼陀羅図とされる。また、本堂の屋根瓦の一部は飛鳥時代の古式瓦が使われている(画像は、本尊・知光曼陀羅奈良時代)の裏にある複製)。

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 高円山百毫寺(たかまどのやまびゃくごうじ/真言律宗

・・・百毫寺は、奈良市の東部にある山なみ、若草山春日山に続く高円山の麓あたりに建つ。一説では、この地にはかつて天智天皇の第七皇子・志賀皇子の離宮があり、その山荘を後に寺としたとされる(天智天皇勅願寺の説もある)。今は、約100段の石段を上り詰めると、眼下に奈良の町が、そしてその遥か向こうには信貴山生駒山などの山々を見渡すことができる。

・・・鎌倉時代に大宗一切経の摺本がこの寺に伝わってからは、一切経寺とも呼ばれた。宝蔵に安置する本尊の阿弥陀如来坐像や閻魔王坐像らは国の重要文化財指定。因みに、白毫は仏の眉間にある白い巻毛のこと。五色椿(奈良県指定天然記念物)は東大寺開山堂の糊こぼし、伝香寺の散り椿と共に奈良三名椿の一つとされている。

 

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正暦寺(しょうりゃくじ/菩提山真言宗大本山))

・・・正暦寺は、992(正暦3)年に一条天皇の勅命を受け兼俊僧正によって創建され、創建当初は、堂塔・伽藍を中心に86坊の塔頭が渓流を挟んで建ち並び勅願寺としての威容を誇っていた。が、平重衡の南都焼き討ちの時にその類焼を受けて全山が全焼し、寺領は没収され一時は廃墟と化した。

・・・1218年には興福寺一乗院大乗院住職信円僧正が、法相宗の学問所として再興し、再び、昔に勝る隆盛を極めた。江戸時代以降は衰退し、殆どの堂塔・伽藍は失われ、今は福寿院客殿と本堂・鐘楼を残すのみとなっている。当地(奈良市菩提山町)は奈良市街から東方へ約8㎞の近さながら、深山幽谷の如き趣がある。

・・・因みに、古くから正暦寺では荘園米で「僧坊酒」が作られており、当寺院は日本酒発祥地の一つとされる。しかし、そもそも当寺院の清酒(日本酒)づくりは中国系僧侶が紹興酒の製法を伝えたことから始まったとされる(紹興酒(黄酒/老酒は長期熟成したもの)と日本酒の製法は基本的にほぼ同様だが使う酵母に違いがある)。

 

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弘仁寺(高野山真言宗

・・・正暦寺から比較的近い立地(奈良市虚空蔵町)にある弘仁寺は、弘仁5年(814年)に嵯峨天皇の勅願で空海が創建したと伝えられる。空海は自ら彫った虚空蔵菩薩像(本尊/国宝・文化財には未指定)として安置したとされる。また別に、小野篁を創建者とする説もある。元亀3年(1572年)に松永久秀の兵火で伽藍の大部分が焼失たが、寛永6年(1629年)に宗全が再興した。

・・・注目すべきは、弘仁寺の近傍に今も地名が残る和爾(わに)氏、小野氏、春日氏、大宅氏、柿本氏などの古代氏族が弘仁寺の周辺山麓に本拠を占めていたことで、彼らの殆どは渡来系の古い氏族である可能性が高い。また、これら氏族の中でも小野氏が山口寺願興寺(廃寺)と共に弘仁寺を建てた可能性が高くなっている。因みに、讃岐国多度郡屏風浦香川県善通寺市)で生まれた空海は郡司・佐伯直田公(さえきのたぎみ/母は阿刀氏)の子であるが、佐伯氏も阿刀氏も古い渡来系氏族であり、多度郡屏風浦辺りには渡来(中国)系の氏族が多く集住し、そこでは古代中国語も併用されていたとの説もある。

 

 日本人の身体化された心(エナクティヴィズム)の胎盤/そもそも黎明(古墳~奈良)期「列島」の住人は「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

 (渡来系文化との繋がり1/天武・持統・聖武天皇の仏教『鎮護国家』政策の“源流”)

  そもそも、7世紀後半の天武・持統天皇の時代の大官大寺薬師寺などの造営の背景にも鎮護国家の性格があったが、それが本格化するのは奈良時代聖武天皇の時代(724~749年)である。その理由となったのが、大飢饉・疫病の流行と戦乱による社会不安の増大である。つまり、それらの災いと不幸がもたらす不安を仏教の力、特に密教の呪術的な力によって鎮め,国家を安定させようとした訳だ。

  そして、その聖武天皇東大寺盧舎那仏国分寺・同尼寺、大安寺らの建設は、中国(唐の時代)の一時期に君臨した則天武后(唐・高宗の皇后であった中国史上で唯一の女帝)が統治した国家、周(or武周:都=洛陽、690~705/飛鳥時代末の持統・文武・元明期にほぼ重なる)の「仏教の呪術的要素、特に“密教”を活用する鎮護国家」という古代イデオローグの大きな影響を受けたものと考えられる。

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 中国には、今も洛陽市の郊外にある「龍門洞(石)窟」で最大規模を誇る寺院、奉先寺(ほうせんじ)の「奉先寺大仏」(盧舎那大像龕)が現存しており、これが東大寺盧舎那仏のモデルになったと考えられる(画像は、元神戸山手大学教授・河上邦彦/連載コラム『中国における日本文化の源流』、http://withinc.kobe-yamate.ac.jp/univ/course/kawakami/episode_08.shtmlより)。

 

(渡来系文化との繋がり2/“古密教”の伝来)

  一般に、日本「密教」の始まりは唐から帰国した伝教大師最澄が伝えたもの(天台宗が取り入れた台密)とされており、それが本格的に日本へ紹介されたのは唐の密教の拠点「青龍寺」に学んだ弘法大師空海が806年に日本に帰国してから伝えたもの(東寺に由来する東密)であるとされているが、これらは密教成立史の概念で言えば密教として宗派を形成するようになる中期密教である。

  一方、既に中国では唐・太宗(李世民)の時代、つまり玄奘三蔵(602 – 664)が活躍した頃から密教が無視できぬ存在となっており、その時期から初唐の終わりまで(唐初の618年から玄宗・即位の前年(712)に至る約100年)の間に「密教」経典(初期密教)の殆どがサンスクリットから漢訳(当時の中国語へ翻訳)されていた。

  そして、それらの約1/4に相当する130余部に及ぶ初期の密教経典は、飛鳥時代にほぼ重なる時期に、つまり聖徳太子が摂政になった推古天皇元年(593)から藤原京への遷都が完了する持統天皇8年(694)にかけての間に列島へ渡来していたと考えられる。そして、一般に、この初期密教は雑密または古密教と呼ばれてきた。

  但し、奈良時代密教の流布形態や、これらの経典の具体的な招来者・招来僧については「続日本記」などの正史に記載がないため殆ど分かっていない。しかし、幸いにも『正倉院文書』(関連参照/↓◆)の中に極めて多くの写経名が記されていたため、専門家の調査と研究によってそのかなりの内容が分かってきており、それが上で述べた130余部の密経典に該当する。

 ◆正倉院文書を調べる/国立国会図書館https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-735.php

  そもそも雑密とも呼ばれてきた古密教は「論、法相、成実、俱舎、華厳、律」の諸宗派とは異なり、未だ一つの宗派をなすものとしては取り扱われず、主に仏教の呪術的(実用効果的、現世利益的)な受容の役割を分担していたと思われる。そのため、飛鳥時代奈良時代の初め頃にかけての古密教の受容は、様々な古来の土着的な呪術宗教とも融合しつつ列島に拡がっていたと思われる。

  既述のとおり、天武・持統期以降の仏教受容の仕方は中国・周(則天武后)の「鎮護国家思想」の影響を大きく受けることとなったため、本格的に密教の呪術性(呪術効果への期待)が国策たる「仏教イデオローグ/鎮護国家」の中心と見なされるようになった訳だが、このような奈良期「古密教」(及び仏教)の受容史の中で特に重要なのが奈良・大安寺の「(高市郡(飛鳥)の大官大寺からの)移転と造営」で力を振るった道慈(?-744)である。

  三論宗の僧であった道慈の俗姓は額田(部)だが、この額田(部)氏は渡来(技術者)系の可能性が高いとされる氏族である。唐の西明寺で三論を学び、仁王般若経を講ずる高僧100人の内の一人に選ばれたとされる道慈は、養老2年(718)に遣唐使船で帰朝するとすぐに律師〈僧尼を統轄する官職〉に任じられ、大安寺の造営に力を振るっている。

