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toxandoria:フレーム&フリンジの謎

W.Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

チェリーピンク・アベGDPの日本はAIロボ『人間の壁』経済に備え“社会の茎”、「新マクロ経済/Ex.BI型“社会的共通資本”」金融への展相が必須!

チェリーピンク・アベGDPの日本はAIロボ『人間の壁』経済に備え“社会の茎”、「新マクロ経済/Ex. BI型“社会的共通資本”」金融への展相が必須!

(Cover Images)

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・・・Paul Cézanne『Mount Sainte-Victoire』1904-1906. Oil on canvas,73 x 91.9 cm Philadelphia Museum of Art, Philadelphia, PA, USA.

《記事副題》【「欠陥(船底穴)隠蔽!新自由主義理論」+「逆ベクトル:古色蒼然アナクロ対応toAI型『人間の壁』」アベノミクス、なので当然の帰結「アベ駆除&展相」を総国民もろ共で急ぐべき!(20190308追記)

・・・東大法学部ら出身のキラ星の如き頭脳明晰な俊秀(高級官僚・司法官・御用学者)らが、いったい何故にアベさま(安倍内閣)の「下の世話」(アベノミクス等に関わる、悪臭芬々たるテンコ盛りのウソ・改竄&消去・隠蔽の山の処理&消臭作業)で躍起となっている、この余りにも面妖な日本となってしまったのか?

・・・短く言えば、それは「リアリズム倫理」観の不在(おそらく暗記型受験体制への傾斜の弊害?)ということ。残念ながらそのことについての委細を述べる余裕が当記事にはないが、少しだけ(エピローグ)で触れておくことにする。

【要約】「限定合理の生命モデルに倣えば、ある意味で“合理的”に解決できるのに、その生来の律義さ(“任侠・忖度”愛好?)or伝統『構造災』へ拘泥するあまり人非人の嘘吐き邪教“あら人?”神(オレが国家だ!を騙る靖国英霊ナルシス愛“追憶のカルト”、自称“森羅万象”アベ神様)にすがりつき、それを忖度するバカりで肝心の<リアル&未生>の両「民」が命を繋ぐため必須の「相転換」、いわば汎用AIロボ「スキル偏向イノベーション」に因る近未来の「機械デュナミス経済(潜在的な高付加価値)」化への備えの最低限の条件、肝心の「金融・財政改革」が眼に入らぬ現代日本の超リスク!その展相(覚醒&相転換)のキーワードは“社会の茎”(socio-scapes)、つまりヒトを幸せにする“社会的共通資本”たる新マクロ金融の創造!」ということ。なお、BIは段階的ベーシックインカムのことだが、それについては「第6章‐2」で概要を述べている

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(これは当記事内容で言う『人間の壁』のこと:特に、準汎用AIロボが実現すると思われる10~15年後に実現すると予測される“機械生産性(デュナミス潜在生産性)vsヒトの生産性(リアル生産性)”の大きな壁(大格差)の発生を意味する) 

 

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https://twitter.com/masaru_kaneko/status/1106168602086891529

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・・・・右のプロフィールは故・宇沢弘文氏(関連参照/“第3章‐宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出”)。

・・・

f:id:toxandoria:20190305072657j:plain・・・・当、広末涼子NHKスペシャルドラマ『浮世の画家』↓に出演する)の画像は、https://www.youtube.com/watch?v=oXRfzIHJTqIより転載

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Maurice Ravel - Gaspard de la nuit

 

・・・ 

 (プロローグ)愈々、チェリーピンク病Vsハーフトピアの闘いの時か?

(0)日本の目前に迫る危機の土壌(一般大衆を隠然と睨む官邸ポリスこと“人の支配&“法の支配”のアベさま御用達し“仲介業”の存在

・・・安倍「アサッテのヒト(追憶のカルト/靖国英霊界追慕)」内閣は日本大衆が偏愛する、古色蒼然たるw “任侠”道政治への先祖返りか?ガンつけで過剰「忖度&寺銭」を強要する“任侠”道の濁り目では、千載一遇のチャンスでもあるハーフトピアの未来が認知できない!・・・ 

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<注>「“任侠”道政治への先祖返り」・・・この問題については下記資料を参照乞う。

【大衆を隠然と睨む官邸ポリスこと“人の支配”&“法の支配の仲介業”安倍政権で<官邸ポリスによる国策「捜査潰し」(国策捜査の裏返し)>が堂々と罷り通る背景について(小論考)https://www.evernote.com/shard/s440/sh/b2a5a0aa-4241-48e7-b530-7fd970f160b4/cc8da668e2c69ca94a4a04467944ae0c

・・・         

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【日本の目前に迫る危機の真相/チャンスでもあるそれを認知できない悲劇!】

https://www.evernote.com/shard/s440/sh/fd17cb90-5e6a-47d4-8d50-769b9b3d6177/55a342cde8ce7649bacd662ea9b45e40

・・・(前、略)結局、このおぞましい状況の根本には「リベラル共和」(正統保守)と偽装極右(安倍政権の正体である追憶のカルト)の違いについて、日本国民一般が殆ど無関心である!(その表れが“茹でガエル”派に因る、被虐的に?まるでアベ派のスキャンダルや暴走・横暴化と反比例する(比例する、が正しいのかな?w)かにさえ見えるアベ支持率の上昇トレンド!)ということがあるようだ。今や日本国民はこの「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という、全ての国民が理解すべき最も肝心のリアリズム(これは大きなリスクであると同時に大きなチャンスでもある!)を正確に認知できないホワイトアウトに嵌っており、目先の“偽装極右”安倍政権に対する<忖度の間合いの取り方>だけに汲々とするばかりの、その日暮らし同然の主要マスメディアが、最も重要な情報を国民へ伝えるという「本来の仕事」に手が回らなくなっている。これこそが日本の目前の危機である!・・・(当内容の委細は本文にアリ)

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【@盛田隆二 さん/国境なき記者団が「官邸は日本国民の知る権利を尊重し、ジャーナリストの全ての質問に例外なく答えるよう」安倍首相に要求 東京新聞・望月記者への質問制限は、国民の知る権利を否定する暴挙だと警告。今後、先進国と思えない日本の報道規制の実態が海外に発信されるだろう。

https://twitter.com/product1954/status/1103149878593544192

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101760119132438529

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102019228889014273

https://rsf.org/en/news/japan-government-must-not-judge-relevance-press-questions

https://twitter.com/SamejimaH/status/1103421722408054784

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https://twitter.com/nuclearban_jp/status/1097297689736167424

大黒岳彦『情報社会の哲学』(勁草書房)によれば、マクルーハン(カナダ出身のメディア研究者・文明批評家)が「1.巨大WebネットDB汎“知”が刻々と創造するデュナミス(潜在エルゴン的な抽象電脳世界の増殖)、2.マッハ感覚論的素材性のエネルゲイア常世界で共鳴するヒトのリアル意識)、3.ルソー「一般意志」(普遍観念)が象徴する理想(エンテレケイア/啓蒙思想の核心)」という三つの異質な世界が鼎立する高度情報社会の到来を予見していたとされる(関連参照/第5章‐2『人間の壁』、デュナミス経済化を助長する、“間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題の真相)。

そして、この「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という観念(着実に到来する近未来への予感)は欧米諸国で共有されており、特にそれは良識派に属する一般国民の深層に浸透して、ある意味で欧米民主主義社会のシステム・ツールバランサーの役割を果たしている。

加えて、近年は地球環境問題、ゲノム編集技術(生命科学の進化・深化)らとの絡みで「フーコー“統治理性”」が再認識されており、これら両者の共鳴から「リベラル共和」(正統保守)の重要性が再び深く理解されつつある。そして、実は表層的には「移民、ポピュリズム、格差、極右&保護主義台頭」等の問題で、愈々、混迷を極めるばかりか?とも見える欧米諸国と日本の決定的な違いが、この点にあることを自覚すべきである、

因みに、フーコーの統治理性とは「“どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家・政府の統治権力と市民社会の自律的運動法則(<補足>特に労働組合のレニュアルが喫緊の課題!は対等であるべき、とする非常に厳格な”考え方」である。そして、そのフーコー統治理性の対象には、ノモス・エトノス的な意味で非常に危うい地球上の全ての生命環境が明確に視野に入っていたと思われる。加えてフーコーの慧眼は「いま我々が体験しつつある準汎用AIロボの時代のマクロ・ミクロ経済論の展相の必然性」を実に的確に視野に入れていたことになる(関連参照/第3章‐ロ:宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)。

例えば、およそ1980年代の半ばから歴代政権が支出削減や企業の競争力強化、いわゆる新自由主義政策を過剰に試みてきたこと(ネオリベラリズム流の格差活用ヒト・イノベーション)による矛盾の爆発(ジレジョーヌ運動)で苦しむ仏マクロン政権ではあるが、同運動代表との仏政府の対話、あるいはジレジョーヌと緑の党との対話などが着実に進められており、いわゆる分断による民主主義の機能停止には至っていない。米国における、冷静なトランプ批判の動向も然りである。

これら欧米の動向(深層のリアリズム!)と比べると、偽装統計問題(アベ・ピンクGDP)などに対する適正な解明の要求を閣議決定方式等で超然権力的に遮り、それどころか[メディアを含む批判勢力に対して露骨な「言論弾圧の姿勢」すら見せ始めた<安倍政権>Vs<良識派”国民>]なる、我が日本の「分断=民主主義のセットバック」状況の深刻化は異常である。

結局、このおぞましい状況の根本には「リベラル共和」(正統保守)と偽装極右(安倍政権の正体である追憶のカルト)の違いについて、日本国民一般が殆ど無関心である!(その表れが“茹でガエル”派に因る、被虐的に?まるでアベ派のスキャンダルや暴走・横暴化と反比例するかにさえ見えるアベ支持率の上昇トレンド!)ということがあるようだ。

今や日本国民はこの「異質な三つの世界が鼎立する高度情報社会の接近」という、全ての国民が理解すべき最も肝心のリアリズム(これは大きなリスクであると同時に大きなチャンスでもある!)を正確に認知できないホワイトアウトに嵌っており、目先の“偽装極右”安倍政権に対する<忖度の間合いの取り方>だけに汲々とするばかりの、その日暮らし同然の主要マスメディアが、最も重要な情報を国民へ伝えるという「本来の仕事」に手が回らなくなっている。これこそが日本の目前の危機である!

(1)チェリーピンク病(チェリー・ピッキング症)

・・・統計データ等のインテリジェントに関わる基礎情報の中から、特定政策ら或る一定の目的に沿う好都合な重要基礎データや情報(解析結果)だけを作為的に選び、その情報全体がそもそも持っていた文脈や統計トータルの目的や有意性を歪め、自らの所期の目的にだけ好都合な結論を導くため、それらを悪用する一種の超然権力的(or神憑り的)なマッチポンプ戦術のこと。

・・・科学的な中立性、言い換えれば客観的な有意性が大きく失われ、それを真理の証拠とする意味と信用を完璧に失墜させるので統計学では禁じ手である。元々の意味は「サクランボの選別のように出来の良い果実だけを作為で収穫する」ということ。つまり、「アベ方式の統計活用?」こと<偽装&嵩上げGDP>の如きチェリー・ピッキングが禁じ手であるのは、<統計学=科学的手法>であることの最後の砦となっているからだ。

・・・しかし、残念ながら安倍政権はこの“禁じ手”のチェリーピンク病(チェリー・ピッキング)に紛れもなく嵌って(を罹患して)いる。そして、普段は「統計学の概念や手法」に縁遠い一般大衆(多数派国民層)は、そのアベ・チェリーピンク病の恐ろしさに、なかなか気付けないでいるようだ。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101204989437829120

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1100918758661476353

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102646281166499845

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102649081279655936

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102652085131083777

<関連資料>統計学錬金術ツール」化が“アベ倒置国家”の正体・・・『統治性』統治術』(大阪大学教授/文化人類学http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/030814govern.html

・・・

・・・そもそも統計学(統計法則)が確立し、それが真に科学的手法として遍く一般の市民社会で認知されるまでの歴史をふり返ると、我われは、むしろそれが<優生学思想>を助長するリスクと紙一重の過程であったことに驚かされる。“統計法則”が確立するまでのデータ化歴史のふり返りで大切なのは、それを推し進めた主体は誰で、その目的とデータ化の対象は何であったか?ということになる(当論点の委細は下記↓★事を参照乞う!

 歴史的な“優生学”誕生への道筋/倫理・道徳的には中立でなかった統計学(“統計法則”確立)の歴史 http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701B https://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180701/p1

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(画像The entrance to the Dakota building which had a sign posted that the Nutopian Embassy was there』は、https://en.wikipedia.org/wiki/Nutopia#/media/File:Dakota2.jpg より)

 

(2)ハーフトピアが意味すること

・・・1970年代に、テレビ出演したエルトン・ジョンが偶然に?口にしたとされるヌートピア(Nutopia/Newtopia、https://it.wikipedia.org/wiki/Newtopia)をもじった造語。それは「地球上のいたるところにあり、いたるところにない国家である。また、この国家の理念はジョン・レノンが『イマジン』で歌っており、領土も国境もないので領土紛争は起こらない。ジョン・レノンオノ・ヨーコが1973年4月1日に建国した。

・・・今から約10~15年後に汎用?or準汎用AIロボが完成した暁には、人々が仕事をしなくても遊んで暮らせるユートピアが実現するとか、あるいはそれと真逆で“殆どの仕事がAI「知」に奪われてしまう”その時代にはグローバル金融をも完璧に組み敷いた「AIロボを所有・支配する数パーセントの人間」だけが9割超の“知的に劣る愚か”な奴隷的人間を支配する地獄の世界(デストピア)が出現するとか、いわゆるシンギュラリティをめぐる論争が喧しくなっている。

・・・そこで、当記事では「ほんの少しだけユートピアへ傾斜しているが、我われの努力次第では実現できると思われるリアルかつ健全な経済・社会の方向性」(いわば、永遠の展相を十分に承知の上でリアル化できることを重んじる「限定合理に因る近未来の可能性」(ヒューリスティクスheuristics)」をマクロな観点から論考することを試み、そこで膨らむイメージ世界をハーフトピア(halftopia)と名付た。

 

(3)「準汎用AI」時代が意味するコト

・・・AIの技術開発が進み、仮に汎用AIロボが完成して、それが社会・経済のあり方などを根底から変革するような時代をシンギュラリティ(米国の発明家・実業家であるレイ・カーツワイルが名付けた/特異点とも呼ばれる)本格的な汎用AIロボの時代)とするなら、それがいつ頃に実現するのか?は未だ分からない。

・・・それは、AI研究がヒトの意識そのものの働きをするAIロボのレベルへ接近しつつあり、脳エミュレーション(ヒトの記憶・意識の“まるごと”移し変え)の研究に取り組まれているのは現実だが、仮にそれが完成しても果たしてそれがヒトと全く同等と言えるかどうかは分からないからだ。というより、限りなくそれへ近づくことはあっても(それが準汎用ロボの意味)、ヒトと全く同等のAIロボは、おそらくできないだろうとも考えられる(その可能性の方が大きい!)。

・・・そして、この限りなく人へ近づく意味でのAIロボの問題は「ヒトは“世界内の存在!”とするハイデガーの世界観に因るAI研究の第三段階、いわば限りなくヒトの意識に近いものを追究するという意味で“新しい人工知能研究フェーズ”」の問題、と理解されている。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

・・・付言しておくと、ヒトの一回性の生(生命・人生)は「論理・計算・記憶だけで成り立つものではなく、時間の流れに寄り沿いながら、その折々の自然・社会環境トータルとの因果的な繋がりとエコーしつつ、又は共鳴しながら感覚的・感性的で多様な想像力の海のなかを絶えず自己変容しながら遊泳している」ようなものである。

・・・しかも、そもそもヒトは地球上の他の生物と同じように、自然という多様な“生命論”的な意味での交流環境のなかにいるからこそ、ヒトとしての自らの生命個体を未来へ向かって自らの生命力で繋ぎ続けることができる存在であるからだ。

・・・因みに、現象学哲学の始祖と見るべきエルンスト・マッハ(そもそも自然科学者であるが)はこのような人間の生の特性の側面を「感覚論的素材性」(マッハ感覚論的素材性/日常世界で多様に共鳴するリアル意識)と呼んでいる。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806 

・・・しかしながら、先に見たとおり特定の目的に役立つ仕事を平凡なヒト並に、あるいは限りなくそれに近いレベルで、十分にヒトの期待に応えてやりこなす「準汎用ロボ」が実現するのは、そう遠い先のことではないだろう。おそらく、それは日々に近くなっており、遅くとも向こう10~15年位のことではないか?と思われる。そして、それだけでも社会・経済のあり方などが根底から変革を迫られるようになるための条件としては十分ではないか?と考えられる。

・・・例えば、今を時めく新自由主義新古典派経済学のジャンル)のツールとして重宝されているマネタリズムやサプライサイド理論なども、その発想を根底から相転換(展相)させる必要に迫られることになるかもしれない。従って、チェリー・ピッキング症を罹患した安倍政権の「神憑り!2020年GDP600兆円を絶対視した、ほとんど神憑り同然のアベノミクス『統計偽装』の大暴走」(↓画像)などは論外であり、大“噴飯もの”である!

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098397566058647552

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1097002189275332608

 

1 グローバル新自由主義の現代に特徴的な「二つの“ワニ口”」

・・・それは「技術イノベーション市場原理主義の搾取構造ということ・・・

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直近の各報道によると、何でも日本国の安倍晋三・首相は自らが人間であることをやめて『森羅万象の神』に展相(変態、変身、昇進、相転換?)したことを国会で堂々と宣言したようである。尤も、ネット上のある筋によればそれは『森羅万象の神』ではなく、『現人神』(あらひとがみ)の言い間違いでは?ということのようだ。w

ともかくも天皇ご退位に伴う元号改正を目前に、日本国が戦前・戦中期並みの『神国』へ一歩前進した?のであるから、これ<忖度レトリック>を使えば、“誠にご同慶の至りで、安倍サマが生身のヒト(仮の姿であるサナギ人間?)から神様(靖国顕幽論の霊界的存在?)へ変態した折の過酷な苦痛を想像すると涙が溢れるバカリだ!”とでも言うべき歴史的な瞬間だっのだろうか?w

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アベ<神憑り新元号生成の儀(アシカ呪文)>!? 忖度“神託”「NHKニュース」の預言w

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190301/k10011833171000.html

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102092101108457472

・・・

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しかし、グローバル化が進む内外の経済環境、なかでも特に日本の経済・財政の殆どアポリア化した現況は「アベさま→神様」の相転換(神国へのセットバック)で決着がつくほど単純なものとは言えないようだ。但し、グローバル化トレンドそのものは生態系の比喩の視点、つまり後述するジルベール・シモンドンの科学認知論的な『個体化の哲学』の観点(↑添付画像)からすれば、むしろ立的と見るべき環境のジャンルであり、ヒトの「知」が何処までその「意味」の理解に追いつけるか?ということが問題になるようだ

ともかくも、それは現代のグローバル資本主義をリードする新古典派経済学、特にそのマネタリズムの経済イデオローグの中にそもそも「搾取」(永続的なネクストへの信用創造という宿命的な資本の論理が大命題であることに因り、特別の手を打たぬ限り回避不能な搾取型『差』発生の構造)の問題が存在するからである。

無論、これは、今に至って突然に出現したものではなく、第1次(蒸気機関)、第2次(電気、内燃機関)、第3次(コンピューター、インターネット)の各産業革命の段階(機械化イノベーションへ向かう進化)に沿って、「(イ)機械が創造する付加価値⇔(ロ)ヒトが創造する付加価値(特に事務職およびサービス業態らに遍在する)」という<格差が拡大するトレンド>として、次第に気付かれるようになってきたことである。

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(グラフ1)出典:財務省法人企業統計季報編集   財務省財務総合政策研究所

・・・<注>(第3章のグラフ:『大企業(製造業)の売上高と限界利益』)と同じく当資料は2005年以前のデータ(第3章のグラフは2010年以前のデータ)に基づき財務省が作成した古いものであるが、安倍政権下における渦中のフェイク?統計データと異なり、まさか恣意的にチェリーピンク操作を行っているとは考えられないので(苦w)、そのままこれらを「マクロな傾向」を観察する有意な資料として使用した。また、(第3章のグラフ)についても同じことだが、それぞれの最終年号から現在までに至る各「ワニ口が開く」という大きな傾向(トレンド)は、ほぼ変わらぬものと想定して、当記事は書いている。

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(グラフ2)出典Harvard Busines Review

やがて、その傾向「(イ)と(ロ)の根源的で潜在的な格差」は「(ハ)企業所得と(ニ)労働者所得の恣意的な格差」いわゆる、企業側への分配傾斜によって労働分配率の格差が拡大するトレンドの顕在化=ワニ(鰐)口が拡大する傾向)に姿を変え、そのトレンドをグラフ化すれば誰の目にも明らかに見えるリアル(実在)として理解されるようになった訳だ(参照、添付グラフ)。しかも、更にその傾向(ワニ(鰐)口の拡大)を大きく助長したのが、1970年代に本格化した新自由主義ネオリベラリズム市場原理主義)である(委細後述)。

<補足説明>上のグラフ((1)、(2))について

(1)「名目GDPと雇用者所得(一人当たり)」(1枚目のグラフ)

・・・解像度が悪くて些か見えにくいが、左軸の%は「名目GDPが1%増加したときの、雇用者報酬(一人当たり)の増加率を意味しており、各長期トレンドを示す実線グラフは英国、同じく点線が日本である。ここから、およそ1975年ごろ(新自由主義ネオリベラリズム)の影響がリアル化し始めた時期/つまり、労働力(ヒト)をモノと見なす新自由主義イデオローグの特徴、言い換えれば“ヒトの物象化フェティシズムによって非正規雇用が主流となってきたことが主な原因!)から英国でも日本でも一人当たりの雇用者報酬(つまり労働分配率)がフリーフォール型で急低下し、分配が企業側へ大きく傾斜するという、いわゆる<搾取の「ワニ口」>(企業(営業)利益↑(増加傾向)>雇用者所得↓(減少傾向)により格差が大きく開く一方!という恐るべきトレンド)の存在を推測させるが、おそらくこれは日英以外でも同じ傾向と思われる。

(2)米国の「グレートデカップリング・トレンド」(2枚目のグラフ)

・・・これはGD/Great Decoupling/スキル偏向技術進歩(技術イノベーション)に因る“雇用一人当たり生産性向上(GDP総額増加)と一家計当り所得減少”の大<乖離>問題=特に中間層の没落に繋がる主な原因)」を示すグラフである。別に言えば、それは「特にAIロボット等(未だ、特定目的型のAIロボットらが主流であるとはいえ)の出現で名目GDPの主要素である生産性の伸びの大きさ(主にAI・ネット技術ら応用の機械化(IOT等)による)と一人当たり雇用所得の伸びが連動しなくなりつつあること」を意味する。これは、2005年ごろからその傾向が顕著となったことを示す米国のグラフであるが、日本でもほぼ同様の傾向で、(1)型の伝統的な「ワニ口」なる「資本主義の搾取」トレンド(益々、格差が拡大する傾向)を、これが更に助長しつつあることが理解できる。出典:Harvard Busines Review、https://hbr.org/2015/06/the-great-decoupling 

・・・

しかも、資本主義の本質は金融等を介した企業利潤の再投資による持続成長力(これは資本主義を持続・推進するための活力源!)の維持ということであるため、(2)型<「(イ)機械創造型の付加価値⇔(ロ)ヒト創造型の付加価値」>の格差(いわばスキル偏向技術進歩に因りヒト一人当りの人的価値が劣化させられ続けるという恐るべき現象!)が、益々、拡大するのは必至である。

但し、EU・国連及び米国の良識派(トランプ政権はアベ日本と同じでコレを無視!)は地球の自然環境汚染を視野に入れた“デカップリング経済”、つまり「成長と資源の浪費を切り離す政策→エンテレケイアとしての定常化経済」という<展相(相転換)の必要性>と共に、それとは異なる(機械⇔ヒト、両生産性の接合と調和を目指すという)意味を持つ、Great Decoupling対策についても、愈々、それに対しても真剣に対応する必要性があることを視野に入れつつある(Cf.↓★)しかし、日本の安倍政権はコノ問題へ全く無関心であるのか?あるいは見て見ぬ振りの節がある

 EUの視野に入る未来経済へのコリドー(廻廊)とは、f:id:toxandoria:20190225042652j:plainhttps://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180806/p1

また、近未来においては「“AIロボ-IOT型機械技術>一般製造業>一般サービス産業”」の格差に加えて、現実的には利潤分配に関し必ず経営側(支配的エリート権力側)による恣意が最優先で発動・発揮されるため(このトレンドは労働組合の劣化によって必ず助長される!)、結局、準汎用AIら科学技術の進化に伴い更なる革新的「技術イノベーション」が進む一方で、もし政治・財政・経済的に何も「必須の改革(展相プラン)」が行われず、旧来の新古典派経済学(特に新自由主義)のマクロ政策の延長上で放置されることになれば「(ハ)企業所得↑>(ニ)労働者所得↓」の「ワニ口」は際限なく開き続け、ひいてはその[<ワニ口/超格差>と<機械(スキル偏向デュナミス)生産性Vsリアル生産性の問題/委細後述)>]によるリアル・マネー流通の不全(特に、その『三つ目のワニ口』である、準汎用AIロボ型のスキル偏向技術イノベーションに因る巨大格差の発生)で“生身”のヒト(市民)が生きる日常のリアルな社会生活が根こそぎ壊滅するのは必然である

 しかも、実に愚かしいことだが、それは新古典派経済学マネタリズムネオリベラリズム)が「情報の完全な対称性(抽象・計算論としての完全合理主義)」と「ヒトの物象化(マルクスが言うところの“ヒトを=モノ”扱いにする意味でのフェティシズム)」を前提とする市場原理主義ネオリベラリズム)に因る、最も<抽象合理的で先進的(実は愚か)な?考え方>に囚われた挙句に資本主義そのものが「死」を迎えることも意味すると考えられる。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098625154144325632

然るに、直近の国会での討議の場面で目立つのは、「たとえ、GDPをめぐる諸統計数値について些かのフェイクがあるとしても、アベノミクスの成果で日本の勤労者の総所得額が増大したのは紛れもない事実だ!」と、まるで勝ち誇るが如き態度でニタニタしながら答弁する「安倍晋三・森羅万象総理大臣」の不可解な姿である。果たして、彼(アベ“森羅万象神”or“現人神”様?)はどのような日本の現実を見て血迷っている(あるいは、その目を血走らせている)のだろうか?

f:id:toxandoria:20190209094604j:plainところで、 “資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅”という副題が付いた、ドイツで活躍するイタリア出身の公共経済学者(ベルリン自由大学教授)であるジャコモ・コルネオが書いた『よりよき世界へ』(岩波書店201811刊)という興味深い思考実験の本がある。そして、この本は結論として、財源と公正さの確保の難しさを理由に“目下、世界的にかなり話題となりつつあるベーシック・インカム“を敢えて退け、“企業株式の一部を政府の手を介して公有”とする「株式市場社会主義」を提案している。

これは、1990年代に米国の経済学者ジョン・ローマー(John E. Roemer/マルクス主義の改革を意図する分析的マルクス主義研究/1945- )が提案した「クーポン型市場社会主義」(http://www.ier.hit-u.ac.jp/~yosihara/ronsou/ronsou12.htm)に似ているが、それは“市場経済を維持しつつ、本質的に搾取の構造を持たざる得ない資本主義の非公正な部分の欠点をなくすため企業の利潤の一部がクーポンとして、政府の手で全ての“成人”市民へ分配される(全ての成人国民が株主となる)”というものである。

まず、コルネオとローマーのこれら両方式はランゲ・モデルの証明(社会主義経済計算論争の決着を前提とする、市場社会主義の変形(社会主義のための市場機能の有効活用)と見なすことが可能であり興味深いものだ。因みに、この「証明」とは、ごく大まかに言えば“計算上では資本主義と社会主義の両者は資源の有効活用という点では同等だが、後者の計画主義を完璧に実行するのは困難である”と結論付けたことだ。https://cruel.org/econthought/essays/paretian/social.html

しかし、これら二つの方式は[(1)民主主義社会における私的所有権“侵害”の是非に関わる論争、(2)株式傾斜所得による収入の不安定化、(3)政府の手を介する分配とはいえ“権力Vs公正分配”の懸念(何か強力な特別の工夫がなければ、必ず前者が有意に立つうえ、例えば現下・日本の安倍晋三政権の如くそれが徹底的に腐敗する可能性が高い。

f:id:toxandoria:20190225054337j:plainそれどころか、従来の市場原理主義経済(マネタリズム)の現行システムのまま「準汎用AI時代」に入ってしまうと、『人間の壁』[デュナミス経済化スキル偏向デュナミス生産性Vsリアル生産性]の問題)を乗り越えるどころか、ほぼ1:9の比率で超エリート(一強化した権力側)がその他大勢の奴隷的人間を支配するという恐るべき世界が到来することも強ち空想に過ぎぬと笑うわけにもいかぬようだ。まさに、ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』が説ユートピア?or真逆のデストピアの出現である。

従って、当試論は、「準汎用AI時代」にこそ想定される『人間の壁』(デュナミス経済化/AIロボ経済化(本格的なスキル偏向デュナミス機械生産性)の時代に想定される[AIロボの高度生産性>ヒトの生産性」なる大格差が必ず出現するという問題)の解決を視野に入れつつ全ての国民を対象とする(成人か子どもかの別を問わず、赤ちゃんが一人オギャー!っと生まれたら、即、支給の対象となる)、そしてそれは社会的共通資本の一環であると明確に位置付けた「ハーフトピア」である<ベーシック・インカムの段階的な導入(従来型の福祉政策も、それぞれの分担範囲を調整しつつ並置する形での)>を提起(試論提起)する。

 

2  「三つ目のワニ口(AIロボ型Great Decoupling」へ戦前回帰(バックストップと真逆の構造災の取戻し!で対処する「アベ政権の倒錯」

・・・Back to the era of World War II!/チェリー・ピンク病(チェリー・ピッキング)なる色の誘惑に身も心も蕩(とろ)けて、戦前の「大日本帝国」こと「ピンク・フェイクデータ帝国」(”伝統”構造災)の罠に嵌ったアベノミクス!それは、「倒錯!“追憶のカルト”経済政策」ということ。・・・

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<注>“三つ目のワニ口(AIロボ型Great Decoupling、バックストップ”について

・・・「三つ目のワニ口」は、[1-(2)]で触れた<準汎用AIロボ型の技術イノベーション経済に因る巨大格差の発生>、いわば「AIロボ型Great Decouplingを意味する

・・・バックストップは、Brexit交渉でEUが提案した「北アイルランドの歴史を過去へ戻さぬようにする」という原則(バックストップは北アイルランドにだけ適用される)。具体的には、仮にこれでBrexitとなれば「関税や規制上の国境は、アイルランド島グレートブリテン島を分けるアイルランド海に引かれる」ことになる。https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46562679

  (安倍晋三・首相のもう一つの正体は“妄想型ウソ吐き&隠蔽工作の常習者”であること!)

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1102057588131151872

一見では現実主義者、つまりリアリスト集団か?に見えるかも知れぬ安倍政権(安倍晋三の御仲間一派)だが、その正体は「日本会議との一体感を強く共有する“アナクロ妄想(追憶のカルト)”患者」ら、よりハッキリ言えば「アサッテの人」らの野合的な集まり、つまり、あのオウム真理教にすら匹敵すると見なしても過言ではない重症の<妄想世界を空高く飛び続けつつ「アサッテの広場」徘徊or跋扈する異常な集団>である(関連参照/プロローグ‐0:日本の目前に迫る危機の真相)。

つまり、彼らの殆どは「人間の壁」(デュナミス経済化)の内側にある異次元“空想(妄想)世界”(この場合、それは準汎用AIロボがもたらす「デュナミス潜在生産性」(リアルな人間社会の日常から切断された、只の可能性としての高度生産性/AIロボ型Great Decoupling)の話ではなく、そもそも大昔からヒトに付き物である妄想or幻影・異次元ワールドの意味での『人間の壁』のことだ。

そこで、<オレは神様ダ~!オレが国家ダ~!オレは森羅万象ダ~!>なる意味不明な言葉を折につけ吐きながら万能感・&法悦感に包まれて永遠に幸せ~!と遊び呆けるという意味で、安倍晋三のお仲間らの多くは厳しいリアル世界との対峙を軽蔑しており、啓蒙思想で育まれた国民主権などはトコトン毛嫌いし、その存在を全否定する狂人・準狂人?のような、別に言えば「異次元抽象世界に生息するゾンビ・アバター」の如き、実に卦体(けたい)な存在である。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098423847403962368

 

   (元祖チェリー・ピンク病!/克服すべき日本型(JPN)“構造災”のリスク) 

  ・・・今や、そのチェリー・ピンク(ピッキング)病こと戦前型『構造災』に飲み込まれ、それにガッチリと取り憑かれ、そこで組み敷かれるままに甘んじている?日本国民!・・・

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・・・明治維新にその基礎が確立し、太平洋戦争で暴走したフェイク偽装『JPN伝統構造災』で、更に“只管、お仲間だけの繁栄を謀る”ため総国民の洗脳を謀るアナクロ安倍政権!・・・

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・・・関連参照↓・・・

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【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

  (殆どの国民が無関心であるのを好機と見て、日本会議と安倍政権が必至で復権を謀る日本型『構造災』の伝統とは何か?)

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http://daihonnei.wpblog.jp/rinkichou-incident

・・・それは、『臨機調事件』を端緒として“戦前~戦後(高度成長期)~現代(3.11フクシマ第一原発過酷事故~“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れでデッドロック化した原発政策(現況))”へと、連綿と引き継がれてきた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』のことである。

 <注>テクノストラクチュア(technostructure)は、J.K.ガルブレイスが『新しい産業国家』 The New Industrial State (1967) で用いた言葉で、国家経営または大企業経営の実際上の意志決定に参加する実力者の一群(政・官・財・学)を指す。

 f:id:toxandoria:20190225063110j:plainそして、一般に日本型の「構造災」といえば、それは<太平洋戦争の開戦間際に起こった『臨機調事件』を端緒として“戦前~戦後(高度成長期)~現代(国策原発→3.11フクシマ第一原発過酷事故)”へと引き継がれた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』>を指すが、この問題は、松本三和夫氏(東大教授/科学技術社会学)が著書『構造災、科学技術社会に潜む危機(2012)』(岩波書店)で初めて取り上げている。以下は、同書の要点を参照しつつ私見を加え、重要と思しき点を纏めたものである。

・・・

 「3.11フクシマ第一原発過酷事故」の引き金は千年に一度とされる大地震であるが、日本伝統の構造災という観点から見れば、原子炉の本源的脆弱性が根底に潜むと言う意味で、この悲惨な過酷事故には、矢張り、それは起こるべくして起こったと見なすべき前史がある。

 それが、「臨機調事件」(臨時機関調査会事件)と呼ばれる、1938年8月に竣工予定の最新鋭駆逐艦の主要タービン翼折損事故であり、具体的には「艦政本部式タービン翼折損事故」と呼ばれている。この前代未聞の大事故は、太平洋戦争開戦が間近な1937年12月29日に起こった。

 軍国主義時代の軍事技術は最大限の人材、情報、資材、予算が投入されるが何よりも当時の戦いで、特に開戦直後の戦況の方向性を決める最新鋭駆逐艦の建造であっただけに、その特徴は「最重要国策である故に予算が戦時国債を裏付けとする青天井」であった点にある。そしてコレも今の安倍政権の強権的な方針にソックリ引き継がれている!

 1938年4月1日・制定『国家総動員法・第二条/(昭和13年法律第55号)』で、動員対象のトップに位置付けられたのは軍艦で、その中でも最新鋭かつ高性能の機動力を求められるのが駆逐艦であった。そして、ともかくも国際的緊張が高まる中での開戦に備える切り札でもあり、かつ日本の独創的開発であると自負してきただけに、艦政本部式タービン事故は開戦直前の日本にとって非常に深刻なものとなった。

 それは、この時に日本海軍で標準化されたタービン技術の事故は、他のどの艦船でも起こり得ることになるからであり、事実、同年12月29日から4日間の内に、同型艦の5隻で同様の事故が連鎖的に発生した。しかし、おざなりとも言える責任者の懲罰だけで決着がつけられ、現在に至るまで、当事件の顛末についての詳しい調査は殆ど行われてこなかった。

 つまり、この「開戦直前の時であったことを理由に隠蔽された大事故」が紛れもなく日本型の伝統「構造災」の典型であることは、以下の三つの事実●が明快に裏付けている。しかも、これらの点が余りにもフクシマ(3.11フクシマ第一原発過酷事故)の問題点、あるいは渦中のフェイク・アベノミクスGDPら統計データの嵩上げ操作など)、あるいは“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れでデッドロック化した原発政策の現況とソックリである!

●秘密主義・・・注目に値するのは、海軍史上で最悪とされる別の「第四艦艇事件」(関連参照⇒ http://urx.nu/3KrY )が帝国議会・議事録に遺されているのに、当事件だけは帝国議会へ報告された形跡が一切ない(松本三和夫氏が調べた限り、議事録に遺されていない/削除か?)。

●想定に基づく対症療法の増殖(これが技術対応上の最大の欠陥)

●間違った先例の踏襲による、事故原因の隠蔽と先送り・・・政権関係者の内側で、真の原因とされる事実が一応確認されたのは、対米開戦から1年半近くが経過した1943年4月であった。

 この「臨機調事件」に関わる深刻な問題はそれだけにとどまらない。終戦後の日本では、敗戦への反省から「平和文化の重視」と「科学技術振興による新国家づくり(高度成長へつながる目標づくり)」が目指されることになった。この目標そのものに間違いはない。

 問題は、<その“余りにも邪悪”な目標づくりに資する重要な経験>として<戦前ないしは戦中に形成された実に信用ならぬ、欠陥テクノストラクチュア(つまり、ネポティズムによるお仲間集団)が主導する日本型“構造災”のプロセス>が形を変えて、戦後から現代へ繋がる過程へソックリ引き継がれてきた、という点にある。

 恐るべきことに、この悪しき伝統『構造災』のプロセスが、今や再び、ポスト・3.11フクシマのアベ自民党政権によって、バカばかしくも“実に見事!”に、今では何ら悪びれることもなく、堂々と、自信たっぷりに実行されつつあることだ。しかも、主要メディアは殆ど真っ向からの批判の言葉を失ったかに見えており、危機感の自覚がない?多数派の国民層は、今や安倍政権の為すがままに身を任せているかにさえ見える。

 

 (JPN伝統『構造再災』の核心、そして教訓とすべきこと)

 ところで、この“構造災”史の概観で先ず分かったのは、技術段階での構造災の三要素、「秘密主義、想定に基づく対症療法の増殖、間違った先例の踏襲に因る事故原因の隠蔽が戦前・戦中期において既に存在したことである。しかも、更にそれを<より重篤なシステム構造災>へ濃縮する政・官・学・財(民)の戦前・戦中期の“官民”馴れ合い(より正確には“恫喝⇔忖度”方式までもが、そっくり<戦後日本の政治・経済発展プロセス>へ引き継がれてきたというのが事実である。

 そして、その根本原因として考えられるのは、「上位下達の国策を掲げる科学技術総動員の目的で設立された技術院(1942.1.31-1945.9.4/1942(昭和17)年1月31日に勅令41号をもって設置された科学技術行政機関)の内側に「構造災の三要素」潜んでいたということである。否、<敢えて、それは仕込まれていた>と言うべきであるだろう

 そのため、国策<隠蔽>の至上命令に資するための悪知恵として「修正・交渉・調整の過程で、本来の目的とするところが利害関係者の総意で当初の理念から程よくかけ離れた地平で骨抜きにされるような精妙な偽装政策の仕掛けが施され、結局は、万般について都合よく仕込むために有効な政官学財民に跨る運用経験」が、戦後の「高度成長期」~現在の安倍晋三・政権に至る日本の行政プロセスで熟成されてきた!ということである。

そして、特に問題視すべきは<安倍政権が、作為でこの由々しき構造災の伝統を露骨かつ過剰に悪用している>ことであり、今や政治の論理の則を遥かに超えているので、それは盗人ないしは凶悪犯罪者の異常論理と見るべきであろう。

 ともかくも、我われが目撃しつつあるのは、輝かしき『日本テクノストラクチュア』の伝統と呼ぶには余りにもお寒い限りの代物であり、「勝者たる最高権力者が右すれば右へ、左すれば左へと、いとも容易くなびく、科学技術ならぬ“忖度”方式の日本伝統の悪魔的な錬金術」とでも呼ぶべき、おぞましく魔術化した「科学技術のあり方に関わる異様な伝統」の光景である

 そこには科学的な真理や人道上の倫理などを尊重する精神は微塵も存在しない3.11後にフクシマから遥かに遠いドイツ(原発推進派であったメルケル首相の大転換!)が脱原発に踏み切り、過酷な原発事故の当事国である肝心の日本が脱原発どころか日本製“欠陥「原発」”の積極「輸出」へ安倍首相のトップセールス掛りで取り組み、それらが悉く失敗したのは直近のことである。しかも、核燃サイクルも全く見通しが立たず、未来へ向けた研究に取り組むとの上滑りの言葉だけでお茶を濁しつつ、現実的には日本の原子力政策(アベノミクスの推進力と位置付けていた!)は完全に総崩れでデッドロック状態である島型原爆6000発分のプルトニウム(約47トン)だけが溜め込まれている!/関連参照↓★)。これを、JPN伝統『構造再災』の極み!と呼ばずして何と言えばよいのか!?

 ★原子力産業に人材が集まらない…このままでは廃炉も困難に20190209日刊工業新聞https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190209-00010002-newswitch-bus_all

 

 宇沢弘文「社会的共通資本」から学ぶ、自由原理主義(金融市場原理主義/サプライサイド論)の根本的誤謬の在り処

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 (社会的共通資本の前提と見るべき『スウェーデン学派、クヌート・ヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)』が意味すること)

(イ)「有効エネルギー(エクセルギー)、無効エネルギー、ミクロな日常生活」に見える<人間本位の経済学>の可能性

 先ず、一般に有効エネルギー(一定系内における、ある特定の目的に利用できるエネルギーの成分)と定義できるエクセルギー(exergy/ギリシア語のex(外へ)とergon(エルゴン/仕事)から作られた)の意味を少し具体的に理解することを試みる。例えば、室内での発光が目的の蛍光灯では、そこへ投入される電気エネルギーの100%が光とはならず、一定割合が光エネルギーとなるが残余の部分は熱として放出されるので、その熱エネルギーとして捨てられる電気の成分はアネルギー(anergy/無効エネルギー)となり、これが廃棄されるとエントロピー(entropy)が増大する。

 このエクセルギーを比喩的に捉え様々な人間社会の事象に当て嵌めると興味深いことが見えてくる。それは,電気等の物理量と同じに個々の社会的エクセルギーや同アネルギーを計算するのは殆ど不可能だが、我われが一般的には、日常的に「自分本位」という<マイ欲望の行動原理/マイ・エクセルギー>で動きつつ非常に複雑で多様な判断を刻々と行っていることを率直に認めると、市場経済のミクロな現場でそのことが特に重要な意味を持つことになる

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このことを前提にしてと思われるが、著書『人口と日本経済』の吉川 洋氏は「GDPの定義(イノベーション
の結果である、新たに生まれたモノやサービスの価値を足し合わせたもの)から、その価値は人間の主観的な評価(つまりマイ・エクセルギー/←補足、toxandoria)の足し合わせ」だと述べている。

つまり、端的に言えば人間本位(つまり、限りなく湧出する欲望の意思)が経済社会の正体(それが初動エルゴン(活力源)となり創造される生産性)であるが故に「GDPは人間の主観(漠然とした、大まかな、従って強欲へも急傾斜し得る意思+技術生産性!/←補、toxandoria)の計数化」だということになる。但し。これは「新たに増える供給」と「新たに増える需要」(“消費・雇用”)の両サイドから見た「GDPの姿」であるが、一般的には技術イノベーションを握る前者(供給/スキル偏向技術を占有する側)が絶えず先行することに留意しなければならない。

しかし、マーシャル以来の伝統により価格を縦軸に取る需要曲線と数量を横軸に取る供給曲線を用いた分析は、それ(供給と需要の二つのマイ・エクセルギー)が需給均衡点Eで必ず均衡すると“楽観的”に仮設している(関連参照/第6章‐1:近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク、および/本章‐(次節/宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出))。

一方、前にも述べた通り産業革命後の現実社会では技術イノベーションを握る前者(供給側)が絶えずマイ・エクセルギー的にも自らの意思(欲望)を先行させることが必然であるため、スキル偏向技術イノベーションに加えて「何らかの搾取の仕組み(いわば人為的な格差拡大の仕掛け)を更に仕込まなければならなかったと考えられる。従って、これこそが、つまり供給側の「マイ・エクセルギーとスキル偏向技術イノベーションが足し合わさった形での“見かけ上の技術イノベーション”」がヒトの労働力をモノ見なす物象化フェティシズムで1970年代以降のグローバル世界経済を席巻することになる新自由主義の核心(正体)ではなかったのか?

これを真逆に言えば、 仮に「供給」が広義のイノベーション(準汎用AIロボ技術、IOT、BD・Webサービス等)で純粋に活性化しても、それが十分に有効利用(需要化(消費)/ヒトのために役立つエクセルギー化)されなければ、「供給⇔需要のアンバランス」が様々な社会的・自然的な問題(抽象的な言い方になるが、例えば格差拡大の大きな弊害などで、結果的に経済社会全体のエントロピー増大が助長されるような予期せぬ事態の発生(例えば、産業公害や重大事故、あるいは重篤労働災害・人権侵害の発生など)/一種の合成の誤謬!)が懸念される。つまり、ここにこそ現代世界を席巻する新古典派経済学新自由主義サプライサイド経済学マネタリズム)の限界が歴然化していることになるようだ

 ところで、ここで「需要」面の分かり易い実例を一つだけ挙げておく。例えば殆ど同じ材料の料理でも、調理法・調味料らの工夫しだいで完成した料理に関する顧客の評価は異なるだろうし、また同じ料理でも、その時々の客の好みの傾向しだいで評価が様々に異なってくることがある。

 いずれにせよ、お客の好み(主観)がそのレストラン経営を、ひいてはGDPの諸データの多くの部分を提供していることになる。つまり、AIロボ技術がいくら超人的なイノベーション力を発揮して高度な付加価値(スキル志向技術イノベーション)を大量に創造し続けるとしても、自然・社会の両環境のなかでリアルに生きる“幸せ”なヒトが存在しなければ、供給面の重視だけで市場経済を介し「ヒトが生きるために有効な経済成長」を持続させることはできないということである。

このようにミクロな日常生活という切り口から容易に連想されるのが、<A・シュッツ「日常性の社会学」、またはK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク」とリアル<GDPデータ>の深い繋がり>ということだ。又、先に少し触れたとおりだが、この観点は準汎用AIロボ時代の潜在的な高度生産性(抽象的デュナミス)を如何にリアルな人間の需要(具体的エネルゲイア)と繋ぐことが可能か?の問題とも絡むことになる

(ロ)<人間本位の経済学>のカギとなる人口論/機械(準汎用AIロボ)経済の時代にこそ再考すべき、「ヴィクセル/最適人口論」の問題

ところで、さしあたり重要なのはこの余りにも当然すぎるような「人間本位」の考え方(多くの人々が日常的に「自分本位」という<マイ欲望の行動原理で動きつつ非常に複雑で多様な判断を刻々と行っていることを率直に認めること;但し、それが供給面でも技術イノベーションに劣らぬ程の大きな動因となっていることが19世紀末頃から明確に認識されるようになった)が、「スウェーデン学派人口論」(人間本位の最適福祉水準を視野に入れた最適人口規模論/ミクロで多様な経済循環の動学的な分析を重視)と「米国“新自由主義”の人口論」(移民立国のための新自由主義リバタリアニズム競争原理主義)的な規模拡大の人口論)との大きな違いをもたらしたと考えられることだ。

 しかし、誤解のないように補足しておけば、「20世紀初頭の米国における“そもそもの新自由主義=いわゆる制度経済学派”の台頭は公正資本主義(Reasonable Capitalism/非マルクス主義的な経済発展段階説)を目指すものであった。だから、ここで言う“新自由主義”とは、ミルトン・フリードマンに始まり(厳密にはハイエクらの前史がある)、現代グローバル世界を席巻する新自由主義とは異なるものである。

 つまり、19世紀末~20世紀初頭(第一次世界大戦へ参戦する頃まで)のアメリカでは、「政治の革新」と「経済への政府干渉」の必要を説く運動が興り、この時代は「革新主義(Progressive)の時代」と呼ばれる。そして、この時代の経済思想の特徴は、その「新自由主義/ニュー・リベラリズム」という言葉で代表されている。

 また、この時代のニュー・リベラリズムは、米国のもう一つの“良識派の深層潮流”と見るべき文化資本主義(フランクリン・ルーズベルトニューディール政策が典型)あるいはネオ・プラグマティズム(限定合理主義の哲学/関連↓★)との共鳴をも感じさせる。

 ★1 ネオ・プラグマティズムは米国型リベラル共和の培地/W.V.O.クワイン『ネオ・プラグマティズム』の斬新な視点、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180503  

f:id:toxandoria:20190215141133j:plainそして、吉川 洋氏によれば20世紀までのスウェーデン学派で議論をリードしたのがクヌート・ヴィクセル(J. G. Knut Wicksell/1851- 1926)である。理論経済学者として名高いヴィクセルだが、そもそもは人口問題への関心から経済学者になり、名著『経済学講義/1901』で“人口の理論、人口構成および人口変動”を論じている。そして、ヴィクセルの最大の特色は国家(G.シモンドン『個体化の哲学』風に言えば、いわば“生命個体”に比肩し得る各国家)にとっての「最適人口論」を論じたことであり、それは現在でも欧州諸国へ大きな影響(例えば、欧州連合EU)内における“権限⇔権限”問題などの形で)を与えている(ヴィクセルの画像はhttp://www.eumed.net/cursecon/dic/dent/w/wic.htm より)。

 また、ヴィクセルは「子育て支援」の源流でもあるので、将来年率0.6%(現時点で、年当・約70万人強)という<急速な人口減の“マイナス加速度”>に襲われている日本が、最も参考とすべきが、このヴィクセルの「最適人口論」と、その考え方に近いA・シュッツ「日常性の社会学」、そしてK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク(生物圏モデルの経済学)」(https://huyukiitoichi.hatenadiary.jp/entry/2018/03/30/080000)であることは言うまでもないだろう。

いわば“生命個体”としての国家の重要性を気づかせてくれる「機械(準汎用AIロボ)経済(純粋スキル志向技術イノベーション)の時代」が、愈々「第4次産業革命」によってリアル化しつつあるからこそ、喫緊に再考すべきが「ヴィクセル/最適人口論」の問題である。それは、本格的な「機械(準汎用AIロボ)経済(純粋スキル志向技術イノベーション)の時代」に入ると、人口の大小というよりも、如何にすれば、その準汎用AIロボが創造する「潜在的付加価値(デュナミス高度生産性)」を人間化(ヒトをどうすれば本当に“幸せ”に)できるか?が問題となるからだ

  

宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出)

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 宇沢弘文(1928-2014/マクロ・ミクロ経済学環境経済学などの分野で先駆的な業績を残した理論・数理経済学者)によると、今もグローバル世界を席巻している新古典派経済学(特に最も先頭に立つマネタリズム理論、およびそれを口実とする新自由主義ネオリベラリズム))には重大な欠陥がある出典:宇沢弘文、花崎正晴編『金融システムの経済学』―東京大学出版会―/宇沢弘文の画像は『20041120朝日/アーカイブ:行動するリベラルを貫いて』https://www.asahi.com/articles/ASG9V56VTG9VUEHF00N.html より

 つまり、1870年代における反ケインズ主義の風潮の台頭に際し「合理的期待形成仮説」が基本的に最重要と理解されることに因り最も厳密な理論的整合性を備えると見なされた「ルーカス論文(理論)」が重要な役割を果たすこになったが、そのあとグラモン(Jean-Michel Grandmont/1939-/仏の経済学者)ら多数の研究者の検証作業の努力で、<そのルーカス理論>には、形式論的整合性の観点から(ここでは、とりあえず倫理的な批判は置くとして)大きな誤謬(論理的欠陥)を含むことが判明しのである。

 因みに、「合理的期待形成仮説」(Rational Expectations Hypothesis)とは<人々は現時点で入手できるすべての情報を駆使し、最も合理的・効率的に将来を予測できるという仮説>で、R.ルーカス(1995年ノーベル経済学賞受賞)、T.サージェント、R.バローら多くの経済学者によって提唱されたものだ。それによればケインズ的な金融政策は意味がなく、経済活動を調整するための政府に因る総需要管理も有効ではないとされる(いわゆる“小さな政府”の論拠)。

・・・

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そして、この<経済理論上の大誤謬>こそが現在にも繋がる「グローバル市場原理主義の暴走⇒“水道民営化”等の民営化万能論というネオリベドーパミン(+偽装極右シーズニング(調味料))の拡散・散布・跋扈・席巻、et挙句の果ての財政破綻リスクと格差拡大に因る中間層以下の困窮化」、果てはその“行動変容病態のジャンル”である“今だけオレ様だけ幸せ~!病”、こと超ポピュリズムをベースとする「マイファースト変態権力(Ex.米トランプ、JPNアベら)」の《“非常(異常?)事態(“忖度”強要)宣言”》式の<大暴走>をめぐる世界的な混迷の元凶である。

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1097217025158479874

因みに、「・・・ネオリベドーパミン(+偽装極右シーズニング(調味料))の拡散・・・席巻、挙句の果ての財政破綻リスクと中間層以下の困窮化」と比喩的に表現したのは、今の日本が巨額の借金(国債発行1100兆円/事実上、その連帯保証人)を抱え、もはや止めようもなく少子高齢化が進む中で、そもそも稼ぎ頭であった貿易力(自動車・携帯関係など)が凋落しつつあるという末期的な状況であるにも拘わらず、安倍政権が戦前・戦中期の“軍事・公安警察”による強権統治方式、いわば“大本営”発表型の国家主義統治モデルに倣って、益々、独善的な<錯誤>アナクロ政策に拘り続け、恐るべきことにNHKら主要メディアの“弾圧”をすら臭わせ始めていることを意味する

そして、その「偽装極右」政策の典型が「輸出政策の総崩れと核燃サイクルのデッドロックをものともせず、今や“破滅状態”の「原発」政策をベースロード電源と位置づけてムリクリ推進する一方で、もはや手遅れ!ともいえる、地域分散型の自然エネルギー利用(市場経済的な理由からも、事実上、これが世界エネルギー利用の大潮流となっている!)については消極的な態度を採っている」ことである。

 ともかくも、ある意味では「中国Vs米国対決の構図を益々煽る一方のマイファースト・トランプ旋風、欧州における“一国主義”極右政党の台頭とデッドロックBrexit、仏ジレジョーヌ大格差問題の拡大、神憑りJPNアベノミクスの狂走(アナクロ・フェイク統計式“大日本帝国新自由主義”がミックスしたハチャメチャ!苦w)など目前の“見境”を喪失した権力亡者or超ポピュリズム扇動による大混迷の第一義的な火種」は<そもそもルーカス理論の誤謬を抱え込んできた新古典派経済学ネオリベラリズム>であったと見なすべきかもしれない(関連情報↓★)。

トランプ大統領、世銀総裁候補に米財務次官を推薦=対中強硬派/20190207時事、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190207-00000004-jij-n_ame

・・・

但し、ここで留意すべきは、「aグローバル市場原理主義の暴走」への“批判”を急ぐあまり「bグローバリズムそのもの」を全否定する反グローバリズム運動が展開されているが、そこにaとbの混同がみられることだ。それは、「生命モデルの経済」(例えば既述のK・ラワース『自然界の繁栄を支えるネットワーク』)を連想すれば理解できるはずだが、bそのものは中立的な“地球環境のトポス”であり、問題はそのグローバル・トポス環境のなかに棲ま(その環境のなかで生き)ざるを得ない個々の生命体、地域社会、国家などの“振る舞いのあり方=G.シモンドン『個体化の哲学』の意味での生命個体の生き方”の問題だということになる。

 ともかくも、このような経緯から、 宇沢弘文・花崎正晴編『金融システムの経済学』によれば、特に2008年のリーマンショックごろから、「合理的期待形成仮説」と「反ケインズ主義の空気」に対する反省の機運がアカデミズムや良識的な各国政府やグローバル金融界関係者らの中で生まれてきたが、残念ながら“時は既に遅し!”の状態となっていた。それは、疾うに「過激なマネタリズムを伴う新自由主義」のフィーバー(熱病)が、それこそ遍くグローバル世界へと、まるでパンデミックの如く拡散してしまっていたからである

そして、ここで忘れてならないのは冒頭で書いたスウェーデン学派、クヌート・ヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)』が意味する(人口問題に関わる生命論的な理解とも考えられる!)ことである。 社会的共通資本とヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)を直接的に結び付けて論じてはいないが、宇沢弘文は「社会的共通資本」が19世紀の終り頃にソースティン・ヴェブレン(19世紀・20世紀初頭期の米国の経済学者マルクスと異なる視点で現代産業社会を分析した、制度経済学派の創始者)が唱えた制度主義の考え方を具体的なかたちで表現したものだと書いている。

つまり、[社会的共通資本(宇沢弘文)、北欧型「社会福祉国家」の基盤となったヴィクセルの北欧型人口論(最適人口論)、制度経済学(米国の公正資本主義の伝統/参照、↓<補足>)]は、その土壌(一種の生命論的な経済学思想?)が共通していることになる

<補足>制度経済学派または制度派経済学(Institutional School)

・・・アダム・スミスデヴィッド・リカードマルサスジョン・スチュアート・ミルなど英国の経済学者に代表される労働価値説を基礎とする古典派経済学を批判し、社会的な行動様式や集団的活動形態などの切り口から市場経済のあり方などを理解する経済学研究の一手法。ドイツ歴史学派の影響を受けつつ、ダ―ウイニズム(進化論)とプラグマティズムPragmatism/具体的な事象に即した有効性・有益性を重視する学派でアメリカを代表する哲学)の知見も取り込んでいる。

・・・19~20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期は、レオン・ワルラス(Marie E.L. Walras/1834- 1910/スイス、新古典経済学の祖)が活躍した時代にほぼ重なる。一方、その時代のアメリカは「プラグマティズム」と絡みつつ「制度経済学派」が台頭した時でもあり、その中心的存在がソースティン・ヴェブレン、ジョン・ロジャーズコモンズらであった。

・・・「制度経済学派」の創始者と呼ばれるソースティン・ヴェブレン(Thorstein Veblen/1857- 1929)の特徴は、「私的所有」よりも「社会資本」の充実を重視する立場であり、一部の階層が“金ぴか生活”をするための“単なる金儲けの手段”としての営利企業は“一国の産業体制そのものを管理し消費者に消費財を公正に分配する任務”(国民に一定の生活水準を保証する“社会的十分性”を担う役割)には適していないと考えた。

・・・一方、ジョン・ロジャーズ・コモンズ(John Rogers Commons/1862- 1945)も「制度経済学派」の代表者の一人とされるが、彼の社会改良主義的な経済思想の特徴は“アメリカ伝統の自由主義フレームを重視しつつ、強力な労働組合運動・独占的巨大企業・公益企業などに関する諸改革の実行について、その時代の州と連邦レベルの立法・行政(Law Makers)へ大きな影響を与えた”という点にある。そして、ロジャーズの到達点は「集団民主主義」(集団内での“個別的衡平性”の実現)で社会改良を促進する「公正資本主義」 (Reasonable Capitalism)ということ(=非マルクス主義的な経済発展段階説)であった

・・・いわば、これら19~20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期に一世を風靡した“現代アメリカ経済思想の源流”とも見なすべき「制度経済学派」に属する経済学者に共通するのは、「社会に公正をもたらす資本主義」を実現しつつ、アメリカ建国いらいの伝統である“個人の自由原理に基づく個人の行動領域を最大限に解放し、それをより一層拡大する”ということであった。

 

(『宇沢弘文による“新自由主義の誤謬”の摘出』を補強的に裏付ける『日本製造業における“搾取のワニ口(売上高>限界利益)”急拡大トレンド』の観測

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出典:財務省法人企業統計季報編集   財務省財務総合政策研究所

・・・<注>(第1章のグラフ/『名目GDPと雇用者所得の関係』)と同じく当資料は2010年以前のデータに基づき財務省が作成した古いものであるが、安倍政権下における渦中のフェイク?統計データと異なり、まさか恣意的にチェリーピンク操作を行っているとは考えられないので(苦w)、そのままこれらを「マクロな傾向」を観察する有意な資料として使用した。また、(第1章のグラフ)についても同じことだが、それぞれの最終年号から現在までに至る各「ワニ口が開く」という大きな傾向(トレンド)は、ほぼ変わらぬものと想定して、当記事は書いている。

(上のグラフについて)結論から先に述べると、それは大企業(製造業)についてスポットを当てて見た場合でも、全般的な雇用者所得(一人当たり)の分析で理解されたのと同じく(参照/第1章)、<2002年から日本の大企業(製造業)における「搾取のワニ口」、いわば[売上高↑(上昇傾向)>限界利益↓(下降傾向)、という恰もワニが大きな口をゆっくり開きつつあるような形のトレンド線の開き]が急拡大しているということだ。つまり、それは「現代日本の製造業では売上高が右肩上がりで順調に伸びてきたが、それと真逆に雇用者所得(人件費)は右下がりで低下してきた」という「ワニ口」拡大のジレンマに嵌っていることを意味する。」ことである

これは、先に[第1章-1(グラフ2)]で見た<米国における、GD(Great Decoupling/スキル偏向技術進歩-技術イノベーション)に因る“雇用一人当たり生産性向上(GDP総額増加)と一家計当り所得減少”の大<乖離>問題(特に中間層の没落に繋がる主な原因)」を示すグラフ>のトレンドとほぼ共鳴している。

別に見れば、「限界利益=固定費(人件費等)+営業利益」の定義から、トータルの限界利益が減少すれば当然の帰結として「人件費(雇用者所得)⇔営業(企業)利益」の分配の(言い換えれば両者の厳しい奪い合いが日常化したという)問題となる。然るに、労働組合への関心低下の傾向(関連参照/↓◆)、非正規雇用数の拡大(正社員数シェアは低下傾向!)、自立・競争力強化を口実とする「福祉政策の劣化」等を背景として、雇用者側と経営側の力関係が後者(経営者側)へ有利に傾くことは必然だ。そのため、2002年以降は「営業(企業)利益>雇用者所得」という<雇用者側にとって不利益な「ワニ口の拡大」>が続いてきたということになる。

◆わが国では、そもそも企業別組合が多かったところへ特に製造業の退潮傾向とほぼ同時進行した産業構造の変化(サービス産業化)と、ネオリベラリズム新自由主義)的な経済思想が政官財学を席巻してきたことから労働者の非定期雇用化が促進し、それも労働組合組織率の低下の主な原因となってきた。

・・・(資料)日本における労働組合組織率低下の規定要因https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/20259/1/keizaikenkyu04501053.pdf

 このグラフは製造業に限った分析であるが、いずれにせよ、この傾向が顕著となってきた背景には、上で見た新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”を前提とする主流アカデミズム(今も安倍政権下で内閣日本経済再生本部産業競争力会議(民間)議員、内閣府国家戦略特別区域諮問会議有識者)議員などを務める竹中平蔵氏はその典型!の影響下に甘んじてきた日本政府・財界らトップの政策的な意味での大きな意思があったと見て間違いはないと思われる。

しかも、同じ傾向は、サービス業など日本の凡ゆる産業領域に拡がっており、それは[第1章:グローバル新自由主義の現代に特徴的な『二つの“ワニ口”』“名目GDPと雇用者所得の関係”]でも見たとおりである。つまり、この売上高とGDPが幾ら伸びても雇用者所得への配分が持続的に低下する傾向、ないしは停滞する傾向こそ“際限なく格差が拡大”する第一義的な原因となっている。しかも、恐るべきことに準汎用AIロボやIOT関連技術等の出現によって、その傾向は更に加速度を増して急拡大する懸念が高まっている。

(補足)当グラフについての説明(詳細)

製造業における限界利益=売上高-変動費(中間投入物)=固定費(人件費等)+営業利益≒一般的(仕入業態)企業の粗利益

・・・

日本における「大企業・製造業の売上高と限界利益」の変遷を見ておくと、図3(出典、財務省/上の曲線が売上高、下が限界利益)のとおりである。売上高は名目GDP(その年の物価にその年の生産量を乗じた付加価値)と連動する。なお、実質GDPは基準年の物価にその年の生産量を乗じた付加価値であるので純粋に生産量の増減を把握できる(経済成長率は実質GDP比であり、名目GDP÷実質GDPGDPデフレーター(限界利益との相関が強い)。

 そこで、注目すべきは売上高のトレンド線(・・・)の動向だ。それは2002年度まで限界利益とほぼ平行に並び右下がりだったが、2004年あたりから右上がりに変化して限界利益のトレンド線から乖離し(右向きのワニ口になって)現在に至っている。ということは、いわゆる常識的な意味での需給ギャップによるデフレが続いたのは2002年までで、およそ2003年以降はそれまでと全く異なる要因によって起こるデフレが続いてきたことになる。これこそが、<グローバル市場原理主義への過剰傾斜による異常経済の姿(売上高増に見合う限界利益全体の伸びが期待できないネオリベラリズム(新自由主義)型搾取経済(搾取のワニ口)の出現という恐るべき現実)>である。

 その「搾取のワニ口」に食いつかれた悲惨な現実(グローバル金融市場主義時代における量的金融緩和政策の機能不全、ホットマネー暴走による中小企業主体の内需経済の空転化、輸出型大企業とメガバンクの一人勝ち ⇒ 必然的に、これらが貧困層と格差の拡大をもたらすという問題もさることながら、特に<今の日本で起こっているデフレ現象の具体像は、企業の売上高は増えても限界利益が減り続けるという意味>で異常なのであり(喩えれば、100円ショップが値引き競争に巻き込まれたような状況!)、更にそれに<縮小し続けるパイ(限界利益全体の縮小傾向)の帳尻合わせが、雇用側の賃金縮小(人件費カット)へ一方的に背負わされている>という異常さが加わっている訳だ。

 しかも、現在の安倍政権下で起こっているのは、この“輸出型大企業とメガバンクの一人勝ち”すらが、国民のなけなしの年金原資の犠牲まで伴う異次元金融緩和の超リスクを冒したにも拘わらず《原発推進&輸出一本槍という決定的なアナクロ産業政策の錯誤(原発輸出全滅&核燃サイクル・デッドロック)》に因って凋落傾向に嵌っていることだ!

 従って、この点(新自由主義経済の欠陥=ネオリベ型搾取経済の現実)を理解せぬままでの従来型巨大インフラ投資等の対策(土建型、あるいは巨大プラント輸出型へ過剰傾斜すること)は無効であるばかりか格差拡大を更に助長するばかりになりかねぬという意味で有害ですらある。ここにこそ、全世界の新自由主義経済化トレンドの影響下にあるとは雖も、日本としては、そのあまりにも特殊な経済・金融・財政運営上の欠陥構造を直視すべき理由があるのだ。

  つまり、その理由とは、既述の<社会の超格差・二層隔絶化(中間層没落と拡大する貧困層のエンクロージャー化)をもたらし多数派下層民が縮小するパイを奪い合うという意味で呑気な花見酒経済構造>の見過ごしがあるということに加えて、<輸出型大企業と労働貴族化した連合・電機労連等の大労組に対する、売上高増に見合わぬ形で縮小する限界利益の中から更なる傾斜配分を与え続けること、言い換えれば一方的な対富裕層過剰優遇に繋がる所得税法人税等の欠陥徴収構造の放置>ということである。なお、雇用所得へ限りなく劣化圧力がかかる背景にはグローバリズム市場原理主義による「要素価格均等化の定理」(貿易相手国の低賃金が自国の賃金を劣化させること)も作用しているが、ここでは詳細を省く。

 そして、当グラフの「日本における1998~2002年のトレンド」には未だハッキリ現れていないものの、この傾向を[第1章:グローバル新自由主義の現代に特徴的な『二つの“ワニ口”』“名目GDPと雇用者所得の関係”]のトレンドと併せてみれば、<およそ1998年以降において、全世界的な新自由主義の跋扈(各国政府が本格的に採用し、それがワニ口の暴走傾向を強めてきたこと)によって「貧困層と格差が拡大する傾向」が拡がり、深化してきたことが理解できる。

この観点からみれば、“前任者の民主党政権を上から目線でニタニタ嘲り嗤い、かつ下卑た口調で罵倒しながら(↓◆/w)”安倍政権が今やりつつあるのは、まさにそれと《目クソ鼻くそ》の類であり、<小泉政権時代の超過激な新自由主義(ネオリベ)政策+戦前型“追憶のカルト”(青天井財務式の大日本帝国軍国主義)>を、“チェリー・ピンク風味”を効かせながら足して2で割るという<実に奇怪でハチャメチャな「政治・財政・経済政策ことフェイク・アベノミクス」>の更なる深化に他ならない。

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1098464149552619521 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1093217473606778880

【森羅万象「サル神」総理大臣】と化した?安倍晋三氏/<安倍“フクシマ”アンダーコントロール!>のウソを彷彿させ、まさに<悪魔>ないしは「靖国」顕幽論の<悪霊>の如き、日本国アベ首相の国際的に大いに恥ずべき発言! ☞ 悪夢のような民主党政権!の発言、&「オレ(安倍首相)にも言論の自由ある」=安倍首相20190212ロイター https://reut.rs/2tenYg6

・・・

つまり、安倍政権には「まず何よりも未生の世代が“幸せ”に生きられる日本を創るという確固たる意識」と「真の世界の潮流と時代の先を見据えたPotenz政策(展相のマクロ&ミクロ経済)の観念」が全く不在であるということになる。Potenz経済が重要であることの一例を挙げると、例えば<仮に準汎用AIロボで高度生産性が実現>する頃になれば「人口成長論」よりも、確実に「最適人口論」(ヴィクセル)の方が重要になるはずだ。

しかし、残念ながら安倍晋三・首相を筆頭とする政権トップの精神環境にシッカリ巣食っているのは戦前・戦中期型の<アナクロで古色蒼然とした、あの悪しき伝統《構造災》と強く親和する「追憶のカルト」>だけである(なお、これらの論点は必然的に準汎用AIが本格化する時代にこそ必須と思われる「マグダウエル的なリアリズム倫理」の問題と繋がることになる)。

 

 宇沢弘文『社会的共通資本』の現代的意味/それは“格差拡大(搾取)の『ワニ口』(新自由主義)に取り憑かれた”マクロ経済が相転換するための基本条件と考えるべき

・・・社会的共通資本の役割は『準汎用AIロボ機械経済』の出現で想定される『三つ目のワニ口』拡大への防波堤となること!いわば社会が市場経済を包摂するための必須条件である“社会の茎”となること。・・・

 宇沢弘文によれば、合理的期待形成仮説とマネタリズムら反ケインズ義経済学では「すべての希少資源が私有化された理想の資本主義的な市場経済制度の下において雇用は常に完全雇用の状態であり、実質的な所得分配は一定に保たれており、しかも貨幣の流通速度も一定である」ということが無謬の前提条件となっている。が、既述のとおり、この絶対的なはずの前提に誤謬があったのである(出典:既述の著書『金融システムの経済学』)。

  しかし、マネタリズムら反ケインズ義経済学(新自由主義)の信奉者たちは未だに自らの誤謬を絶対に認めようとしない立場を貫いており、それ故にこそ彼らは私有化を阻害する「社会的共通資本の存在」そのものを否定しており、政府の役割は司法と警察の分野だけに!と最初から限定している

 だから、国の経済政策は「資本主義的な資本市場ができる得る限り円滑に機能するように、すべての規制を撤廃するべきだ!」という、ただこの一点を彼ら(例えば、日本の竹中平蔵らは)は頑強に主張することになる。しかし、根本的な誤謬(理論上の欠陥)を抱えたままで、この様に強硬に主張する姿は経済学の議論というより、まるでカルト信者のそれではないか?