  その後、国の筆頭寺院となった大安寺は約900人もの学僧が集まる奈良仏教アカデミズム(古密教系の)の中心となった。そこには多くの碩学と学僧が集中しており古代中国語、古代半島系言語(百済新羅高句麗語)等も使用されていたことが窺われ、その意味で大安寺は“渡来僧”らを含む内外の俊秀を集めた佛教大学アカデミズムの様相を呈していたと考えられる。そのため、平安遷都後も大安寺には天長6年(829)に空海別当〈寺務統轄者〉となり着任している。

  つまり、そのような訳で奈良時代・後半期の「大安寺の最盛期」は空海最澄らが平安期に入ってから本格的な中期密教の成立を実現するための文字通りの胎盤あるいは揺籃期であり、更に、見逃すべきでないのは、そこで非常に活発な「語学教育も含む東アジア漢字文化圏」における先端的な学術交流活動が実現していたということだ。

 そもそも、更に時代を遡りつつ古墳~飛鳥~奈良~平安初期の内外交流関係史を概観すると、~仁徳天皇期(5世紀初頭?)には、すでに半島・中国文化が盛んに渡来しており、難波宮(元飛鳥)の頃から仁徳天皇陵百舌鳥古墳群)を中心に阪南・難波~堺~斑鳩~飛鳥あたりに点在する非常に多くの未検証の遺跡等の調査が進めば、その頃から奈良・平安初期にかけての時代に「大陸・半島系文化」として移入した胎盤に列島土着の倭人文化のタネが着床し始めた時期」であることが明らかになるのではなかろうか。

 因みに、倭五王期(5世紀半ば~後半?)には引き続き半島、大陸との交流はかなり活発であったし、神道ないしは諸神社の源流となる様々な神事(中国系、半島系)、および儒教道教系など様々な土着文化と諸宗教が多様なルートで日本列島へ流入していた。しかも、当時の列島には日本なる国家意識は存在せず、倭語、加耶語、扶余語、百済語、新羅語、高句麗語ら諸語系の部族集団が西日本~半島一帯に部族意識のまま群住?した時代でもあった

 だから、 特に半島南部~九州・西日本辺りに群住した諸語系統の人々は伝統ある各部族集団としてのアイデンティティー意識は持っていたものの、確固たるナショナリズムとしての国家意識は希薄で、せいぜいのところそれは「部族連合に因る疑似国家的な意識」であったと考えられる。  

  また、「新撰姓氏録」(平安時代初期、嵯峨天皇の本系帳提出命令に端を発する)に編纂された古代氏族名鑑)なる“自己申告”記録によれば、当時の貴族・豪族の約3割が渡来系とされる。が、それどころか実際には畿内辺りの貴族・豪族は庶民層以上に渡来系が占めており、前渡と今来を合わせれば7~8割程度までが渡来系の実態ではなかったかと思われる。なお、委細は後述するが奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々で700万人程度であったようだ。

 ともかくも、このような黎明期の日本列島史を概観すると、突如として平安初期に空海親鸞らのスーパー天才が輩出したとされること、そして特に1年足らずの「入唐」経験で中国語と万巻の密経典をマスターし帰国したという空海伝説が今も独り歩きしていることの方が不自然に感じられる。

 それよりも、それはプロローグ(弘仁寺(高野山真言宗)に関する記述)で触れたとおり空海の出自が中国語系の一種の大陸渡来系コロニーであったことに因るのではないか?また、それは大安寺らを始めとする奈良の仏教寺院、つまり東アジア漢字文化圏の一翼を担う仏教系アカデメイア(学問・語学修練場)の賜物ではなかったのか?

 

 (参考1)飛鳥~奈良期の渡来系と思しき僧侶・学僧・学者についての概観(一部)

・・・飛鳥時代法相宗の僧・道昭(629 -700)は百済系渡来氏族である船氏(河内国丹比郡)の子孫である。出家して元興寺で戒行を修したあと、白雉4年(653)に入唐して玄奘に師事し、その高弟である窺基とも親交を結んだ。天智1 年(661) に元興寺の境内に禅院を創立し持ち帰った経巻を安置し法相宗を広めた。 

・・・道璿(どうせん/702-760)は、鑑真に先行し唐(中国)から来訪し北宗禅を広めるため大安寺に禅院を設置した人物だが、天台宗にも精通していたとされる。その弟子の行表は最澄(中国(後漢)渡来系氏族の子孫?)の師である。 

・・・日本律宗の開祖で唐招提寺を創建し、そこに戒壇を設置した鑑真(688 - 763)は唐(揚州)から渡来した中国人であるが奈良仏教界の充実・発展に大きな貢献をした人物である。来朝後は東大寺で授戒と伝律に専念し聖武上皇ら多くの人々に菩薩戒を授けた。

・・・菩提僊那(ぼだいせんな/704 -760)は唐(中国)を経て渡来したインド人(バラモン階級)であるが、東大寺大仏殿の開眼供養法会で婆羅門僧正として導師をつとめたことが知られている。九州・大宰府を経由して行基に迎えらて平城京に入り大安寺に住したとされる。華厳経の諷誦にすぐれ呪術(おそらく古密教)にも通じており聖武天皇行基良弁と共に東大寺の四聖と称えられた。

・・・義淵(643-728)は飛鳥~奈良時代法相宗の僧であるが、物部氏(徐福と共に来訪した?中国系)と同祖の渡来系・阿刀氏の可能性が高い。天武天皇により皇子と共に岡本宮で養育され、出家して元興寺に入り唯識・法相を修めた。行基・隆尊・良弁・道慈・道鏡らは義淵の弟子であったとされる。

・・・奈良時代法相宗の僧・ 玄昉(げんぼう/? - 746)の俗姓は義淵と同じく阿刀氏であり、やはり中国渡来系の人物である可能性が高い。学問僧として入唐して在唐 19年に及び、経論五千余巻と諸仏像を将来した。帰国後は僧正に任じられ橘諸兄吉備真備らと結び政界で活躍した。盛唐の文化を移入し国分寺の創建にも関与したとされる。

・・・奈良時代末期の法相宗の僧・道鏡は義淵の弟子であるが、その本貫(本籍)が河内国志紀郡弓削 であったため弓削道鏡とも呼ばれる。なお、弓削(弓月)氏は渡来系の秦氏(半島経由の前渡り中国系?)と同祖とされる。葛木山で修業してから東大寺に入り、孝謙上皇の病気を癒やして以来信任されて昇進を続け、恵美押勝 (藤原仲麻呂)の失脚後は仏教政治を取り仕切って太政大臣禅師に、更に法王へ上り詰めた。

・・・奈良時代の学者・政治家である吉備真備(693/695-775)の出自、吉備氏は吉備国(今の岡山県全域と広島県東部らに跨る一帯)を本貫地(先祖来の根拠地)とするが、そこは「突蕨(とっけつ)国/6世紀に中央ユーラシアに存在したテュルク系遊牧国家」からの渡来者集団が建国したとの説があり、ともかくも大陸(中国)系渡来人の子孫であろう。

 (参考2)奈良時代におけるカナ文字の誕生/それは、排外思想ならぬ文化ナショナリズム(平安前期に誕生する国風文化)のルーツとして芽生えた、

・・・古代インド仏教の権威を借り中華思想漢民族に伝統的に潜在する優越意識)に対抗しようとする、いわば高度文化ナショナリズム意識(これを排外的な偽装極右意識に直結させるのは短絡で、むしろ個々人の個性と同じくアイデンティティー尊重(個の尊厳)という正統保守的な観念の中核と見るべきもの)の高まりから成立したのが我々に馴染み深い「漢文訓読」の方法(漢文(中国語)を日本語で読む工夫/推古期にもその痕跡はあるが、カナ文字を援用するヲコト点および返り点の“訓読形式”が現れるのは奈良末期~平安初期とされる)である。

・・・朝鮮半島でも、李斯朝鮮王朝の王・世宗が庶民教育の必要性から表音文字ハングル(訓民正読)を制定した時(1446)より前の時代には、語順符と漢字の略体(日本のカナに相当)などを使った訓読(朝鮮では釈読という)が行われており、同時に、日本のと同じく も行われていたので、この辺りが何らかの形でのなかで影響し合った可能性が高い。

・・・そして、その肝心の日本のカタカナ(カナ文字)の起源は、9世紀初めの大安寺・東大寺興福寺らの奈良の学僧の間で漢文を和読するための訓点(記号)として、借字(万葉仮名)の一部の字画を省略し付記したことに始まると考えられる。また、日本の「漢文訓読」と朝鮮半島の「釈読/口訣」(万葉仮名に似た使い方、朝鮮語の読み下し文である順読口訣(音読口訣)もあった)との間には何らかの関係性が窺われるが、その詳細は未発見・未検証となっている(以上の出典:金 文京『漢文と東アジア』- 岩波新書-)。

・・・因みに、天武天皇の命で舎人親王らが編した対外向け編年体史書「日本書記/720」は純漢文体と理解されてきたが森博達(https://researchmap.jp/read0175093/)の研究で正格漢文α群を中国人(渡来唐人の学者、続守言と薩弘恪)が、和化漢文β群を日本人(新羅・留学の学僧山田史御方)が書いたと推定されている。

 ・・・同じく、天武天皇の命で国内向けに書かれた「古事記/712」(兼、稗田阿礼・誦習の神典の類?/太安万侶が編し元明天皇に献上)は日本漢文体(万葉仮名に準じたと思われ此の文体変化の流れは変体漢文・和漢混交文等へと変化?)であるが、太(=多)氏についても“鉱山技術系”渡来人説がある(https://6126.teacup.com/kawakatu/bbs/21)。

  

(渡来系文化との繋がり3/奈良期以前に遡る東アジア文化受容の歴史こそが日本伝統文化、つまり日本エナクティヴィズムの水源)

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 ところで、歴史学・考古学・文化人類学らの分野では、そもそも重層的な「東アジア文化受容の歴史」こそが「寛容で世界に誇るべき日本伝統文化」の源流であったという理解が深まりつつあり、その辺りの実証研究が日・中・韓それぞれで着実に進んでいる。

  特に興味深いのは日本の国立民族博物館あるいは宮内庁及び伊勢神宮系の考古学者・歴史研究者らの研究だ。因みに、彼らは 日本会議らとは全く無関係かつ無縁である。彼ら宮内庁文科省or伊勢神宮等に所属する研究機関の研究者らが新発見や研究成果を積極的に発表しており、それが「日本伝統文化」の源流を新たな光で照らしつつある。また、地方発の考古学研究も活発化している(参照、下記事例◆)。

◆おそらく、7世紀頃までの幼生期“日本”では、畿内辺りの中央発ルートと別に地方での海外交流と異文化渡来が併行した! ☞ 地方発、考古学に新説の芽 徳島・山形・青森で貴重な発見20181211朝日https://www.asahi.com/articles/DA3S13805851.html

◆2015年3月10日~5月6日 国際企画展示『文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島

国立歴史民俗博物館20141015~20141214(千葉県/佐倉市)/漢字は中国から直輸入されたと考えがちだが、まず中国と競り合った朝鮮半島において漢字を取り入れる工夫がなされ、次いでそれが日本列島に伝わった事実がわかってきた。[展示代表] 小倉 慈司:専門=古代神祇制度、宮内庁書陵部編修課主任研究官を経て、現在、国立歴史民俗博物館研究部准教授。http://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/old/141015/index.html

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◆三上喜孝(国立歴史民俗博物館准教授)著『日本古代の文字と地方社会』(吉川弘文館)20130801刊

・・・主に畿内では、政治的儀礼と結びついた文字(漢字)の使用が5世紀に現れ、やがて7世紀になると記録技術(金石文、木簡、紙など)の獲得で、統治技術の手段として文字が使用されるようになり、次いで7世紀後半~8世紀前半にかけて文字文化の体系化が急速に進んだ(つまり、『天皇制の原型』確立と漢字の関わりが非常に密だということ!)。

・・・・このような動向が顕著となるのとほぼ同じ頃に、畿内や九州などに限らず、日本列島各地の社会内部でも、文字(漢字)の使用がはっきり確認できることが明らかとなっている。

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伊勢神宮斎宮歴史博物館、学芸普及課長・榎村 寛之氏の論文『伊勢神宮の建築と儀礼‐棟持柱建物は神社建築か?』(出典:上田正昭編『古代の日本と渡来の文化』‐学生社‐)

・・・<伊勢神宮創建の意義>が『伊勢神道の精神性/創設時の歴史と根本理念(天皇の超神聖王権の主柱)』にあることは既に明らかにされている。つまり伊勢神宮は日本国の幼生後期(7世紀中葉~後半の天武・持統期)において<伊勢神宮天皇の超神聖王権の主柱>を担う目的で創建された。

・・・そのような意味で「創建・日本国」の創始と重なる<伊勢神宮の建物(および神道儀式)の起源>について榎村寛之氏が更に研究を深めた結果、判明したのは<伊勢神宮(の建築様式、儀式ら)のアーキタイプが外来・渡来系文化の中にあり、特に関連「儀式」の起源は明らかに古代中華帝国律令制にある>ということだ。

・・・棟持柱高床建築(神明造)には中国の南方的要素の渡来が窺われ、天皇の命により神社・山陵などに幣帛(神道の祭祀で神に奉献するものの内、神饌以外の総称)を奉献する儀式「奉幣」も、中華帝国律令儀式・心法(老荘の精神修養法)などから援用され、その後、日本的で高度に洗練されたと考えられる。

・・・また、斎宮儀式等における唐風女性の装束を始め日本の宮廷儀式が唐風儀式の援用であるのも周知のことだ。無論、それは単なる模倣ではなく遣唐使による実際の見聞、または渡来系貴族らがもたらした文物や風俗文化・儀礼作法・芸能等の継承・模倣・習得・応用を通じて、例えば「伎楽」主流の時代(飛鳥時代奈良時代)⇒「雅楽」主流の時代(平安時代以降)の流れの如く日本宮廷の貴族層が次第にそれらを純日本風に演出・アレンジすることで日本文化全体を、より高度化しつつ国風文化へ進化したと考えられる。

 

(渡来系との繋がり4/(繋がりというよりコレは非“繋がり”だが!w)安倍晋三日本会議らの“身体化された心の不在”なる業病の淵源は、彼らの誤った(脳内ニューロンの欠陥で?事実が直視できない)歴史観歴史修正主義にある)

 (参考画像)身体化された心(エナクティヴィズム)の欠落、なる業病

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・・・沖縄米軍基地、外国人受入れ(“無子高齢化日本”の決め手たるべき)両問題の根本的な解決の障害たる『安倍晋三日本会議らの身体化された心の不在なる業病』に感染した日本国民の悲劇!・・・

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(参考画像)人口ピラミッドでの高齢化予測(2015/2065対比)(出典:【動画】20181214寺島実郎“先見未来塾”、https://vod.bs11.jp/video/insideout-miraisenkenjyuku/bbSYJD/

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・・・近未来の日本が、世界で最も急進的な“無子高齢化社会”を迎えつつあることは間違いがない。参考までに、いま注目されている前田正子著『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店)の内容案内文を下に転載しておく。https://www.iwanami.co.jp/book/b378359.html

・・・現在約1.3億人の日本の人口は,2040年代に1億人を割るとされる.そしてその時日本は65歳以上の高齢者が4割の超高齢国となる──.「少子化対策」が叫ばれながら,なぜ日本の出生率は下がり続けるのか? そのカギは景気後退と雇用の劣化に翻弄された団塊ジュニアの未婚化にあった.一貫して少子化,子育てを研究してきた著者による「少子化対策失敗の歴史」と渾身の対抗策.

 (参考/画像付き)【幼生期(上代~飛鳥・奈良~平安初期)における日本人増加の歴史的な原因】

・・・移(住)民(前渡(マエワタリ=長きにおよぶ移民系渡来人の子孫)&今来(イマキ=列島へ移住したばかりの)渡来人)らとの波状的な繰り返しの融合・同化の積み重ねの歴史こそが日本人増加の原型!従って、安倍晋三日本会議らが病的に拘る純粋ヤマト民族は、彼らの脳内ニューロンの欠陥による妄想・ドグマに過ぎない!