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  ともかくも、このような新自由主義(換言すれば、ルーカス理論の根本的な欠陥)へのアンチテーゼとして、宇沢弘文は「社会的共通資本」を提起したことになる。.なお、宇沢は著書『社会的共通資本』(岩波書店)の中で、「この考え方は、もともと19世紀の終り頃にソースティン・ヴェブレンが唱えた制度主義の考え方を具体的なかたちで表現したもので、21世紀を象徴するものである。」と書いている。

ところで、同じく宇沢の同著書によれば、その具体的内容は「森林・大気・水道・教育・報道・公園・病院・金融制度・司法」など住民生活にとって必要不可欠な基盤となる社会的装置とされているが、それは「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」と定義されている

従って、これは一般的な意味でのインフラストラクチャーより広い概念であり、同書に因ればそれらは「自然環境」「社会的インフラストラクチャー」「制度資本」の三つに分けられ、それらに属する全てのものは、国家的に管理されたり、利潤追求の対象として市場に委ねられたりしてはならず、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならないとされている。 但し、 宇沢弘文は、著書『金融システムの経済学』で読み取れる限りでは、“職業的専門家”だけに社会的共通資本の管理・維持を任せることへの懸念も持っていたように思われる。

 従って、『準汎用AIが創造する抽象的デュナミス(あくまでも潜在性の次元に止まざるを得ない高度生産性/委細後述)=AIロボ機械経済が創造する高度生産性』が、愈々、現実的にリアルに市場原理主義の弊害(今や歯止めが効かなくなったかにさえ見える超格差拡大や、新たな“AIに因る人間阻害”の問題)と直接的に関わる(マクロ経済学の仮面を被った新たな搾取の仕掛けが施される?!/今や彼らの所得だけでは現実的に消費活動が不可能なまで超困窮化した多数の超貧困層が出現するため!!)可能性すら懸念されるようになってきた昨今では、<「生命モデル」の経済学など全く新たな方向性とも絡みつつ、国家あるいはグローバル連合的なネットワーク社会が、何らかの倫理的な観点から「社会的共通資本」の問題に再び積極的に関わるべきである>という考えが浮上しつつある。そして、その流れは、例えば『社会の茎』などとの概念的な統合の工夫が求められているように思われる

 

宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)

 

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・・・アレントの画像はhttp://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/100510arendt.htmlより。・・・

稲葉振一郎『政治の理論‐リベラル共和主義のために』(中公叢書)によれば、そもそもエトノス(自然・社会・伝統・文化・相互主観性らを含む広義の地球環境)内におけるエントロピー解放手段としての暴力・暴政・戦争・財政危機などを内蔵せざるを得ない国家の基盤である「法」の根源が、H・アレント(あるいはC.シュミット、ハイデガー)らが主張する如く「ノモス」的なものだとすればそのアレントの「ノモス社会論」の先に、政治・経済が協働して当たるべき真の役割として「リベラル共和主義」(有産者市民による政治体制)が見えてくる。

因みに、このような「統治パターナリズムの宿命的性格」を十分に承知の上で、統治者(立憲主義で政治権力を国民から委任された)と国民(その国家の主権者である)の両者が、決してめげずに微細な修正の努力を継続するのがリベラル共和主義、換言すれば正統保守の立場である

ところで、ハンナ・アレントの「社会」から見えてくるリベラル共和主義の可能性を明確に視野に取り込むためには、ノモス(nomos)についての理解が最も重要なカギとなるが、そもそも最も根源的な「法」としてのノモスは古代ギリシアの社会概念であり、より古い時代には「神々と父祖伝来の伝統(現代風に言えばエトノス、つまり自然・伝統文化環境の総体である)が定めた行動規範としての「法」、あるいは同じく、そこに住む住民が平等に与えられる「ノモス法で定められた社会環境とインフラストラクチャ―の一定の分け前」を意味していた。

従って、ノモス法は現代的な理解である客観的な社会規範を文章で表現した「法」の内容だけではなく、一定地域の自然環境、土地、建物、市街地、橋、道路など目に見えるモノとしての公共財(インフラ)と離れ難い存在であった。現代風に言えば、それはエトノス自然環境とも離れ難い存在であり、フーコーの“統治理性”を理解するための必須概念となる

エトノス(ethnos)とは『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となる開放系の共有観念、および風土または過去~現在~未来に渡り生存環境の微小馴化(マイクロバイオーム世界の理解など)を常に受け入れつつも、その伝統的なヒューマン・スケール個体の全体性の“持続”を最も重視する、非常にしなやかで幅が広い寛容の意識、およびその受け皿となるローカルの風土』を意味する。

一方、そのethnosは古代ギリシア語に由来しており、それは村や都市に集住する「民衆」(デモス/demos)の周辺に住み、その「民衆」以外の部族集団のことを意味していた。従って、エトノスの意味は、そこに居る人々の立ち場が変われば正反対になり得るものであり、そもそも絶対的で画一的な評価を伴う言葉ではなかった。だから、それは「生命」そのものと同じく永遠に揺らぎつつも持続性を必死で繋ぎとめるべきものであるのかも知れない。

また、フーコーの統治理性短く言えば“どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家(政府)の統治権力と市民社会の自律的運動法則(関連して、特に労働組合のレニュアルが喫緊の課題!)は対等であるべき!とする非常に厳格な”考え方)の対象には、このようなノモス・エトノス的な意味で非常に危ういとも言える、地球上の全ての生命環境が明確に視野に入っていたと思われる又、フーコーの慧眼は「いま我々が体験しつつある準汎用AIロボの時代のマクロ・ミクロ経済論の展相の必然性」を実に的確に視野に入れていたことになる。

しかも、その対象は“国家とその国民層(法的統制)”だけに止まらず、法的統制と共鳴するエトノス環境とマイクロバイオーム等に繋がる多様な生命世界(生政治/『監獄の誕生』)、果ては“家政⇒市場原理主義の過程で歴史的に変遷してきた”経済・財政・社会(アダム・スミスの『見えざる手』=市場なる匿名的権力)に翻弄され続ける市民社会に至るまで、という具合で非常に広範に及ぶ。

ともかくも、そこで我々が注目すべきは、アレントフーコーの両者が、共に取り組んだ仕事のテーマが「人間性の歴史、つまりリベラリズム(より厳密に言えばリベラル共和主義を志向する努力)の歴史」への高い評価という点で共通していることだ。そして、この視点こそが、いま最も先端的な“生命論モデル”の「リベラル共和主義」、あるいは「Potenz経済学」の可能性の問題に繋がることになる。

そして、アレントが重視するノモスの“そもそもの意義”が「ノモス法で定められた、その地域の環境(自然・伝統文化・インフラストラクチャー)の平等な分け前(取り分)を地域の住民に分け与えることだ」という理解を援用すれば、「新自由主義が暴走し格差が拡大するばかリの恐るべき資本主義社会の現況」に辟易している我々にも、改めて、希望の方向へのヒントを与えてくれると思われる。 

つまり、そのような意味でノモス法的に考えれば、愈々準汎用AIロボが出現する新しい時代になりつつある今だからこそ、雇用者の生存権を守り、新自由主義新古典派経済学に関わるルーカス理論)なる誤謬の副作用である「格差」拡大のジレンマを解消しつつ、彼らをれっきとした有産市民へと育てる回路を確保するためのツールとなり得る宇沢弘文の「社会的共通資本」の重要性が理解できるのではなかろうか。

  

 安倍内閣は明らかに「アサッテの人」一派!/準汎用AI時代の接近に抗し「逆説のシンギュラリティ」(カルト倒錯の空気)を演出する安倍政権(典型的な二つの事例)

   (シンギュラリティが近い?それどころか、日本は全く異次元の特異点、『追憶のカルト』の妖怪らに取り憑かれたようだ?)

  シンギュラリティなる言葉の生みの親であるレイ・カーツワイル(米国の発明家、実業家)は、来る「永遠の生命」の時代(苦w)に備え(15~25年後?)、かつ、その汎用AIが創るポスト特異点ワールドで自らが永遠に生きることに備えて日々に250錠ものサプリメントを摂取する日常を送っているそうだ。https://twitter.com/liaoyuanw/status/862631115231608833

ところで、今の日本には「何らかの特異点(フェイクGDPを創造したアベ神サマの特異点?w)」を超えたためか?得体の知れぬ不気味な空気が漂っている。シンギュラリティについては[プロローグ‐(3)「準汎用AI」時代が意味するコト]で既に触れているのだが、このように“ある意味で異常化”した現代日本の状況を踏まえ、カーツワイルが創ったAI用語の範囲を敢えて越境し、逸早く「シンギュラリティ化した日本!」とでも言うべき、現代日本におけるポスト特異点の在り処と思しき異常な事象を二つ取り上げておく。

また、委細は以下の第5章『社会の茎』で詳しく触れるが、実に不可解な「フェイクGDPを創造したアベ神サマの特異点?w」の如き“異常”(超常現象?w)がリアル化する背景にあるのが、<『合理性の強さ』を過剰に信ずるあまり、逆説的に『非合理性の罠』に嵌るという、ある種の人間(例えば、未だに新自由主義に囚われたままの経済学者・政治家ら)によく見られる弱さ”の現れ>だ、といえるのでないか?しかし(これも委細は後で触れるが)、生命も含む“この世界の総体”は、リアル合理を重視するからこそ、どうやら逆説的に敢えて『限定合理主義』(ヒューリスティクス)に従属しているようだ。

因みに、この問題はマクダウエル的「倫理観」とも通底する論点がある?と思われるが、当記事で十分にその内容を取り上げる余裕はない(ただ、[第5章‐1:JPNアベ“忖度”マターの深層/見えないこと(権力化した欲望)Vs“社会の茎”の問題]末尾のエピローグで少しだけマクダウエルについて触れる)

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ところで、ジルベール・シモンドン(フランス科学認知論)の代表的著書である『個体化の哲学』によれば、ミクロからマクロに至る世界の総体は<存在の特定の相(情報、形相、特異点)>という概念に比肩できるが、別に言えばそれは一定の系が連続する多層構造(~量子物理学“スケール”~物理・化学“同”~生命“同”~宇宙論“同”~)の連続したリアリティのことだと理解できる。

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そして、この場合の特異点は“確かにそれは相転換が起こる通過点ではある”が、例えば生命進化のポスト通過点の各フェーズ(動物or植物)内では、細胞内におけるオルガネラ(organelle/ミトコンドリアら微小器官)のATPに関わる機能分担“再配置”の如く(動物と植物ではATP(アデノシン酸三燐酸/IUPAC命名法ではアデノシン5-三リン酸)の役割分担は異なるが、「エネルギー通貨」(生命活動のためのエルゴン(活力源/エクセルギー))の役目は共通している)が、必ず個々の生命総体では、先ず、ひたすらリアル(日常の生)を維持する仕事に専念しているように見える(画像は、Cell Organelles. - ppt video online downloadより)。

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・・・【画像】酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構(https://pdbj.org/mom/72より転載

なお、分子生物学者である二井將光・大阪大学名誉教授は、オルガネラとミトコンドリアについて以下のように説明している(典拠:https://www.jst.go.jp/pr/announce/19991126/index.html

・・・膜に包まれた生体細胞の中にはオルガネラと呼ばれる小器官が存在する。ミトコンドリアはこのオルガネラの一つで(細菌との共生を起源とするオルガネラで、多くの場合では母性遺伝)、いわば生物のエネルギー工場である。ヒトを含めた真核生物の祖先は、荒々しい原始地球から現在のように大量の酸素を持つ地球に変わる過程でミトコンドリアと共生し、呼吸によりエネルギーを大量に獲得出来るようになったと推定される。ミトコンドリアは、呼吸によって得られる酸素と食べ物を分解して得られるプロトン(水素イオン/陽子)と電子とを反応させて、ATP(アデノシン5-三リン酸)をATP合成酵素酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構https://pdbj.org/mom/72)内で合成する。合成されたATPは、蛋白質の合成や筋肉の動きのエネルギー源として消費される。

・・・

ともかくも、カーツワイルが予言するシンギュラリティで「AIがヒトを超える=AIがヒトをデザインするようになる=リアルなヒトの意識が存在意義を失う?」というようなことは、俄には信じ難いことである。それは、世界の総体は「AIが担う抽象論理ワールド」も「ヒトのリアル意識(マッハ感覚論的主観性)」も、それらの全てを包摂しつつ「シモンドンが言う“類比作用の操作(Allagmatique)”に従属していると思われるからだ。Cf. https://en.wikipedia.org/wiki/Gilbert_Simondon

カーツワイルら勝者(と思っている立場の人々)の思考に見られるのは「仮に、シンギュラリティで人間がホモ・デウス(神)となり(ユヴァル・ノア・ハラリ)、AI‐ロボ「機械経済」(スキル志向イノベーションがもたらす超高度生産性)が実現するハッピーな“抽象情報?”環境の中で、AI‐Webワールド・アバターの形で彼らが永遠の生を謳歌することが実現しても、決してそんなことは望まぬであろう99%のリアル人間(この場合は決定的弱者or電脳弱者ことルンペン奴隷化している、リアル世界での多数派層)」に対する、その立場の尊重や彼らに対する思い遣りが決定的に欠けているということだ。それこそ究極のマイファースト世界の出現であるが、それでも限定合理主義の重要な含意が理解できるリアル人間には最後の手段として電源をオフにする対抗手段は残るはずだ。w

 

(1)逆説のシンギュラリティ1/JOC橋本聖子副会長の非人間的な発言に透ける<“国民生命”の軽視>

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競泳の池江璃花子選手が自身のツイッター白血病と診断されたことを20190212に公表したことついて、池江選手自身が『神様は乗り越えられない試練は与えない』とのメッセージを出したことはごく自然なことである。一方、このことについて「オリンピックの神様が池江璃花子の体を使ってオリンピック、パラリンピックというものをもっと大きな視点で考えなさいと言ってきたのかなというふうに思いました」と、JOC橋本聖子副会長(自民党参議院議員会長、日本会議国会議員懇談会(幹事)、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の)が講演会で話したことを聴き捨てにすることはできない。

それは、前節の[宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論]で述べたとおり、社会理論や科学が如何に進んでも統治権力と市民社会の自律的運動法則は対等であるべき!とする非常に厳格な人道上の”考え方である<フーコー統治論>の観点から見ると、<日本会議の御教祖様>なら未だしも、れっきとした“アベ似非神さま”(or“森羅万象”神)の御仲間の一人として、しかも自民党参議院議員会長の要職に就く立場の人物には全く相応しくない非情かつ非人道の愚劣なコトバであるからだ

文脈上の些細な言葉尻を捕らえる批判はナンセンス!との<この“批判に対する”批判の世論>が可成り多いようだが、それこそ“アベ似非神さま”の御仲間らの思う、一般国民へ短絡思考を勧めるド壺に嵌った構図である。なぜなら、このような観点から見れば明らかなのだが、その意味での<この“批判に対する”批判の世論>は、璃花子選手ご自身の発言と、JOC橋本聖子副会長の発言の両者を、それぞれの異なる文脈から切り離して同列に並べてみた挙句に、両者は同じ意味内容だと判断しているに過ぎないからである。

おそらく、これは小学校・低学年クラス程度の国語「読解力」の問題である。それは、「前者=池江選手本人の真心」、「後者=橋本JOC副会長の政治的作為の意思」という違いが歴然としているからだ。つまり、今や多数派の世論はAIロボ(準汎用AIならぬ現在のネット翻訳ツール)程度の低劣な国語読解力のレベルまで劣化していると思われるのだ(疾うに、この日本では“ヒトの逆説的なシンギュラリティ”、いわば“ヒトの人非人化”が実現している?w)。

そして、このような状況は、“アベ似非神さま”の御仲間らにとってはご同慶の至り!かも知れぬが、準汎用AIの時代が目前に迫る日本の近未来にとっては超リスク以外の何物でもない。なぜなら、我われが<『そもそも国語(読解)力に欠陥がある準汎用AI』の時代となりつつあるからこそ、益々、ヒトとして「より深い読解力が求められる」という、おそらく人類文明史で初の<大逆説の時代>を迎えようとしているからだ。

 

(2)逆説のシンギュラリティ2/小4女児虐待死で浮き彫りとなった子どもの権利「後進国」、<“子ども”と未生“生存権”の否定>

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https://twitter.com/yuritama380/status/1098416985132523521

直近の実に傷ましい事件である『小4女児虐待死』に触れたブログ記事(↓◆)から大いに感ずるものがあったので、先ずそこで目に留まった個所を下に転載させて頂く。

◆『小4女児虐待死で浮き彫りになった、子どもの権利「後進国」日本/20190207まぐニュース』・・・ANA国際線CAと「ニュースステーション」初代気象予報士を経験し、その後、一念発起して東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねた河合 薫氏のブログ記事。

https://www.mag2.com/p/news/385370?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000125_tue&utm_campaign=mag_9999_0212&l=ivk172d887

 ・・・前、省略・・・日本の各メディアは、日本が世界から「国家レベルで児童虐待している」と批判されていることについては、なぜか報じません。 2010年「国連子どもの権利委員会」は公式な報告書内で、児童養護施設と里親制度をめぐる日本の体制を批判。また、2014年には国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチHRW)が、日本の社会的養護制度を検証する調査報告書を発表し、そのタイトルが「夢がもてない─日本における社会的養護下の子どもたち─」という、実に厳しいものでした。

 つまり、日本では虐待の相談件数は年々急増しているにも関わらず、発見し保護する体制はもちろんのこと、子どもたちを保護するための環境が足りていないのです。平成29年度中に、全国210か所の児童相談所児童虐待相談として対応した件数は13万3,778件で、過去最多。平成20年度は4万2,664件でしたので、9年間で約3倍です。

 一方、児童虐待の対応にあたる児童福祉士は3,000人あまりで、慢性的な人手不足が続いています。当然ながら「誰でもいい」わけではなく、専門的な知識や経験が必要不可欠。しかしながら、人材の育成は後手に回らざるを得ない状況です。さらに、海外では警察に児童虐待専門の部署があり、密接な連携のもと、発見と保護が行われていますが、日本にはそれもなし。・・・以下、省略・・・(ここで引用おわり)

・・・

無論、この<実に傷ましい事件である『小4女児虐待死』>まで「安倍政権の責任だ!」など見当違いの批判をするつもりは毛頭ない。だが、直近の「NHK世論調査」では、あれだけ作為の意図が丸見えでダークなフェイク操作(禁じ手のチェリー・ピンク戦術!)による「勤労統計の不正、嵩上げ工作GDP、偽装アベノミクス」らの疑惑が次々と表面化するにも関わらず、不思議にも安倍内閣の支持率は再び順調に上昇へ転じており、かつ自民党の支持率も頗る安泰である!”と、報じられている(↓★)。

因みに、「今の日本の不可解な状況=安倍政権の主要政策の悉くが(おそらくアベノミクスを除いて、しかも此のアベノミクスこそが全ての元凶であるにもかかわらず)厳しい批判の対象となる一方で、相変わらずその当然の責任者であるべき安倍首相(ひいては同政権)の支持率が一行に下がらず、それどころか頗る安泰であり続けること」の真相は<“悪性腫瘍浸潤”フェーズ化のアベノミクス/平均的日本人(その平均的自画像)を演ずるアベの「於・国会“曖昧な発言”」でフェイク統計らの嘘を刷込まれ全て受容する「平均的」国民!これが[アベ・ネオナチ/政策不支持→支持率安定]の正体!>ということではないか?と考えられる(関連参照/下記、画像Tw情報)。

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1105204201771024384

・・・
NHK世論調査/更に1%上がって内閣「支持する」44%、「支持しない」37%、政党支持=自民37.1(+1.9)、立民5.7(‐0.3)、国民0.6(‐0.4)…支持政党ナシ41.5(‐1)2019年2月12日NHKニュース、 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190212/k10011812281000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_002  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190212/k10011812301000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001

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https://twitter.com/SamejimaH/status/1101383065903874048

しかし、仮に「当記事の前半で取り上げた“アベノミクスによる搾取のワニ口”拡大という現実、“モリ・カケを筆頭とする安倍内閣重篤スキャンダル》の総浚いレビュー”、311フクシマの過酷な現実を隠蔽しアベノミクスのエンジンと見た“核燃サイクル&原発輸出”の総崩れで、完全デッドロックと化した原発政策の現況、そして何よりも直近に起きた此のあまりにも傷ましい『小4女児虐待死』の背景(日本が世界から「国家レベルで児童虐待している!」と批判されている事実)について、各野党への取材も十分に採り入れつつ、各メディアが<特に、スポーツ・芸能と政治・社会マターが同列にしか見えない無関心層への積極的な情報提供>を意識して、ジャーナリストとして本来あるべき調査報道の厳しい視点で、この問題の背景等についてもっと真剣に報じていれば、果たして<相変わらず不可解な忖度の空気>を感じさせる《このような世論調査の結果、又はアベ支持率がそれでもドンドン上昇し続けるような不可解なこと》となっていたか?は甚だ疑問である。

もし、そのような意味で主要メディアが公正な、かつ十分に人道的な観点に立ち、怠りなく日本の未来をも視野に入れて本来あるべき報道活動を行っていたとしたらどうなったのだろうか?それでも、矢張り日本国民の過半超が兎にも角にも安倍内閣の好きなままにさせておきたい、つまり<戦前型“構造災”の国=軍事大国ニッポン>へ今の日本を作り変えて貰うしか未来はない!と思っているなら、「汎用AIロボの実現に因るシンギュラリティ(特異点)」を待つまでもなく、日本は別の意味でシンギュラリティ(異常社会化への特異な転換点)を通過しており、戦前と瓜二つの<アベさま御用達“神国ニッポン”/追憶のカルト国・日本>へ、見事にセットバックしてしまったと言えるだろう。

 

5  準汎用AIロボ「スキル偏向機械」経済化に備えるため、「 社会の茎 」(広義の社会的共通資本)を介し“新次元”マクロ経済へ展相することが必須

 ・・・準汎用AIイノベーション、スキル偏向機械経済化だけではデュナミス(潜在的な高度付加価値創造)の次元に止まるため、圧倒的な多数派の人々と未生のための“幸せ”をもたらすことはできない!マクロ金融政策が「社会の茎」(広義の社会的共通資本)であることへの気付きこそ、準汎用AIロボ時代に我われが新たに希望を持って生き抜く条件となる!・・・

  

(1)社会の茎(socio-scapes)

(植物群落の遷移における草本の茎の役割から得られる“社会の茎”のイメージ)

f:id:toxandoria:20190220125746g:plain・・・添付画像は、www.max.hi-ho.ne.jp より転載

 一般的に言えば、高等植物において葉や花を支える部分である茎の役割は「根から吸収した水分や栄養素(ミネラル等)を植物体の各所へ運び、それと共に主に葉の部分で光合成されたもの(光エネルギーを化学エネルギーに変換する生化学反応で作られたもの)を光合成ができない部分へ運ぶ、ということである

 光合成は光エネルギーで水と空気中の二酸化炭素から炭水化物(糖類であるショ糖、デンプンなど)を合成する一方で、水を分解する過程で生じる酸素を大気中に供給している。そして、年間に地球上で固定される二酸化炭素は約10の14乗kg、貯蔵されるエネルギーは10の18乗kJと見積もられている。http://www.tkd-pbl.com/book/b298034.html 

 ここでは余談となることだが、「特に生命力が強い草本」は、ヒトの社会に喩えると東アジア漢字文化圏の中で意識されてきた、草莽(グローバル環境の激変の時などに一般国民層の中で傑出した強かさを発揮する人々)に似ているようだ。幕末期の日本において、特別な役割を担った吉田松陰らの草莽の正しい意味(いわば草本の茎の役割)は必ずしも未だ正しくは理解されていないようだが、彼らが歴史的に重要な役割を担ったことは確かである(当論点の委細は↓★を参照乞う)

 ★幕末「普遍の自生史」隠蔽は正統保守に非ず、松陰「白日」の削除を謀るアベ独裁は戦前構造災の再来/敗者と異論への寛容(思想)の回復が必須2018037toxandoriaの日記・・・新たに判明した歴史「事実」である<維新政府が隠蔽した「白日=啓蒙思想の普遍観念に匹敵する観念」の発見>を安倍晋三・内閣が毛嫌いする不可解!その「白日」とは、カント「情念統制、論理構成」の二理念とも呼応する<自律的な吉田松陰ら幕末期“草莽の獅子”たちのリベラル共和的な“普遍”への覚醒>であった!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180307 

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・・・この「秘密の思い出」の花言葉を持つネジバナの画像は、ブログ「Tatehikoの独り言・№2」さんから、お借りした。https://49173758.at.webry.info/・・・

ところで、草本とは背が高い木になれずその生涯が短い植物群を指すのだが、木になる植物の茎の場合は、その殆どの場合で先の部分を除く大部分が堅い幹となっている。一方、背が高くなれない草本群はその代わり生活上の融通が利くように可成り自在な戦略を身につけているが、特に、その茎の主な役割は草本の主柱的な形をした個体内の生命環境の基盤インフラであると共に、この茎こそが個体生命の全体をシッカリ支えるネットワーク構造の要となっている。

比喩的に言えば、人間社会の草莽(いわば生命力が強い“社会の茎”たち)は、特に雑草に近い「地這いの植物の茎」と酷似している。それは、彼らが「高い木にはなれず、植物体が小さい代わり生活時間(生涯)が木に比べ短く、しかも個体数が圧倒的に多い多数派であるから(又は多数派を動員できるから)こそ、いくらグローバル環境から大きな攪乱を受けようとも、些かも怯むことなく、逆に、空いた場所があれば素早くそこへ侵入し、そこで強かに世代交代を繰り返す」という地這いの植生と似たような行動の特徴を持っているからだ。

 いわば、一般に植物群落の遷移では、まず草(草本)が生え、それから木が侵入して森林化へ進むという順番が見られるのだが、グローバル環境の影響で断続的に激しい攪乱が行われるような場合には、必ず、多数派の草本が長期にわたりその場を優占する。つまり、草原の状態が長く続いたり、雑草で覆われ尽したりするのがその一例であるが、結局そのようなローカル環境には一定地域の自然環境を激変させる樹木が外部からなかなか進入し難いことになる。

以上のことから、自然環境にせよ人間の社会にせよ、グローバル環境の保全には、特に生命力が強かな多数派の草本の役割が、人間社会で言えば「草莽的な役割を担う人々が主役となリつつ各個体にとって最も基本となる生命・交流活動の場と手段を提供するインフラストラクチャー機能」(いわば社会的共通資本的なプラットフォーム)が非常に重要であることが理解できる。

 

 (マーティン・オルブロウの社会の茎(socio-scapes))

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マーティン・オルブロウ(Martin Albrow/英国の社会学者(ドイツ出身))は、トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ>のことを「社会の茎」と名付けているがウルリッヒ・ベック1944 - 2015/ドイツの社会学は著書『世界リスク社会』(叢書ウニベルシタス)の中で、これをグローバリズム時代における新しい「帝国」(国際金融資本など)へ対峙し得る、“グローバル市民のための全く新しい共有基盤”(いわばグローバルな社会的共通資本)になり得るもの>として注目している(オルブロウ画像は、martinalbrow.com より)

なお、このマーティン・オルブロウが定義した「トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ=社会の茎」は、今では必ずしも「コミュニティ」だけにかぎるものではなく、グローバルな繋がりの中でこそ個体生命は存在し得るという意味での「生命(ないしは生物環境)モデル」の中核的な機能を意味する概念として理解されている

ところで、scape(複:scapes)はタンポポ水仙などのような地這いの草本の茎(花茎)のことなので、各国家の如く強固な地理的“領域”の意味はない(そもそもタンポポ水仙がカッチリした国や領土を主張するはずがない!)。しかし、一方でそれがローカルな意味での一定の自然環境に立脚している、換言すれば個々の生身の市民・住民らの日常的な生命活動が“土壌”となっているという意味での「ヒトの社会のグローカルGlocal)な概念/Think globally, act locally!」と相似しているのも当然と考えられる

更に、概念をより拡げて連想すれば、これはヒト、家畜、昆虫などあらゆる動物の個体の内部にある、ホルモンなどの情報伝達物質を分泌する「腺」(gland/内分泌腺、外分泌腺がある)に見立てることもできるだろう。因みに、ヒトでは腺の異常によって各種の腫瘍やガンが発生するが、無論、植物にも密腺・油腺などの重要な働きをする腺が存在し、そこからの分泌物質は非常に広域におよぶ動植物間のコミュニケーション等にも役立っている/出典:https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1809

一般に草本はローカルな大地から直に生えている訳だが、その中でも特に生命力が強い雑草(そもそも外来種が多いが、そして既述したことでもあるが、これはヒトで言えば草莽に比較すべきかも?)も含めて、それら草本の<茎(scapes)の役割>は、ローカルからグローバル全体の、木々や動物・昆虫らも含めた意味での、いわば生命トータルの多様性を保全する役目を担うという意味で非常に重要である

つまり、それは各花々(“社会の茎”に比定すれば、夫々の場所で生きている世界市民の一人ひとり)の支えであるだけでなく、気象・天候・外敵らに関わる情報収集と情報発信により(普通、ヒトの感覚でそれは殆ど捉えられない)、それらの花々や多くの木々や諸動物らがそこかしこに群生する広域なグローバル世界、つまり究極的には全地球的な生態環境を保全することでもあるからだ。(参考:https://www.youtube.com/watch?v=MvlrZKPxV1w

老婆心でつけ加えるが、オルブロウとベックは草本の茎」と「社会の茎」なる二つの概念を、世界中に存在する草本や社会と個々に対応させる意図て使っているのではない。それは<個々の社会的事象については常にグローバルな視点で捉えつつ、リアルの実践ではきめ細かくローカルな問題を最重視して取り組むべきだ!(Think globally, act locally!)という「Glocal」の象徴として、比喩的に使っている訳である。

 

 (2)“新次元”マクロ経済への相転換(展相)が必須と見るべき背景

・・・それは、「第4次産業革命」(AI・準汎用AIを基本ツールとする革新的イノベーション)と、「普遍観念」(ルソーの一般意志に因る/立憲主義に基づく現代『民主主義国家』のグローバル経済基盤)との統合は如何にすれば可能か?という問題・・・

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安倍政権のベノミクスなる「ピンクチェリー(好いとこ取り統計偽装)方式の嵩上げGDP/2020年度600兆円、必達!」が、(おそらく、よく訳が分からぬままの)多数派の国民から一定の高い支持を受けつつ?、今も堂々と行われているその背景を探るのが当記事の“隠れたサブ(副)”目標であったが、これまで見てきたことから理解され、特に重要と思われる点は下の4つ(a~d)に集約される。

a【GT1】現代資本主義の特徴である「市場原理主義新自由主義)&技術イノベーション型」という二つの搾取構造の大きな流れ(GT:グローバル・トレンド)に、殆ど気づかぬうちにドンドン飲み込まれ続けている。 

・・・具体的には「二つのワニ口」(搾取構造)があり、その一つは“近代産業革命に始まる技術イノベーション”、二つ目は“1970年頃から優勢となる新自由主義ネオリベラリズム)のそれである。

・・・然るに、その“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)には、数理論証明(R.ルーカス理論)に誤りがあったことが証明されている。 ←世界的に知られる数理経済学者・宇沢弘文らの指摘がある!(この論点は第2章で詳述した)

b【GT2】およそ2000年代に入り、aの上に、IT技術型の「スキル偏向技術進歩」(画期的イノベーション)に因り、新たなグローバル・トレンドの搾取構造(三つ目の“ワニ口”)である「Great Decoupling」が加わった。

・・・21世紀に入り、a【GT1】の中の「技術イノベーション」のそれがAIロボ-IOT型「機械経済化」の「第4次産業革命」へ向かうIT技術に関わる必然の流れの中で更に搾取構造がより高度化しつつある。

・・・IT技術が生み出す高度生産性」が、IT技術を支配・所有する一握りのエリート層(ITイノベーションを支配する資本家・経営者層ら)へ過剰に傾斜分配され続ける限り、ヒトの日常生活の『実需』の基本である「生命の営みの一部でもあるヒトの生産性」を圧倒することになり、より深刻な賃金「格差」が発生する。そして、それは「少しでも“幸せ”に生き抜こうとする、消費者であり、かつ雇用者(or生産者)でもあるという、ヒトとしての最低限度の生存条件」を着実に根底から脅かしつつある。

・・・言い換えれば、それは<究極的には生身のヒトが主役である「実需」には消費者であると同時に生産者でもある雇用者(厳密に言えば家計・家政)がマネー増加分、つまり(持続的に取り込まれるマネーエネルギー(エネルギー通貨)の活発な流通を媒介とする日常の生活・生命活動(主に衣食住に関わる)によって、日々、新たに更に前向きに生き続けるため必要な何らかの付加価値(etwas)を絶えず、創造する必要がある」という重要な意味があることを改めて教えてくれている。

・・・だから、新古典派経済学的な意味での機械生産(技術イノベーション)的な付加価値(静態的)と後者(ヒトが関わる、いわば生命モデル経済的な意味でのイノベーション)の付加価値(流動エクセルギー)を全く等値(等価値)と見る算術勘定(換算)が誤りなのだ

・・・なぜなら、前者が創造する付加価値はあくまでもデュナミス(潜在性)であり、生身のヒトが創造する付加価値はリアル(現実)での生命エネルギー消費の対象なのであるから

c【GT3】いまグローバル世界は「準汎用AIロボ型技術の高度イノベーション経済の本格的な出現」へ移行しつつある。(その本格化は10~15年後か?)

・・・これは、【GT2】が、おそらくミクロ・マクロ経済に関わる政策面で何も手を打たなければ、準汎用AIロボ型技術の高度イノベーション経済の本格的な出現(準シンギュラリティの時代へ移行すること)によって、凡ゆる予想を超えるほど大きな賃金「格差」”に襲われる可能性が高まりつつあること、を意味する

【 日本型『伝統“構造災”』の存在 】日本には全ての国民が覚醒し克服すべき日本型(JPN)伝統“構造災”のリスクが存在する。(この論点は第1章で詳述した)

・・・これがチェリーピンクGDP(アベさまのチェリー・ピンク病!)の病因となっているその根源には実に厄介な日本文化の宿痾(本態性高血圧ら本源性の病理に似ている)が潜んでおり、その完治には歴史・文化的な意識に関わる革新(例えば、エナクティヴィズムに関わる覚醒)が必須であろう。(関連参照↓◆)

◆【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

6 『人間の壁』(ヒトとデュナミス経済を分断する生産性の壁)を乗り越え、ヒトが少しでも“幸せ”に生き抜くための基本的な方向性

・・・「準汎用AIが創造する抽象的デュナミス」(AIロボ・IT・ITOイノベーションが生み出す高度生産性)と「ヒトが生きるリアル社会の実需(消費)」を遮る『人間の壁』(デュナミス経済化)を如何にすれば乗り越えられるか?・・・

6-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク

・・・新自由主義に汚染した新古典派「マクロ経済」の流れの中で、もし<先端科学技術の典型,汎用AIロボに因る機械経済化に伴う『人間の壁』の問題が放置されれば、特に“展相の民主主義&経済社会に関わる観念”が希薄な日本社会が世界で真っ先にデストピア化するのは必然!・・・

 (一般に欧米では“科学技術が政治権力と結びつき易いことが理解されている)

 そもそも、<アベ神さま?w>が一強支配する今の日本が嵌った超リスクの真相は、自由の意味が混乱して、権力・経済力らの「強制力」(アンシュタルト)と自律的な「自由」の間のジレンマ回避に失敗したことである。アンシュタルトとは、そもそもはM.ウェーバーの“一定の強制力を持つ社会的な-団体、例えば学校・精神病棟など”のことだが、近年はそれが不可視の制度として強制権力を行使するシステムの意味でも使われており、その典型が現在の世界で君臨する新自由主義ネオリベラリズム)である。

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しかも、K.ポランニー「市場社会と人間の自由」(大槻書店)によれば、ポランニーの歴史的な検証で「一般的に科学技術は権力と結びつきやすい」ことが理解されており、第4次産業革命をリードする準汎用AIロボ技術といえども、その例外とはなり得ないようだ。これは、そもそも資本主義(市場経済)の失敗による格差問題を解消する(市場経済の毒牙から市民を守る)という口実にファシズム誕生の淵源があることを想起すれば分かり易いはずだ(今の日本でも我われが目撃している“科学技術と軍事力が接近しつつある傾向”を想起せよ!)。

因みに、科学・科学技術とファシズムの親和性について補足しておくが、それは根本的には「科学知の破壊的威力と政治的万能感の野合」の問題と言える。例えば、311フクシマが象徴する日本の原子村(原子力技術コンソーシアム)の<『暴走インフラ→構造災』化>の問題(今やこれは進退不能デッドロックに嵌っている!)は、その典型である。

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加えて、渦中の『チェリー・ピッキング統計不正操作によるアベ・ピンクGDP』らの問題を考えてみれば分かり易い(統計学は、れっきとした科学(科学理論)である!)。従って、宇沢弘文の「社会的共通資本」は、この問題に対する、最も有効な問題提起(インフラ型構造災への有効ワクチンの発見)として理解することも可能である。(そもそも、この種の柔軟な観念の不在が問題である!)

また、E.O.ウイルソン(米国の昆虫学者、生物 多様性・会生物学研究者)が「AIの核心技術である回帰分析は「相加条件」(更にリアル環境下で多様な後天的・双方的・パラダイム的影響を受けること)を無視する一種の“情念的・観念的”設計原理主義(設計=あくまでも一つの観念、リアル=宿命的に多元)なので、それによるリアル100%の予測は不可能だ!」と警告を発していることは十分に傾聴すべきだ(だから、AI活用は積極かつ抑制的(冷静)であるべき!)。また、AIには宿命的カルマン・フィルターの問題(多変量・特徴量の統計処理によるリーマンショック・自動運転車事故等の原因となった突発的パニック・リスク発生が見過ごせないhttp://urx.blue/zoqH)もある。

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因みに、問題はE.O.ウイルソン『ヒトはどこまで進化するのか』(-亜紀書房)-、小林雅一『AIの衝撃』(講談社)らの指摘どおりで、AIディープラーニングの正体が“意外にも”旧来からある回帰分析等の統計処理であることだ。一方、最先端の進化心理学(関連参照↓◆2)等では、同列技法である確率統計を利用しつつも、その限界をも絶えず十分意識して取り組むのが常識化している。

◆2 進化心理学

・・・社会心理学・発生生物学・進化生物学・ネオラマルキズム等との関係が深く、また進化経済学らAIを抑制的に活用する先端知のルーツでもあり、身体の自然エトノス(最広義の地球自然環境)への適応と同様に、人間の心も生物学的な進化の産物であると理解する心理学。

・・・21世紀に入り、特にAI研究の深化等と共振しつつ急速に発展する「文化進化論」のルーツの一つになった(委細は、コチラを参照 ⇒2016-08-22toxandoriaの日記/『記憶喪失の海に沈む安倍内閣、その底に潜む偽遺伝子は文化進化論(遺伝的適応)上の追憶のカルト!新鮮な生命が持続的に吹き込むエトノス対話の環境づくりが急務』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160822)。

・・・

ともかくも、その悪夢の時代のデジャブが再び世界を覆いつつあり、アンシュタルト化した新自由主義が牽引するグローバル市場原理主義は過酷な格差拡大を伴った20世紀前半頃と同じファシズムの再来を予感させる状況となっている(止め処なきワニ口の拡大!)。そして、これを回避するカギこそが「社会の茎」である!それは<“自覚的に地球環境意識を持つ市民の自律的な自由意識”を活力源とする「機能的民主主義」の可能性>ということである。

なお、そもそも機能的民主主義とは(ポランニーによる詳細な論証は省く)、左右派の論争の時代は今や終焉しているので(ランゲ・モデルによる社会主義経済計算論争の決着)、科学技術のファシズムとの親和性については決して警戒を怠らず、また地球自然環境への十分な目配りと限定合理主義(ヒューリスティックス)を一定の準則として「リベラル共和主義」(持続的な展相(相転換)を前提とする民主主義社会)の実現を目指す」ということである。

EUのポテンツ経済は、これに気付いている? また。この視点は宇沢「社会的共通資本」および「米・制度経済学派」とも価値観を共有していると考えられる。

 

デッドロック化した日本の原発政策は“ファッショ権力と結びつきやすい科学技術”問題の典型!かつ、全世界に対する赤恥曝し!)

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現代日本で最も問題視すべきは、日本会議代理人たる「実に卦体(けたい)な“追憶のカルト”世界のゾンビ・アバター集団である安倍政権」が、事実上、日本の権力をファシズム的な手法で一手に握ってしまったことだ。このため、ほぼ多数派を占める一般国民と主要メディアも、今やまるで自主的に、あるいはいそいそと競い合うかの如く周囲へ目配りをしながら、かつ上目遣いで忖度の瞬きをしながら、彼らゾンビ・アバターを必死に担ぐどころか、驚くべきことに恭順し平伏する姿勢をすら見せ始めている。

だから、安倍政権が、内閣人事局(20140530設置)に“一強”集中させた人事権をますます笠に着て配下の“優秀な官僚ら”に対し殆ど恫喝的に“忖度”を強要するという、実に鼻持ちならぬほど居丈高で嵩に懸かる傲慢な態度を彼らが取り続けられるのは必然の流れだとも言える。

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しかし、ただ単に威張り散らすだけの破廉恥な行動のレベルでは止まらず、安倍政権がその主要政策の柱である「アベノミクスの失敗」あるいは「そのエンジンと位置付けた原発政策の完全失敗(アベ・トップセールス輸出全滅、核燃サイクル・デッドロック他)」を巧妙に粉飾し胡麻化すためフェイクデータ操作によるGDPや雇用統計の嵩上げを配下の官僚らに強要したことは“犯罪行為”そのものと言える実に不届き千万な権力の暴走である。

いわば、安倍政権はアベノミクスの失敗という大失態を内外へ向かって糊塗するため大日本帝国ならぬ「フェイクデータ帝国」(フェイク嵩上げGDPでっちあげ国家への誘惑)の罠に掛かったということだ。かし、この「フェイクデータ帝国」(諸統計データ改竄で日本経済が偽装的に成り立っていた?!)の問題は国内だけで済むはずがなく、海外市場関係者らの間でも日本経済に対する不審の眼差しの悪しき波紋が次第に拡がりつつあるようだ(参照、下記★)少しでも早く内外の信用回復を願うばかりである。

★A Scandal Unfolds: Japan’s Impressive Growth Rates Were a Lie; 40% of Economic Data Faked/30190129 News, World Politics/CCN(Cryptocurrency News and Market Updates) https://www.ccn.com/a-scandal-unfolds-japans-impressive-growth-rates-were-a-lie-40-of-economic-data-faked 

Abenomics under heavy fire after dodgy data hid apparent drop in wages across Japan in 2018 20190206 the japantimes https://www.japantimes.co.jp/news/2019/02/06/national/politics-diplomacy/abenomics-heavy-fire-dodgy-data-hid-apparent-drop-wages-across-japan-2018/#.XF3kYVz7TIU

 

(『人間の壁』、デュナミス経済化を助長する“間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題)

  これは第4章で詳述したことだが、少しでも“幸せ”に生き抜こうとする消費者でありかつ雇用者(or生産者)であるにも拘わらず、「AIロボ技術が生み出すデュミナス高度生産性」が、AI関連技術を占有する一握りのエリート層(AIロボ・イノベーションを独占する資本家・経営者層ら)へ過剰に傾斜分配され続ける限り、日常生活での『実需』を支えるべき「生命の営みの一環たる普通のヒトの仕事の生産性」を圧倒することに因る、より深刻で致命的な賃金「格差」が、更に深刻度を増して発生し続けることになる。

しかし、そのような超リスクが懸念されるにも拘わらず、刻々と高度な準汎用AIロボ・IOTらの先端技術が先導する「第4次産業革命」の時代が<その深刻な格差拡大の矛盾(“AIロボ&ヒト、両生産性”の断絶)を抱えこんだまま>で近づきつつある。我われは、この極めてリスキーな時代に備えどのように対処すべきなのだろうか?そこで、「間主観性⇔AIロボ・クラウド汎知”断絶問題」の真相を概観しておく。

そもそも、シンギュラリティという用語の第一義的な定義は、<汎用AIロボが、それまでの経済の果実(ヒトの主観的欲望が需要(消費)の主な成分であった従来の経済成長、GDP)とは全く次元が異なる機械化経済の抽象デュナミス(潜在)的な「高付加価値」の創造(イノベーション)によって、<非常に高度な経済成長(機械自身の再生産フロー・プロセスによる供給/例えば、ドイツのスマートファクトリーの如き、https://iotnews.jp/archives/53664 )をもたらす時代になる>ということである。

全ての仕事がAIロボに奪われるので大変だ!という単純な話ではなく、それは<資本主義の究極の宿命的段階である、ヒトの完全“物象化(フェティシズム)”に因る”搾取ワニ口”の拡大>が抽象的なR.ルーカスの理経済論の上で見れば無限大へ向かって拡大する、いわばほぼ完全な機械経済化(市場原理主義で完全物象化させられたヒトがAIマシンの完全な支配下に入る異常な社会)が実現するということだ。しかも、それはネオリベラリズム市場原理主義で典型的に見られるようになった只の“物象化=労働力のモノ扱い”どころではなく、その機械経済化の時代において“多数派の人々はモノとしての価値をすら失う”ことになりかねない。

つまり、それは非情にも僅か数パーセントのAIロボを占有するスーパー・エリートがその他大勢の有象無象のヒトを支配し、かつ限りなく彼らをモノ以下の無価値な存在(高々で奴隷的ネオ・ルンペン層化?*)へと貶める可能性すらが高まるということだ。だからこそ、後述する<社会の茎(社会的共通資本)としての「新たな金融制度設計等の抜本的改革」による、“日常生活”における多様なヒトのための需要(働き口と活発な消費のためのエルゴン(生命論的活力源))の取り戻し=生命経済モデルへの展相>が必須となる。

 自然環境の中での果てしない対エントロピー(比喩で言えば、対アンシャンレジーム(絶えず、既得権化し陳腐化する!))抗争こそが<「自由原理をエルゴン(活力源)とする地球型生命」と「ヒトの社会・経済活動」>のレーゾンデートル(存在理由/raison d'être)である。また、「A:リアル因果と倫理」はその共通の自然環境のなかで、特にヒトにおいて発現するマッハ現象学的、生命論的「意識」の「土壌と体性感覚的感性」(ヒトの基調ベース)であり、「B:(数学的)論理、イメージ、記号、象徴ら」は「C:(抽象的)表象」のジャンルである、と言えるだろう。

 一方、ヒトの「意識」では「A」と「C」が共時的に脳内および体性感覚論的に共存し得るが、このヒトの「意識」下の「C」と、コンピュータ(AI・ビッグデータ等)上の「C」の間には生命論的な意味で決定的な断絶がある。言い換えれば両者の間には生物学的な意味でも自然環境を共有し得ない(コンピュータが機械であるから、そうする必然性がない)という意味で断絶があり、井上智洋・駒沢大経済学部准教授は、これを「人間の壁」(デュナミス経済化)と呼ぶ(Cf.井上智洋・著『人工知能と経済の未来/2030年雇用大崩壊』―文春新書―)

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これと同じことを、『情報社会の哲学』(勁草書房)の著者・大黒岳彦明治大学大学院・情報学環教授)は、a「あくまでもヒトが意識を持つ生き物として生きているリアルな文脈世界の一環であることと繋がる諸データ(一般的な意味での抽象性とは異なるマッハ感覚論的素材性/具体的には、統計作業のプロセスにおいて社会の複雑性、多様性のリアルと絡みつつ生きている、つまり未だ生と直結しているパラメータ・データ)」とb「機械言語上の情報知(一定の選択フレームで切り取った抽象的体系性)」との間には「断絶(アポリア化した)」がある、と言っている。

大黒氏によれば、そもそも両者はアリストテレスの潜勢態(デュナミス/dynamis)と現勢態(エネルゲイア/energeia)に対応しており、一般に我われは、その潜勢態(それはリアル因果の流れの中での流動的な可能性の謂いでもある!)をほどほど(限定合理主義的)に実現し、その完成度の検証を持続的に繰り返している訳だが「仮想的な意味で、それを完全に実現して目的に到った状態はエンテレケイア(entelecheia/プラトンイデアに匹敵する/但しこれは永遠に到達できないアポリアでもある)と呼ばれる。

つまり、現代の我われは、(1)社会活動的に見れば「間主観性」(相互主観性、共同主観性)が、日々に、一定の許容範囲を持つ振幅で微妙に振動しつつ更新され続けるリアルの場面である、自然・社会環境と無限に繋がる文脈的世界の一環としてのマッハ感覚論的素材性(生命環境論的な意味でのエトノスと感情の海を漂うエネルゲイア)と(2)巨大WebネットDB(データベース)汎“知”が刻々と更新し続ける新たなクラウド的世界(増殖し続ける抽象的データの海/抽象的デュナミス)、という三つの全く異質な情報空間の世界を跨ぎつつ生きていることになる。

 <注>エルンスト・マッハ感覚論的素材性(一般にはマッハの内面的表象と呼ばれる)

・・・内外のエトノス(自然・文化環境)と殆どアニミズム感覚的に交流・共鳴する「ノントリビアルサイバネティクスの内部観察者(obserber)」(自然環境内で生きる生身のヒト)の意識(正確に言えば意識滑動)に相当する。とすれば、それは生命論的、ないしは人間論的な意味で時間の流れと同期して進行する「内外世界の因果連鎖」と直接的に繋がるリアル感覚(リアル意識)そのもののことである。

・・・

つまり、<事実上、もし我われがスマホという名の“Webネット型DB(データベース)ロボット”の操作なしでは一日たりとも日常が生きられなくなっている>とすれば、今や、この“リアル意識obserber(同上の生身のヒト)”そのものである我われは、<抽象的なWebネット型DB上に君臨するクラウドAI汎“知”>の支配下で完全にそれに組み敷かれるか否か?の瀬戸際の時代を生きつつあることになる(ソフトバンククラウドAI型ロボット、ペッパーの脱人間化『知能』の設計アーキテクチャは、その分野で前者(クラウドAI汎“知”)へ傾斜した研究の典型事例、https://www.softbank.jp/robot/

ともかくも、ウィーン大学で活躍したエルンスト・マッハ(1838 - 1916)は、哲学(現象学)、物理学、科学史、心理学、生理学、音楽学など様々な分野で研究を行ったが、特にマッハ現象学フッサール(事実上、現象学の確立者と見るべき人物)の現象学的還元へ与えた影響は重要である。

 

  (“第4次産業革命”で期待できる『ヒトの“幸せ”のためのヘゲモニー争い』の行方/マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる)

・・・それは、“AIロボ&ヒト、両生産性”の断絶を見据えて展相“新マクロ経済”で再統合を実現すること・・・化

これまで述べてきたとおり、准汎用AIロボ(純粋機械経済化システム)が創造する付加価値(生産性)はあくまでも「潜在(抽象デュナミス)的付加価値」であるが、このことについて『人工知能と経済の未来』(文春新書)の著者・井上智弘(駒沢大学経済学部准教授/マクロ経済学)は、凡よそ次のように説明する。

・・・「産業革命IT技術」期の投資は、機械と労働へ投入され生産活動が行われ、そこから工業製品ら生産物が生まれ、それが消費者に渡り消費される」という流れで説明できる。然るに、AIロボ型「第4次産業革命」期の投資先は、(フェイク・アベノミクス等のようにマクロ・ミクロ経済的に何も革新的な手当が行なわれずに今の流れのまま無意味に移行することになれば←補、toxandoria)もっぱら「約90%以上の雇用を占める技術(研究・開発)部門」(高度専門技術や高い能力が求められるため雇用に占める占有率は大きいが働き口の数(実雇用数)としては非常に狭き門!)ということになり、仕事の口数の消滅と分配構造の更なる超劣化で極貧層と化した多数派の人々が、AIロボ機械経済システムで生産・創造された高度な生産物(生産性)を消費せざるを得ないという意味で<倒錯構造>と化す!という全く<不可解な資本主義へ相転換(展相)>することになる。従って、必然的に、そこでは供給(ごく少数派の高給生産者による、あくまでも潜在的な高度生産性の創造)と需要(おそらく9割超の圧倒的多数派貧困(ルンペン同然)層によるリアル消費の間に深刻な需給上のミスマッチが出現する。しかも、そこで殆どの人々はマトモな仕事を失っているのだ。即ち、その“残余のごく少数派の高給生産者が創造する高付加価値の生産物(モノとは限らぬ!)”は、肝心の相方であったはずの多数派層の人々の需要が殆ど“消滅”したも同然化するため、そのAIロボ機械経済システムが創造(イノベート)する高度生産性はリアルな日常を生きる人々にとっては、只のデュナミス(潜在性/可能性)に止まらざるを得ないことになる(そのリアル化が大格差ワニ口(GD)のトレンド!)。・・・(この後は、toxandoriaの解釈的な補足)・・・従って、准汎用AIロボ(機械化経済システム)が創造する高付加価値(超スキル偏向イノベーションによる高度生産性)のデュナミス(そのままでは潜在性に止まる“准汎用AIロボ”が創造した高度生産性を如何なるマクロ政策的な仕組みを介在させリアル化するか、が重要な問題となる訳だ。つまり、それは資本主義をどのようにすればルンペン層と化した圧倒的多数派の人々(おそらく9割以上の占有となる?)の日常の生活が如何にすれば“幸せ”を感じる方向へ相転化できるか?という問題なのだ。そこで、検討を急ぎ具体化を図るべきが“新しい金融インフラ(社会的共通資本)”としてのベーシックインカムということになる。無論、同時に、一般的な多数派の人々の新たな仕事の口数を如何にすれば増やせるかも問題となる。 ・・・

 

(純粋機械経済化に因る『人間の壁』(デュナミス経済化)のデストピア回避には“マクロ”レベルの相転換で新たな資本主義を構想する発想転換が必須!)

f:id:toxandoria:20190223134247p:plain・・・この画像はwikiより。

これまで見てきたことを言い換えれば、汎用AIロボの機械経済システム(高度スキル偏向技術)が創造する高付加価値なる潜在的「高度生産性」(デュナミス高付加価値)の出現で「価格を縦軸に取る需要曲線と数量を横軸に取る供給曲線を用いた分析による需給均衡点E(マーシャル以来の伝統)が消滅する」というアポリア(大矛盾/市場原理上の根本的矛盾)が生じることである。

つまり、マクロ経済の相転換(展相)が必然である現実を無視して、この<潜在的「高度生産性」とヒトの間に出現>する分断を放置すれば、資本主義の要である市場原理が無意味化して資本主義そのものが死滅するということだ。

あるいは、「圧倒的に少数の技術エリート富裕層と癒着した強権型政治権力による圧政の出現(例えば、ネオ・ファシズムのような暴政権力の登場による圧倒的貧困(ルンペン化)層の弾圧支配?)で、おそらく名ばかりとなった民主主義と資本主義そのものが同時にほぼ崩壊する」という“過酷奴隷社会”とでも見るべきデストピアが出現する可能性すらある。

だからこそ、この恐るべきデストピアを回避するには先ず第1段階として「マクロ経済レベルの展相(相転換)」と共に『“少数富裕層Vs多数有産(ノモス)中間層”化という分配構造改革でリアル経済社会を再生し活性化する』ことへの取り組みが必須と思われる。そして、結論を先に述べておけば、その第1段階の要とすべきものが展相「マクロ金融の要」(“社会の茎”でもある社会的共通資本の一環)と明確に位置付けた「ベーシックインカムの段階的導入」である。

同時に「生命モデル」で理解し得るヒューリスティック(限定合理)の意味」の再発見に因る「市場原理主義の物象化ならぬヒト型雇用(短慮かつ表層的にはムダにも映るヒューマン・ファクターを再評価する職業の創造)、つまり現象学者、アルフレッド・シュッツ流の日常生活の評価等に関わるルネサンス」で、AIロボ型「第4次産業革命」による雇用の消滅を補完するべきである(無論、新たな雇用創出の可能性はあるが当記事ではスペース的にも委細を取り上げる余裕がないので検討課題として稿を改める予定!/関連参照:エピローグ)。

因みに、この「AIロボ機械経済化に因る“何らかのマクロ的な工夫を施さぬ限りデュミナス(潜在的な高付加価値)が限りなく機械的な再生産のループに嵌るという由々しき問題は、ある意味で“資本主義の死”というよりも、その前ステージである“資本主義のガン腫瘍化ないしは痴呆症か、あるいは老化現象に匹敵すること”として理解することも可能であろう。

しかし、個体生命内での 生体流動システムならぬマクロ経済システムの上で、その高度な経済価値を“異次元の受け皿(ヒトが生きるリアル日常の世界)へ何かを介在させて転送し、そこで未生のために有効化させる”には、“そもそもヒトが生きる意味は何か?という類の問題に関わる人文・社会分野の知見”をも十分に参照し、“生命モデル型”経済という「革新的なマクロの視点」で、未生の人々の“幸せ”のためにも繋ぐことが可能な雇用の創造(仕事口数の増加)を促進するのがベストではないかと思われる。

このため注視すべきキーワードが、第4章でも触れたATP(アデノシン酸三燐酸)(個体生命内でのエネルギー通貨)、あるいは社会の茎(socioio-scapes/マクロ経済が相転換するための基本条件)、社会的共通資本(宇沢弘文)などであるが、これらから派生する重要な観点については、以下の章で詳述する。

  

6-2 “社会の茎”(社会的共通資本)を支える新マクロ経済への相転換/“国民の幸せ”を実現する3つ方向性

(1)“社会の茎”(社会的共通資本)の要となる「新しいマクロ金融」

・・・ここでの問題は、“社会の茎”(社会的共通資本)を支える「新しいマクロ金融」の中枢たる<段階的べーシックインカム>があってこそ、我われは<社会ニーズや仕事・雇用>について新しい形の創造を実現し、我われ自身と未生の人々が本格的「準汎用AIロボ」時代の『人間の壁』をブレークスルーし、その準汎用AIロボが創造する高度な付加価値をヒト(日本国民)の“幸せ”のため存分に活用できるようになるということ。・・・

 (『機械化経済』時代にこそパワーを発揮する“社会の茎”(社会的共通資本)の役割)

この問題意識の核心は、汎用・准汎用AIロボ(純粋機械化)が創造する大きな付加価値(高度生産性)の「ヒトのための有効活用」を、特に新たなマクロ経済の中核として取り入れるべきだという考え方である。そして、これから述べるのは、文字通りのことだが前章で指摘した[“AIロボ&ヒトという全く異質な両生産性”の断絶を見据えて展相の“新マクロ経済”で再統合を実現する]ための具体的な方向性の提案である。

つまり、この再統合の工夫による「(a)AIロボ高度生産性の(b)“ヒト社会”におけるリアル有効化」がなければ、それは<非常にリスキーな断絶を放置する>ことと同意であり、そもそも(a)AIロボ高度生産性の存在意義そのものが全く無意味となるはずであるからだ。

汎用AIロボ/ワールドなる「電脳Webシンギュラリティの新世界」で“永遠の生命”を得る”カーツワイルらの如き一握りの超エリートや大富豪らが、その世界の中で永遠に?遊び続けることを夢想するのは勝手であるが、もしその流れに身を任せることを良しとするだけなら“ヒト社会”はデストピアの到来を待つだけのことである。

そもそも、[(1)社会の茎(socio-scapes)‐(植物群落の遷移における草本の茎の役割)]で述べたとおり高等植物において葉や花を支える部分である茎の役割は「根から吸収した水分や栄養素(ミネラル等)を植物体の各所へ運び、それと共に葉で光合成されたもの(光エネルギーを化学エネルギーに変換する生化学反応で作られたもの)を光合成ができない部分へ運ぶ、ということであった。

だから、「社会的共通資本としての“社会の茎”」とは、まさにこの高等植物における「茎の役割」を担うものに相当すると考えれば分かり易いのではないだろうか?

因みに、この「社会的共通資本としての“社会の茎”」と似たような「生体内におけるエルゴン(いわばエネルギー通貨を介した活動パワーの再配分)のメカニズム」はゲノム染色体の分配や再配分の仕事の中でも観察されることである。

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例えば「染色体の分配に関わる非コードDNAの問題」ということがある。ヒトゲノム・プロジェクトの結果、ヒトのDNAは100%解読されたとされているが、それは「30億塩基対の全ゲノムのうちで2%の部分だけのこと」で、「残り98%は非コードDNA」と呼ばれており、それらは“タンパク質をコードしていない”領域である(出典:小林武彦・東大分子細胞生物学研究所教授・箸『DNAの98%は謎』‐講談社‐/以下は、同書の解説から部分的に、関連すると思われる部分を要約した内容)。

同書によれば、この「全体の98%を占める非コードDNA」は“遺伝子の発現、DNA複製の開始”などの染色体の上で起こるイベントの全てを制御・維持する機能を担っていると理解されていたが、“タンパク質をコードしていない”という意味では、その点に関する限り殆ど役に立たない領域と見なされてきた。ところが、近年の研究で、この領域がヒトの進化・免疫・老化などの非常に多様な分野において、殆ど無尽蔵なほどの重要な役割を担っていることが理解されつつある。

よく知られた事例では「免疫グロブリンの遺伝子再編成」の問題がある。免疫グロブリンは抗体を作るタンパク質で、普通は「1種類の抗体がある特定の異物(抗原)だけを攻撃する」という“特異性”を持つ。一方、生命個体の外部から侵入する抗原の種類は殆ど無限大に近いといってもよいので、進化のプロセスでグロブリン再編成(ごく一部の小さな可変領域におけるリフォーム)の仕組みが編み出された。

ところで、新種の異物(抗原)に対処するためのグロブリン再編成の材料となるタンパク質はDNAでコードされるため、殆ど無限大に近い新種の抗原に対処するためには膨大な数のDNAが必要となるはずだ。しかし、ヒトゲノム・プロジェクトで確定したDNAの数は有限(約2.2万個)である。そこで、進化の過程で編み出されたのが「一見では何の意味も持たないDNAの墓場的な領域を設ける」という戦略であった。

つまり、その「殆ど無意味な、一見では役に立ちそうもないDNAの墓場/偽(ギ)遺伝子と呼ばれる壊れた遺伝子のリピート配列(従来はジャンク、つまりゴミと呼ばれていた)」からランダムに1つずつの材料が選ばれて、それらの組み合わせで、新しい免疫グロブリンの再編成が行なわれていることが分かったのである。

恰も、このような「全体の98%を占める非コードDNA」の巧妙(絶妙?)なメカニズムは、上で見た「社会的共通資本としての“社会の茎”」そのものだ、とさえ言えるのではなかろうか。つまり、生命モデルから得られる知見からすれば、「例えば、新古典派経済学にシッカリ取り憑いた新自由主義の如き“合理原理主義”こそ“非合理”であり、“時に備えたムダも一定の視野に入れる“限定合理”こそが、ある意味で合理的であることが分かる。

従って、このことは後述する「新たなリアル需要の創造/第4次産業革命をリアル化する新たな課題への挑戦」の問題とも必然的に関係することになる。因みに、これは殆ど余談だが、同書によれば「進化の過程でサルとヒトの違いを作ってきた」のも、この「従来はジャンク(ゴミ)と見なされていた、全体の98%を占める非コードDNA」であることが理解できる。

 

(2)“社会の茎”(社会的共通資本)における「エネルギー通貨」の考え方(新しいマクロ金融のエルゴン)

・・・そこで必須となるのが、個体内におけるリアル生命の「エネルギー通貨」の役割についての理解ということ。・・・

これまでの当記事の流れの中で、特に前節の「生命モデル」という着眼点で学んだのは、「持続するリアル生命のあり方の根本には“時に備えた一定のムダも視野に入れる“限定合理”(ヒューリスティクス)こそが、ある意味で生命個体ないしはそれが一部として成立する広義のバイオスフィア(地球環境の如く多様な生命が個々の生態連鎖である、喩えれば“入れ子”構造のような共鳴・循環・円環・交流のなかで存在するリアル世界)のため、つまりそこにある個体生命トータルの“幸せ”のためには最も合理的である”」ということではなかったのか?

特に、それは「マッハ感覚論的素材性」というリアル意識の入り口を介してこそ“幸せ”を感じられるヒトの場合は、この着眼点に気付くことが重要ではないかと思われる(関連参照/プロローグ―(3)準汎用AIの時代が意味するコト、第5章-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク)。

そして、その本格的な第4次産業革命の時代において『完全な“汎用AI”の実現を夢想する一握りのホモデウス派が、相変わらずの抽象観念的“合理性”で永遠の生命の実現をすら求めるあまり、益々、彼らがマイファースト化して新自由主義の新たな暴走ステージ』への相転換を現実化させようとする節が覗われる今だからこそ、ヒトを含む地球上の凡ゆる生命にとっても重要な意味を持つことになる。

それは、完全とは言わぬまでも、仮に『“準汎用AIロボ”の段階で新自由主義の新たな暴走ステージへの相転換』が実現してしまったとすれば、一握りの“完全電脳化”したホモデウス派にとっては、もはや多様なリアルエネルギーを必要とする生命が存在する、現在の豊かで美しい自然環境に満ちたエトノス(リアル地球環境の総体)をすら不要と見なすことになる恐れがあるからだ。

更に、ここで想起すべきは<GDPは人間の主観的・欲望的な意思(漠然とした、大まかな、従って強欲へも傾斜し得る!←補、toxandoria)を初動因とするイノベーションの計数化」だということ>である(関連参照/第2章‐(イ)「有効エネルギー(エクセルギー)、無効エネルギー、ミクロな日常生活」に見える<人間本位の経済学>の可能性)。もしそうなら、場合によっては<“狂想+強欲”の異常な意思>が彼らの<脳/精神環境>を完全支配する恐れが高まり、その結果として「とめどなく超搾取的なイノベーション創造」となることもあるだろう。

従って、“準汎用AIロボ”システムの機械的な「高度付加価値」創造が、今度は地球上の凡ゆる生命を悉く根こそぎに搾取し尽して、地球上の全生命を絶滅させる危機が迫る可能性すらあり得るだろう。無論、その真相は「ストレスが原因とされる、タコの自食行動」にも似た彼らの浅はかな愚行であるのだが!(しかも、普通に自食したタコの脚は再生するが、根元までゴッソリ食べ尽してしまうと再生が中々困難となるらしい?w)

因みに、この「カーツワイル」型のシンギュラリティ原理主義という異様な状態は安倍晋三日本会議らが夢想する“追憶のカルト”の『神国ニッポン』、あるいは米トランプ大統領の中核支持基盤であるキリスト教右派ダーウィン進化論否定/ペンス副大統領のベース基地)の『神の国』のそれに酷似している。

一方、(繰り返しになるが)マーティン・オルブロウの“社会の茎”のそもそもの定義であった「トランスナショナルな分業を巡って組織される、国家など一定の地理的な領域を持たないコミュニティ」は、今では必ずしも「コミュニティ」だけにかぎるものではなく、グローバルな地球環境という「大きな繋がりの網の中でこそ個体生命は存在し得る」という現実を保証する入れ子構造のフレーム(観念)をも意味する。

従って、恰も「エネルギー通貨をエルゴン(活力源)とする生命(or生物環境)トータルの壮大な循環モデル」内部での活動と同じく、“社会の茎”の内部でも何がしかのエルゴンを供給するものの介在が必須であり、それが中核的な交流・交換・共鳴らの諸活動を促す何らかのパワーとなり得ることになる。

そこで、注視すべきが生命活動における「エネルギー通貨」の意義ということだ。第4次産業革命の「AIロボ機械経済」がもたらす『人間の壁』(デュナミス経済化従来のマクロ経済では解決不能な『AIロボ・高度生産性』Vs『ヒト型経済の低生産性』に因る大格差(新種の巨大ワニ口)が発生すること!)/しかし、そのままでは前者と後者の価値交換が殆ど不可能という、これら二種の異質な生産性を巡るアポリア!)に因るデストピアの出現が高まりつつある今だからこそ、この観点が特に重要と思われる(関連参照/第5章-1 近づく本格的な「第4次産業革命」の時代に潜む超リスク)。

<補足1>エネルギー通貨(ATP/adenosine triphosphate)とは?

・・・以前にも述べた内容もあるが、最も重要な点なのでそれらも含め改めて説明を加えておく。・・・

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f:id:toxandoria:20190323094513j:plain・・・このATP合成酵素の画像は、https://pdbj.org/mom/72より転載。

生命進化の過程におけるポスト通過点の各フェーズ(動物or植物)内では細胞内にあるオルガネラ(organelle/ミトコンドリアら微小器官)のATPに関わる機能分担“再配置”の如く動物と植物ではATP(アデノシン酸三燐酸)の役割分担は異なるがエネルギー通貨(生命活動のためのエルゴン)の役目は共通している)、必ず個々の生命総体での帳尻合わせが行なわれているようだ。そして分子生物学者である二井將光・大阪大学名誉教授は、オルガネラとミトコンドリアについて以下のように説明する(典拠:https://www.jst.go.jp/pr/announce/19991126/index.html・・・膜に包まれた生体細胞の中にはオルガネラと呼ばれる小器官が存在する。ミトコンドリアはこのオルガネラの一つで、いわば生物のエネルギー工場である。ヒトを含めた真核生物の祖先は、荒々しい原始地球から現在のように大量の酸素を持つ地球に変わる過程でミトコンドリアと共生し、呼吸によりエネルギーを大量に獲得出来るようになったと推定される。ミトコンドリアは、呼吸によって得られる酸素と食べ物を分解して得られるプロトン(水素イオン/陽子)と電子とを反応させて、ATP(アデノシン5-三リン酸)をATP合成酵素酵素・分子モーター・イオンポンプの性質を併せ持つナノスケールのバイオ・分子境界機構https://pdbj.org/mom/72で合成する。合成されたATPは、蛋白質の合成や筋肉の動きのエネルギー源として消費される。

<補足2>個体生命(真核生物)内における「エネルギー通貨(ATP)」の基本的な働き

1 ATP(高エネルギーリン酸結合/酸無水物による酸無水結合)には2つの高エネルギーリン酸結合があるが、生体内のエネルギーとしては末端の1つが主に利用されている。ATPTPaseという酵素加水分解されADP(アデノシン二リン酸)とリン酸になり、この時にATP1モル(グラム分子)当り7.3kcalの高エネルギーが放出される。 http://y-arisa.sakura.ne.jp/link/yamadaka/animal-cell/gene/ATP-1.htm 

2 ATPに蓄えられたエネルギーが放出され、生物の緒活動、例えば蛋白質等の合成、輸送、運動、発光、発電、発熱、発音などに利用される。一度ATPがADPとリン酸に分解・消費されると直ちに呼吸代謝系(光合成、呼吸・食物/+酵素(触媒))からエネルギー供給を受け、逆反応でATPが生成される。そのためATPは生体内での通貨に喩えられ、余分が生ずるとクレアチンリン酸などで貯金される。但し、この貯金(エネルギー物質)の割合は非常に小さいので、絶えず食糧(酸素、糖質、脂肪など)の形で外部からエネルギー源が供給される。http://y-arisa.sakura.ne.jp/link/yamadaka/animal-cell/gene/ATP-1.htm

3 ATP合成酵素については未知の領域が多く、無論、ATPアーゼ(アデノシン三リン酸分解酵素)」を人工的に作ることはできないが、特に複雑極まりないF型ATPアーゼ(分子量50万以上)はほぼ全生物に共通してATP合成に用いられる普遍的な酵素であることが知られており、そこには進化の痕跡が垣間見られない。https://pdbj.org/mom/72-

<補足3>ATP研究に関するトピックス

【ATP合成酵素の原子構造の解明は程遠い!】20180917

・・・ATP合成酵素の調節の詳細を知るには、その原子構造の知識が必要である。しかし、ATP 合成酵素は、私たちを含む世界の多数の研究グループの構造解明の挑戦を、この15 年間ことごとくしりぞけてきた。/細胞のATPの消費需要と合成能力とは刻一刻変化しているが、それに応じATP合成酵素はどのように制御されているか。これが全くわかっていない。京都産業大学・総合生命科学部・教授 吉田 賢右 https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/12_kiban/ichiran_23/j-data/j77yoshida.pdf

【ATP合成酵素(分子モーター/人間の場合、ATP合成酵素ミトコンドリアの内膜にあり、水素イオンの流れでATPを作っており、その役割は発電所の仕事に喩えることができるが・・・】20180919

・・・なぜ、あらゆる生物が簡単な機構ではなく、複雑なナノモーター(ATP合成酵素の回転運動を世界で初めて観察!)を使用しているのか?は未解明である!その回転には何らかの宇宙的な普遍性があるかも!?/京都産業大学、総合生命科学部 生命システム学科 吉田賢右教授、https://www.kyoto-su.ac.jp/project/st/st11_06.html 

 

(3)「エネルギー通貨」モデルこそ「新しいマクロ金融」のエルゴン/その一例がべーシックインカム

 段階的べーシックインカムが今の日本で必須!と考えられる理由

これは前にも述べたことだが、この段階的べーシックインカム導入の狙いは<近未来において汎用・准汎用AI(純粋機械化)が創造する高度付加価値(生産性)の「ヒトの“幸せ”と未生のための有効活用」を特に「マーティン・オルブロウの“社会の茎”(socio-scapes/生命モデル社会を実現するための主柱)の観念に因る新たなマクロ経済」政策の中核、つまり社会的共通基盤の中で最もべ―シックな役割を担うべき基盤としてシッカリ取り入れるべきだというということ>である(関連参照/第3章‐マーティン・オルブロウの社会の茎/socio-scapes)。

繰り返しとなるが、より具体的にその意味することをイメージ化できるように説明すると次のとおりである(関連参照/第5章‐1:“第4次産業革命”で期待できる『ヒトの“幸せ”のためのヘゲモニー争い』の行方/マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる)。 

⇒「准汎用AIロボ(機械化経済システム)が創造する高付加価値(生産性)のデュナミス(そのままでは潜在性に止まる“准汎用AIロボ”が創造した高度生産性)を如何なるマクロ政策的な仕組みを介在させて多くの生身の人々が“幸せ”を感じられるようにリアル化するかが、つまりその意味で資本主義をどのようにネクストの方向へ相転化(ヴァージョンアップ)できるかが、非常に重要な喫緊の課題となっている。そして、そこにこそ“新しい金融インフラストラクチャ―(社会的共通資本)”としてのベーシックインカムの役割が改めて認識されることになる 

しかし、米国・カナダ・インド・イタリア・スイス・フィンランド・オランダ・ケニアウガンダなど世界各国で べーシックインカムについての「支給対象者を絞り込んだ実験」が行なわれているが(その殆どは現行の福祉・給付制度と並行して行われていると思われる)、概ねのところは財政負担の拡大等を主な理由として時期尚早との評価が出されているようだ(Cf.https://seijichishin.com/?p=4826)。

また、ベーシックインカム論の淵源の一つが、マネタリズム市場原理主義・金融資本主義を主張したミルトン・フリードマンの「負の所得税」であることから、例えば黒田バズーカ(異次元金融緩和)らのバラマキ論(マネタリズムの暴走)と同じジャンルと見なされることがあり、左右派の立場の違いを問わずベーシックインカムでは財政破綻になるだけだ!と、これを一笑に付す人々も多いようだ。

しかし、いまや周知のことであるが、「アベノミクス(“黒田バズーカ”なる妖しげな保証人付き!)の大混迷orアベさまの上げ底景気?」(ピンクGDP操作なる“日本の信用破壊工作?”のオマケ付き!苦w)のお蔭で日本の財政負担は膨らむばかりとなっている(2015年末の日本国債の発行残高は約807兆円、地方と合わせた長期債務残高は約1035兆円/財務省データ)。

そのため、内外景気動向と日本政府の今後の舵取り如何によってのことだが、次第に財政破綻リスクが高まりつつあるのが現実だ。何も手を打たずに、このままボーッと座して二つのデストピア(“アベノミクス等の失敗に因る破綻リスク”と、“汎用AIロボ機械経済に因る『人間の壁/二種生産性のミスマッチ』の出現による破綻リスク”の二つ)の来襲を待ち受けるばかりというのでは、あまりにも悲惨で無策であり、かつ無責任すぎるのではないか?