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・・・そして、ここに興味深い歴史(日本古代史)上のデータ(推計)がある。それによると、奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々(at most)で700万人程度とされる。(出典:これまでの日本人の累計出生人口は5億人程度!)https://minkara.carview.co.jp/userid/480529/blog/13667863/

 昭和 平成時代―――1億2620万人(推定“出生”人口/以下、同)

明治 大正時代―――――4490万人(59年間)

江戸時代――――――1億0790万人(266年間)

中世――――――――――8490万人(419年間)

奈良 平安時代―――1億0540万人(476年間)

・・・奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々(at most)で700万人程度

弥生時代――――――――2380万人(古墳・飛鳥時代まで)

縄文時代後期――――――1500万人

縄文時代前期―――――――620万人

 ・・・そもそも、「世界で最高に由緒正しい万世一系の皇統を基礎とする」(安倍晋三日本会議らの信条?!しかも、彼らはコレを御身自身の利益保守・確保の方便としている節がある!)のフレーズは、スコラ哲学の「神の存在証明」と同じドグマ思考に嵌った観念であり、それは先ず「完全な神が存在する」という絶対原理を打ち立てる故に生じるパラドクスに嵌った思考回路(スピノザ“エチカ”とは真逆の回路!)である。しかも、そもそも縄文文化の伝統を引き継ぐ日本古来の神道は自然アニミズム多神教)であるので、絶対唯一神としての現人神を措定すること自体が矛盾している。

・・・また、日本列島全体の人口がたかだか20~30万人程度(2~3世紀頃で推計)に過ぎなかった縄文時代末期~弥生時代(~3世紀頃まで)の倭人集団(当時は、まだ東アジア日本海文化圏における一つの部族集団)が「世界に冠たる万世一系の現人神天皇(神の真姿顕現たる存在)が支配する独自で高度な文化をもっていた」と主張する部分について、古事記日本書紀の記述の殆どが荒唐無稽な“想像”である可能性は高い。が、その全てが真っ赤なウソだらけだとは断言すべきでなく、それは年代記的な史実の記録というよりも、日本の古代文化史あるいは日本神話の資料として掛け替えのないエナクティヴィズム(身体化された心)の価値を持つことは言うまでもない。

・・・ところで、上のデータが示すとおり(古墳末期~飛鳥~)奈良~平安期ごろに人口爆発が起き、急に、その累計で1億人超もの累計出生人口(大正・昭和期にほぼ匹敵!)となったのは何故か?それは出生環境の改善等による自前の出生数増に加え、その大部分は渡来人の波状的な移入によるとしか考えられない!今で言えば、日本人(無論、当時は倭人)と同等の扱いによる移民の受け入れということである。安倍晋三日本会議らは、このようなデータ(歴史統計学上の推計データ)にある程度は裏付けられる古代の日本の歴史(移民の正当な受け入れで日本人が爆発的に出生数を増加させた歴史!)があることを知らぬのだろうか?or知らぬ振りをしているのだろうか?ならば、それこそ安倍晋三日本会議らの身体化された心の不在なる業病』の核心ではないか?

・・・ともかくも、この堂々巡り(安倍晋三日本会議ら)のパラドクスの円環を抜け出るためのヒントは、歴史的に重層化するメタ次元の民族・言語・文化を悪戦苦闘しながら比較・検証してこそ無尽蔵に学び得るものが生まれると見なす多元文化(現代風に言えばグローバル多元文化)についての深い理解ということであり、その「歴史的知恵の揺籃と創生のトポス(場)」を提供するのが、例えば、欧州(仏)のブルターニュアイルランドあるいは、日本の九州~出雲~畿内地方などに推定される、自然地理的・考古学的あるいは歴史的古層を共有する「ボーダーランド(Borderland/境界領域)としての地域・地方文化」ということになる。

・・・歴史的な意味での沖縄人(現在の沖縄県民)を含む外国人一般の人権と人格を心底から同じ人間として尊重しつつ、彼らを我々と全く同等・同人格の日本人としての一体感の下で受け入れ同化する意志の欠落、つまり「安倍晋三日本会議らの歪んだ日本人観(アナクロ戦前型の純粋で美しいヤマト民族意識=追憶のカルト、妄想)」こそが、沖縄基地問題に関する一般日本国民の関心の希薄さを人質にした冷酷な国策判断を強行する原因である。又、同じく、それこそが<おざなりで上っ面だけの外国人受け入れ政策(というよりも実態は法務省と司法当局らを巻き込んだ外国人に対する奴隷的雇用の立案)でお茶を濁すという、安倍政権の実に冷酷でブザマな政治判断>をもたらす原因でもある。

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(関連情報/20181224追記)

『最先端のDNA解析(鳥取県・青谷上寺地遺跡”の弥生人・人骨等の)で、現代「日本人」は韓国人・中国人ら東アジア系の人々に極めて形質的に近いことが分かった』

一枚目の画像(位置図)の出典は下記・出典(2)より

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(以下、三枚の画像は20181223サイエンスZERONHK)より)

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f:id:toxandoria:20181225052756j:plain(4)

[出典]

(1)20181223サイエンスZERO 日本人成立の謎。弥生人のDNA分析から意外な事実が判明:ゲスト国立科学博物館 副館長篠田謙一(NHK)http://www4.nhk.or.jp/zero/x/2018-12-23/31/25731/2136698/

(2)鳥取発!青谷上神寺地遺跡の弥生人鳥取大学医学部 井上貴央)

http://www.jpci.or.jp/SIMPO_ron/18/18-0-1.pdf

(3)鳥取 弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地(かみじち)遺跡20181118毎日

https://mainichi.jp/articles/20181118/k00/00e/040/221000c

 国立科学博物館サイエンスZEROによる分析の結論]

 1  先ず、37体の弥生人(人骨)の<ミトコンドリア(母)系DNA(16500の塩基の連なり)>の分析で分かったのは「渡来系36体:縄文系1体」(図2)ということ。これは、朝鮮半島を含む中国大陸系の渡来人が、2世紀に(別途、行った放射性炭素年代測定で判明!)、同半島経由で青谷へストレートに渡り定住した可能性が高いことを意味する。

2  次いで、弥生時代中期(BC600年頃?)のある女性の人骨(福岡県、安徳台遺跡)についての<核DNA(30億個の塩基の連なり/情報量は(1)の18万倍)>の分析で判明したのが「その女性は、身体形質に関わり渡来系・縄文系の二つの特徴(遺伝子)を持っていた!」ことである。

3 これは何を意味するのか?つまり、それは特に(1/図2)の結果と併せて見れば理解できるのだが、今まで考えられてきた以上に相当に古い年代から(少なくとも弥生中期より前の年代から)中国大陸辺りの渡来系の人々が主に朝鮮半島経由で日本列島の各地に渡ってきて定着し、列島古来の縄文人との混血を繰り返してきた可能性が非常に高いということだ。

4 また、これは先に述べた「(古墳末期~飛鳥~)奈良~平安期ごろに列島で人口爆発が起き、歴史統計学的に1億人超もの累計出生人口を推計し得ることの背景、つまり、この一定の歴史的時間においてかなり規模の大きな渡来人が、波状的に、繰り返し日本列島へ渡ってきた」という仮説(考え方)についても、それに対し相当に有意な科学的条件を付与する結果となっているようだ。

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5 そして、このことから<安倍晋三百田尚樹同氏の“話題”のヘイト本?著書『日本国紀』について、コレぞ(日本国紀は)“司馬(遼太郎)史観”にも負けぬほど非常にユニークな歴史的見識たる“百田史観”の結晶だ!と評価する声まで聞こえ始めたようだが?w)、又は日本会議に強いシンパシーを抱く偽装極右系の人々が、如何に口角泡を飛ばし「純粋ヤマト民族の血」と「天孫降臨神話万世一系天皇の実在性」を前提する歴史修正主義を日本国民へ押し付けようとしても、それは、無意味であるどころか、戦前期に歩んだ失敗(大敗戦)を再現する可能性が高まるバカリの「追憶のカルト」の妄想に過ぎぬ!の謂いで非常に有害であること>が歴然としてきた、といえる。

 

(関連情報/20181223追記)

 ・・・全く同感!+#サンモニ 青木理氏 陛下のお言葉は災害、沖縄、反戦外国人労働者にも触れられている。世界的に歴史修正主義者が横行していて、日本の場合、政権にもその気配が結構強いんじゃないか!の中で天皇がこういう常識的なまともな発信者となっているのが逆に日本社会の病を映し出している。☞ 明仁天皇“最後の誕生日会見”は明らかに安倍政権への牽制だった! 反戦を訴え、涙声で「沖縄に寄り添う」と宣言1223リテラ、https://twitter.com/litera_web/status/1076689645533097984