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そこで、世界各国で行なわれている べーシックインカムについての「支給対象者を絞り込んだ実験」とは全く異なる発想でベーシックインカムを提言する、井上智弘・駒沢大学経済学部准教授の箸書『人工知能と経済の未来』(文春新書)を手掛かりに、「ノモス、あるいは社会的共通資本の枢軸(“社会の茎”たる新たな金融制度の主柱)と位置付けた、その意味において全く新しい角度から発想した「ベーシックインカムの段階的導入」の可能性について考えてみる。

 なお、これも前に述べたことで繰り返しとなるが(上掲書『人工知能と経済の未来』は、このノモスについては全く取り上げていない!)、最も重要な点なのでノモスの問題について要点を以下に纏めておく(関連参照/第2章:宇沢弘文『社会的共通資本』と共鳴するH・アレント『ノモス社会論』)。 

・・・「エトノス(ethnos)とは『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となる開放系の共有観念、および風土または過去~現在~未来に渡り生存環境の微小馴化(マイクロバイオーム世界の理解など)を常に受け入れつつも、その伝統的なヒューマン・スケール個体の全体性の“持続”を最も重視する、非常にしなやかで幅が広い寛容の意識、およびその受け皿となるローカルの風土』を意味する。

・・・そして、ハンナ・アレントの「社会」から見えてくるリベラル共和主義の可能性を明確に視野に取り込むためには、ノモス(nomos)についての理解が重要なカギとなるが、そもそも最も根源的な「法」としてのノモスは古代ギリシアの社会概念であり、より古い時代には「神々と父祖伝来の伝統(現代風に言えばエトノス、つまり自然・伝統文化環境の総体である)が定めた行動規範としての「法」、あるいは同じく、そこに住む住民が平等に与えられる「ノモス法で定められた社会環境とインフラストラクチャ―の一定の分け前」を意味していた。

・・・従って、ノモス法は現代的な理解である客観的な社会規範を文章で表現した「法」の内容だけではなく、一定地域の自然環境、土地、建物、市街地、橋、道路など目に見えるモノとしての公共財(インフラ)と離れ難い存在であった。

・・・現代風に言えば、それはエトノス自然環境とも離れ難い存在であり、フーコーの“統治理性”を理解するための必須概念となる。因みに、フーコーの“統治理性”の核心は<どれほど社会理論や科学・科学技術が進歩したとしても常に国家(政府)の統治権力と市民社会の自律的運動法則(関連して、特に労働組合の“自らのレゾンデートルの再定義を伴った真の再生”が喫緊の課題となる!)は対等であるべき!とする非常に厳格な”考え方>である。

・・・そして、フーコーの視野に科学技術の未来までもが的確に入っていたことには驚かされる。ともかくも、これは“準汎用AIロボ「機械経済」の時代を目前とする今だからこそ理解できるベーシックインカムの存在理由であると言えるだろう。それは、準汎用AIロボ「機械経済」化の時代が目前であるからこそ、恰も生命界における『エネルギー通貨』の如き役割を担うことが可能なベーシックインカムの出番だ!ということである。しかも、それが大きな財政負担の重圧を伴うというのは誤解に過ぎぬことなのだ。)

・・・

 ところで、日本がこのような隘路に立たされた時であるからこそ、(1)この国難とも見るべき大混迷の真の原因の在り処の摘出、と(2)それに基づく長期展望の設定(時代潮流に不適応!と化しつつあるマクロ政策に関わる展相(相転換)の主柱の再設定)の二点が重要と思われる(無論、アベ神さま宣言?なる超常(追憶のカルト)現象が、現下の大混迷の第一義的な原因であることは言うまでもない・・・苦w)。

大きく捉えれば、(1)についてはこれまでの諸検討の結果から「産業革命以降の技術イノベーションに因る二段階の格差の発生(資本主義と技術イノベーションの宿命的関係性に因るとも言えよう!)、つまり「“供給>需要”」なるパワー(力関係)不均衡に因る「企業総利益⇔総雇用所得」の格差、ひいては「大企業雇用所得>一般企業雇用所得、なる大きな格差の発生・拡大(第一のワニ口)」および「1970年代以降の新自由主義思想のメジャー化(規制緩和原理主義と労働力の物象化フェティシズムなど)による大格差の発生・拡大トレンド(第二のワニ口)」であることが理解できた。

そして、この「二つのワニ口」(格差拡大トレンドの動力源)に加えて、愈々、準汎用AIロボがもたらす機械経済化、つまりAI活用型の高度イノベーション効果に因る「三つ目の巨大なワニ口」が予想されることになった。そのメカニズムについては「第6章‐マクロ経済学的に何もせず放置すればデストピア出現の可能性が高まる」で詳述した通りであるが、要は<「AIロボVsヒト、という二つの異質な生産性」の宿命的な断絶による絶対的大格差が発生し、ひいては資本主義そのものが成り立たなくなる(資本主義の死滅)>ということである(関連参照/第6章‐『人間の壁』(デュナミス経済化)を乗り越え、ヒトが少しでも“幸せ”に生き抜くための方向性とは?)。

 

 b 段階的べーシックインカムの設計

・・・以下は、井上智弘・駒沢大学経済学部准教授の箸書『人工知能と経済の未来』(文春新書)が提言するベーシックインカム(設計内容)の要点の転載であるが、特に留意すべき箇所には所見を加えておく。・・・

(イ)段階的べーシックインカム(月額7万円/満額目標)の対象者

給付対象:国民一人当たりとする。

・・・つまり、赤ちゃんが一人生まれたら給付の対象となるので、それは最低限度の生活支援の意味だけでなく少子化対策にもなる。

給付金額:満額の目標は月額7万円の支給とする。

・・・たしかに一気に数十万円の高額支給を行った場合はハイパーインフレの恐れがあるので、「満額の目標は7万円程度とし、月額1万円から始めて10年程度以上の時間をかけて完成する。

(ロ)財源は所得税・消費税(+富裕税創設(←補足/toxandoria))とする(月額7万円の前提で給付総額は約100兆円未満)

・・・アベノミクスの如き無定見なバズーカ異次元緩和(事実上の国債増発)によるバラマキ政策とは全く異なり(←補足/toxandoria)、その中心となる所得税については、税制改革で累進税率の改正を行う。

・・・その効果を凡よそのイメージで言えば「特別の大富豪らを除く一般の高額所得層の所得はややマイナス、中間層は,ほぼ±ゼロ、貧困層はプラス」となる。通例は消費税で特に問題となる貧困層への課税であるが、べーシックインカムでは自分が納めた税金が給付となり戻ってくるブーメラン効果が働き、その部分は各層でそれぞれに相殺される。

(ハ)福祉・各種給付との関係、純負担額のシミュレーション

・・・総体で見ると、「ベーシックインカム⇔福祉・各種給付」の調整が必至なので、事務量(費)の削減効果がある。

・・・純負担額のシミュレーション(満額7万円の場合/詳細な計算内容は省略)

  ●年収400万円(一人暮らし)の人の場合は「増税額-ベーシックインカム」=16万円となる。同条件               の 年収336万円の人では±ゼロである。つまり、年収が純負担336万円より多い人は純負担(損)が生               じ、それより少ない人には純受益(得)が生じる。しかし、336万円より多い人の全てに純負担が生じ             る 訳ではない。それが「専業主婦∔子供一人」のケースでは、max.125万円の純受益が発生する(但               し、現行児童手当らの給付はマイナスされる)。ここでも少子化ベーシックインカム対策の意義が認           められる。

(二)汎用AIロボ機械経済とべーシックインカムの親和性

・・・そこでは、おそらく汎用AIロボ機械システムでは爆発的な高度生産性が実現するので、より一層、べ              ーシックインカムの役割を発揮できることになる。

・・・(補足/toxandoria→)これらのことだけでなく、当記事の分析で判明したとおり「準汎用AIロボ機械経済による人間社会のデストピア化を回避するため、愈々、そこで行き詰まる可能性が高い資本主義をどのようにして多くの人々が“幸せ”を感じる方向へ相転化(ヴァージョンアップ)できるか?が非常に重要な喫緊の課題となっており、そこにこそ“新しい金融インフラストラクチャ―(社会的共通資本=社会の茎の中枢となる新たなマクロ金融基盤)”としてベーシックインカムを導入する重要な意義が改めて認識される。

社会福祉の再設計(段階的べーシックインカム導入の補完)

・・・それは、“社会の茎”(新しい金融の柱)をベースとする社会福祉の再設計ということ。つまり、段階的べーシックインカムと従来型の社会福祉の“相互補完的な役割の再設計が必要になる”ということ。適切に実行されれば、社会福祉予算はムリなくダイエットできると思われる。・・・

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井手英策・慶大教授(財政学)は、著書「経済の時代の終焉」(岩波書店)のなかで、バブル崩壊後の1990年代後半から「小さな政府・規制緩和」万能主義なる新自由主義(似非イデオローグ/“相互扶助・分配・共助”蔑視観を持つ)が本格的に国民の心の奥に深く浸透し、特に多数派層の精神面が変質した(それに洗脳されてしまった)ことが、今に続く混迷の根本原因であると指摘して、以下のように続ける。

・・・ところで、プラザ合意(1985/協調介入名目の対日『円高・ドル安誘導の強制、米国際収支改善が目的』/バブルの遠因?)後の約30年の間に米国が新自由主義の受け入れ圧力を日本へより強め続けてきた訳だが、そもそもその間にこそ日本政府は、対米追従だけでなく、自律的意思に基づき「相互扶助・分配・共助をベースとする財政力強化の国家理念」を、しぶとく構築すべきであった。・・・

・・・それどころか、前川レポート以降に内需拡大策として強化された土建型国家政策(地方交付税生活保護、貯蓄率向上効果等に資するという意味では地方傾斜型の分配に一定の有意性(高い成長を期待しつつ個々人が高い貯蓄率で病気や老後へ備える意味)があった)と、それに付随して設計された肝心の福祉基盤を維持する財政が根こそぎ激しい批判に曝され(それは主に中間層の錯覚であったが)、かつ苛烈な格差拡大が、そして新自由主義政策が一貫して強化されてきたため、徒に財政赤字だけが積み上がり、肝心の福祉部分(相互扶助・分配・共助)がより一層貧相化する惨状と化し、結果的に殆どの国民層が将来不安に怯えるというアベノミクスのジレンマに嵌っている訳だ。・・・

そこで、安倍政権下でアナクロ二ズム(追憶のカルト)とネオリベラリズム(新自由主義)が癒着した複雑骨折症状という政治・経済・財政的な奇病を罹患」してしまった日本の近未来の救済のため、井手英策氏は『以下』のことを提言する。

・・・『成長(GDP年次比)は、只の集団ではなく信用(人々↔人々、国↔人々、国↔地方自治体の繋がりを“よすが”とする)を基に統合された人々(国民)の日常生活活動の結果と見なすべきであるので、財政のそもそもの最重要な機能であった相互扶助(互酬/集団パターンに応じた相互扶助、助け合い)・再分配(徴税上の応能負担・応分負担の均衡を図り、全体の公正を期すための中央の決定によるメンバーへの再配分)の仕組みを再構築すべきである。市場機能である交換は、これら財政の規模と適正バランスを保ちつつ伸縮すべきであり、似非イデオローグ新自由主義が言う小さな政府が成長を促すは決定的な誤りである。従って、日本政府(安倍政権)は信用をゼロから構築し直せるように発想を180°転換すべきである!但し、そのやり直しが許される時間はあまり多くは残されていないので、ここ5~10年位が勝負である。』 ← 近年、進化経済学等の最先端フィールドでのAIによるビッグデータ解析から「利他心>利己心」の有意・有効性が証明・理解されており、この観点からも井出氏の提言の正しさが裏付けられる!(補足、toxandoria)

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 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1099848047691878400

 共同体の力の再発見で国家財政と社会福祉、そして国家の信用を再構築しようとする井手英策・慶大教授のこの考え方は非常に重要であるが、第4次産業革命のエンジンたるAIロボ「機械経済」と、その高度生産性の現実化で「新マクロ経済・BI型金融」等への展相が必然であることを踏まえて、例えば、そのBI型金融と福祉・給付等の分担・補完関係の見直しと再設計に取り組むことが急務となる。

なお、「リベラルな社会 共同体の力で/生活のニーズ 満たす政治を」(20190225朝日)、の中で井出栄作は「富山=北欧論」を説いているが(https://www.asahi.com/articles/DA3S13908426.html)

アベさまの復古主義(追憶のカルト)を連想させる旧来の共同体ではなく、ノモスとエトノス(宇沢弘文の社会的共通資本に繋がる)に由来する「リベラル共和」を構想し、その実現を目指すべきであろう。(関連参照:第3宇沢弘文「社会的共通資本」から学ぶ、自由原理主義(金融市場原理主義/サプライサイド論)の根本的誤謬の在り処

 
(エピローグ)「新マクロ経済」周辺、アラカルト

・・・「新マクロ経済」への展相については、より広く多様な観点からその方向性を強力に補完するべきと考えられるが、その内容についての詳細は、又の機会へ譲ることとする。(但し、(3)だけは、内容を詳しく書いた)それらの中でも特に重要と思われるものについて、以下に項目(+参考画像)程度の内容だけを列挙しておく。・・・

 

(1) 内外「金融」の「グローバル基準(信用構築)」への積極的な関与・・・日本の経済力、信用の名残があるうちに内外「金融」の「グローバル基準(信用構築)」への積極的な関与が必要である。例えば「消費者余剰/consumer’s surplus」(消費者が得をしたと感じられる程度を示す金額)の問題がある。ここから、現行GDPとは全く次元が異なる新たな生産性指標を創るというアイデアが生まれる可能性(これは、別種の展相の経済!)がある。・・・

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1090515162841341952 https://twitter.com/shinkaikaba/status/1101289571327696897

・・・しかし、この場合に問題(仮にそれをCSPと名付けておく)となるのは“端的に言えば、主にヒトの生命維持(衣食住など)に関わる価値がベースとなってきた従来のGDPとCSP(消費者余剰に因る)の違いが、恰も“AIロボ・デュミナス高度生産性Vsヒト傾斜型生産性(現行GDP)”の差異に対応するように見えることだ(無論、これら両者はヒト(ヒト社会)の存在を無視すれば無意味化する!)。

・・・いずれにせよ近未来においては、このような意味で異なる次元の経済指標を何らかの仲介システムを通し交換する必要に迫られるはずだ。しかし、それがあくまでもヒトのために必須のものであり続けるための最低条件は、矢張り「信用」である。

・・・従って、日本政府が重視すべきは、このような新時代の動向を十分に見据えつつ、CSPなどに関わる展相“世界金融”システム構築に貢献すべく、例えばブロック・チェーン暗号技術らの研究・開発・応用等の分野でもFSB(Financial Stability Board)ら世界機関への関りを強化すべきである。

・・・総日本人が国民主権啓蒙主義レベルから更に一歩を踏み出したフーコー統治論、いわばリベラル共和が意味すること)を忘れ去っている(というより、そのことへ無関心である!)のをよいことに、「アベさまの倒置国家」ご謹製の禁じ手(“追憶のカルト”に因る無気味かつ異様な亡霊『首相補佐官』らが閣内外を日々に徘徊・跋扈する人治・人柱強制国家?)、つまり「ピンクGDP嵩上げ」工作への翼賛・忖度を全ての善良な日本国民へ強制することにうつつを抜かす暇などないはずである。w

   

(2)第4次産業革命をリアル化する新たな課題への挑戦:新たなリアル需要の創造/AIロボが不得手な仕事の分野とは?

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f:id:toxandoria:20190301071344j:plain・・・当画像は↓◆より転載

・・・<A・シュッツ『日常性の社会学』、ラワース『生物モデル/ドーナツ経済』(バイオインフォマティクス関連)、EU『デカップリング→定常経済のエンテレケイア』+etwas の発見/機械経済化時代における新たな雇用創造の可能性。それは、多数派の人々の“幸せ”のための新たなリアル需要の創造ということ(/↓Cf.◆1~4))。

・・・ヒントは「98%を占める非コード化DNA」の問題/それは、「a新たな技術創造イノベーショ」および「b新旧両技術の“肩ぐるま効果”+etwas(多様な社会・人間ネットワーク関係の助長に因る新たな価値創造の効果)」ということ。・・・文化経済学の課題もある!)

 ◆1遺伝子・タンパク質系ダイナミクス非線形システム的理解(バイオインフォマティクスhttp://lifesciencedb.jp/houkoku/pdf/001/d010.pdf 

◆2ジャニン・ベニュス の“バイオ・ミミクリー(生物模倣)”による新たな都市構想『惜しみなく与える都市』(出展:ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』、 https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.htmlhttps://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 ◆3『オープン・ソース循環型経済OSCE)』の全世界的展開/OSCEdays・Mission・Statement What is Open Source Circular Economy’?(出典:ケイト・ラワース『同上』https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.html https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

◆4フィリップス#オランダ・アムステルダムに本拠を置く多国籍企業)による、#循環型社会の実現への貢献を意識したコンセプト https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

 

(3)ヒトを“幸せ”にする経済を創るためのヒントは「みえないこと」を見るということ

・・・宇沢弘文「社会的共通資本」を近未来の日本で十分に生かすためのヒント。換言すれば、それは「権力にはベクトルがある」という民主主義の多数決原理についての考察である。・・・・

一般的には全体の意思と見なされる多数決で決まった事柄は、絶対的に正しいのだろうか?アベ“チェリー・ピンク病”を駆逐するためのヒントの一つが、アクセル・ホネット(Axel Honneth/1949 - )の「権力」に関わるエピステモロジー(認知理論)の中の“承認論”にあるように思われる。なお、広義で言えば、この「みえないこと」は間主観性フッサール用語で言えば相互主観性)の謂いである。

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欧米で活躍するフランクフルト学派の第3世代と見るべきドイツ出身の哲学者であるアクセル・ホネットは、著書『見えないこと』(叢書ウニベルシタス)の中で、「想像を超える、自己内部の多様性」についての気付き(見えるようになること)があってこそ、客体として広く外部世界(社会)に存在する人々の姿が開放された双方の眼差しでリアルに見えるようになる。」と言っている。 

つまり、それは「先ず、そのような意味で普通は見えていない“想像を超える自己内部の多様性”が見えるようになること」が、社会における人々の相互主体性の第一の入り口だということになる。そして、多数決でそれを決めることを提案した何らかの権力サイド(内閣提案にせよ、議会提案にせよ)の意思、つまり一般的に言うところの「権力」にはベクトルがあると、ホネットは言う

更に、その提案を承認(に賛成)するということには、外見上は同じ賛成に見えるとしても、実は内容的にはそれを「(1)自分の属性(それに関わる観念)を相手に付与する行いと理解するか?」、あるいは「(2)真逆に、相手(この場合は権力側)の属性を受容するだけの行いと理解するか?」の違いがあるということが、そのベクトルの意味である 

従って、現代の民主主義国では<仮に多数決で決まった内容(事案)であったとしても、内容的にはこの意味でのベクトルが全て一致したものとは見ない(内容的には、それを正確に特定できない)>ということが、常識となっている

だからこそ、日本の安倍政権のように強行採決を多発したり、厳しい批判の「対象とされる事柄や自らの失策について、“丁寧に説明する”という形だけのフレーズで誤魔化し通すのは、民主主義を全く知らないか、敢えてそれを無視する輩の行為であることになる。

無論、それを承知でそのような横暴を繰り返すのは確信犯的な政治の暴政であり、関連する法制が整っていれば、例えば米国のトランプ大統領の如く弾劾の可能性もあり得ることになる。が、日本の場合はそれだけではなく、彼の由々しき「忖度」の問題がある。

そして、日本の場合の官僚らによる安倍政権に対する過剰な「忖度」は、上で見たホネットの二つのベクトルの内で、たとえ民主主義ルールでの決定であるとしても、結果的にそれは「(2)相手側(この場合は権力側)の属性を受容するだけの行いと理解する」のが絶対正しいと官僚らが確信していることなので、今の日本では欧米諸国流の民主主義が全く機能していないことになる

因みに、日本が何故にかくの如き異常な民主主義となっているかについて、その淵源を辿ってみると、実はそれが<「明治期の寺銭(任侠)政党」時代の官憲(今で言う官邸ポリス)および与党政党と任侠・マル暴(暴力組織等)との構造的癒着」>という、実に驚くべき復元ポイントまで現代日本をセットバックさせようとする政権側の戦略の一環である可能性が非常に高いことが見えてくる(関連参照⇒https://www.evernote.com/shard/s440/sh/b2a5a0aa-4241-48e7-b530-7fd970f160b4/cc8da668e2c69ca94a4a04467944ae0c)。

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関連する問題はそれだけではない。カール・ポランニー『市場社会と人間の自由』(大月書店)によると、ポランニー(Karl Polanyi/1886 – 1964/ウィーン出身の経済学・経済人類学者)は、既に1950年代において「経済至上主義と自己目的化し(本来の目的が忘れられ)易い科学技術“信仰”」が、地球上における人間の日常生活の存在そのものを脅かすようになる、特にその意味で科学技術は権力と結びつき易い!」と警告を発していた。

その後の東西冷戦時代~今に至る「原爆等&原子力発電」の暴走化とフクシマ311過酷原発事故、そして日本の「国策原発政策」の完全デッドロックと、その裏腹の現象である「事実上の“核武装化」(長崎型原発6000発相当分のプルトニウム保有!)という恐るべき現実になっているのは周知の通りである。

同じく、同書によればポランニーは、市場原理主義の始祖と見るべきハイエクと「知的対立の出発点」としての「ウイーン時代」を共有していた。そして、奇しくも両者は全く同年(1944)に、ともに資本主義的市場経済における自由の問題を提起した重要な著書、『隷属への道』(ハイエク)と『大転換』(ポランニー)を米国で出版している。そして、これも稀な出来事と言えるが、彼の宇沢弘文は米国におけるシカゴでの研究生活の時代をミルトン・フリードマンとほぼ共有している

そして、周知のとおりであるが、今や世界は「ハイエク~R.ルーカス~」の時代を経て市場原理主義ネオリベラリズム)の誤謬と限界が露わとなってきており(大格差問題のアポリア化!)、逸早くこの問題点を摘出・指摘しつつ「社会的共通資本」の考え方が必須であることを提言したのが宇沢弘文であった。(関連参照/第3章-ロ-宇沢弘文による“新自由主義ネオリベラリズム/先鋭的マネタリズム)の誤謬”の摘出)

従って、汎用AIロボ「デュナミス機械経済」の時代を目前として、資本主義を持続させるために必須の「機械デュナミス経済(潜在的な高付加価値)」化への備えの最低限の条件(一般多数派の国民層の日常生活における“幸せ”のためとの観点からすれば、これは絶対必要条件!)たる、「社会的共通資本」としての新たなマクロ経済・金融(段階的BIの導入、ほか)への「展相」の必然性に気づきもせず、只管、お仲間益のため、アクセル・ホネットが指摘する民主主義の基本を完全に無視し、それどころか民主制度そのものの破壊に勤しむ安倍政権の存在そのものが今や日本の超リスクであり、かつ噴飯ものである。

  

(4)・・・マクダウエル的「倫理観」、自律的「個人主義」、唯識的エナクティヴィズム(↓Cf.★)の尊重

・・・常に「過去の総体と“見えないこと”(↑アクセル・ホネット)」を持続的に省察しつつそれを捉え理解し直(諸観念を再配置)すべき!とするマクダウエル(orガダマー/これは歴史観の問題であるが・・・)的な意味でのリアリズム「倫理」と自律的「個人主義」の尊<第4次産業革命なる「生物モデル経済」(ヒューリスティクス/限定合理主義)の時代>であるからこそ必須と考えられる! 特に「明治維新」以降の日本の庶民層が伝統「構造災」の自覚に欠けるのは、このような意味での倫理観と個人主義の意識に関わる自覚が欠けていることに因る。・・・(完)

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★ 【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/12/17/044810

  

(エピローグ追記/日本の若い天文学者あるいは一般若者層らが“アベ政権支持”へ靡く風潮は日本人の生命力劣化の現れではないか?)20190317

 

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1107012097718665217

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1106982972727541760

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https://twitter.com/shinkaikaba/status/1106986170573946881

若い日本の天文学者たちの目先の実利へ傾斜する考え方(↑◆)は『アベさまのGDP嵩上げ操作』なる愚行へ彼らが翼賛的に接近しつつある証にすら見える。又、それは先端科学の精華であるはずのGAFAが、自らの搾取構造を隠蔽しつつ短絡的な儲け主義へ傾斜してきた姿に近いとも言えるだろう。

天文学は軍事利用せず”だが「防衛省が研究資金」反対54%も若い世代は逆転/20代と30代では賛成が反対を上回った316NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190316/k10011851121000.html

 <注>GAFAとは?(経済・金融用語辞典より部分転載)← その最大の特徴は<殆んど一方的な個人情報独占収集力>を持つこと、および<専らAI‐IOTロボ機械化経済によるデュナミス高度生産性>をもたすことである(補足、toxandoria)https://www.ifinance.ne.jp/glossary/stock/sto273.html

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・・・世界的に個人データを圧倒的な規模で集めている勝ち組企業のこと。これは検索エンジンクラウドなどを提供するGoogle、デジタルデバイスiPhoneiPadMac他)やソフトウェアなどを提供するAppleソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を提供するFacebook、世界最大のネット通販(電子商取引)を運営するAmazon.comの4社の頭文字をつないだ呼称(造語)となっている。(以下、省略)

・・・

 因みに、GAFAの搾取構造とは<AI‐IOTロボ機械化経済>が宿命的にもたらすことになる、そのままではヒトの社会でリアル化できず、あくまでも潜在性に止まる『デュナミス高度生産性』のことだ。換言すれば、それは地球型環境内における生命体の一部としてのヒトにとっては、あくまでも潜在的な可能性に過ぎない高度生産性だということである。

直感的に理解し易くなるように言えば、<AI‐IOTロボ機械化経済>の本格化で『デュナミス高度生産性』が異常に高まることは、いわば数パーセントの勝ち組(GAFAら)が、余りにも過剰にヒトの血液を吸い上げ続けるため、地球資源環境とのバランスが崩れ、残余の多数派層の人々の血液組成が劣化して人間社会が総貧血状態に嵌るようなものである。

又、このGAFAらよりも更に悪質な『アベさまのGDP嵩上げ操作』の愚行が意味するのは、同じくそれが御仲間ら数パーセントの勝ち組のため日本人の血液を一気に水で薄めるか、あるいは国策の『ニセ金作り』の犯罪のようなものだということである。

 因みに地球資源の有効利用で市場経済社会主義の何れが有利か?について 取り組んだのが、当記事の中でも触れたランゲ・モデルによる社会主義経済計算論争の決着という仕事のことだ。しかし、ポーランドが生んだ偉大な経済学者であるオスカル・ランゲと雖も、流石に『アベさまのGDP嵩上げ操作』の如くヒトの血液を薄めたり、あるいは身体トータルの血液循環を水浸しにすることまでは想定外であっただろう。w

ともかくも天文学の研究に携わる若い研究者たちの多くが、あるいは一般日本人の若年層の多くが、このような意味で短絡的にしか地球の自然環境の意味を考えることができず、「アベさま現象」、あるいは 「GAFA現象」的な意味で狭隘な視野のマイファーストを支持するのは危機的である。それは、例えば下◆の如きヘイト・クライムの悲劇にも直結する懸念があるからだ。

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 ◆NZ銃撃、白人至上主義に傾倒か 「主犯」の男、銃5丁所持2019.3.16産経https://www.sankei.com/world/news/190316/wor1903160026-.html

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1107006671014944769

 

 

【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】 幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

【“晩秋”の南都に漂う身体化された心(唯識的エナクティヴィズム)の風景】幼生期(古墳~奈良時代)列島の住人は現代と異なり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

 

 (Cover Images

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(プロローグ)南都“晩秋”、日本人の身体化された心(エナクティヴィズム)の原風景

 <注1>身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)とは?

・・・これは仏教の唯識(知)に接近しているとも言えそうである。唯識論では、現世の事物と現象は客体の実在に非ず心の根源である阿頼耶識(あらやしき/8つの意識の最深層に位置する無意識)が展開し生じたものと理解する。これは法相宗の根本となっている。・・・

・・・生存の限界に直面した生命が新たな適応力を展開し得る条件は何か?に関わる現象学的な方法論(別に言うなら、フッサール“相互主観性=間主観性、共同主観性”の本格的な復権)を探るごく新しい概念。特に、ダン・ザハヴィが「現象学の自然化」(アバウトに言えば、コンシリエンス(“人文・社会知”と“自然科学知、特に神経生理学”の融合/実在論と観念論の中間の道)の研究で此のenactivismを重視しており、新たな認知理論の地平の展開が期待される(委細は、注5で後述)。

 <注2>今の日本は内向化した“茹でガエル”状態であり「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」が若い年代を中心に多くなっている!(参照、添付画像)

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            f:id:toxandoria:20181216055706j:plain

・・・20181207寺島実郎 「未来先見塾」は、<株高トレンドを除き日本経済は着実に悪い方へ向かっており不安はあるものの、外国人受入・財政・社会福祉など社会・経済・財政等に関わる重い政策的な課題や社会問題には関わりたくなく、今の生活が程々に満たされれば政府の指示に従って何も面倒なことは考えず生きてゆきたい!という「常温嗜好でイマ・ココ・ワタシに向かう生活者」という一般の日本人の心の恐るべき実像が読み取れる!>と分析している。つまり、コレは<今の日本では、「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」が多くなっている>ことの何よりの証拠であろう。しかも、ギャラップ調査によれば、このような意味での「国民の消極的傾向」は「139カ国中で132位!」と最悪である!

関連で要参照!【20181207「未来先見塾」動画】☞ https://vod.bs11.jp/video/insideout-miraisenkenjyuku/20181207/ 

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【しかも、直近のギャラップ調査の結果には、“現実逃避(無関心への逃げ=“空虚感を抱えたイエスマン”なる“イマ風で格好が良い”?)の生き方を選ぶ日本人(一般国民)の悪しき傾向”が特に若者層を中心に現れている!】

・・・矢張り、実に恐るべきことだが、今や我われ日本国民は、社会現象学者A・シュッツが指摘する、あの<たしかな未来へ向かう“もう一つの緩やかな時間と豊潤な日常生活”>の再発見とは全く真逆ベクトルの途を歩みつつあるようだ。戦後期の政治学者・橋川文三がかつて鋭く抉り出した<戦前・戦中期の異常アイロニー(内外の憎むべき敵対勢力と国賊探し、そして“やんごとなき安倍晋三日本会議”サマら超然権力の御意向のままに現実逃避(無関心への逃げ/“空虚感を抱えたイエスマン”化(森達也氏、内田 樹氏)なる“イマ風で格好が良い”?生き方/↓♨)が只管拡散するバカリのプロセス>を取り戻し、あの大敗戦と総国民玉砕への途という“美しい?虚構の生き甲斐”プロセスを再現するという、実に悲惨な日常の最中にあるようだ。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

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 ♨  ギデンズ、ニューエン両氏の指摘は慧眼!気懸りは青年らの意識が欧米と日本(空虚感抱えたイエスマン)で真逆なこと!日本はアベ&政官財トップの<背中>の上書きで満足なのか?w ☞(耕論)蒸発する欧州の「中道」 アンソニー・ギデンズさん、クリストフ・ニューエンさん1208朝日https://twitter.com/shinkaikaba/status/1072037253440913408

 

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・・・以下は、「南都“晩秋”の風景、アラカルト/大安寺、新薬師寺元興寺高円山百毫寺、正暦寺弘仁寺」・・・

f:id:toxandoria:20181216074226j:plain f:id:toxandoria:20181216074656j:plain(『十一面観音立像』重要文化財奈良時代の像は大安寺HPより)

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大安寺(だいあんじ/真言宗

・・・日本最古の寺院の一つで、東大寺西大寺と並び南大寺と称されるほど偉容を誇った大安寺の創建は、聖徳太子大和国平群郡額田部(奈良県生駒郡大和郡山あたり)に建てた「熊凝精舎」(くまごりしょうじゃ/http://www.geocities.jp/watsns/box2/gakuanzi.html

)まで遡る。その後、639年に舒明天皇がその精舎を百済川河畔に移し「百済大寺」とし、更に天武天皇2年(673)に高市郡に移され「高市大寺」となったが、次いでそれは677年に天武天皇により「大官大寺」と改称された。

・・・やがて、再びそれは霊亀2年(716)に平城京に移され新伽藍が建設された。唐から帰国し律師〈僧尼を統轄する官職〉となった道慈が(移転と)造営の役を担った「大安寺」は、三論宗の道場となり学問寺として隆盛し、奈良時代には国の筆頭寺院となり約900人もの学僧(多くの渡来系学僧がおり、古代中国語、古代半島系言語(百済新羅高句麗語)等も使用されていたらしい)を擁す、奈良仏教アカデミズム(特に古密教の/委細、後述)の中心となっていた。

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(木造薬師如来坐像の画像は新薬師寺HPより)

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薬師寺しんやくしじ/華厳宗

・・・新薬師寺は、天平19年(747)に聖武天皇の病気平癒を祈願する光明皇后春日山の南に続く高円山聖武天皇離宮があった場所)の麓で創建した。天平勝宝3年に聖武上皇のための続命法(病人を救うため薬師如来に祈ること)が新薬師寺で行われたあと、同4年(752)に東大寺大仏開眼供養が行われた。

・・・奈良時代は南都十大寺の1つであったが、平安時代以降は規模が縮小した。国宝の本堂や奈良時代十二神将像をはじめ多くの文化財が伝わる。本堂(奈良時代)、木造薬師如来坐像法華経(白点本)8巻、塑造十二神将立像(宮毘羅大将像を除く)(所在本堂)が国宝である。

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元興寺(がんごうじ/中院町にある元興寺極楽坊と称していた西大寺の末寺で宗派は真言律宗

・・・蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺飛鳥寺)が、平城京内に移転した寺院(法興寺も飛鳥の地に残り、それが現在の飛鳥寺)。この元興寺極楽坊の他に奈良市芝新屋町所在の元興寺東大寺の末寺で宗派は華厳宗)も存在したが、現在は1935年頃再建された小堂が建つのみである。

・・・本堂(附:厨子及び仏壇、棟札(寛元2年))、禅室および五重小塔(収蔵庫に安置/奈良時代)が国宝。東門、著色智光曼荼羅図(板絵)(附:絹本著色智光曼荼羅図)、木造阿弥陀如来坐像などの重要文化財(国指定)があるが、著色智光曼荼羅図は日本で最古の曼陀羅図とされる。また、本堂の屋根瓦の一部は飛鳥時代の古式瓦が使われている(画像は、本尊・知光曼陀羅奈良時代)の裏にある複製)。

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 高円山百毫寺(たかまどのやまびゃくごうじ/真言律宗

・・・百毫寺は、奈良市の東部にある山なみ、若草山春日山に続く高円山の麓あたりに建つ。一説では、この地にはかつて天智天皇の第七皇子・志賀皇子の離宮があり、その山荘を後に寺としたとされる(天智天皇勅願寺の説もある)。今は、約100段の石段を上り詰めると、眼下に奈良の町が、そしてその遥か向こうには信貴山生駒山などの山々を見渡すことができる。

・・・鎌倉時代に大宗一切経の摺本がこの寺に伝わってからは、一切経寺とも呼ばれた。宝蔵に安置する本尊の阿弥陀如来坐像や閻魔王坐像らは国の重要文化財指定。因みに、白毫は仏の眉間にある白い巻毛のこと。五色椿(奈良県指定天然記念物)は東大寺開山堂の糊こぼし、伝香寺の散り椿と共に奈良三名椿の一つとされている。

 

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正暦寺(しょうりゃくじ/菩提山真言宗大本山))

・・・正暦寺は、992(正暦3)年に一条天皇の勅命を受け兼俊僧正によって創建され、創建当初は、堂塔・伽藍を中心に86坊の塔頭が渓流を挟んで建ち並び勅願寺としての威容を誇っていた。が、平重衡の南都焼き討ちの時にその類焼を受けて全山が全焼し、寺領は没収され一時は廃墟と化した。

・・・1218年には興福寺一乗院大乗院住職信円僧正が、法相宗の学問所として再興し、再び、昔に勝る隆盛を極めた。江戸時代以降は衰退し、殆どの堂塔・伽藍は失われ、今は福寿院客殿と本堂・鐘楼を残すのみとなっている。当地(奈良市菩提山町)は奈良市街から東方へ約8㎞の近さながら、深山幽谷の如き趣がある。

・・・因みに、古くから正暦寺では荘園米で「僧坊酒」が作られており、当寺院は日本酒発祥地の一つとされる。しかし、そもそも当寺院の清酒(日本酒)づくりは中国系僧侶が紹興酒の製法を伝えたことから始まったとされる(紹興酒(黄酒/老酒は長期熟成したもの)と日本酒の製法は基本的にほぼ同様だが使う酵母に違いがある)。

 

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弘仁寺(高野山真言宗

・・・正暦寺から比較的近い立地(奈良市虚空蔵町)にある弘仁寺は、弘仁5年(814年)に嵯峨天皇の勅願で空海が創建したと伝えられる。空海は自ら彫った虚空蔵菩薩像(本尊/国宝・文化財には未指定)として安置したとされる。また別に、小野篁を創建者とする説もある。元亀3年(1572年)に松永久秀の兵火で伽藍の大部分が焼失たが、寛永6年(1629年)に宗全が再興した。

・・・注目すべきは、弘仁寺の近傍に今も地名が残る和爾(わに)氏、小野氏、春日氏、大宅氏、柿本氏などの古代氏族が弘仁寺の周辺山麓に本拠を占めていたことで、彼らの殆どは渡来系の古い氏族である可能性が高い。また、これら氏族の中でも小野氏が山口寺願興寺(廃寺)と共に弘仁寺を建てた可能性が高くなっている。因みに、讃岐国多度郡屏風浦香川県善通寺市)で生まれた空海は郡司・佐伯直田公(さえきのたぎみ/母は阿刀氏)の子であるが、佐伯氏も阿刀氏も古い渡来系氏族であり、多度郡屏風浦辺りには渡来(中国)系の氏族が多く集住し、そこでは古代中国語も併用されていたとの説もある。

 

 日本人の身体化された心(エナクティヴィズム)の胎盤/そもそも黎明(古墳~奈良)期「列島」の住人は「自分と違う存在を見ようとせぬ人々」ではなかった!