・・・【動画】天皇陛下 85歳の誕生日 記者会見での全てのお言葉


天皇陛下 85歳の誕生日 記者会見での全てのお言葉

 

【関連画像】国民を心から思われる非常に誠実な「天皇のお言葉」、そして「その天皇のお言葉(お心)と余りにも対照的に、超異常なアナクロ・カルト(偽装極右的で悪魔的な心性)の方向へ過剰傾斜した「“一強(狂)”?安倍政権」に組み敷かれた日本・沖縄の異様な光景

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・・・従って、近未来の“無子高齢化社会ニッポン”の救済策の決め手とも見るべき下◆の如き喫緊の課題(混迷するバカリのグローバリズム時代を生き抜くための重要な方向性)への具体的な取り組みについて、安倍政権は、まるでそれは他人事であるかのようにほったらかしたまま平然としていられる訳である。だから、金子 勝氏(慶大名誉教授)の「安倍晋三はバカである!」との指摘は、まさに慧眼!ということになる(添付画像)

 ◆将来年率0.6%(現時点で、年当・約70万人強)という急速な人口減の日本が参考とすべきA・シュッツ「人間ゆえの新たな文化創造の多様なタネ(資源)としての日常性の社会学」とK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク」・・・サプライサイド生産性論の呪縛(限界)を解放する可能性が高い「A.シュッツ日常性」の意味・・・

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806

  

フッサールから“AI研究” 第三段階へ、更にエナクティヴィズムへと深化する現象学研究の流れに透ける「安倍晋三日本会議歴史修正主義者」の異常性

  明治維新の「王政復古」は7~9世紀頃に整備された古代律令制(古代中国政治体制の導入期)への単純「回帰」ではなかった。それは、古代律令制そのものが古代中国(南北時代を統一した隋唐帝国)の模倣であったことが示すとおり、実は、古代の日本において純粋ヤマト民族なる排外思想(意識)は存在せず、それどころか明らかに倭国(その黎明期の日本)は<東アジア漢字文化圏>の一員であるという柔軟で開かれた国際感覚のジャンルに裏打ちされていたからだ。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20151030

 ところで、「経験」(ここでは広義の歴史経験など、意識の深層海流をも含む)について率直に考えてみると、「メルロ・ポンティの経験論」は<身体の現象学フッサールら意識の哲学)>を通過したうえ、日常の生の場面で覚醒する共時的な「肉」(M.アンリの共感的に生きる“受苦と愛”の肉体)の存在論を経て、更に、それは「身体化された心」(エナクティヴィズム/enactivism)へと深化しつつある。

 しかも、そのエナクティヴィズムは内向化するベクトルとは真逆のノントリビアルサイバネティクス(同・マシン/関連参照↓★)として見た場合のオープン・マインドのヒトが外部との交流プロセス(orルーティン活動の過程)が創造する“余剰etwas”(新たに身体化された心の風景的なもの/絶えざるハイデガー的トポスの発見)であることを意味する。

★ AI・BD‐Web時代にこそ注視すべき、セカンドオーダー・サイバネティクスとしてのヒトが創造する“余剰etwas”(意志を含む)の問題/H.v.フェルスターのノントリビアルサイバネティクス(セカンドオーダー・サイバネティクス)がもたらす“余剰意志”(アンガンジュマン等の始動因(モチベーション)となる)についての理解が、「間主観性の連鎖」と「多次元的な倫理感」についての再覚醒をもたらす!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701

  次々と創られるこの“余剰twas”に新たな価値を発見し続ける点にこそ、ヒト(人間)の意思決定の重要な意味が隠れているのではなかろうか。一方、「西田幾多郎純粋経験」(https://philosophy.hix05.com/Nishida/nishida01.zen.html)は、フッサールの<意識および相互主観性>と絡みつつ<ハイデガー的な場所論(トポス論=ハイデガーの世界観に因るAI研究の第三段階、“新しい人工知能研究フェーズ”、https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933)>へとそれぞれ変貌し、その流れが更に深化しつつある。

 そして、この「経験→意識の哲学→身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)orハイデガー的トポス論」という二つの方向性は、「現代民主主義に関わる意識」の深化との交差をすら予感させる。

  一方、ダン・ザハヴィのHKBモデル(非線形力学系モデル)等を駆使するダイナミカルシステム(生体システム論/ギャラガーとザハヴィが“現象学の前倒し”(front-loading phenomenoligy)と名付けた研究手法)との接点を探る先端分野では世界中の研究者が、目下、西田哲学に強い関心を示していることは興味深い現象だ。

http://www.ajup-net.com/bd/isbn978-4-588-01082-8.html https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

 例えば、現代世界の混迷を乗り越える方向性を模索する海外の先見的な現象哲学や宗教学の研究者ら(独・ボン大学教授ガブリエル氏、あるいは米・神道学者トマス.カスリス氏ら)が日本の伝統(正統保守/必死に安倍政権が取り戻しを謀る戦前型の偽装極右に非ず!)的な価値観の基盤として、西田哲学や伝統古神道(同じく、日本会議安倍晋三らが篤く信奉し、必死でリバイバルを謀る国家神道 に非ず)に注目している。

 また、ジルベール・シモンドン『個体化の哲学』(叢書ウニベルシタス/アラグマティック:Allagmatique/ミクロ~マクロの世界に跨るコンシリエンス的な類比作用の理論/ハイデガー的AI研究とも深く交差か?)の訳者の一人で、とりわけシモンドンの個体論に興味をもつローラン・ステリン(Laurent Stehlin)は、それと西田幾多郎との接点を研究するため、目下、日本で翻訳者としても活動中である。

http://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-01083-5.html

  

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 ところで、フッサール現象学が、<植民地資本主義の限界と優性主義をベースとするナチスの空気が拡大する!という危機感に覆われた19世紀後半~20世紀初頭に活躍したフッサールオーストリアの物理学者、エルンスト・マッハが大きな影響を与えた)の科学哲学的な分析での厳密な主観性の検証、つまり超越的「現象学的」還元を試みたことから始まった>という歴史は、未だあまり広く知られていないようだ。

  しかし、米トランプ大統領が代表するマイファースト(自国第一主義)の、あるいはアーリア系白人ら特定民族の優位性を声高に叫ぶ偽装極右なる政治マッチョらが、世界の至るところで台頭・跋扈し、ポピュリズム・トレンド(対立と分断)を激しく煽り立てる今の時代であればこそ、フッサール現象学の草創期における時代背景とそれとの絡みを凝視しつつ、これら現象学研究の先端フィールドに関わる理解を深めることが重要となる。

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 つまり、ポピュリズムとの安易な妥協へ流される人々が世界的に増えており、「民主主義」の意義は崩壊寸前か?との危機感が増す一方で、それにもかかわらずAI等の先端科学研究とも絡みつつ、既に述べたダン・ザハヴィ『科学的現象学』、ジルベール・シモンドン『個体化の哲学』(両者は紛れもなくコンシリエンスの方向性!)らの研究の進化で、益々、世界融和と民主主義の条件に関わる知見が深まりつつあるという現実があることも理解すべきなのだ。

  しかも、欧米ら各国においてはアカデミズムに止まらず政界・財界・一般国民レベルでもこのように斬新な知見の影響を受けた、新たな政治・経済・企業・市民活動の胎動が見られる(例えば、下記◆の事例)。しかし、それらに比べると我が日本の現況はお寒い限りであり、特にテレビを中心とする主要マスメディアが同種の先端的な問題意識を取り上げることは殆ど皆無となっているようだ。

 ◆ジャニン・ベニュスの“バイオ・ミミクリー(生物模倣)”による新たな都市構想『惜しみなく与える都市』出典;ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.html

◆欧州発の循環経済を推進する英「エレン・マッカーサー財団」による「循環(蝶)型経済」の推進(出典:ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』 https://www.ellenmacarthurfoundation.org/、http://www.alterna.co.jp/16391

◆『オープン」ソース循環型経済(OSCE)』の全世界的展開/OSCEdays Mission Statement What is ‘Open Source Circular Economy’?(出典:ケイト・ラワース 『同上』https://oscedays.org/open-source-circular-economy-mission-statement/