 (渡来系文化との繋がり1/天武・持統・聖武天皇の仏教『鎮護国家』政策の“源流”)

  そもそも、7世紀後半の天武・持統天皇の時代の大官大寺薬師寺などの造営の背景にも鎮護国家の性格があったが、それが本格化するのは奈良時代聖武天皇の時代(724~749年)である。その理由となったのが、大飢饉・疫病の流行と戦乱による社会不安の増大である。つまり、それらの災いと不幸がもたらす不安を仏教の力、特に密教の呪術的な力によって鎮め,国家を安定させようとした訳だ。

  そして、その聖武天皇東大寺盧舎那仏国分寺・同尼寺、大安寺らの建設は、中国(唐の時代)の一時期に君臨した則天武后(唐・高宗の皇后であった中国史上で唯一の女帝)が統治した国家、周(or武周:都=洛陽、690~705/飛鳥時代末の持統・文武・元明期にほぼ重なる)の「仏教の呪術的要素、特に“密教”を活用する鎮護国家」という古代イデオローグの大きな影響を受けたものと考えられる。

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 中国には、今も洛陽市の郊外にある「龍門洞(石)窟」で最大規模を誇る寺院、奉先寺(ほうせんじ)の「奉先寺大仏」(盧舎那大像龕)が現存しており、これが東大寺盧舎那仏のモデルになったと考えられる(画像は、元神戸山手大学教授・河上邦彦/連載コラム『中国における日本文化の源流』、http://withinc.kobe-yamate.ac.jp/univ/course/kawakami/episode_08.shtmlより)。

 

(渡来系文化との繋がり2/“古密教”の伝来)

  一般に、日本「密教」の始まりは唐から帰国した伝教大師最澄が伝えたもの(天台宗が取り入れた台密)とされており、それが本格的に日本へ紹介されたのは唐の密教の拠点「青龍寺」に学んだ弘法大師空海が806年に日本に帰国してから伝えたもの(東寺に由来する東密)であるとされているが、これらは密教成立史の概念で言えば密教として宗派を形成するようになる中期密教である。

  一方、既に中国では唐・太宗(李世民)の時代、つまり玄奘三蔵(602 – 664)が活躍した頃から密教が無視できぬ存在となっており、その時期から初唐の終わりまで(唐初の618年から玄宗・即位の前年(712)に至る約100年)の間に「密教」経典(初期密教)の殆どがサンスクリットから漢訳(当時の中国語へ翻訳)されていた。

  そして、それらの約1/4に相当する130余部に及ぶ初期の密教経典は、飛鳥時代にほぼ重なる時期に、つまり聖徳太子が摂政になった推古天皇元年(593)から藤原京への遷都が完了する持統天皇8年(694)にかけての間に列島へ渡来していたと考えられる。そして、一般に、この初期密教は雑密または古密教と呼ばれてきた。

  但し、奈良時代密教の流布形態や、これらの経典の具体的な招来者・招来僧については「続日本記」などの正史に記載がないため殆ど分かっていない。しかし、幸いにも『正倉院文書』(関連参照/↓◆)の中に極めて多くの写経名が記されていたため、専門家の調査と研究によってそのかなりの内容が分かってきており、それが上で述べた130余部の密経典に該当する。

 ◆正倉院文書を調べる/国立国会図書館https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-735.php

  そもそも雑密とも呼ばれてきた古密教は「論、法相、成実、俱舎、華厳、律」の諸宗派とは異なり、未だ一つの宗派をなすものとしては取り扱われず、主に仏教の呪術的(実用効果的、現世利益的)な受容の役割を分担していたと思われる。そのため、飛鳥時代奈良時代の初め頃にかけての古密教の受容は、様々な古来の土着的な呪術宗教とも融合しつつ列島に拡がっていたと思われる。

  既述のとおり、天武・持統期以降の仏教受容の仕方は中国・周(則天武后)の「鎮護国家思想」の影響を大きく受けることとなったため、本格的に密教の呪術性(呪術効果への期待)が国策たる「仏教イデオローグ/鎮護国家」の中心と見なされるようになった訳だが、このような奈良期「古密教」(及び仏教)の受容史の中で特に重要なのが奈良・大安寺の「(高市郡(飛鳥)の大官大寺からの)移転と造営」で力を振るった道慈(?-744)である。

  三論宗の僧であった道慈の俗姓は額田(部)だが、この額田(部)氏は渡来(技術者)系の可能性が高いとされる氏族である。唐の西明寺で三論を学び、仁王般若経を講ずる高僧100人の内の一人に選ばれたとされる道慈は、養老2年(718)に遣唐使船で帰朝するとすぐに律師〈僧尼を統轄する官職〉に任じられ、大安寺の造営に力を振るっている。

  その後、国の筆頭寺院となった大安寺は約900人もの学僧が集まる奈良仏教アカデミズム(古密教系の)の中心となった。そこには多くの碩学と学僧が集中しており古代中国語、古代半島系言語(百済新羅高句麗語)等も使用されていたことが窺われ、その意味で大安寺は“渡来僧”らを含む内外の俊秀を集めた佛教大学アカデミズムの様相を呈していたと考えられる。そのため、平安遷都後も大安寺には天長6年(829)に空海別当〈寺務統轄者〉となり着任している。

  つまり、そのような訳で奈良時代・後半期の「大安寺の最盛期」は空海最澄らが平安期に入ってから本格的な中期密教の成立を実現するための文字通りの胎盤あるいは揺籃期であり、更に、見逃すべきでないのは、そこで非常に活発な「語学教育も含む東アジア漢字文化圏」における先端的な学術交流活動が実現していたということだ。

 そもそも、更に時代を遡りつつ古墳~飛鳥~奈良~平安初期の内外交流関係史を概観すると、~仁徳天皇期(5世紀初頭?)には、すでに半島・中国文化が盛んに渡来しており、難波宮(元飛鳥)の頃から仁徳天皇陵百舌鳥古墳群)を中心に阪南・難波~堺~斑鳩~飛鳥あたりに点在する非常に多くの未検証の遺跡等の調査が進めば、その頃から奈良・平安初期にかけての時代に「大陸・半島系文化」として移入した胎盤に列島土着の倭人文化のタネが着床し始めた時期」であることが明らかになるのではなかろうか。

 因みに、倭五王期(5世紀半ば~後半?)には引き続き半島、大陸との交流はかなり活発であったし、神道ないしは諸神社の源流となる様々な神事(中国系、半島系)、および儒教道教系など様々な土着文化と諸宗教が多様なルートで日本列島へ流入していた。しかも、当時の列島には日本なる国家意識は存在せず、倭語、加耶語、扶余語、百済語、新羅語、高句麗語ら諸語系の部族集団が西日本~半島一帯に部族意識のまま群住?した時代でもあった

 だから、 特に半島南部~九州・西日本辺りに群住した諸語系統の人々は伝統ある各部族集団としてのアイデンティティー意識は持っていたものの、確固たるナショナリズムとしての国家意識は希薄で、せいぜいのところそれは「部族連合に因る疑似国家的な意識」であったと考えられる。  

  また、「新撰姓氏録」(平安時代初期、嵯峨天皇の本系帳提出命令に端を発する)に編纂された古代氏族名鑑)なる“自己申告”記録によれば、当時の貴族・豪族の約3割が渡来系とされる。が、それどころか実際には畿内辺りの貴族・豪族は庶民層以上に渡来系が占めており、前渡と今来を合わせれば7~8割程度までが渡来系の実態ではなかったかと思われる。なお、委細は後述するが奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々で700万人程度であったようだ。

 ともかくも、このような黎明期の日本列島史を概観すると、突如として平安初期に空海親鸞らのスーパー天才が輩出したとされること、そして特に1年足らずの「入唐」経験で中国語と万巻の密経典をマスターし帰国したという空海伝説が今も独り歩きしていることの方が不自然に感じられる。

 それよりも、それはプロローグ(弘仁寺(高野山真言宗)に関する記述)で触れたとおり空海の出自が中国語系の一種の大陸渡来系コロニーであったことに因るのではないか?また、それは大安寺らを始めとする奈良の仏教寺院、つまり東アジア漢字文化圏の一翼を担う仏教系アカデメイア(学問・語学修練場)の賜物ではなかったのか?

 

 (参考1)飛鳥~奈良期の渡来系と思しき僧侶・学僧・学者についての概観(一部)

・・・飛鳥時代法相宗の僧・道昭(629 -700)は百済系渡来氏族である船氏(河内国丹比郡)の子孫である。出家して元興寺で戒行を修したあと、白雉4年(653)に入唐して玄奘に師事し、その高弟である窺基とも親交を結んだ。天智1 年(661) に元興寺の境内に禅院を創立し持ち帰った経巻を安置し法相宗を広めた。 

・・・道璿(どうせん/702-760)は、鑑真に先行し唐(中国)から来訪し北宗禅を広めるため大安寺に禅院を設置した人物だが、天台宗にも精通していたとされる。その弟子の行表は最澄(中国(後漢)渡来系氏族の子孫?)の師である。 

・・・日本律宗の開祖で唐招提寺を創建し、そこに戒壇を設置した鑑真(688 - 763)は唐(揚州)から渡来した中国人であるが奈良仏教界の充実・発展に大きな貢献をした人物である。来朝後は東大寺で授戒と伝律に専念し聖武上皇ら多くの人々に菩薩戒を授けた。

・・・菩提僊那(ぼだいせんな/704 -760)は唐(中国)を経て渡来したインド人(バラモン階級)であるが、東大寺大仏殿の開眼供養法会で婆羅門僧正として導師をつとめたことが知られている。九州・大宰府を経由して行基に迎えらて平城京に入り大安寺に住したとされる。華厳経の諷誦にすぐれ呪術(おそらく古密教)にも通じており聖武天皇行基良弁と共に東大寺の四聖と称えられた。

・・・義淵(643-728)は飛鳥~奈良時代法相宗の僧であるが、物部氏(徐福と共に来訪した?中国系)と同祖の渡来系・阿刀氏の可能性が高い。天武天皇により皇子と共に岡本宮で養育され、出家して元興寺に入り唯識・法相を修めた。行基・隆尊・良弁・道慈・道鏡らは義淵の弟子であったとされる。

・・・奈良時代法相宗の僧・ 玄昉(げんぼう/? - 746)の俗姓は義淵と同じく阿刀氏であり、やはり中国渡来系の人物である可能性が高い。学問僧として入唐して在唐 19年に及び、経論五千余巻と諸仏像を将来した。帰国後は僧正に任じられ橘諸兄吉備真備らと結び政界で活躍した。盛唐の文化を移入し国分寺の創建にも関与したとされる。

・・・奈良時代末期の法相宗の僧・道鏡は義淵の弟子であるが、その本貫(本籍)が河内国志紀郡弓削 であったため弓削道鏡とも呼ばれる。なお、弓削(弓月)氏は渡来系の秦氏(半島経由の前渡り中国系?)と同祖とされる。葛木山で修業してから東大寺に入り、孝謙上皇の病気を癒やして以来信任されて昇進を続け、恵美押勝 (藤原仲麻呂)の失脚後は仏教政治を取り仕切って太政大臣禅師に、更に法王へ上り詰めた。

・・・奈良時代の学者・政治家である吉備真備(693/695-775)の出自、吉備氏は吉備国(今の岡山県全域と広島県東部らに跨る一帯)を本貫地(先祖来の根拠地)とするが、そこは「突蕨(とっけつ)国/6世紀に中央ユーラシアに存在したテュルク系遊牧国家」からの渡来者集団が建国したとの説があり、ともかくも大陸(中国)系渡来人の子孫であろう。

 (参考2)奈良時代におけるカナ文字の誕生/それは、排外思想ならぬ文化ナショナリズム(平安前期に誕生する国風文化)のルーツとして芽生えた、

・・・古代インド仏教の権威を借り中華思想漢民族に伝統的に潜在する優越意識)に対抗しようとする、いわば高度文化ナショナリズム意識(これを排外的な偽装極右意識に直結させるのは短絡で、むしろ個々人の個性と同じくアイデンティティー尊重(個の尊厳)という正統保守的な観念の中核と見るべきもの)の高まりから成立したのが我々に馴染み深い「漢文訓読」の方法(漢文(中国語)を日本語で読む工夫/推古期にもその痕跡はあるが、カナ文字を援用するヲコト点および返り点の“訓読形式”が現れるのは奈良末期~平安初期とされる)である。

・・・朝鮮半島でも、李斯朝鮮王朝の王・世宗が庶民教育の必要性から表音文字ハングル(訓民正読)を制定した時(1446)より前の時代には、語順符と漢字の略体(日本のカナに相当)などを使った訓読(朝鮮では釈読という)が行われており、同時に、日本のと同じく も行われていたので、この辺りが何らかの形でのなかで影響し合った可能性が高い。

・・・そして、その肝心の日本のカタカナ(カナ文字)の起源は、9世紀初めの大安寺・東大寺興福寺らの奈良の学僧の間で漢文を和読するための訓点(記号)として、借字(万葉仮名)の一部の字画を省略し付記したことに始まると考えられる。また、日本の「漢文訓読」と朝鮮半島の「釈読/口訣」(万葉仮名に似た使い方、朝鮮語の読み下し文である順読口訣(音読口訣)もあった)との間には何らかの関係性が窺われるが、その詳細は未発見・未検証となっている(以上の出典:金 文京『漢文と東アジア』- 岩波新書-)。

・・・因みに、天武天皇の命で舎人親王らが編した対外向け編年体史書「日本書記/720」は純漢文体と理解されてきたが森博達(https://researchmap.jp/read0175093/)の研究で正格漢文α群を中国人(渡来唐人の学者、続守言と薩弘恪)が、和化漢文β群を日本人(新羅・留学の学僧山田史御方)が書いたと推定されている。

 ・・・同じく、天武天皇の命で国内向けに書かれた「古事記/712」(兼、稗田阿礼・誦習の神典の類?/太安万侶が編し元明天皇に献上)は日本漢文体(万葉仮名に準じたと思われ此の文体変化の流れは変体漢文・和漢混交文等へと変化?)であるが、太(=多)氏についても“鉱山技術系”渡来人説がある(https://6126.teacup.com/kawakatu/bbs/21)。

  

(渡来系文化との繋がり3/奈良期以前に遡る東アジア文化受容の歴史こそが日本伝統文化、つまり日本エナクティヴィズムの水源)

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 ところで、歴史学・考古学・文化人類学らの分野では、そもそも重層的な「東アジア文化受容の歴史」こそが「寛容で世界に誇るべき日本伝統文化」の源流であったという理解が深まりつつあり、その辺りの実証研究が日・中・韓それぞれで着実に進んでいる。

  特に興味深いのは日本の国立民族博物館あるいは宮内庁及び伊勢神宮系の考古学者・歴史研究者らの研究だ。因みに、彼らは 日本会議らとは全く無関係かつ無縁である。彼ら宮内庁文科省or伊勢神宮等に所属する研究機関の研究者らが新発見や研究成果を積極的に発表しており、それが「日本伝統文化」の源流を新たな光で照らしつつある。また、地方発の考古学研究も活発化している(参照、下記事例◆)。

◆おそらく、7世紀頃までの幼生期“日本”では、畿内辺りの中央発ルートと別に地方での海外交流と異文化渡来が併行した! ☞ 地方発、考古学に新説の芽 徳島・山形・青森で貴重な発見20181211朝日https://www.asahi.com/articles/DA3S13805851.html

◆2015年3月10日~5月6日 国際企画展示『文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島

国立歴史民俗博物館20141015~20141214(千葉県/佐倉市)/漢字は中国から直輸入されたと考えがちだが、まず中国と競り合った朝鮮半島において漢字を取り入れる工夫がなされ、次いでそれが日本列島に伝わった事実がわかってきた。[展示代表] 小倉 慈司:専門=古代神祇制度、宮内庁書陵部編修課主任研究官を経て、現在、国立歴史民俗博物館研究部准教授。http://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/old/141015/index.html

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◆三上喜孝(国立歴史民俗博物館准教授)著『日本古代の文字と地方社会』(吉川弘文館)20130801刊

・・・主に畿内では、政治的儀礼と結びついた文字(漢字)の使用が5世紀に現れ、やがて7世紀になると記録技術(金石文、木簡、紙など)の獲得で、統治技術の手段として文字が使用されるようになり、次いで7世紀後半~8世紀前半にかけて文字文化の体系化が急速に進んだ(つまり、『天皇制の原型』確立と漢字の関わりが非常に密だということ!)。

・・・・このような動向が顕著となるのとほぼ同じ頃に、畿内や九州などに限らず、日本列島各地の社会内部でも、文字(漢字)の使用がはっきり確認できることが明らかとなっている。

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伊勢神宮斎宮歴史博物館、学芸普及課長・榎村 寛之氏の論文『伊勢神宮の建築と儀礼‐棟持柱建物は神社建築か?』(出典:上田正昭編『古代の日本と渡来の文化』‐学生社‐)

・・・<伊勢神宮創建の意義>が『伊勢神道の精神性/創設時の歴史と根本理念(天皇の超神聖王権の主柱)』にあることは既に明らかにされている。つまり伊勢神宮は日本国の幼生後期(7世紀中葉~後半の天武・持統期)において<伊勢神宮天皇の超神聖王権の主柱>を担う目的で創建された。

・・・そのような意味で「創建・日本国」の創始と重なる<伊勢神宮の建物(および神道儀式)の起源>について榎村寛之氏が更に研究を深めた結果、判明したのは<伊勢神宮(の建築様式、儀式ら)のアーキタイプが外来・渡来系文化の中にあり、特に関連「儀式」の起源は明らかに古代中華帝国律令制にある>ということだ。

・・・棟持柱高床建築(神明造)には中国の南方的要素の渡来が窺われ、天皇の命により神社・山陵などに幣帛(神道の祭祀で神に奉献するものの内、神饌以外の総称)を奉献する儀式「奉幣」も、中華帝国律令儀式・心法(老荘の精神修養法)などから援用され、その後、日本的で高度に洗練されたと考えられる。

・・・また、斎宮儀式等における唐風女性の装束を始め日本の宮廷儀式が唐風儀式の援用であるのも周知のことだ。無論、それは単なる模倣ではなく遣唐使による実際の見聞、または渡来系貴族らがもたらした文物や風俗文化・儀礼作法・芸能等の継承・模倣・習得・応用を通じて、例えば「伎楽」主流の時代(飛鳥時代奈良時代)⇒「雅楽」主流の時代(平安時代以降)の流れの如く日本宮廷の貴族層が次第にそれらを純日本風に演出・アレンジすることで日本文化全体を、より高度化しつつ国風文化へ進化したと考えられる。

 

(渡来系との繋がり4/(繋がりというよりコレは非“繋がり”だが!w)安倍晋三日本会議らの“身体化された心の不在”なる業病の淵源は、彼らの誤った(脳内ニューロンの欠陥で?事実が直視できない)歴史観歴史修正主義にある)

 (参考画像)身体化された心(エナクティヴィズム)の欠落、なる業病

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・・・沖縄米軍基地、外国人受入れ(“無子高齢化日本”の決め手たるべき)両問題の根本的な解決の障害たる『安倍晋三日本会議らの身体化された心の不在なる業病』に感染した日本国民の悲劇!・・・

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(参考画像)人口ピラミッドでの高齢化予測(2015/2065対比)(出典:【動画】20181214寺島実郎“先見未来塾”、https://vod.bs11.jp/video/insideout-miraisenkenjyuku/bbSYJD/

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・・・近未来の日本が、世界で最も急進的な“無子高齢化社会”を迎えつつあることは間違いがない。参考までに、いま注目されている前田正子著『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店)の内容案内文を下に転載しておく。https://www.iwanami.co.jp/book/b378359.html

・・・現在約1.3億人の日本の人口は,2040年代に1億人を割るとされる.そしてその時日本は65歳以上の高齢者が4割の超高齢国となる──.「少子化対策」が叫ばれながら,なぜ日本の出生率は下がり続けるのか? そのカギは景気後退と雇用の劣化に翻弄された団塊ジュニアの未婚化にあった.一貫して少子化,子育てを研究してきた著者による「少子化対策失敗の歴史」と渾身の対抗策.

 (参考/画像付き)【幼生期(上代~飛鳥・奈良~平安初期)における日本人増加の歴史的な原因】

・・・移(住)民(前渡(マエワタリ=長きにおよぶ移民系渡来人の子孫)&今来(イマキ=列島へ移住したばかりの)渡来人)らとの波状的な繰り返しの融合・同化の積み重ねの歴史こそが日本人増加の原型!従って、安倍晋三日本会議らが病的に拘る純粋ヤマト民族は、彼らの脳内ニューロンの欠陥による妄想・ドグマに過ぎない!

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・・・そして、ここに興味深い歴史(日本古代史)上のデータ(推計)がある。それによると、奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々(at most)で700万人程度とされる。(出典:これまでの日本人の累計出生人口は5億人程度!)https://minkara.carview.co.jp/userid/480529/blog/13667863/

 昭和 平成時代―――1億2620万人(推定“出生”人口/以下、同)

明治 大正時代―――――4490万人(59年間)

江戸時代――――――1億0790万人(266年間)

中世――――――――――8490万人(419年間)

奈良 平安時代―――1億0540万人(476年間)

・・・奈良末期~平安遷都期あたりの推定人口は高々(at most)で700万人程度

弥生時代――――――――2380万人(古墳・飛鳥時代まで)

縄文時代後期――――――1500万人

縄文時代前期―――――――620万人

 ・・・そもそも、「世界で最高に由緒正しい万世一系の皇統を基礎とする」(安倍晋三日本会議らの信条?!しかも、彼らはコレを御身自身の利益保守・確保の方便としている節がある!)のフレーズは、スコラ哲学の「神の存在証明」と同じドグマ思考に嵌った観念であり、それは先ず「完全な神が存在する」という絶対原理を打ち立てる故に生じるパラドクスに嵌った思考回路(スピノザ“エチカ”とは真逆の回路!)である。しかも、そもそも縄文文化の伝統を引き継ぐ日本古来の神道は自然アニミズム多神教)であるので、絶対唯一神としての現人神を措定すること自体が矛盾している。

・・・また、日本列島全体の人口がたかだか20~30万人程度(2~3世紀頃で推計)に過ぎなかった縄文時代末期~弥生時代(~3世紀頃まで)の倭人集団(当時は、まだ東アジア日本海文化圏における一つの部族集団)が「世界に冠たる万世一系の現人神天皇(神の真姿顕現たる存在)が支配する独自で高度な文化をもっていた」と主張する部分について、古事記日本書紀の記述の殆どが荒唐無稽な“想像”である可能性は高い。が、その全てが真っ赤なウソだらけだとは断言すべきでなく、それは年代記的な史実の記録というよりも、日本の古代文化史あるいは日本神話の資料として掛け替えのないエナクティヴィズム(身体化された心)の価値を持つことは言うまでもない。

・・・ところで、上のデータが示すとおり(古墳末期~飛鳥~)奈良~平安期ごろに人口爆発が起き、急に、その累計で1億人超もの累計出生人口(大正・昭和期にほぼ匹敵!)となったのは何故か?それは出生環境の改善等による自前の出生数増に加え、その大部分は渡来人の波状的な移入によるとしか考えられない!今で言えば、日本人(無論、当時は倭人)と同等の扱いによる移民の受け入れということである。安倍晋三日本会議らは、このようなデータ(歴史統計学上の推計データ)にある程度は裏付けられる古代の日本の歴史(移民の正当な受け入れで日本人が爆発的に出生数を増加させた歴史!)があることを知らぬのだろうか?or知らぬ振りをしているのだろうか?ならば、それこそ安倍晋三日本会議らの身体化された心の不在なる業病』の核心ではないか?

・・・ともかくも、この堂々巡り(安倍晋三日本会議ら)のパラドクスの円環を抜け出るためのヒントは、歴史的に重層化するメタ次元の民族・言語・文化を悪戦苦闘しながら比較・検証してこそ無尽蔵に学び得るものが生まれると見なす多元文化(現代風に言えばグローバル多元文化)についての深い理解ということであり、その「歴史的知恵の揺籃と創生のトポス(場)」を提供するのが、例えば、欧州(仏)のブルターニュアイルランドあるいは、日本の九州~出雲~畿内地方などに推定される、自然地理的・考古学的あるいは歴史的古層を共有する「ボーダーランド(Borderland/境界領域)としての地域・地方文化」ということになる。

・・・歴史的な意味での沖縄人(現在の沖縄県民)を含む外国人一般の人権と人格を心底から同じ人間として尊重しつつ、彼らを我々と全く同等・同人格の日本人としての一体感の下で受け入れ同化する意志の欠落、つまり「安倍晋三日本会議らの歪んだ日本人観(アナクロ戦前型の純粋で美しいヤマト民族意識=追憶のカルト、妄想)」こそが、沖縄基地問題に関する一般日本国民の関心の希薄さを人質にした冷酷な国策判断を強行する原因である。又、同じく、それこそが<おざなりで上っ面だけの外国人受け入れ政策(というよりも実態は法務省と司法当局らを巻き込んだ外国人に対する奴隷的雇用の立案)でお茶を濁すという、安倍政権の実に冷酷でブザマな政治判断>をもたらす原因でもある。

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(関連情報/20181224追記)

『最先端のDNA解析(鳥取県・青谷上寺地遺跡”の弥生人・人骨等の)で、現代「日本人」は韓国人・中国人ら東アジア系の人々に極めて形質的に近いことが分かった』

一枚目の画像(位置図)の出典は下記・出典(2)より

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(以下、三枚の画像は20181223サイエンスZERONHK)より)

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[出典]

(1)20181223サイエンスZERO 日本人成立の謎。弥生人のDNA分析から意外な事実が判明:ゲスト国立科学博物館 副館長篠田謙一(NHK)http://www4.nhk.or.jp/zero/x/2018-12-23/31/25731/2136698/

(2)鳥取発!青谷上神寺地遺跡の弥生人鳥取大学医学部 井上貴央)

http://www.jpci.or.jp/SIMPO_ron/18/18-0-1.pdf

(3)鳥取 弥生時代の人骨“渡来系”か 青谷上寺地(かみじち)遺跡20181118毎日

https://mainichi.jp/articles/20181118/k00/00e/040/221000c

 国立科学博物館サイエンスZEROによる分析の結論]

 1  先ず、37体の弥生人(人骨)の<ミトコンドリア(母)系DNA(16500の塩基の連なり)>の分析で分かったのは「渡来系36体:縄文系1体」(図2)ということ。これは、朝鮮半島を含む中国大陸系の渡来人が、2世紀に(別途、行った放射性炭素年代測定で判明!)、同半島経由で青谷へストレートに渡り定住した可能性が高いことを意味する。

2  次いで、弥生時代中期(BC600年頃?)のある女性の人骨(福岡県、安徳台遺跡)についての<核DNA(30億個の塩基の連なり/情報量は(1)の18万倍)>の分析で判明したのが「その女性は、身体形質に関わり渡来系・縄文系の二つの特徴(遺伝子)を持っていた!」ことである。

3 これは何を意味するのか?つまり、それは特に(1/図2)の結果と併せて見れば理解できるのだが、今まで考えられてきた以上に相当に古い年代から(少なくとも弥生中期より前の年代から)中国大陸辺りの渡来系の人々が主に朝鮮半島経由で日本列島の各地に渡ってきて定着し、列島古来の縄文人との混血を繰り返してきた可能性が非常に高いということだ。

4 また、これは先に述べた「(古墳末期~飛鳥~)奈良~平安期ごろに列島で人口爆発が起き、歴史統計学的に1億人超もの累計出生人口を推計し得ることの背景、つまり、この一定の歴史的時間においてかなり規模の大きな渡来人が、波状的に、繰り返し日本列島へ渡ってきた」という仮説(考え方)についても、それに対し相当に有意な科学的条件を付与する結果となっているようだ。

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5 そして、このことから<安倍晋三百田尚樹同氏の“話題”のヘイト本?著書『日本国紀』について、コレぞ(日本国紀は)“司馬(遼太郎)史観”にも負けぬほど非常にユニークな歴史的見識たる“百田史観”の結晶だ!と評価する声まで聞こえ始めたようだが?w)、又は日本会議に強いシンパシーを抱く偽装極右系の人々が、如何に口角泡を飛ばし「純粋ヤマト民族の血」と「天孫降臨神話万世一系天皇の実在性」を前提する歴史修正主義を日本国民へ押し付けようとしても、それは、無意味であるどころか、戦前期に歩んだ失敗(大敗戦)を再現する可能性が高まるバカリの「追憶のカルト」の妄想に過ぎぬ!の謂いで非常に有害であること>が歴然としてきた、といえる。

 

(関連情報/20181223追記)

 ・・・全く同感!+#サンモニ 青木理氏 陛下のお言葉は災害、沖縄、反戦外国人労働者にも触れられている。世界的に歴史修正主義者が横行していて、日本の場合、政権にもその気配が結構強いんじゃないか!の中で天皇がこういう常識的なまともな発信者となっているのが逆に日本社会の病を映し出している。☞ 明仁天皇“最後の誕生日会見”は明らかに安倍政権への牽制だった! 反戦を訴え、涙声で「沖縄に寄り添う」と宣言1223リテラ、https://twitter.com/litera_web/status/1076689645533097984

・・・【動画】天皇陛下 85歳の誕生日 記者会見での全てのお言葉


天皇陛下 85歳の誕生日 記者会見での全てのお言葉

 

【関連画像】国民を心から思われる非常に誠実な「天皇のお言葉」、そして「その天皇のお言葉(お心)と余りにも対照的に、超異常なアナクロ・カルト(偽装極右的で悪魔的な心性)の方向へ過剰傾斜した「“一強(狂)”?安倍政権」に組み敷かれた日本・沖縄の異様な光景

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・・・従って、近未来の“無子高齢化社会ニッポン”の救済策の決め手とも見るべき下◆の如き喫緊の課題(混迷するバカリのグローバリズム時代を生き抜くための重要な方向性)への具体的な取り組みについて、安倍政権は、まるでそれは他人事であるかのようにほったらかしたまま平然としていられる訳である。だから、金子 勝氏(慶大名誉教授)の「安倍晋三はバカである!」との指摘は、まさに慧眼!ということになる(添付画像)

 ◆将来年率0.6%(現時点で、年当・約70万人強)という急速な人口減の日本が参考とすべきA・シュッツ「人間ゆえの新たな文化創造の多様なタネ(資源)としての日常性の社会学」とK・ラワース「自然界の繁栄を支えるネットワーク」・・・サプライサイド生産性論の呪縛(限界)を解放する可能性が高い「A.シュッツ日常性」の意味・・・

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806

  

フッサールから“AI研究” 第三段階へ、更にエナクティヴィズムへと深化する現象学研究の流れに透ける「安倍晋三日本会議歴史修正主義者」の異常性

  明治維新の「王政復古」は7~9世紀頃に整備された古代律令制(古代中国政治体制の導入期)への単純「回帰」ではなかった。それは、古代律令制そのものが古代中国(南北時代を統一した隋唐帝国)の模倣であったことが示すとおり、実は、古代の日本において純粋ヤマト民族なる排外思想(意識)は存在せず、それどころか明らかに倭国(その黎明期の日本)は<東アジア漢字文化圏>の一員であるという柔軟で開かれた国際感覚のジャンルに裏打ちされていたからだ。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20151030

 ところで、「経験」(ここでは広義の歴史経験など、意識の深層海流をも含む)について率直に考えてみると、「メルロ・ポンティの経験論」は<身体の現象学フッサールら意識の哲学)>を通過したうえ、日常の生の場面で覚醒する共時的な「肉」(M.アンリの共感的に生きる“受苦と愛”の肉体)の存在論を経て、更に、それは「身体化された心」(エナクティヴィズム/enactivism)へと深化しつつある。

 しかも、そのエナクティヴィズムは内向化するベクトルとは真逆のノントリビアルサイバネティクス(同・マシン/関連参照↓★)として見た場合のオープン・マインドのヒトが外部との交流プロセス(orルーティン活動の過程)が創造する“余剰etwas”(新たに身体化された心の風景的なもの/絶えざるハイデガー的トポスの発見)であることを意味する。

★ AI・BD‐Web時代にこそ注視すべき、セカンドオーダー・サイバネティクスとしてのヒトが創造する“余剰etwas”(意志を含む)の問題/H.v.フェルスターのノントリビアルサイバネティクス(セカンドオーダー・サイバネティクス)がもたらす“余剰意志”(アンガンジュマン等の始動因(モチベーション)となる)についての理解が、「間主観性の連鎖」と「多次元的な倫理感」についての再覚醒をもたらす!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701

  次々と創られるこの“余剰twas”に新たな価値を発見し続ける点にこそ、ヒト(人間)の意思決定の重要な意味が隠れているのではなかろうか。一方、「西田幾多郎純粋経験」(https://philosophy.hix05.com/Nishida/nishida01.zen.html)は、フッサールの<意識および相互主観性>と絡みつつ<ハイデガー的な場所論(トポス論=ハイデガーの世界観に因るAI研究の第三段階、“新しい人工知能研究フェーズ”、https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933)>へとそれぞれ変貌し、その流れが更に深化しつつある。

 そして、この「経験→意識の哲学→身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)orハイデガー的トポス論」という二つの方向性は、「現代民主主義に関わる意識」の深化との交差をすら予感させる。

  一方、ダン・ザハヴィのHKBモデル(非線形力学系モデル)等を駆使するダイナミカルシステム(生体システム論/ギャラガーとザハヴィが“現象学の前倒し”(front-loading phenomenoligy)と名付けた研究手法)との接点を探る先端分野では世界中の研究者が、目下、西田哲学に強い関心を示していることは興味深い現象だ。

http://www.ajup-net.com/bd/isbn978-4-588-01082-8.html https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

 例えば、現代世界の混迷を乗り越える方向性を模索する海外の先見的な現象哲学や宗教学の研究者ら(独・ボン大学教授ガブリエル氏、あるいは米・神道学者トマス.カスリス氏ら)が日本の伝統(正統保守/必死に安倍政権が取り戻しを謀る戦前型の偽装極右に非ず!)的な価値観の基盤として、西田哲学や伝統古神道(同じく、日本会議安倍晋三らが篤く信奉し、必死でリバイバルを謀る国家神道 に非ず)に注目している。

 また、ジルベール・シモンドン『個体化の哲学』(叢書ウニベルシタス/アラグマティック:Allagmatique/ミクロ~マクロの世界に跨るコンシリエンス的な類比作用の理論/ハイデガー的AI研究とも深く交差か?)の訳者の一人で、とりわけシモンドンの個体論に興味をもつローラン・ステリン(Laurent Stehlin)は、それと西田幾多郎との接点を研究するため、目下、日本で翻訳者としても活動中である。

http://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-01083-5.html

  

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 ところで、フッサール現象学が、<植民地資本主義の限界と優性主義をベースとするナチスの空気が拡大する!という危機感に覆われた19世紀後半~20世紀初頭に活躍したフッサールオーストリアの物理学者、エルンスト・マッハが大きな影響を与えた)の科学哲学的な分析での厳密な主観性の検証、つまり超越的「現象学的」還元を試みたことから始まった>という歴史は、未だあまり広く知られていないようだ。

  しかし、米トランプ大統領が代表するマイファースト(自国第一主義)の、あるいはアーリア系白人ら特定民族の優位性を声高に叫ぶ偽装極右なる政治マッチョらが、世界の至るところで台頭・跋扈し、ポピュリズム・トレンド(対立と分断)を激しく煽り立てる今の時代であればこそ、フッサール現象学の草創期における時代背景とそれとの絡みを凝視しつつ、これら現象学研究の先端フィールドに関わる理解を深めることが重要となる。

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 つまり、ポピュリズムとの安易な妥協へ流される人々が世界的に増えており、「民主主義」の意義は崩壊寸前か?との危機感が増す一方で、それにもかかわらずAI等の先端科学研究とも絡みつつ、既に述べたダン・ザハヴィ『科学的現象学』、ジルベール・シモンドン『個体化の哲学』(両者は紛れもなくコンシリエンスの方向性!)らの研究の進化で、益々、世界融和と民主主義の条件に関わる知見が深まりつつあるという現実があることも理解すべきなのだ。

  しかも、欧米ら各国においてはアカデミズムに止まらず政界・財界・一般国民レベルでもこのように斬新な知見の影響を受けた、新たな政治・経済・企業・市民活動の胎動が見られる(例えば、下記◆の事例)。しかし、それらに比べると我が日本の現況はお寒い限りであり、特にテレビを中心とする主要マスメディアが同種の先端的な問題意識を取り上げることは殆ど皆無となっているようだ。

 ◆ジャニン・ベニュスの“バイオ・ミミクリー(生物模倣)”による新たな都市構想『惜しみなく与える都市』出典;ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』https://ameblo.jp/kenbijin/entry-11075266667.html

◆欧州発の循環経済を推進する英「エレン・マッカーサー財団」による「循環(蝶)型経済」の推進(出典:ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』 https://www.ellenmacarthurfoundation.org/、http://www.alterna.co.jp/16391

◆『オープン」ソース循環型経済(OSCE)』の全世界的展開/OSCEdays Mission Statement What is ‘Open Source Circular Economy’?(出典:ケイト・ラワース 『同上』https://oscedays.org/open-source-circular-economy-mission-statement/

◆フィリップス(オランダ・アムステルダムに本拠を置く多国籍企業)による、循環型社会の実現への貢献を意識したコンセプト『循環型設計/Innovation and you』による社業発展への取り組み/添付画像と下の文章(一部分)は、HPより転載(出典:同社HP、https://www.philips.co.jp/a-w/innovationandyou/article/extended-story/circular-economy.html

 ・・・

  しかも、肝心の日本政界では此の類の議論が全く見られず相変わらず19世紀型イデオロギー論(資本主義Vs共産主義)の土俵で角突き合っており、NHKを初め主要メディアとジャーナリズム、あるいは書店・出版・広告等の文化インフラ業界が<「安倍晋三日本会議ら19世紀~戦前・戦中型アナクロ異常“歴史修正”権力」>へ同調・迎合・翼賛・忖度するばかりという実に不気味な社会の空気が拡がっている。例えば、アベ“改憲”<強行>への呼び水工作&国民騙しがミエミエの悪辣な歴史修正本、orヘイト本たる百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)を巡る<不毛>極まりない、おそらく機密費or政治資金丸抱えの幻想ヤラセ出版劇場など。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933

 

(関連情報)

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地球環境の未来では定常化「経済社会」が必須との理解は既に国連&EU諸国らの共有理念であり、それは201509国連総会が採択したSDGs(持続可能な開発目標)の土台がプラネタリー・バウンダリー(九つの地球環境の許容限界)であることを意味する

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806 

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 まさに、<正統保守的なリベラル共和の実現による「アンシュタルトと化した新自由主義」を調教する!の理想が実現するか否か?>の謂いでマクロン政権は一気に正念場を迎えた!(縮原発とASTRID中止(日本核燃サイクル完全崩壊)への転換は、既に退任したニコラ・ユロ環境大臣あってこその実績!