◆フィリップス(オランダ・アムステルダムに本拠を置く多国籍企業)による、循環型社会の実現への貢献を意識したコンセプト『循環型設計/Innovation and you』による社業発展への取り組み/添付画像と下の文章(一部分)は、HPより転載(出典:同社HP、https://www.philips.co.jp/a-w/innovationandyou/article/extended-story/circular-economy.html

 ・・・

  しかも、肝心の日本政界では此の類の議論が全く見られず相変わらず19世紀型イデオロギー論(資本主義Vs共産主義)の土俵で角突き合っており、NHKを初め主要メディアとジャーナリズム、あるいは書店・出版・広告等の文化インフラ業界が<「安倍晋三日本会議ら19世紀~戦前・戦中型アナクロ異常“歴史修正”権力」>へ同調・迎合・翼賛・忖度するばかりという実に不気味な社会の空気が拡がっている。例えば、アベ“改憲”<強行>への呼び水工作&国民騙しがミエミエの悪辣な歴史修正本、orヘイト本たる百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)を巡る<不毛>極まりない、おそらく機密費or政治資金丸抱えの幻想ヤラセ出版劇場など。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

 

(関連情報)

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地球環境の未来では定常化「経済社会」が必須との理解は既に国連&EU諸国らの共有理念であり、それは201509国連総会が採択したSDGs(持続可能な開発目標)の土台がプラネタリー・バウンダリー(九つの地球環境の許容限界)であることを意味する

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806 

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 まさに、<正統保守的なリベラル共和の実現による「アンシュタルトと化した新自由主義」を調教する!の理想が実現するか否か?>の謂いでマクロン政権は一気に正念場を迎えた!(縮原発とASTRID中止(日本核燃サイクル完全崩壊)への転換は、既に退任したニコラ・ユロ環境大臣あってこその実績!

・・・Cf.『ニコラ・ユロ国務大臣、環境連帯移行大臣が8月28日、辞意を表明しました。過去長年で最高の環境実績を挙げたフランス政府は、今後も取り組みを継続する不退転の決意を明らかにしました。』(仏大使館)https://jp.ambafrance.org/article13538

 

<20181223/追記情報>1220論壇時評(朝日)/あすを探る“共生・社会”:森千香子氏(社会学・一橋大准教授)《生活苦と閉塞感/黄色の怒り》

・・・フランス・パリを中心とする反マクロン“黄色の怒りのデモ”(ジレジョーヌ)には、一部で略奪など暴力へ走る輩もいたが、その大部分の参加者(年金生活者、女性、農民、教師、ソーシャルワーカー、商店経営者ら)は普通の市民たち。そして、彼らの主張『重税には反対だが、公共サービスを支持する』には一定の論理があると受け止めるべきだ。従って、<今後3か月間に行われるマクロン政権と彼らの代表との対話>を注視すべき

・・・(補足、toxandoria ⇒)より、端的に言えば、このジレジョーヌ運動が主張する“一定の論理”とは、実は、リベラル共和(正統保守的であり、かつ常識的でもある!)の考え方で外ならぬEU欧州連合)の根本理念(何時でも即効性が期待できるものではなく、あく迄もポテンツ経済(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806)の実現と、そのための永遠のインテレケイア(決して絶やすべきでない希望の灯)としての理念)でもある。

・・・(補足、toxandoria ⇒)ただ、マクロンにソレをもっと分かり易く語り、その理想の実現までのプロセスで最も直接的に被害を被る弱者層への実効的な配慮と説明不足があったことは否めないしかし、このような意味では、今回の“黄色の怒りのデモ・ジレジョーヌ”については、その根本が米国のトランプ現象(そのコア支持基盤が白人優性意識に因る)とは異なると見るべきだろう

 

【参考/画像情報】[“ジレジョーヌで混迷”(おそらく生みの苦しみ?)の仏とは全く異質で、余りにも異常(様)なアベさま一強天下に平伏するバカリのニッポン!]

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・・・

 ・・・但し、「仏原子村の巻き返し&中国“成長至上主義”の暴走!=中国 仏技術採用の新型原発 世界初の営業運転 1215 NHKニュース」、「民主主義はもう存在せず?反マクロン・デモ終息兆しナシ!=反民主主義ポピュリズムへ流されれば米トラ現象と同轍!原発大国“回帰論”復活もあり得る!生命環境論的なポテンツ経済を分かり易く語るのが政治の喫緊の課題! 12 11 WSJ」、「(耕論)蒸発する「欧州の中道」1208朝日=しかし、ポピュリズムへ流されれば米トランプ現象と同轍になる!仏の原発大国“回帰論”もあり得る!生命環境論的なポテンツ経済を平易に語るのが政治らの喫緊の課題!」、「「双子誕生」のゲノム編集 将来の臨床応用には期待の声/…市民の意見採り入れる動向も 香港=福地慶太郎1213朝日=先端生命科学の“ポピュリズムでの割り切り”への傾斜は危険!あくまでも先端知・唯識知(≒エナクティヴィズム)・集合知の橋渡し役がメディアの存在理由!」などの直近動向に見られるとおり、<民主主義と先端科学技術>そのものが存亡の危機に巻き込まれつつあるのも確かである。

・・・従って、そうであればこそ当記事で取り上げた『エナクティヴィズム(身体化された心の問題)』の理解深化と一般への啓蒙について、諦めずに息長く取り組むべき時代に入ったのではないか?と思われる(下の関連画像を参照乞う)。 

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 (参考情報)【トランプが逆風を吹かせる最中での「温暖化防止へ一歩」の労を多としたい!】パリ協定20年適用開始 COP24、実施指針を採択 温暖化防止へ一歩 1216日経、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39011660W8A211C1MM8000/

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(関連情報) >英国での原発新設を遂に日立が凍結!安倍トップセールス原発輸出の全てが頓挫!はご同慶の至り乍ら、肝心のやるべき(Ex.“無子 高齢化”等)はお座成り!で巨額税金を内外へバラまいた責任はどうなる!!☞日立、英原発計画を凍結へ1216共同、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181216-00000040-kyodonews-bus_all 

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・・・

 (参考1)“京都学派『世界史の哲学/歴史・自然・文化地理(特に東アジア交流史の視点を深めるべきという発想)』の先進性について 

 ・・・安倍政権の一強支配(戦前型の異常な価値観)に組み敷かれたかに見える昨今であるからこそ、近現代史の再学習(特に、幕末~明治維新大正デモクラシー期~軍国主義時代へのプロセス(戦前・戦中)~戦後~現代)に加えて、東アジアについての「“歴史・自然・文化”地理/京都学派の世界史の哲学という概念に覚醒することが、特に重要である。

 ・・・残念ながら、“太平洋戦争の論理”に飲み込まれたため、その当時には具体的な成果が得られなかったものの、1940年代の前半に活躍した京都学派(西田幾多郎田辺元に師事した人々が形成した学派)に属する哲学者たちが提唱した『世界史の哲学』の中にそのヒントがある。

…Cf.『京都学派とは何だったのか?』-現代文明論としての西田哲学:中島 啓勝-http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode4&menu=mogi&id=71 )

 ・・・1942年に京都学派の高山岩男(1905 -1993/西田幾多郎より俊秀とさえ評された山形出身の哲学者/非常にユニークな発想の歴史観を提示したが、残念ながら戦時中は逆に戦争の論理を謳う超然権力に回収され、巧みに利用されてしまった)が出版した『世界史の哲学』(日本人の言葉で語る思想)の中で強調した点が参考になると思われるので、以下にその主張の要点を纏めておく。

 『世界や世界史の認識は近代ヨーロッパの拡張によって現実性を持つようになったが、それはあくまでヨーロッパ中心史観(欧米中心史観)で構成されたものなので、真の意味での世界の現前ではない。ヨーロッパ的世界(欧米的世界)はあくまでも特殊的世界の一つなので、それを超える普遍的世界の世界史の認識が重要だ。そこで広義の地理の概念が重要となる。歴史は常に地理との行為的総合において成立するものなので、我われを取り巻く自然は、長年の人間の営みによって人間化された歴史的自然であり、文化的自然である。そして、歴史の地理性と地理の歴史性の相互媒介によって世界史が発生する。http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode4&menu=mogi&id=71