・・・Cf.『ニコラ・ユロ国務大臣、環境連帯移行大臣が8月28日、辞意を表明しました。過去長年で最高の環境実績を挙げたフランス政府は、今後も取り組みを継続する不退転の決意を明らかにしました。』(仏大使館)https://jp.ambafrance.org/article13538

 

<20181223/追記情報>1220論壇時評(朝日)/あすを探る“共生・社会”:森千香子氏(社会学・一橋大准教授)《生活苦と閉塞感/黄色の怒り》

・・・フランス・パリを中心とする反マクロン“黄色の怒りのデモ”(ジレジョーヌ)には、一部で略奪など暴力へ走る輩もいたが、その大部分の参加者(年金生活者、女性、農民、教師、ソーシャルワーカー、商店経営者ら)は普通の市民たち。そして、彼らの主張『重税には反対だが、公共サービスを支持する』には一定の論理があると受け止めるべきだ。従って、<今後3か月間に行われるマクロン政権と彼らの代表との対話>を注視すべき

・・・(補足、toxandoria ⇒)より、端的に言えば、このジレジョーヌ運動が主張する“一定の論理”とは、実は、リベラル共和(正統保守的であり、かつ常識的でもある!)の考え方で外ならぬEU欧州連合)の根本理念(何時でも即効性が期待できるものではなく、あく迄もポテンツ経済(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806)の実現と、そのための永遠のインテレケイア(決して絶やすべきでない希望の灯)としての理念)でもある。

・・・(補足、toxandoria ⇒)ただ、マクロンにソレをもっと分かり易く語り、その理想の実現までのプロセスで最も直接的に被害を被る弱者層への実効的な配慮と説明不足があったことは否めないしかし、このような意味では、今回の“黄色の怒りのデモ・ジレジョーヌ”については、その根本が米国のトランプ現象(そのコア支持基盤が白人優性意識に因る)とは異なると見るべきだろう

 

【参考/画像情報】[“ジレジョーヌで混迷”(おそらく生みの苦しみ?)の仏とは全く異質で、余りにも異常(様)なアベさま一強天下に平伏するバカリのニッポン!]

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・・・

 ・・・但し、「仏原子村の巻き返し&中国“成長至上主義”の暴走!=中国 仏技術採用の新型原発 世界初の営業運転 1215 NHKニュース」、「民主主義はもう存在せず?反マクロン・デモ終息兆しナシ!=反民主主義ポピュリズムへ流されれば米トラ現象と同轍!原発大国“回帰論”復活もあり得る!生命環境論的なポテンツ経済を分かり易く語るのが政治の喫緊の課題! 12 11 WSJ」、「(耕論)蒸発する「欧州の中道」1208朝日=しかし、ポピュリズムへ流されれば米トランプ現象と同轍になる!仏の原発大国“回帰論”もあり得る!生命環境論的なポテンツ経済を平易に語るのが政治らの喫緊の課題!」、「「双子誕生」のゲノム編集 将来の臨床応用には期待の声/…市民の意見採り入れる動向も 香港=福地慶太郎1213朝日=先端生命科学の“ポピュリズムでの割り切り”への傾斜は危険!あくまでも先端知・唯識知(≒エナクティヴィズム)・集合知の橋渡し役がメディアの存在理由!」などの直近動向に見られるとおり、<民主主義と先端科学技術>そのものが存亡の危機に巻き込まれつつあるのも確かである。

・・・従って、そうであればこそ当記事で取り上げた『エナクティヴィズム(身体化された心の問題)』の理解深化と一般への啓蒙について、諦めずに息長く取り組むべき時代に入ったのではないか?と思われる(下の関連画像を参照乞う)。 

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 (参考情報)【トランプが逆風を吹かせる最中での「温暖化防止へ一歩」の労を多としたい!】パリ協定20年適用開始 COP24、実施指針を採択 温暖化防止へ一歩 1216日経、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39011660W8A211C1MM8000/

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(関連情報) >英国での原発新設を遂に日立が凍結!安倍トップセールス原発輸出の全てが頓挫!はご同慶の至り乍ら、肝心のやるべき(Ex.“無子 高齢化”等)はお座成り!で巨額税金を内外へバラまいた責任はどうなる!!☞日立、英原発計画を凍結へ1216共同、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181216-00000040-kyodonews-bus_all 

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・・・

 (参考1)“京都学派『世界史の哲学/歴史・自然・文化地理(特に東アジア交流史の視点を深めるべきという発想)』の先進性について 

 ・・・安倍政権の一強支配(戦前型の異常な価値観)に組み敷かれたかに見える昨今であるからこそ、近現代史の再学習(特に、幕末~明治維新大正デモクラシー期~軍国主義時代へのプロセス(戦前・戦中)~戦後~現代)に加えて、東アジアについての「“歴史・自然・文化”地理/京都学派の世界史の哲学という概念に覚醒することが、特に重要である。

 ・・・残念ながら、“太平洋戦争の論理”に飲み込まれたため、その当時には具体的な成果が得られなかったものの、1940年代の前半に活躍した京都学派(西田幾多郎田辺元に師事した人々が形成した学派)に属する哲学者たちが提唱した『世界史の哲学』の中にそのヒントがある。

…Cf.『京都学派とは何だったのか?』-現代文明論としての西田哲学:中島 啓勝-http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode4&menu=mogi&id=71 )

 ・・・1942年に京都学派の高山岩男(1905 -1993/西田幾多郎より俊秀とさえ評された山形出身の哲学者/非常にユニークな発想の歴史観を提示したが、残念ながら戦時中は逆に戦争の論理を謳う超然権力に回収され、巧みに利用されてしまった)が出版した『世界史の哲学』(日本人の言葉で語る思想)の中で強調した点が参考になると思われるので、以下にその主張の要点を纏めておく。

 『世界や世界史の認識は近代ヨーロッパの拡張によって現実性を持つようになったが、それはあくまでヨーロッパ中心史観(欧米中心史観)で構成されたものなので、真の意味での世界の現前ではない。ヨーロッパ的世界(欧米的世界)はあくまでも特殊的世界の一つなので、それを超える普遍的世界の世界史の認識が重要だ。そこで広義の地理の概念が重要となる。歴史は常に地理との行為的総合において成立するものなので、我われを取り巻く自然は、長年の人間の営みによって人間化された歴史的自然であり、文化的自然である。そして、歴史の地理性と地理の歴史性の相互媒介によって世界史が発生する。http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode4&menu=mogi&id=71

 ・・・つまり、このような意味でエナクティヴィズム(身体化された心)的な「歴史・自然・文化地理=本格的な東アジア共存・交流史」的考え方を基盤として、<「良き情念統制(正統保守)」の理念(例えば日本近代史の中で何度も芽生えては消え去った国民主権ナショナリズム、又は日本国憲法(平和主義)と象徴天皇制の調和)>と<「リアル論理構成」の理念(例えば、信用、倫理観と公平分配こそが経済成長を促す要だと理解すること=“過剰グローバル金融市場原理主義の弊害”の超克)>の相互補完的な役割の分担こそが、換言すれば軍事・武力的で傲慢な『超然権力』化の抑制を可能とする、そして多元文化の共存と連帯を要とする叡智の地平(例えば上で見た身体化された心(エナクティヴィズム)orハイデガー的トポス論)の絶えざる再点検こそが肝要ではないかと思われる。

・・・

(関連情報)(文化の扉)<加藤周一の言葉とあゆみ>「雑種」こそ日本の個性 半世紀前の論考 いま、世界の現実と希望1217朝日 https://www.asahi.com/articles/DA3S13815106.html

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(参考2)石川県:西田幾太郎記念哲学館/日本で唯一の「哲学の博物館 Museum of Philosophy」http://www.nishidatetsugakukan.org/

・・・石川県かほく市にある西田幾多郎に関する文化施設。出身の西田の遺徳を顕彰し、哲学の普及・啓発を図ることを目的]として2002年(平成14年)に当時の宇ノ気町が設置した。2004年(平成16年)の市町村合併後は、かほく市が設置・運営を行っている。(ウイキより)

 ・・・

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 <注3>ダン・ザハヴィらによる「現象学の前倒し研究」(front-loading phenomenoligy)

・・・身体動作と脳神経系の作用を支配するのは基本的に“複雑系ダイナミズムの非線形力学系理論(例えば、非線形微分方程式によるHKBモデル)”だが、意志力次第では“その非線形力学系理論によるダイナミズム(一定方向へ流され易い相転移)”を克服できることが分かった!(無論、過剰な意志の暴走があれば個体環境トータルでの帳尻合わせが発動されるのは当然!と思われる。←補足、toxandoria)出典:「身体運動に潜む複雑系:ストリートダンスが明らかにした全身動作における新たな相転移現象の発見」平成23年8月8日東京大学大学院総合文化研究科・工藤和俊(生命環境科学)https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_230808.html  

・・・また、HKBモデル(Haken, Kelso, & Bunz, 1985/非線形力学系モデル)が「神経科学における意識の研究」(これは、ブレンターノ(現象学の基礎を創った心理学者・哲学者)、あるいはマッハ現象学などが指摘したことであるが、「意識の特性は志向性」にあることが、ギャラガーとザハヴィによって「現象学の前倒し」(front-loading phenomenoligy)と名付けられた研究手法で科学的にも裏付けられつつあることになる!)出典:田中彰吾『現象学入門』(勁草書房

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b371301.html

 

<注4>第三段階“AI(人工知能)研究”については下記★1を参照乞う!

・・・★1  トランプ“優性人種主義”は悪魔的主観性の病理!その「目先&ヘイト」への餓鬼の如き異常な執着は“意味的反転図(ゲシュタルト)”と化し米国と全世界の未来を無限に喰い尽す!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933 

 

<注5>身体化された心(エナクティヴィズム/enactivism)とは

・・・生存の限界に直面した生命が新たな適応力を展開し得る条件は何か?に関わる現象学的な方法論を探るごく新しい概念。特に、ダン・ザハヴィが「現象学の自然化」(アバウトに言えば、コンシリエンス(“人文科学”と“科学知、特に神経生理学”の融合/実在論と観念論の中間の道)の研究でenactivismを重視しており、新たな認知理論の展開が期待されている(関連著書↓★2)。

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 ★2 ダン・ザハヴィ著『フッサールの遺産』―現象学形而上学、超越論哲学―(叢書・ウニベルシタス)

・・・そもそも「身体化された心」は、オートポイエーシス論の創始者であるマトゥラーナとヴァレラの研究に由来する概念であり、この概念を確立したのは上のザハヴィの著書★2とされている。しかし,更に遡れば、「エナクティヴィズム」(enactivism)の用語を初めて使ったのはトンプソン(↓★3)であると思われる。

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 ★3 ヴァレラ、トンプソン、ロッシュ著:田中靖夫訳『身体化された心

(The Embodied Mind)1991』(2001、工作舎

・・・特に、科学的現象学(カント由来の超越論的哲学の最先端フィールド)、ダイナミカルシステム理論(ゲシュタルト心理学の分野)、第三段階に到達したとされる先端AI(ハイデガー的な人工知能)研究などの分野で注目されている。

・・・因みに、繰り返しになるがHKBモデルを使った「神経科学における意識研究」(神経現象学)の最先端では、「意識の特性は志向性」にあることがS.ギャラガー(米・精神病理哲学者)とザハヴィが名付けた「現象学の前倒し」(front-loading phenomenology)という研究手法によって科学的にも裏付けられつつあり、当然、これはヒトのコトバの誕生・発生等の問題とも関連することが考えられる。

・・・なお、神経現象学(Neurophenomenology)はF.J.ヴァレラ(チリ出身の認知科学者/オートポイエーシス理論で知られる)によって提唱されたアプローチで、一般に①体験の現象学的な分析、②力学系理論(ポテンシャル関数、統一場理論など)、③生物学的システムに関する実験、の三者の統合に特徴がある(Gallagher and Zahavi 2008; Thompson2007)。出典:当事者研究を神経現象学に接合する/石原孝二・東京大学・大学院総合文化研究科、http://phsc.jp/dat/rsm/2013_a1-3.pdf

 

(エピローグ)安倍晋三首相、日本会議らが必至で取り戻しを謀る戦前・戦中期「国体思想、靖国顕幽論」らの滑稽、それは日本伝統の正統保守的なエナクティヴィズム(唯識的に“身体化された心”)の対極!喩えれば、安倍・日本会議らの脳内に取り憑くゴースト観念!

<注6>靖国顕幽論とは?

・・・「維新政府」以降の国家経営の誤りの根本は、江戸時代前期から中期の山崎闇斎荻生徂徠らの儒学者、あるいは本居宣長(江戸中期~後期)、平田篤胤(同後期/幽顕思想(顕幽論))ら国学の流れを汲む<「後期水戸学イデオローグ」が夢想(妄想)した「祭祀と政治の一致/至高の国家的儀礼に関わる議論」の中で「愛国玉砕(散華)戦争(このみいくさ)」(日本型聖戦論)が過剰濃縮されたことにある。

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・・・平田篤胤キリスト教、および西欧啓蒙思想も熟知していたらしい!)の「顕幽論」は、現世の殆どの人間(日本国民を殆ど野蛮で動物的な有象無象の存在と見る)には基本的な意味での人間の権利がないとする。しかも、篤胤はこの顕幽論を半ばジョークで創ったと告白さえしている!(苦w)そして、愛国玉砕戦(このみいくさ)で勝利し、大霊界へ昇り英霊の位階構造に列して初めて日本国民は人間たる基本的権利が与えられるとする(関連資料:吉田真樹著『霊魂のゆくえ』(講談社)、田中純『政治の美学―権力と表象』(東大出版会))。

・・・また、顕幽論(“靖国神社国家神道”の中核イデオローグ)によれば、現人神とは『記紀神話の降霊(招魂)儀式で中枢神殿(英霊が眠る靖国をこれと見立てる)の霊璽(れいじ/神や霊が宿る“よりしろ”)に憑依する神霊(エクトプラズム/人霊とは異なり神格化した英霊)となる“愛国者”の意味であり、それは皇国史観に基づく天皇だけのことを指す訳ではないとされる。

・・・どうやら、“追憶のカルトのお仲間”たちは、その意味で安倍晋三首相を天皇より上位の現人神(英霊が降霊した存在)と見て崇めている節があり、これは恐るべき『狂』以外の何物でもない!(苦w)

・・・そして、このアベ現人神が支配する『世界で唯一の澄める“うぶすな”でできた“美しい国、日本”は、愛国戦争で死守する覚悟で玉砕した神霊が再び受肉靖国神社で復活するのと同義であり、その玉砕戦争によってこそ、日本は、更に、より美しい国土となって甦る』と定義される。

 

(関連資料)<安倍晋三なる“狂”に屯する神霊愛好者らの不気味な蠢き>24/11/24 【安倍晋三総裁スピーチ】


【HD】 H24/11/24 【安倍晋三総裁スピーチ】 安倍救国内閣 国民総決起集会

  

(安倍政権の常套的な政治手法である『議事録隠蔽』、『各種偽装工作』、『ご飯論法』等の“嘘、不誠実、傲慢、確信犯意識の三点セットならぬバカの四点セット?(w)”は脳内で観念が空転するエナクティヴィズム不在の病理)

 いま、「改憲」強行の仕掛けの一環として安倍晋三首相、日本会議らが必至で取り戻しを謀る戦前・戦中期の「国体思想」とは、「天賦人権説」(民権論、主権在民論)の対極にある天壌無窮の現人神たる天皇を中心とする中央集権的官僚制国家(厳密に言えば天皇を狡猾に政治利用する“悪魔的・情念的な特定イデオローグ集団に因る政治権力の恣意的強靭化”、“軍部と君側の奸たるお仲間”が野合した特権勢力の利益にだけ好都合な官僚制国家)の建設を目指すものであった。

このような意味で、安倍内閣による“政治権力の恣意的強靭化”という異常な空気が拡がる(しかも、今や主要メディアも多数派国民も只管それに流されても仕方がないと諦めているかにさえ見える!)昨今の政治状況下では、例えば「新元号に“安倍”の文字のいずれか一つが入るらしい?」、「新元号の交付を天皇自身に行わせるべきだ!と日本会議(つまり安倍首相・自身)が主張しているらしい?」らの由々しき噂が、あながちホラ話とも言えぬような不気味さが漂い始めている。

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 だから、それは真っ赤なウソと隠蔽、同調&忖度の強要を「打ち出の小槌」と見なす国民騙しの欺瞞であったし、彼らが口実に利用する上代・日本黎明(幼生)期に導入された古代律令制が古代中国(南北朝時代を統一した隋唐帝国)を手本とするものであったことが示唆するとおり、日本古代には「国体思想」やヤマト民族意識による排外思想などは存在せず、それどころか倭国(黎明期の日本)は、東アジア漢字文化圏の一員であるという寛容な国際感覚に裏打ちされていたのだ。

そのうえ、これも彼らが日本を戦前へ回帰させるための口実とする「神格天皇制の理想」も歴史修正の意味で真っ赤なウソである。それは、神道宗教学者の小山悳子が指摘するとおり弥生~古墳~奈良期ごろの伝統古神道の宗教観と人間観の中核には「いわば正統保守(リベラル共和)的な、更に言い換えれば“現代における最先端の生命・量子&宇宙物理論にも通ずる、非常に寛容で謙虚なスピリッツ”が存在するからだ。(出典:小山悳子『日本人の求めた元神』(日本図書センター))

 そして、同様のことは米国の宗教・神道学者トマス・カスリスも著書『神道』で述べており、それは、目下、世界的に再認識されつつある西田哲学(西田幾太郎)、あるいはHKBモデルらを使うダン・ザハヴィらの自然科学的現象論(哲学&認知科学の融合/現象学の前倒し”front-loading phenomenoligy)、つまり身体化された心(ますますグローバル化する社会問題等へのエナクティヴィズム的な処方箋)と融合する方向をすら窺わせる(HKBモデルの委細はコチラ⇒ https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2018/11/12/060933)。

 

(敢えて日本の危機を招来する安倍晋三日本会議ら<偽装極右派アナクロ妄想>的な異常発想の愚!)  

 なかなか厄介なことなのだが、ここで再び先にプロローグで取り上げた「身体化された心の現象学(エナクティヴィズム)の問題を更に少し深く考えてみるべきかもしれない。それは、下記論文★によれば我われ人類が<分断の背景にあるエナクティヴィズム的な観念の不在!換言すれば“身体化された心の不在”による分断!>がなぜ生ずるのか?を真剣に考えるべき時になっているように思われるからだ。

 ★博士論文/エナクション(身体化された心)の現象学:身体的行為としての事物知覚と他者知覚(宮原克典東京大学総合文化研究科学術研究員)

・・・【結論】心は〈頭の中〉にない。認知は〈頭の中〉だけでおこなわれるわけではない(補足/心は、頭の外にあるが見えないもの(相互主観性)を見ている!←toxandoria)。file:///C:/Users/hanachannooyaji.LAPTOP-9N6G9GM9/Downloads/A32232.pdf 

 しかし、スピノザの“エチカ”の視座で考えると、今度は、同じことから分断ならぬ相対的な見方が生まれるのはなぜなのだろうか?その逆ベクトルとの分かれ目は何処にあるのだろうか?おそらく、それは、「“エチカ”が前提するアニミズム(汎神論)的な、自然(or宇宙)環境論的な、あるいは生命科学論的な俯瞰「意識」から生ずるエナクティヴィズムの観念が不在」である場合は、必ず個々人のニヒルで傲慢な感情が優越することになるため分断へ走り、逆に、その意味でのエナクティヴィズム観念が凌駕すれば、その同じ個々人の精神は寛容となり柔軟な相互主観性が維持できることになるからではないかと思われる。(神経生理学的には、そこで脳のミラー・ニューロンが重要な役割を担うことが理解されているが、委細は省略する)。

(関連参照)スピノザの神の定義は無限(数理論的、ヒルベルト空間的な意味での)がヒント!(現代における量子・宇宙物理学の先端知である“自然・生命・宇宙環境論”に近い!)=100分de名著「スピノザ「エチカ」「第1回善悪」:はてなのBLOG“ぶぼうぶろぐ”さん、https://amagomago.hatenablog.com/entry/2018/12/12/113023?_ga=2.185988073.1794731233.1543822538-66370160.1543822538

  因みに、エナクティヴィズム的な観念の理解に役立つ生命科学論的な視点の事例として「いわゆる性の決定上のアポリアの問題」を取り上げておく。例えば、<生物の雌雄決定では現実的にはYが君臨し過ぎている訳だが、事実上、それはX上の他の遺伝子に張り合うべきものをYが歴史的に捨て去ってきたことに等しく、そのため、却って生命個体そのものが大きなリスクと脆弱性(男性に特有な劣勢遺伝ファクター)を抱え込んでいる事実>についての理解が役立つかもしれない。つまり、客観的に見れば「YとXのいずれが優越するか?」よりも、そもそもは「YとXの双方が協力し合う」方が、ある生物種にとっては遥かに有利な選択となるはずだったのだ。

 そして、おそらく「事実上Yが優越していることによる男性特有の大きなリスクと脆弱性が現実に見られる」ことから、それは逆説的になるのだが、もしYに“Xより遥かに柔軟な内外の諸環境との寛容な協調性”が存在したとすればトータルの帳尻が合うことになる筈だったようだ。だから、日本会議 らの男性が上から目線でマッチョぶりを誇り女性を蔑視するのは非常にバカげていることになる。w

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 このように、生命科学や物理学など自然科学的な先端知を人間社会(人文・社会科学分野)の問題に敢えて類比的、類推的に思考しようとするアラグマティック(G・シモンドンの個体の哲学(コンシリエンスのジャンル))に重ね合わせて見ると、単なる生物学、あるいは物理学などの枠に納まらない、非常に幅が広い社会的な視点例えば、相互主観性のエンドレスの調整を重視する民主的な社会の意義を生命論的に深く凝視することによる、新たな資本主義や民主主義の可能性についての視点の発見への途も大きく拓けてくる筈である。

  このような観点から見ても、第二章およびエピローグの冒頭でふれた<世界が再注視する西田哲学、あるいは伝統古神道の宗教観と人間観の中核に潜在する正統保守(リベラル共和)的なスピリット>とは全く異質で内向的な<政治的に異常な安倍晋三なる妖怪と、それを強力に後押しする日本会議なる偽装極右>の存在は、全地球的に被害が拡大する巨大リスク(平和憲法放棄、アナクロ軍事大国化、巨額財政破綻、巨大原発災害etc)を自閉的かつ退嬰的に助長しつつあるという意味で非常に有害である!(例えば、下▼の直近事例などは愚の骨頂!)

 ▼敢えて日本の危機を招来する安倍晋三日本会議ら<偽装極右派アナクロ妄想>的な異常発想の愚∵雌雄決定に関わるXY論の知見に照らせば、玉砕敗戦の道の象徴たる「明治の日」を日本文化の理想!と短絡すること(過剰♂マッチョ)では敗戦の再現が必須! ☞ 「明治の日」へ祝日法改正原案 自民議連、文化の日」改称1213産経https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181213-00000569-san-pol

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                                                             (完)

トランプ“優性人種主義”は悪魔的主観性の病理!その「目先&ヘイト」への餓鬼の如き異常な執着は“意味的反転図(ゲシュタルト)”と化し米国と全世界の未来を無限に喰い尽す!

 

 トランプ“優性人種主義”は悪魔的主観性の病理!その「目先&ヘイト」への餓鬼の如き異常な執着は“意味的反転図(ゲシュタルト)”と化し米国と全世界の未来を無限に喰い尽す! 

 

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(Prefacee)

 「新toxandoriaの日記」のコンセプトは、当20181112記事の冒頭に掲げていますが「フレーム&フリンジの謎/いわば『生命と意識』(特にヒトの『それ』)」です。<同じような見方(感性?)>を生物学者福岡伸一氏が「動的平衡論」で語っています(当日記のプロローグを参照乞う)。キャッチ画像のフェルメール絵画はその象徴のつもりです。

<注記> 数ヵ月後(2019年3月頃?)には閉鎖される予定ですが、「旧toxsanoriの日記」はコチラにあります → http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/

  おそらくフェルメール自身は、近・現代の本格的な資本主義の開花に先立つ「資本主義勃興期・17世紀オランダの黄金期/レンブラントの時代とも呼ばれる(@ヨハン・ホイジンガ)」で、非常に苛烈な人生を歩んだ人物であったと思われますが、,ほぼ同時代のレンブラントもそのような人生だったようです。

 しかし、これら両者が現代の我われも感銘できる優れた芸術作品(普遍的な美的価値の表象)を遺せたのはなぜなのか?これもエンドレスの解明を待つ大きな謎の一つです。

 直近の世論調査では、再び「アベさまの支持率が上昇に転じた!」とかの嬉々とした(?w)NHKニュース(ひょっとしてフェイクニュース?/↓(参考情報))が流れたばかりです。しかし、このような報道に一喜一憂することで終わらず、一刻も早く、若者を含めた一人でも多くの日本国民が、そのような意味と役割を持つフェルメール絵画の価値にも目覚めて欲しいものです。

 (参考Tw情報) @じゅん@suzujun_kou /NHK世論調査。内閣を支持する46%、支持しない37%。目を疑った。この国正気か?https://twitter.com/suzujun_kou/status/1061924685170991104

・・・(補足)20181120朝日によると、安倍内閣を支持する43%(前回40%から上昇)、同支持しない34%(前回40%から下降)。様々な不祥事の連続にも関わらず安倍政権の支持率は更なる上昇トレンドにある。原因は、「将来への大きな不安と無関心」が複雑に絡むことに因る、一種の“中間層の”アパシー普通なら感情が動かされる現実的な刺激対象に対し関心が湧かなくなる一種の精神的な意味での不感症の病理)か?又は「ともかくも、こう(アベ一強の天下と)なってしまったからには少しでもアベ様の御仲間であることに肖っておきたいという、一種の倒錯的な“内集団バイアス(内集団びいき)”の異常心理/↓◆」?

◆「日本スゴイ」と「内集団バイアス」/20170222“はてなブログ『ペンギンの飛び方』” http://human921.hatenablog.com/entry/2017/02/22/11450

また、当記事の中で取り上げた百田尚樹著『日本国紀』(当日記中に画像あり)らの如き<魔術的なアベさま翼賛のトンデモ妄想(悪魔的情念に因るため、それは論評にも値しない、非常に独善的で異様な異常歴史観念/無媒介的認知的自己意識(@ダン・ザハヴィ)の典型)>の類のイベント現象に流されるのではなく!(このことについての委細は、当記事の第三章を参照乞う)。- 20181114追記 -

因みに、「日本スゴイ」(内集団バイアス)を日本の近代史により近づけて言い換えれば、それは本来なら当然求められるべき<従来の成長主義一本槍の後を受ける社会構想たるべき、新たな発想に基づく『定常型社会=持続可能な福祉国家ビジョン』の廻廊への次元転換の設計>と全く真逆の異様回路(オーム真理教事件の分析で社会学者・大澤真幸が指摘したアイロニカルな没入の/http://ipos2016.jp/column/369)に、安倍政権下の日本がスッポリ嵌ったということだ。

それは、実に恐るべきことなのだが、今や我われ日本国民は、社会現象学者A・シュッツhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180806)が指摘する、あの<たしかな未来へ向かう“もう一つの緩やかな時間と豊潤な日常生活”>の再発見と全く真逆ベクトルの過程を歩みつつあることでもある。

より具体的に近代日本史の分析用語言えば、それは我われが、異常イデオローグ集団たる日本会議の支配に盲従する安倍政権の下で、戦後期の政治学者・橋川文三がかつて鋭く抉り出した<戦前・戦中期の異常アイロニー(国賊探し、そして現実逃避(無関心への逃げ)が只管拡散するプロセス>を取り戻して、それを再現する悲惨な日常の最中にあるということだ。

 

(プロローグ) 

                  Cover Images 

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・・・細胞と同じように人間は周囲の人たちとエネルギーも情報も物質もエントロピーも交換しあっている。その関係性が次のレベルであるコミュニティに影響を与え、さらに高い次元の「社会」にも影響しあっている。だから、周りに壁を立てて、局所的な幸せや効率、富などを求めると結果的に高い次元では「損をする」「全体の不幸を招いている」という現象が起きる。これは、私たちに生物学が長い歴史を通じて教えてくれたことである。

・・・種の保存が守られている状態においては、個人の自由の追求に意識が向く余裕があるが、種の保存が守られなくなる危険性が出てくると、そうはいかなくなるのが必然。私たちが生物である以上、その本質的な法則は忘れてはならない。

(以上は福岡伸一氏、http://www.future-society22.org/blog/75a3b5a5458 より/動的平衡論)

・・・だから、そうなれば必然的に殺戮戦争の状態へ向かうことになる。結局、持続的な相対意識に因る「寛容の意思」と「健全な理想(の意思)」を掲げる意義を絶えず噛み締め直す努力と、それを想起し続ける政治的工夫が求められる!つまり、コレが「感情の政治学」(感情制御の政治学)が重要であることの意味!

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・・・因みに、身体動作と脳神経系の作用を支配するのは基本的に“複雑系ダイナミズムの非線形力学系理論(例えば、非線形微分方程式によるHKBモデル)”だが、意志力次第では“その非線形力学系理論によるダイナミズム(一定方向へ流され易い相転移)”を克服できることが分かった!出典:「身体運動に潜む複雑系:ストリートダンスが明らかにした全身動作における新たな相転移現象の発見」平成23年8月8日東京大学大学院総合文化研究科・工藤和俊(生命環境科学)https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_230808.html  

・・・なお、HKBモデルが「神経科学における意識の研究」(<注>これは、ブレンターノ(現象学の基礎を創った心理学者・哲学者)、あるいはマッハ現象学などが指摘したことであるが、「意識の特性は志向性」にあることが、ギャラガーとザハヴィによって「現象学の前倒し」(front-loading phenomenoligy)と名付けられた研究手法で科学的にも裏付けられつつあることになる!)出典:田中彰吾『現象学入門』(勁草書房)、p235、line14~/p239、line14~/p278、line9~/p238、line25~

 

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<注>毒性が個体フレーム内で濃縮される自家中毒的ループ(堂々巡り)を表す「意味的反転図(図形、ゲシュタルト)」について(当画像は、トマス・カスリス『インティマシーあるいはインテグリティー』(叢書・ウニベルシタス)より)

・・・一般に、自家中毒とは自己の体内で代謝異常が生じ、そこで生成された毒性の強い毒物がループ(堂々巡り)的に濃縮されることで障害が起こる症状。例えば尿毒症、小児に見られる周期性嘔吐症など。

・・・他方、意味的反転図は同一の図形ながら2種の見え方が交代して現れる図形であり、多義図形の一種。その図形の一定の領域が図に見えたり地に見えたりする。E.J.ルビンの“盃”と“横顔”(添付/“この絵は老女か若い女か?”)の図はその典型。

・・・この図形では、特に中央部左の部分が不気味な老婆の鉤鼻の横顔に見えたり、あるいはうら若い女性のプロフィールに見えたりする。比喩的に見れば、これは一定フレーム内のヤヌス的表象に取り憑かれたことによる感覚的な(orその行先は感情的なものへと深化・助長する)自家中毒症とも言える。 

 

1 今回の米国大統領「中間選挙」の結果から見える二つの光明(トランプの

暴走から反面教師的に学ぶべきポイント)

 

1-1【若年層の覚醒】「10~20代の青年層の覚醒こそ健全な未来の政治への道標!と見るべき」ことの再確認

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20181108NHK(添付画像&下記★)によれば、米タフツ大学の研究所は、10月7日に、「出口調査などを基に18~29歳の若者の投票率を調査した結果として、前回(4年前)21%から今回は31%へと大幅にその投票率が上昇した(と推計される)」と発表した。 

★米中間選挙 若者の投票率の大幅上昇で下院の民主躍進

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181108/k10011702961000.html

 ★中間選挙投票率は通常40%前後だが有権者の関心が高まり、今回は初めて1億人以上が投票し、その投票率は47・3%!(フロリダ大の予測)。☞ 米選挙 次の大統領選に影も1108産経https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181108-00000008-san-n_ame 

 

1-2 「トランプ支持層の中核を占める“白人至上主義(ナチ式“ヘイト&優性人種”至上主義)が予想以上の重症罹患」であることへの気付き

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前田直人氏(朝日新聞世論調査部長)のツイート(添付画像&下記▼)によると、「CNNの出口調査で、特に女性層を中心に‏米国民の多くが、トランプ大統領の白人至上主義(ナチ式“ヘイト&優性人種”至上主義)に対して、我われ(一般日本国民)が思っている以上に危機感を覚えていることが理解できる。 

▼@Nao_Maeda_Asahi/CNNの出口調査が興味深いです。特に男女別の投票先政党。男性は民主48%、共和51%なのに対し、女性は民主59%、共和39%。白人は民主45%、共和54%、非白人は民主76%、共和22%。この世が白人男性だけならトランプ政権は安泰なのかも。https://twitter.com/Nao_Maeda_Asahi/status/1060029228849160192

 

2 世界的トランプ“現象”に潜む「優性人種(白人)至上主義」の正体を探ったドキュメンタリー、『白人至上主義の裏側 ~オルト・ライト潜入記~

 

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これは「現代の優性人種(白人)至上主義」の正体(つまり、オルト・ライトのナチ的“悪魔的主観性”(ナチ式“ヘイト&優性人種”至上主義))を探るための潜入レポートであり、非常に重要と思われるが、その割には、特に日本で余り話題として拡がっていないようなので、記録メモを兼ね取り上げておく(NHKではBSドキュメンタリーの枠で2回放映された/下記)。

原題:Undercover in the Alt-Right

制作:国際共同制作 NHK/DR/NRK/RTS/SRF/ZDF ARTE

Silverfish Film & SVT(2018年 スウェーデン

初回放送:2018年10月26日(金)午前0時00分~

再放送:2018年11月6日(火)午後5時00分~

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TRAILER Undercover in the alt right


TRAILER Undercover in the alt right

・・・シャーロッツビルで白人至上主義のネオナチ集団と市民団体が衝突し、女性1人が死亡…スウェーデン人のパトリック・ヘルマンソン氏(若い研究者)は、その現場にいた。人権団体の要請でオルト・ライトのメンバーとなり、幹部候補生としてロンドンからアメリカへ…生命の危険をおして1年ちかく、過激思想とフェイクニュースを拡散させる(そして、米トランプ大統領へ大きな影響を与えていると思しき←補、toxandoria)団体の活動実態を記録した。世界各国で注目を集めるスクープ・ドキュメント。

<注>【シャーロッツビル事件】米ヴァージニア州シャーロッツビルのオルトライトら白人至上主義者の集会で非常事態宣言(反対する市民団体と衝突)、3人が死亡/州知事による反レイシズムの明確な表明2017/8/14社会学者・明戸隆浩、https://news.yahoo.co.jp/byline/akedotakahiro/20170814-00074502/

<注><CNN>トランプ氏ら提訴 記者のホワイトハウス入館停止/トランプ氏は2016年の大統領選時から大手メディアを「フェイクニュース」などと批判しており、CNNはその対象の筆頭格。大統領とメディアの争いは法廷闘争に発展した。1114毎日https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181114-00000008-mai-n_ame

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・・・

・・・今も身を隠さざるをえないような、シリアに潜入するのに等しい危険な潜入をした若いヘルマンソン氏の勇気に本当に感服する。彼のお陰でこうして、いつ暴走するかわからない危険な芽を育てる恐るべき勢力の実態を知ることができる。来るべき人種間戦争に備える」(あるいは“中東のイスラム教徒を核で殲滅する!”←補、toxandoria)という彼らの言葉が不気味だ。出典:みんなのレビュー、

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/253/2145624/index.html   

この作品は米国から世界へと還流しつつ濃縮・拡散するオルト・ライト(欧州ルーツのオルタナ右翼alt-right)の異常イデオローグと米国トランプ政権との関りを分かり易く説明する。いわば、その“決死の潜入”記録はトランプ政権の強力な動力源であるオルト・ライトなる過激右翼思想とCNNらを目の敵とするフェイクニュース攻撃の流行を作為で拡散させた団体の活動実態に関わる記録である。 

そのそもそものオリジナルが歴史的に欧州に根深く残り続けてきた“ア―リア人種信仰”(特に北欧系の人種(白人)と北欧神話を最重視するアーリア人学説)なる狂信(妄想)であることが分かる。また、それがナチス・ドイツや米オルト・ライトKKKクー・クラックス・クラン)、アメリカ・ナチ党などへも多大な影響を与えてきたことは知る人ぞ知る!の通りである。

 

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因みに、トランプ政権の強力な支持基盤の中核の一つである「オルト・ライト」との直接的な関係はないと思われるが、いま全米で最注視されつつある「ロシア疑惑の闇」もトランプ政権にとって、最も忌むべき“鬼門”の一つであることは間違いがないだろう。 

それは、“中間選挙”直後の「司法に対する焦りにも似たトランプの先制攻撃という“異様なアクション・ドラマ”(セッションズ司法長官の解任 ⇒ すかさず“トランプと意思が相通ずるウィタカー司法長官代理は、その疑惑解明の問題に関与させるな!”と、18州の司法長官が要求!)」が、そのことを如実に見せつけているからだ。

 

トランプ式“優性人種”至上主義の深層に潜む『誠実さを蔑む悪魔的主観性』の問題 

・・・無媒介的認知的自己意識(=誠実さを蔑む悪魔的主観性@ダン・ザハヴィ)の委細については、下記資料★を参照乞う。・・・ 

★アベ=クロに課題設定を誤らせたのは恐怖心が生んだデフレの物語!その深層には世界的極右傾向が共有する『誠実さを蔑む悪魔的主観性の病理/@ダン・ザハヴィ』がある!2018115my-evernote

https://www.evernote.com/shard/s440/sh/7d898a5a-5a2d-4600-8080-af75ffce0eea/043d7eb1159faf07e6d7bbb32bab806d 

コペンハーゲン大学教授として現象学的「主観性」研究の分野で世界をリードする研究者ダン・ザハヴィは、人の心の深層に潜む『誠実さを蔑む悪魔的主観性』(非情で過激で極端な“観念的自己中心主義、マイ・ファースト主義”)について、重要な知見を示している。 

ザハヴィによれば、それはナチスの“優性人種”至上主義なるイデオローグのなかに最も典型的に出現したものであるが、実は、それは体験的な偏在性として誰にでも日常的に起こり得るものでもあると見ており、現象学的「主観性」研究の一環としてザハヴィはそれを<無媒介的認知的自己意識>と名付けており、その無媒介的の意味は主体的に自覚していないことを意味する。 

端的に言えば、それこそが「冷酷で底知れぬ超利己的な悪徳」の正体である。つまり、ヒトには“自らの破滅をももたらしかねない自己破壊的リスクと、ひたすらエントロピーを増加させ、愚かにも「自滅(無限背進・後退)型のマイ・ファースト利己主義」へ没入するバカリの心性(無媒介的認知的自己意識)があるということだ。 

そして、それはヒトの感情の最も奥深い処で、換言すれば「意識の根源」でヒトの生命作用の一部の構成(おそらくコトバ(言語機能)の発生と関係が深い感情の深層海流?)となっている可能性があるようだ。しかし、その意識の奥底にある一部が過剰に肥大化しリアル感情を無自覚で浸潤するようになれば、意識バランスの様態は一転して自己破壊的リスクとエントロピーを増加させる自滅(無限背進・後退)型の超利己主義へ没入することになる。 

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ザハヴィの著書『自己意識と他性/現象学的探求』(叢書ウニベルシタス)を翻訳した中村拓也氏(同志社大学文学部准教授)は、ザハヴィの<無媒介的認知的自己意識(先反省的自己意識)>は、往々にして哲学的思考で見られる難解な概念の捏造ではなく、それは体験的な偏在性として誰にでも日常的に起こり得る主観的「自己—顕現」(健全な自然観と世界観があれば個々人の内感の場においてそもそもは自己覚醒が可能な)レベルの問題で、個々人の「主観性の核心」(厳密に言えば、フッサールが提唱したヒトの相互主観性(=ヒトの文化・社会の土台となっている間主観性))の一部分を構成する個々人の主観性の深層構造)を抉り、それを『感情の現象学』的な立場で説明し得る堅牢な言葉である、と語っている。 

つまり、近年、世界的に問題となりつつあるネオ・ナチズムなど極右政治勢力(欧米各国の民族極右派、日本における日本会議(周知のとおり、それは靖国顕幽論の取り戻しと国家神道への回帰を謀る安倍自民党政権の守護神!)などが急速に台頭しつつある政治状況の深層には、例えばM.アンリ「情感の現象学」のテーマとも深く関わる、この種の非常に厄介な難問が潜む可能性があり、特にザハヴィの<無媒介的認知的自己意識>は重要課題として注目すべきと思われる。 

(参考)安倍晋三の守護神、日本会議=日本版“オルト・ライト》の文化破壊へのアンチテーゼ

・・・【性の決定を人間社会の問題まで重ね合わせると、生物学の枠に納まらない社会的な視点も大きく開けてくる】・・・

・・・ <対アベ>強制的同調の空気(ゴロツキ・ヤクザ式“恫喝”流儀による),“JPN優性人種主義”日本会議に因るヤマト民族&男系皇統”至上主義なる『誠実さ、および正当な歴史&科学観を蔑む悪魔的主観性』@ダン・ザハヴィ)が日本文化の優れたインフラ中枢の一角を激烈に侵食する直近の事例(添付画像↓/新宿、某書店の風景)・・・

・・・これと似たようなパターンで「特に社会的影響力が大きい日本文化のインフラ中枢の一角」へ的を絞った、政治権力の<伏魔殿>側からの大上段に構えた威圧的なビジネス現場への侵食が改憲」強行への地均し(日本会議の指南による“アベ改憲”を受け入れ易くすること、そして“アベ改憲”を支持する底辺層を拡大するという布石)の一環であるのは明らかだ。だから、同様の正統かつ健全な日本文化インフラへの抑圧が今後とも強まることを、愈々、我われ一般国民は覚悟すべき時なのかもしれない。・・・

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・・・[補記]【百田尚樹氏ら日本会議シンパの絶対的“男系皇統”論が誤りである理由/XとYがキーワードには違いないが、それを細胞・個体がどう読み取るかは一概には言えない(そもそも歴史理解の仕方もヘンなのだがw、ここでは生命科学の観点からの批判に止める)

 

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・・・どの生物の雌雄決定でもXとYがキーワードには違いないが、それを細胞・個体がどう読み取るかは一概には言えない。XXYとかXOその他のような分配の乱れも、それらを雌・雄・間性 などいろいろに読み取り、「解釈」するのには動物ごとの流儀がある。ただ言えるのは、SRY(Sex-determining region Y、とは哺乳類のY染色体上にあり胚の性別を雄に決定する遺伝子)が名前のごとく「Y上の性決定領域」であり、より具体的にはTDF(睾丸決定遺伝子)そのものだからと言って、雌雄決定の主導権がYだけにありXは何もしないという理解は間違いであること、そして2千年前にアリストテレスが女は不完全な男だと「失言」したのと重ね合わせるのが見当違いであることは、はっきりしている。本書はYの有名さ(虚名)に対するXの復権と読むこともできる。Yがあまり大きな顔をしていられない一面として、YはSRYでは頑張っているが、X上の他の遺伝子に張り合うべきものをYが捨て去ってしまったことから、ときには深刻な結果となる男性限定の遺伝病(G・シモンドン個体(類比)論、アラグマティックの知見に照らせば #安倍晋三、#日本会議 のアナクロ狂想は、まさにコレ!w)に対して無策であることも見逃せない。性の決定を人間社会の問題まで重ね合わせると、生物学の枠に納まらない社会的な視点も大きく開けてくる。・・・デヴィット・ベインブリッジ『X染色体、男と女を決めるもの』―青土社―(以上は、同書の後書きより部分転載)https://bookmeter.com/books/53335 ←(参考/読書メーター

 

(参考)異常化した日本の風景、アラカルト

【アベ様の美しい<忖度&偽装国家>と化した?異常<日本>!】政府統計に信頼のゆらぎ!日銀が内閣府に元データ提供を迫るも一部拒否!/流石に日経も漸く危機感を報じた!前から、再三その疑念を持っていたが余りにも酷い!異常事態ではないか!?アベさま(安陪内閣)支持率の大幅上昇!(↓♨)などと嬉々として報じているようだが、NHKもそんな態度?だけで済むと思っているのか?2018年11月14日

https://twitter.com/shinkaikaba/status/1062471146065485825 

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・・・

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因みに、HKBモデルを使った「神経科学における意識研究」(神経現象学)の最先端では、「意識の特性は志向性」にあることがS.ギャラガー(米・精神病理哲学者)とザハヴィが名付けた「現象学の前倒し」(front-loading phenomenology)という研究手法によって科学的にも裏付けられつつあり、当然、これはヒトのコトバの誕生・発生等の問題とも関連することが考えられる。 

なお、神経現象学(Neurophenomenology)はF.J.ヴァレラ(チリ出身の認知科学者/オートポイエーシス理論で知られる)によって提唱されたアプローチで、一般に①体験の現象学的な分析、②力学系理論(ポテンシャル関数、統一場理論など)、③生物学的システムに関する実験の三者の統合に特徴がある(Gallagher and Zahavi 2008; Thompson2007)。出典:当事者研究を神経現象学に接合する/石原孝二・東京大学・大学院総合文化研究科、http://phsc.jp/dat/rsm/2013_a1-3.pdf  

<注>HKBモデル

・・・非線形微分方程式の援用によって身体動作・精神作用などを支配するのは基本的に“複雑系ダイナミズムの非線形力学系理論”に適合することが理解されており、この理論を使ったヒトの生体機能のシミュレーション研究が進みつつある。(生命環境科学、現象学、行動心理学など/front-loading phenomenologyおよびHKBモデルの出典:S.コイファー、A.チェメロ著、田中彰吾訳『現象学入門』(勁草書房)、p235、line14~/p239、line14~/p278、line9~/p238、line25~)

<注>「意識の特性は志向性」にある

・・・これは、ブレンターノ(現象学の基礎を創ったイタリアの心理学者・哲学者)、あるいはマッハ現象学(マッハ感覚論的素材性の問題、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701)などが指摘したことである。 

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(参考情報)(日曜に想う)負の言葉の魔力、世界が注視 編集委員・福島申二

20181104朝日、https://twitter.com/tanutinn/status/1058836506884722688 

 

イデオローグを超えて自覚すべき「レーベンス・ボルンの悲劇」の意味

・・・それは「目先&ヘイト」への執着に因る「自家中毒の無限ループ」は普遍的なものであるということ!・・・

 

(レーベンス・ボルンの悲劇) 

・・・その施設(レーベンス・ボルン)で生まれ育った子供たちは、戦後の平和な時代を迎えてから「絶対多数派であるノーマルなノルウェー人たち」の激しい差別と苛めの対象となった。・・・

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ナチス・ドイツでは「ノルマン系ないしはゲルマン系の白人よりも北欧系民族(北方人種)を最重視する」というアーリア人に関わる妄想イデオローグが支配的であったが、その妄想を具体化する「レーベンス・ボルン(生命の泉)」政策が、特にナチス支配下にあった北欧諸国内で集中的に実施された事実は余り知られていない(レーベンス・ボルンの画像は下記ブログ記事◆より転載)。 

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◆20181105【評価】『my child: lebensborn』感想レビュー/遥か北欧の暴力、

http://arcadia11.hatenablog.com/entry/2018/11/05/192000?_ga=2.185068591.780416289.1541143388-1074598699.1541143388(ゲームレビュー)

・・・この作品(ゲーム)はレーベンスボルンで産まれた7歳の孤児を養子として引き取り、育てる、一種のアドベンチャーゲームである。 ・・・

 レーベンス・ボルン(Lebensborn/生命の泉)とは、ナチ親衛隊(SS)がドイツ民族の人口増加と「純血性」の確保を目的として設立した女性福祉施設のことで、一般に「生命の泉」または「生命の泉協会」と和訳される。それは、ユダヤ人絶滅のための強制収容所と対照をなす、アーリア人増殖のための収容所であり、そこでは未婚女性がアーリア人の子を出産することを支援し、養子仲介なども行なっていた。 

当ブログ記事によれば、なかでも特にノルウェーは全26カ所(ドイツ国内外)のうち9カ所の施設が集中しており、ナチスにとっての「聖地」であったようだ。が、その本当のノルウェーでの悲劇は戦後になってからもたらされる。 

それは、その子供たちがナチス・ドイツに関する全てを憎むノルウェー人にとって、忌むべき「落とし子」であり、恐ろしい憎悪の対象となったからだ。つまり、彼らは絶対多数派である普通・一般のノルウェー人の激しい差別と苛めの対象となったからだ。・・・以下は、同ブログ記事より部分転載・・・ 

・・・彼らはナチスやドイツに関連する全てを憎むノルウェー人にとって、忌むべき「落とし子」であり、恐ろしい憎悪の対象だった。SS(ナチス親衛隊)と関係を持った女性は、ノルウェー政府により強制収容所に1年半収容され、その間に産まれた子の多くが「知能障害」と診断され、母子共にノルウェー中で差別・弾圧された。血によって生まれ、血によって蔑まる。こうして、「レーベンスボルン」はノルウェー現代史における風穴となった。その穴を埋めようとするのは、東西冷戦の終結を経てからであり、2000年にノルウェー首相が差別を受けた子供へ謝罪し、そして2004年には賠償が始まっている。・・・ 

・・・

この「レーベンス・ボルンの悲劇」の教訓には非常に重い意味がある。そして、それは現代の日本に生きる我われのような一般の日本国民にも決して無縁のことではない。なぜなら、たとえ民主主義を標榜する国家であるとしても、先ずそこに住むごく普通の多数派の人々が少数派や異なる価値観の人々を差別したり、虐めたりするすることがないとは決して言えないからである。 

加えて、我われは、<まるで「レーベンス・ボルンの悲劇」の子供たちの如く移民・異教徒の子供たちらが、まさに「民主主義のモデル国家を自負してきたはずの米国」のトランプ大統領によって、事実上、厳しい差別とヘイトの立場に追いやられつつあるという恐るべき現実>の目撃者となっているからだ。 

だから、既述のとおり(ドキュメンタリーUndercover in the Alt-Rightの中の一場面)で、トランプ支持の強力な推進力となっているオルト・ライトの幹部らが“我われ白人にとって脅威となる中東のイスラム教徒を核で殲滅する!”と叫んでいることが実に不気味でリアルな光景に見えてくる。 

結局、彼らは「物事を相対的に見ることの意義が全く分かっていない」ということである。しかし、同時に、外ならずこれは民主主義を固く信ずる我われの如きごく普通の日本国民にも当てはまると見るべきであるだろう。 

なぜなら、いみじくもザハヴィが指摘したとおり「無媒介的認知的自己意識(先反省的自己意識である“優性人種主義”など悪魔的主観性の病理は体験的な偏在性として誰にでも日常的に起こり得る主観的「自己—顕現」(健全な自然観と世界観があれば個々人の内感の場において、そもそもは自己覚醒が可能な)レベルの問題」であるからだ。

 

(エピローグ)ハイデガー的「人工知能のテーマ」と重なる“トランプ・アベら優性人種主義(悪魔的主観性の病理)”治癒の課題 

 

ハイデガー的“人工知能”が着想された背景) 

 

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(参考資料)  門脇 俊介/信原 幸弘・編「ハイデガー認知科学」(産業図書)

・・・認知科学へのハイデガー哲学のインパクトを概観して新しい認知観の展望を拓く。古典的計算主義(当記事の“第二段階”までに当たる)批判だけでなく身体的主体と環境との相互作用に注目。

・・・読書メーターhttps://bookmeter.com/books/1490691

 

・・・以下は、論文『AI やロボット工学に寄与するかもしれないハイデガーの洞察 人間と動物の連続性と断絶/京都大学大学院修士課程(哲学)君嶋泰明』

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/71116/1/prospectus11_Kimijima.pdf より部分的な引用・転載・・・

 ・・・ハイデガーにおける人間と動物の差異について考えるときにしばしば引き合いに出される「人間は世界形成的である(weltbildend)」というテーゼは、人間は様々な体験世界に没入することができる、というふうに解釈できる。とすると、問題は、何がある世界から別の世界への移行を可能にしているのか、ということだ。

 ・・・途中、省略・・・以上で見たハイデガー流の人間と道具の相互作用ループを箇条書きでまとめると、次のようになる。

 ・人間(一般の動物ならぬ!←補足、toxandoria)は、ある世界から別の世界へと移行することができる。

・この移行は、没入→反省→没入→反省→…、というふうに進行する。

・没入→反省を可能にするのは、「使えない道具」(≒自分が痛い目に遭ったとき、リアルに困難が自分を襲ったとき、or望外の歓喜を体験したとき、ほか)である。(この使えない道具に価値を見つけられるのも、一般の動物ならぬ人間の特徴である!←補足、toxandoria)

・「反省段階においては、世界は表象されている。」(世界を表象するのが人間たる意識の特徴である!←補足、toxandoria)

・反省→没入を可能にするのは、目立つ道具(記号)である。(この場合の記号は言語・イメージ等のシンボルだけでなく、文字どおりの道具(モノ)も含む!←補足、toxandoria)

・各段階での道具の機能は使用者の目的に相対的である。

 ・・・途中、省略・・・本稿は、GOFAI、CI、NI(これらの委細は省略←補足、toxandori)という三つの知能モデルを発展史的に検討してきた。はじめに述べたように、本稿はそれらに人間と動物の連続性と断絶というテーマを通底させてきた。簡単に振り返ると・・・

 (第一段階)は、・・・

デカルト主義的-認知主義的な、人間に固有の記号操作、表象能力が強調され、人間と動物の間にはこの点で深い断絶があった。(これは、“”ルソーの一般意志”的な意味での理想主義、啓蒙主義的な価値観を重視する立場に重なる!←補足、toxandoria)

 (第二段階)は、・・・

生物学的認知漸進主義であり、ブルックスのクリーチャーのような移動ロボットが、いずれ人間レベルの知能を実現すると考えている。ここでは知的活動を脳と身体とテクノロジー環境の相互作用のループとしてとらえ、これを人間に固有なものとする。(この段階までの人工知能をヒューバート・ドレイファスが批判してきた!←補足、toxandoria)

f:id:toxandoria:20181119060155g:plain<注>自動掃除機(ロボット)への応用で実用化に成功した米国ロボット工学者ロドニー・ブルックスが作ったAI「ゲンギス」(添付画像、http://urx2.nu/AGL7より)は、そのタスクを極めて単純なものに絞った自己組織化の成功事例なので、「意識の自己創成」過程を研究する「川人の自我モデル」のシュミレーション回路とは異質の「脳を持たず、神経ネットワークのみで環境から学習する包摂アーキテクチャ」である。委細は下記ブログ記事★を参照乞う。

 ★toxandoria2017-01-04/客観「知」を心底で憎む追憶のカルト、その靖国『顕幽論』是非を問う意識が日本の命運を分ける/希望は量子論・AI・脳科学らの最先端で必然の流れ「自然・人文科学」融合(コンシリエンス)が生まれつつあること!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170104

 (第三段階/現在:ハイデガー的な人工知能の課題)は、・・・

それはハイデガー流の人間と道具の相互作用のループを重視する方向である。現在は、その実現に向けて、一定の寄与の可能性を示しつつ、大掴みなモデルの可能性が生まれつつある。ハイデガーの洞察が何らかのかたちで生かされるかどうかは、このプロジェクトのもとで、認知科学、AI、ロボット工学、哲学など、様々な分野が今後ますます恊働できるかどうかにかかっているだろう。(言い換えれば、これはS.コイファー、A.チェメロ『現象学入門―新しい心の科学と哲学のために―』(勁草書房)が提唱する“科学的現象学の将来”のイメージと重なる!←補足、toxandoria)

<注>科学的現象学とは、「・・・⇔量子・原子⇔細胞⇔生物個体⇔拡張されたシステム⇔社会システム⇔自然環境」のトータルを視野に入れつつ、科学・人文知の両者を統合したコンシリエンスの視点に立つ新たな現象学の方向性である。

 

(第三段階“人工知能”へのプロセスとしての“ゲーム有効活用”の可能性) 

・・・トランプ・アベら優性人種主義(悪魔的主観性の病理)”へのワクチン効果が期待できるゲーム利用の事例、その典型と見るべき『my child: lebensborn』・・・

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第4章で取り上げたゲーム『my child: lebensborn』では、そのゲームへの参加者が一般のノルウェー市民となるよう作られているため、知らずしらずのうちに、イデオロギーの異同はともかくとして、侵略戦争の残虐性、悲惨さ、そして必ず関連して高まる相対的な意味での異分子・異端者(一方的に刻印された)らへの激烈なヘイト感情の愚かしさを、まるで自分自身がそのことを経験したかのように深く理解できる。

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そして、その最大のポイントは<現代のトランプ・アベらが囚われている異常な民族主義の観念、言い換えれば、その優性人種主義(悪魔的主観性)に因るヘイトや差別思想、あるいは苛めの感情なるものがイデオロギーや民主主義思想とは異次元の悪魔的・魔術的主観性とでも見るべき低劣な感情の病理で、しかもそれが相対的であること(被害者、加害者が瞬時にして入れ替わり得るものであること)>を殆ど体験的に学べることだ。 

そのような意味で、「第三段階としてのハイデガー的な人工知能」の実現は未だしとしても、この種のゲームには「感情の政治学」の病理を治癒するためのツールとして、かなり有望な可能性があるように思われる。但し、逆に言えば、これは洗脳ツールとしての有効性を保証していることにもなるので、矢張り、AIゲーム・リテラシーも視野に入れるべきであるだろう。 

しかしながら、これはノンフィクションであり、しかもノルウェー現代史の暗部を取り扱ったという意味では問題意識の点でも秀作である。そして、レーベンスボルンで産まれた7歳の孤児を養子として引き取り、プレイヤーとしてのあなたが育てることになるという、一種のアドベンチャーゲームだ。 

・・・以下は、『my child: lebensborn』を取り上げたブログ記事より部分転載・・・ 

・・・育ての親としてのゲーム・プレイヤーの自分は働いて日々の糧を得ており、食事や入浴など子供の世話をする。ただ、単に世話をするだけでなく、休日や空いた時間には部屋でお絵かきをしたり外で釣りをするなど、その子供と一緒に遊ぶことが出来る。戦後間もないノルウェーは元々豊かと言えない国であったので生活も苦しく、餓死するまでは行かなくとも子供が求めるものを満足に買い与えられない時もある。 

・・・自分の子供には、レーベンスボルンで産まれたというだけで不当な一般社会からの差別が激しく降り注ぐ。そうして傷つく子供をどうケアし、どう守るかが本ゲーム作品の鍵となる。そして、本作品の最大のポイントは<被差別者である子供自身を主人公にするのでなく、その子供を養う親にプレイヤーを割り振った>ことである。 

・・・だが、子供はそうではない。自分の子供(My Child)は、毎日のように学校で暴力を振るわれ、心も身体もボロボロの状態で帰ってくる。同時に、毎日のように、あなたは子供を励まし、癒やし、そして何より、子供へ降り注ぐ人間の悪意に対して、何も出来ない無力さを呪うことになる。 

・・・自分ではなく、自分の大切な人間が傷つけられる。立場が変わるだけで、フィクションにおける苦痛は極めて現実的なものとなる。そこに安堵などない。そしてふと自覚する。遠い北欧の国であった、世界史の教科書にも書かれていない些細な事実が、当事者にとってどれだけ恐ろしいものであったかを。 

・・・『my child: lebensborn』は歴史的なテーマを取り扱ったビデオゲームとして完成度が高く、我々日本人の知らないノルウェーの歴史を一考する機会を与えてくれる、優れた作品だった。そして、この作品を遊ぶ時に覚えておくべきことがある。 

それは、<本作品が舞台となるノルウェーは、かつてナチス・ドイツによる侵攻を受けこのような歴史が生まれた。そしてそのナチスと同じ枢軸国として、日本は大陸や太平洋に侵攻した。連合枢軸の別を問わず、大戦という世界全体を巻き込んだ未曾有の戦争は、終結して何十年もの間、人々の心を蝕み、苦しめたという歴史的な事実があった>ということである。(完)

 

【ゲノム編集は遺伝子組み換えより遥かにリスクが大きい!】多様性否定のF1自家採種の禁止では政財官の一強独占構造化とゲノム編集等との<裏>癒着こそ要警戒!故に、EU型のGMO同等規制で多面的に対応すべき!

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多様性否定のF1自家採種の禁止では、政財官の一強独占構造化とゲノム編集等との<裏>癒着こそ要警戒!EU型のGMO同等規制で多面的に対応すべき! ・・・なぜならば、更にゲノム編集は遺伝子組み換えより遥かにリスクが大きい!・・・

F1自家採種禁止は多様性否定の自死行為?というより政財官の寡占一強構造化とゲノム編集等との裏癒着こそ要警戒!∴EU型のGMO同等規制で脇からも対応すべき! ☞ 自家採種禁止で地域の多様品種が食卓から消える/外資の餌食 日本の台所が危ないhttps://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/240677 … 2018/11/01 日刊ゲンダイ 外資の餌食 日本の台所が危ない
「自家採種の禁止」で…地域の多様な品種が食卓から消える 公開日:2018/11/01 日刊ゲンダイ
 
 知的財産権の保護は、TPPでも大きなテーマだった。米中貿易戦争でも、トランプ大統領は中国が知的財産権を侵害していると問題にしている。新しい技術やソフトの開発者の権利がないがしろにされ、コピーや海賊版が横行すれば、開発や著作活動が成り立たなくなってしまう。国際社会が協力して知財保護を強化していくことは必要だ。日刊ゲンダイ
 
(所見)更に、ゲノム編集は遺伝子組み換えより遥かにリスクが大きい!

f:id:toxandoria:20181103065247j:plain・・・当画像はhttps://bit.ly/2OnAP7Rより転載。

・・・そのため、生物の遺伝情報を自在に改変できる「ゲノム編集」技術で作られた作物について、EU司法裁判所は「遺伝子組み換え作物GMO)」と同じ規制を適用するとの判断(↓♨)を下した。
  生物の遺伝情報を自在に改変できる「ゲノム編集」技術で作られた作物について、EU司法裁判所は、「遺伝子組み換え作物(GMO)」と同じ規制を適用するとの判断を下した。ゲノム編集した作物、遺伝子組み換えと同一規制に EU:20180727朝日 https://www.asahi.com/articles/ASL7W3HW1L7WUBQU003.html
  ・・・ 
・・・EUのGMO規制は世界でも厳しく、すべての食品に遺伝子組み換えの表示義務がある。農場から消費者までの全流通段階でGMOを含んでいるかどうか書面で伝えることも義務づけている。ゲノム編集による作物がこの規制の対象かどうかについては、これまであいまいだった(上記事より部分転載)。 
・・・因みに、「ゲノム編集」と呼ばれる遺伝子操作は「遺伝子組み換え」(GM)と異なり、遺伝子(特定のたんぱく質を生成する一定のミクロ環境を含む1本のDNAヌクレオチドの鎖の一部分↓◆)をピンポイントで壊したり挿入することである。
・・・それは、いわば人為的な突然変異(遺伝子のミクロ環境をも操作し変容させることになる!)や遺伝子の書き換えそのもの(遺伝子組み換えでは遺伝子パーツがミクロ環境に適合しなければ無意味化するだけ)である。しかも、「遺伝子組み換え」よりも遥かに効率がよく、容易に操作できるので、食糧・エネルギー・難病問題などへの応用が期待されている。
・・・しかし、これらの技術は自然界の生態系を改変したり、自然には存在しない新たな生物を誕生させたりする恐れがある。このため、初期の段階(1975)に研究者が集まって「遺伝子操作の厳しい規則」(アシロマ会議https://bit.ly/2QzNMOg)が作られている(出典:『生物を知るための生化学』(森北出版)p7~)。

 (補足)◆「遺伝子組み換え(GM)の基礎知識」

:「従来の交配」(今のF1種は、未だこのジャンルに止まっている?)が同じ種(稲と稲など)または近縁の種(ロバと馬など)同士の掛け合わせなのに対し遺伝子組み換えは種の垣根を越えて行われるが、遺伝子組み換え(GM)は未だ遺伝子パーツ(一定の作用を、ほぼそのなかで完結させる部品)の組み換えに止まっていた。しかし、<ゲノム編集は、コレと全く異なる一定の更なるミクロな環境における多様な関係性をも含む移動の操作なので、しかもそれが種の垣根を越えて行われる>ので、その影響は計り知れないものとなる。http://gmo.luna-organic.org/?page_id=18

(補足)◆ゲノム編集が一定のミクロ環境も含む操作であることの意味

:言い換えると、ゲノム編集とはゲノムの特定の部位で外因性(ヒトゲノムの場合はドナー)の遺伝子を追加・挿入したり、遺伝子変異を修正したり、削除したりすること(遺伝子の中身を編集し根本的に書き換えること)ができる最新の遺伝子工学技術である(https://bit.ly/2OnAP7R)。

:しかし、この操作について真逆に考えてみれば分かるのだが、それはある特定の「レシピエント(受け手側の)遺伝子とその周囲の非常に微細でデリケートなミクロ環境とのバランス関係を含めソックリ改変すること」と同意なので、結果的に、ゲノム編集の場合には、従来の遺伝子組み換えと異なり、周囲にある「更にミクロで、未知のミクロ環境(未知のバランス関係)の改変」をも含めつつ移動(編集)する訳だ

:従って、その影響には計り知れないリスクが予想されることになる。なお、このような「ゲノム編集技術」に対する“用心深い”批判の眼差しが必須(非常に重要!)であることは、メルロ=ポンティ、ジェームズ・J.・ギブソンアフォーダンス理論)、ヒューバート・ドレイファス(人工知能に対して鋭い哲学的批判を続ける米国の哲学者/参照↓★) ジルベール・シモンドン(個体化の哲学、技術哲学)らマイクロバイオームor量子物理・同化学フィールドも含めた<生命個体⇔環境システム>のなかに生命活動を位置付けるという、先端的な生命論(現象論的認知科学)の視座からも理解できる。(参考文献:S・コイファー、A・チェメロ著/『現象学入門/新しい心の科学と哲学のために』―勁草書房―/後述する“コンピュータ(AI)のフレーム問題”と関連する観点でもある) 

★愈々、グローバル新自由主義に置き換えるべき「感情の政治学」が必須の時代へ(2/2) M.アンリ『情感の現象学』から見える『感情の政治学』の可能性  http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20171109

 (関連情報/エトセトラ)
 ◆【90%以上はF1種で雄性不稔(タネなし)は染色体(ミトコンドリア)の異常?が、実は此の点が異常か否かについては未解明!←補、只のオッサン】
 ☞ 市販の野菜の約90%以上はF1種で栽培されていることをご存知ですか。固定種の野菜はどこへ消えた。20171025横田 浩/ブログIN ・YOUhttp://macrobiotic-daisuki.jp/f1-81484.html 
 ◆【雄性不稔(タネなし)の問題は未解明だし・・・、加えてF1への批判は過剰反応と割り切れるのだろうか?】

・・・F1の種に対する誤解(?)とその誤解(?)の生まれた背景・・・

 ☞ 2017.08.23ブログ・農ledge http://nou-ledge.com/2017/08/23/170823_f1/
・・・F1種について様々な意見がある。F1種の対極にある固定種、在来種が最も安全であると主張する人も少なくない。しかし、F1種は今日までの安定した食料供給を支えてきた種であることは事実であり、普段何気なく口にしている9割以上の野菜もF1種であるとされている。その中でF1種についてより詳細な知見を得ることも重要なことであるが、必要以上に危険と騒ぎ立てる必要性もない。最終的には自己の判断(自己責任)であり、いたずらにF1種を否定することはできない。 (toxandoria)生命科学の先端・専門知にも関わり得る「F1種」をどう受け止めるかの問題について、結局、それを<一般消費者の「自己責任」だ!と切り捨てる>のは、余りにも無責任な立場ではないだろうかなぜなら、それは恰も<コンピュータ(AI)に対し、絶対に解ける筈がないフレーム問題(フレーム問題についての参考文献↓●)への解答を強要する> が如きであるからだ。一般消費者はヒトに非ず!と小ばかにしてることにはならないか?(∵紛れもなく人権を持つヒトである一般消費者は、専門知に関わる分かり易く適切な情報が与えられれば、必ず、それこそ自己責任で解を選択できるが、もし、必須“情報”科学的事実等も含めて)が権力的に隠蔽されたり歪曲されたりすれば、並大抵の普通の手段で、適切に判断したり、対応したり、選択したりすることはできなくなる!)・・・

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S・コイファー、A・チェメロ著/『現象学入門/新しい心の科学と哲学のために』―勁草書房

・・・関連/参考情報・・・ 

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https://twitter.com/HON5437/status/1058211540837400576   https://twitter.com/HON5437/status/1058215832365424640

  冨永 格(たぬちん)‏ @tanutinn

 「(片山さつき氏が)早々と提訴に踏み切ったことが功を奏した。『訴訟案件』という武器さえあれば、怖いものはない」首相官邸幹部

(時時刻刻)正面からの答弁、避ける 片山氏・口利き疑惑/麻生氏・財務省の不祥事 1102朝日 2018年11月2日05時00分

 1日に論戦が始まった衆院予算委員会。野党側は、「口利き疑惑」が報じられた片山さつき地方創生相と、公文書改ざん問題など財務省で不祥事が続発しながら留任した麻生太郎財務相に照準を合わせた。だが今国会も、説明責任を果たそうとしない安倍政権の姿勢は引き継がれた。▼総合4面=焦点採録、1102朝日・オピニオン面=社説
 
返信先: @tanutinnさん
>「(片山氏が)早々と提訴に踏み切ったことが功を奏した。『訴訟案件』との武器さえあれば、怖いものはない」と首相官邸 ←日本政府自身が<日本司法制度=アベ様ご用達の小道具>と見たてる此の傲慢ぶりこそ(又、それはアベ様お仲間の自己をも含む内外『環境』の無限の“可能性とリスク”が常に潜在するという多義的リアリズムについての『想像力と謙虚さの底なしの欠落』である!)が、<日本司法が脆弱化>したことの赤っ恥的な証拠となっている! Cf.↓▲
返信先: @shinkaikabaさん、@tanutinnさん
▲「司法の脆弱性」、「トランプ・ヘイト式」に喘ぐ韓・日&米と対照的なEU理念の核心“緑の党”躍進に透けるポスト・メルケル「独と欧州の新たな希望」https://www.evernote.com/shard/s440/sh/334e2439-e528-4ba0-8f12-c79645971ccb/18bf67aef4c3c53b3455806793133217 … …
 ◆ 2018/05/23EUで有機農家の種子の権利が承認http://blog.rederio.jp/archives/3542
・・・目が点になるニュース。2021年から有機農家が自分たちの種子を売る権利をEUが承認したという。
・・・なんでこれで目が点になるかというと、EUは世界でもっとも種子が統制された地域で、種子の売買はEU共通カタログに登録された種子のみ。それ以外の種子を売買したら犯罪となる。有機農家にとって種子の交換は必須。同じ場所で同じタネだけを使い続けたら劣化する。だから種子を交換しなければならない。無償で交換することは認められているけれども、もし、交換するタネがないからお金で払ってしまったら、売った人は逮捕されてしまう。
・・・タネを登録すればいいと思うかもしれないが、その登録料は最低でも年間6000ユーロ(約80万円)程度かかる。個々の農家で賄える金額ではない。だから自ずと売買される種子は大企業の種子となる。世界トップ10の種子企業のうち5つはヨーロッパから生まれた企業。6大遺伝子組み換え企業のうち3社はヨーロッパ生まれ。種子企業の力が強い地域なのだ。
・・・しかも、これまでは登録するためにはその種子が新しく、同質的で、安定していて、他と区別しうる品種だけ。有機農業で活用される固定種・在来種には多様なものが多い。もともと多様な種子に手を加え、工業製品のように均質化されたものだけが優遇される。つまり種子企業が改良した品種以外は登録することは基本的にできない。そもそも今、世界各国に「モンサント法案」を押しつける根拠となる国際条約UPOV条約はヨーロッパを中心に整備が進んだものだった。
・・・一方、EUでの有機農業の発展はめざましい。そんな中、種子の規制は大きな桎梏になっていただろう。つまり工業的種子だけを重視する政策はもはや時代遅れになっている。←(toxandoria)というリアル認識へ逸早く転換し、EUはそれを実行へ移したということ。
このEUの決定によって、2021年からは有機農家が持つ多様な種子がマーケットで買えるということになる。
・・・従来のような手間のかかる登録審査、登録、高額の登録料も不要だという。そうなれば大企業に支配されていた種子マーケットが解放され、種子の種類もあっという間に多様になるのではないだろうか?・・・以下、省略・・・
 
 ◆GM作物を耕作している28カ国(2014年)2016-02-15 グリーンピース・ジャパン
・・・遺伝子組み換え作物は2014年の時点で28カ国に展開しており、栽培ポリシーや表示制度はそれぞれの国・地域によって異なります。
・・・まずは耕地面積トップは、アメリカ(世界最大のGM栽培地位で、7310万haと他国を大きく凌ぐ耕地面積で8種類の作物を栽培)、ブラジル、アルゼンチン、インド、オセアニア、アフリカの6地域。・・・以下、省略・・・
 
 (補足追記)外国籍の種子企業参入 農薬まみれの米が日本にあふれる? 外資の餌食 日本の台所が危ない1102日刊ゲンダイhttps://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/240752

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