 ・・・つまり、このような意味でエナクティヴィズム(身体化された心)的な「歴史・自然・文化地理=本格的な東アジア共存・交流史」的考え方を基盤として、<「良き情念統制(正統保守)」の理念(例えば日本近代史の中で何度も芽生えては消え去った国民主権ナショナリズム、又は日本国憲法(平和主義)と象徴天皇制の調和)>と<「リアル論理構成」の理念(例えば、信用、倫理観と公平分配こそが経済成長を促す要だと理解すること=“過剰グローバル金融市場原理主義の弊害”の超克)>の相互補完的な役割の分担こそが、換言すれば軍事・武力的で傲慢な『超然権力』化の抑制を可能とする、そして多元文化の共存と連帯を要とする叡智の地平(例えば上で見た身体化された心(エナクティヴィズム)orハイデガー的トポス論)の絶えざる再点検こそが肝要ではないかと思われる。

・・・

(関連情報)(文化の扉)<加藤周一の言葉とあゆみ>「雑種」こそ日本の個性 半世紀前の論考 いま、世界の現実と希望1217朝日 https://www.asahi.com/articles/DA3S13815106.html

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(参考2)石川県:西田幾太郎記念哲学館/日本で唯一の「哲学の博物館 Museum of Philosophy」http://www.nishidatetsugakukan.org/

・・・石川県かほく市にある西田幾多郎に関する文化施設。出身の西田の遺徳を顕彰し、哲学の普及・啓発を図ることを目的]として2002年(平成14年)に当時の宇ノ気町が設置した。2004年(平成16年)の市町村合併後は、かほく市が設置・運営を行っている。(ウイキより)

 ・・・

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 <注3>ダン・ザハヴィらによる「現象学の前倒し研究」(front-loading phenomenoligy)

・・・身体動作と脳神経系の作用を支配するのは基本的に“複雑系ダイナミズムの非線形力学系理論(例えば、非線形微分方程式によるHKBモデル)”だが、意志力次第では“その非線形力学系理論によるダイナミズム(一定方向へ流され易い相転移)”を克服できることが分かった!(無論、過剰な意志の暴走があれば個体環境トータルでの帳尻合わせが発動されるのは当然!と思われる。←補足、toxandoria)出典:「身体運動に潜む複雑系:ストリートダンスが明らかにした全身動作における新たな相転移現象の発見」平成23年8月8日東京大学大学院総合文化研究科・工藤和俊(生命環境科学)https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_230808.html  

・・・また、HKBモデル(Haken, Kelso, & Bunz, 1985/非線形力学系モデル)が「神経科学における意識の研究」(これは、ブレンターノ(現象学の基礎を創った心理学者・哲学者)、あるいはマッハ現象学などが指摘したことであるが、「意識の特性は志向性」にあることが、ギャラガーとザハヴィによって「現象学の前倒し」(front-loading phenomenoligy)と名付けられた研究手法で科学的にも裏付けられつつあることになる!)出典:田中彰吾『現象学入門』(勁草書房

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b371301.html

 

<注4>第三段階“AI(人工知能)研究”については下記★1を参照乞う!

・・・★1  トランプ“優性人種主義”は悪魔的主観性の病理!その「目先&ヘイト」への餓鬼の如き異常な執着は“意味的反転図(ゲシュタルト)”と化し米国と全世界の未来を無限に喰い尽す!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933 

 

<注5>身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)とは

・・・生存の限界に直面した生命が新たな適応力を展開し得る条件は何か?に関わる現象学的な方法論を探るごく新しい概念。特に、ダン・ザハヴィが「現象学の自然化」(アバウトに言えば、コンシリエンス(“人文科学”と“科学知、特に神経生理学”の融合/実在論と観念論の中間の道)の研究でenactivismを重視しており、新たな認知理論の展開が期待されている(関連著書↓★2)。

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 ★2 ダン・ザハヴィ著『フッサールの遺産』―現象学形而上学、超越論哲学―(叢書・ウニベルシタス)

・・・そもそも「身体化された心」は、オートポイエーシス論の創始者であるマトゥラーナとヴァレラの研究に由来する概念であり、この概念を確立したのは上のザハヴィの著書★2とされている。しかし,更に遡れば、「エナクティヴィズム」(enactivism)の用語を初めて使ったのはトンプソン(↓★3)であると思われる。

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 ★3 ヴァレラ、トンプソン、ロッシュ著:田中靖夫訳『身体化された心

(The Embodied Mind)1991』(2001、工作舎

・・・特に、科学的現象学(カント由来の超越論的哲学の最先端フィールド)、ダイナミカルシステム理論(ゲシュタルト心理学の分野)、第三段階に到達したとされる先端AI(ハイデガー的な人工知能)研究などの分野で注目されている。

・・・因みに、繰り返しになるがHKBモデルを使った「神経科学における意識研究」(神経現象学)の最先端では、「意識の特性は志向性」にあることがS.ギャラガー(米・精神病理哲学者)とザハヴィが名付けた「現象学の前倒し」(front-loading phenomenology)という研究手法によって科学的にも裏付けられつつあり、当然、これはヒトのコトバの誕生・発生等の問題とも関連することが考えられる。

・・・なお、神経現象学(Neurophenomenology)はF.J.ヴァレラ(チリ出身の認知科学者/オートポイエーシス理論で知られる)によって提唱されたアプローチで、一般に①体験の現象学的な分析、②力学系理論(ポテンシャル関数、統一場理論など)、③生物学的システムに関する実験、の三者の統合に特徴がある(Gallagher and Zahavi 2008; Thompson2007)。出典:当事者研究を神経現象学に接合する/石原孝二・東京大学・大学院総合文化研究科、http://phsc.jp/dat/rsm/2013_a1-3.pdf

 

(エピローグ)安倍晋三首相、日本会議らが必至で取り戻しを謀る戦前・戦中期「国体思想、靖国顕幽論」らの滑稽、それは日本伝統の正統保守的なエナクティヴィズム(唯識的に“身体化された心”)の対極!喩えれば、安倍・日本会議らの脳内に取り憑くゴースト観念!

<注6>靖国顕幽論とは?

・・・「維新政府」以降の国家経営の誤りの根本は、江戸時代前期から中期の山崎闇斎荻生徂徠らの儒学者、あるいは本居宣長(江戸中期~後期)、平田篤胤(同後期/幽顕思想(顕幽論))ら国学の流れを汲む<「後期水戸学イデオローグ」が夢想(妄想)した「祭祀と政治の一致/至高の国家的儀礼に関わる議論」の中で「愛国玉砕(散華)戦争(このみいくさ)」(日本型聖戦論)が過剰濃縮されたことにある。

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・・・平田篤胤キリスト教、および西欧啓蒙思想も熟知していたらしい!)の「顕幽論」は、現世の殆どの人間(日本国民を殆ど野蛮で動物的な有象無象の存在と見る)には基本的な意味での人間の権利がないとする。しかも、篤胤はこの顕幽論を半ばジョークで創ったと告白さえしている!(苦w)そして、愛国玉砕戦(このみいくさ)で勝利し、大霊界へ昇り英霊の位階構造に列して初めて日本国民は人間たる基本的権利が与えられるとする(関連資料:吉田真樹著『霊魂のゆくえ』(講談社)、田中純『政治の美学―権力と表象』(東大出版会))。

・・・また、顕幽論(“靖国神社国家神道”の中核イデオローグ)によれば、現人神とは『記紀神話の降霊(招魂)儀式で中枢神殿(英霊が眠る靖国をこれと見立てる)の霊璽(れいじ/神や霊が宿る“よりしろ”)に憑依する神霊(エクトプラズム/人霊とは異なり神格化した英霊)となる“愛国者”の意味であり、それは皇国史観に基づく天皇だけのことを指す訳ではないとされる。

・・・どうやら、“追憶のカルトのお仲間”たちは、その意味で安倍晋三首相を天皇より上位の現人神(英霊が降霊した存在)と見て崇めている節があり、これは恐るべき『狂』以外の何物でもない!(苦w)

・・・そして、このアベ現人神が支配する『世界で唯一の澄める“うぶすな”でできた“美しい国、日本”は、愛国戦争で死守する覚悟で玉砕した神霊が再び受肉靖国神社で復活するのと同義であり、その玉砕戦争によってこそ、日本は、更に、より美しい国土となって甦る』と定義される。

 

(関連資料)<安倍晋三なる“狂”に屯する神霊愛好者らの不気味な蠢き>24/11/24 【安倍晋三総裁スピーチ】


【HD】 H24/11/24 【安倍晋三総裁スピーチ】 安倍救国内閣 国民総決起集会

  

(安倍政権の常套的な政治手法である『議事録隠蔽』、『各種偽装工作』、『ご飯論法』等の“嘘、不誠実、傲慢、確信犯意識の三点セットならぬバカの四点セット?(w)”は脳内で観念が空転するエナクティヴィズム不在の病理)

 いま、「改憲」強行の仕掛けの一環として安倍晋三首相、日本会議らが必至で取り戻しを謀る戦前・戦中期の「国体思想」とは、「天賦人権説」(民権論、主権在民論)の対極にある天壌無窮の現人神たる天皇を中心とする中央集権的官僚制国家(厳密に言えば天皇を狡猾に政治利用する“悪魔的・情念的な特定イデオローグ集団に因る政治権力の恣意的強靭化”、“軍部と君側の奸たるお仲間”が野合した特権勢力の利益にだけ好都合な官僚制国家)の建設を目指すものであった。

このような意味で、安倍内閣による“政治権力の恣意的強靭化”という異常な空気が拡がる(しかも、今や主要メディアも多数派国民も只管それに流されても仕方がないと諦めているかにさえ見える!)昨今の政治状況下では、例えば「新元号に“安倍”の文字のいずれか一つが入るらしい?」、「新元号の交付を天皇自身に行わせるべきだ!と日本会議(つまり安倍首相・自身)が主張しているらしい?」らの由々しき噂が、あながちホラ話とも言えぬような不気味さが漂い始めている。

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 だから、それは真っ赤なウソと隠蔽、同調&忖度の強要を「打ち出の小槌」と見なす国民騙しの欺瞞であったし、彼らが口実に利用する上代・日本黎明(幼生)期に導入された古代律令制が古代中国(南北朝時代を統一した隋唐帝国)を手本とするものであったことが示唆するとおり、日本古代には「国体思想」やヤマト民族意識による排外思想などは存在せず、それどころか倭国(黎明期の日本)は、東アジア漢字文化圏の一員であるという寛容な国際感覚に裏打ちされていたのだ。

そのうえ、これも彼らが日本を戦前へ回帰させるための口実とする「神格天皇制の理想」も歴史修正の意味で真っ赤なウソである。それは、神道宗教学者の小山悳子が指摘するとおり弥生~古墳~奈良期ごろの伝統古神道の宗教観と人間観の中核には「いわば正統保守(リベラル共和)的な、更に言い換えれば“現代における最先端の生命・量子&宇宙物理論にも通ずる、非常に寛容で謙虚なスピリッツ”が存在するからだ。(出典:小山悳子『日本人の求めた元神』(日本図書センター))

 そして、同様のことは米国の宗教・神道学者トマス・カスリスも著書『神道』で述べており、それは、目下、世界的に再認識されつつある西田哲学(西田幾太郎)、あるいはHKBモデルらを使うダン・ザハヴィらの自然科学的現象論(哲学&認知科学の融合/現象学の前倒し”front-loading phenomenoligy)、つまり身体化された心(ますますグローバル化する社会問題等へのエナクティヴィズム的な処方箋)と融合する方向をすら窺わせる(HKBモデルの委細はコチラ⇒ https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933)。

 

(敢えて日本の危機を招来する安倍晋三日本会議ら<偽装極右派アナクロ妄想>的な異常発想の愚!)  

 なかなか厄介なことなのだが、ここで再び先にプロローグで取り上げた「身体化された心の現象学(エナクティヴィズム)の問題を更に少し深く考えてみるべきかもしれない。それは、下記論文★によれば我われ人類が<分断の背景にあるエナクティヴィズム的な観念の不在!換言すれば“身体化された心の不在”による分断!>がなぜ生ずるのか?を真剣に考えるべき時になっているように思われるからだ。

 ★博士論文/エナクション(身体化された心)の現象学:身体的行為としての事物知覚と他者知覚(宮原克典東京大学総合文化研究科学術研究員)

・・・【結論】心は〈頭の中〉にない。認知は〈頭の中〉だけでおこなわれるわけではない(補足/心は、頭の外にあるが見えないもの(相互主観性)を見ている!←toxandoria)。file:///C:/Users/hanachannooyaji.LAPTOP-9N6G9GM9/Downloads/A32232.pdf 

 しかし、スピノザの“エチカ”の視座で考えると、今度は、同じことから分断ならぬ相対的な見方が生まれるのはなぜなのだろうか?その逆ベクトルとの分かれ目は何処にあるのだろうか?おそらく、それは、「“エチカ”が前提するアニミズム(汎神論)的な、自然(or宇宙)環境論的な、あるいは生命科学論的な俯瞰「意識」から生ずるエナクティヴィズムの観念が不在」である場合は、必ず個々人のニヒルで傲慢な感情が優越することになるため分断へ走り、逆に、その意味でのエナクティヴィズム観念が凌駕すれば、その同じ個々人の精神は寛容となり柔軟な相互主観性が維持できることになるからではないかと思われる。(神経生理学的には、そこで脳のミラー・ニューロンが重要な役割を担うことが理解されているが、委細は省略する)。

(関連参照)スピノザの神の定義は無限(数理論的、ヒルベルト空間的な意味での)がヒント!(現代における量子・宇宙物理学の先端知である“自然・生命・宇宙環境論”に近い!)=100分de名著「スピノザ「エチカ」「第1回善悪」:はてなのBLOG“ぶぼうぶろぐ”さん、https://amagomago.hatenablog.com/entry/2018/12/12/113023?_ga=2.185988073.1794731233.1543822538-66370160.1543822538

  因みに、エナクティヴィズム的な観念の理解に役立つ生命科学論的な視点の事例として「いわゆる性の決定上のアポリアの問題」を取り上げておく。例えば、<生物の雌雄決定では現実的にはYが君臨し過ぎている訳だが、事実上、それはX上の他の遺伝子に張り合うべきものをYが歴史的に捨て去ってきたことに等しく、そのため、却って生命個体そのものが大きなリスクと脆弱性(男性に特有な劣勢遺伝ファクター)を抱え込んでいる事実>についての理解が役立つかもしれない。つまり、客観的に見れば「YとXのいずれが優越するか?」よりも、そもそもは「YとXの双方が協力し合う」方が、ある生物種にとっては遥かに有利な選択となるはずだったのだ。

 そして、おそらく「事実上Yが優越していることによる男性特有の大きなリスクと脆弱性が現実に見られる」ことから、それは逆説的になるのだが、もしYに“Xより遥かに柔軟な内外の諸環境との寛容な協調性”が存在したとすればトータルの帳尻が合うことになる筈だったようだ。だから、日本会議 らの男性が上から目線でマッチョぶりを誇り女性を蔑視するのは非常にバカげていることになる。w

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 このように、生命科学や物理学など自然科学的な先端知を人間社会(人文・社会科学分野)の問題に敢えて類比的、類推的に思考しようとするアラグマティック(G・シモンドンの個体の哲学(コンシリエンスのジャンル))に重ね合わせて見ると、単なる生物学、あるいは物理学などの枠に納まらない、非常に幅が広い社会的な視点例えば、相互主観性のエンドレスの調整を重視する民主的な社会の意義を生命論的に深く凝視することによる、新たな資本主義や民主主義の可能性についての視点の発見への途も大きく拓けてくる筈である。

  このような観点から見ても、第二章およびエピローグの冒頭でふれた<世界が再注視する西田哲学、あるいは伝統古神道の宗教観と人間観の中核に潜在する正統保守(リベラル共和)的なスピリット>とは全く異質で内向的な<政治的に異常な安倍晋三なる妖怪と、それを強力に後押しする日本会議なる偽装極右>の存在は、全地球的に被害が拡大する巨大リスク(平和憲法放棄、アナクロ軍事大国化、巨額財政破綻、巨大原発災害etc)を自閉的かつ退嬰的に助長しつつあるという意味で非常に有害である!(例えば、下▼の直近事例などは愚の骨頂!)

 ▼敢えて日本の危機を招来する安倍晋三日本会議ら<偽装極右派アナクロ妄想>的な異常発想の愚∵雌雄決定に関わるXY論の知見に照らせば、玉砕敗戦の道の象徴たる「明治の日」を日本文化の理想!と短絡すること(過剰♂マッチョ)では敗戦の再現が必須! ☞ 「明治の日」へ祝日法改正原案 自民議連、文化の日」改称1213産経https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181213-00000569-san-pol

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                                                             (完)